国内では、糖尿病が強く疑われる人は約950万人、可能性を否定できない人は約1100万人と推計されている(厚労省「平成24年国民健康・栄養調査報告」)。高血糖状態が長く続くことで、
糖尿病性網膜症、糖尿病性腎症、糖尿病性神経障害の3大合併症に加え、心筋梗塞や脳梗塞といった大血管病のリスクも高まる。
最近では、認知症やがんとの関連も指摘されているという。そんな糖尿病の合併症(英語でコンプリケーションという)を防ぐべく、今年7月、新しい外来診療棟がオープンしたのを機に、千葉大学医学部附属病院糖尿病コンプリケーションセンターが開設された。
糖尿病・代謝内分泌内科と腎臓内科が、同じ場所で診察を行い、真横には眼科、向かい側には、泌尿器科と皮膚科、その横に産婦人科と、ワンフロアに関連診療科が集約されている。
加えて、循環器内科や脳神経外科、形成外科や整形外科など、協力診療科と部門も非常に多い。世界的にも珍しいセンターの試みで、合併症対策のモデルケースとも考えられている。
「糖尿病というと、つい血糖値にばかり気を取られ、知らぬ間に合併症が進んでしまうことは、少なくありません。
糖尿病のチーム医療はかねてよりありますが、最終的なゴールである合併症予防を中心に置くことで、専門性の高い技術を生かしやすいのです。
このような取り組みは、必ずしも最初から収益に結びつくわけではありません。だからこそ、診療・研究・教育という3つの柱を推進すべき大学病院の特性を生かし、糖尿病コンプリケーションセンターを開設しました」
こう話す横手幸太郎センター長(51)は、糖尿病治療のみならず、合併症や生活習慣病の発症機序の解明など最先端の研究、さらには、20代で急速に老化が進む早老症「ウエルナー症候群」の診断と治療のスペシャリストでもある。
臨床も研究も数多く手掛ける中で、横手センター長は、糖尿病の合併症予防の新たな仕組み作りにも力を注ぐ。
「ワンフロアに主要な診療科を集め、合併症予防というセンターの役割があることで、専門の医師やスタッフは、それぞれの診療を行いやすくなりました。
その効果の検証を行うことも、大切だと思っています。また、センターの役割を地域の人にも還元したいと考えています」(横手センター長)
合併症の有無、リスク、さらには、合併症の進行をどう食い止めるべきか。合併症は幅広いだけに、地域のひとつの診療所だけでは対応しきれない。
糖尿病コンプリケーションセンターで、合併症に対する評価を行い、その結果を地域の診療所が日々の診察に生かす。そんなネットワークも、横手センター長は作ろうとしている。
「院内だけでなく地域と連携を強めれば、多くの人を診ることができます。また、大学内の他の学部と連携すれば、新たな予防法につながることもあるでしょう。
集約させた力で、合併症の患者さんをひとりでも減らしたいと思っています」と横手センター長。スタートした新たな取り組みは、躍進している。
【データ】2013年度実績(糖尿病・代謝・内分泌内科)
・外来患者数延べ2万4201人(内、新患482人)
・入院患者数延べ5697人
・病院病床数835床
〔住所〕〒260-8677 千葉県千葉市中央区亥鼻1の8の1
電話/043・222・7171
理想的な地域医療のモデル地区と知られる長野県佐久市。その中核的存在として全国的知名度がある佐久総合病院の地域ケア科で活躍する北澤彰浩医師は、異色の経歴を持つ在宅診療医だ。
「発展途上国や過疎地域での医療に興味があったんです」。医学部を卒業すると大学病院の救命救急センターに入る。しかし、そこはさまざまな機器やスタッフがそろって、初めて機能する施設。勉強にはなったが、自分の目指す医療の場とは違った。
熟慮の末、ボランティアスタッフとしてスリランカに渡った。医療器具や医薬品が不足する地域でボランティア活動や医療機関を見学しながら、インド、ネパール、パキスタンと巡る。帰国後はその経験を在宅医療の場で役立てたいと考え、現在の病院に入職した。
さまざまな事情から通院ができない患者への医療提供を、質を落とさずに実現するにはどうすればいいのか-。病院だけで地域全体の訪問診療をカバーするには限界がある。
そこで、通常の医療連携と同じように、訪問診療においても基幹病院がコントロールタワーとなり、日々の訪問診療の大半は地域の診療所が主に担当する。そして手術や入院が必要な状況になった時には、速やかに基幹病院が受け入れる-という連携の構築に、力を注いでいった。
限られた環境と条件の下で、最高の医療を実現するにはどうすべきか-を追求していった結果、日本中の医療者が手本とする、佐久の医療体制を形作っていった。
「自分で何でもするという考え方では、これからの医療は立ち行かない。医療者がネットワークを組み、それぞれが得意とすることに全力を傾けることが、在宅医療においても重要」(北澤医師)
もちろん自らも訪問診療車に乗り込み、市内を縦横無尽に走り回る。超高齢社会の到来を目前にし、北澤医師の取り組みに、全国の医療関係者の目が集まる。
■北澤彰浩(きたざわ・あきひろ) 1965年、京都府生まれ。92年、滋賀医科大学を卒業し、杏林大学付属救命救急医学教室入局。93年、スリランカにてボランティア活動に従事。94年、佐久総合病院研修医。96年、長野県厚生連下伊那診療所出向。2002年より現職。現在、佐久老人保健施設副施設長、岡山大学医学部非常勤講師を兼任。趣味は「人と話すこと」。
さまざまな検査機器や治療法が登場しても、いまだに治療が困難と言われる「膵(すい)がん」。膵臓(すいぞう)は胃の後ろ側に位置し、十二指腸や血管などに囲まれているため、健診で早期がんを見つけるのは難しく、診断されたときには進行がんであることが多いからだ。
一般的にがんは、手術などで全てを切除すれば治癒することも可能だが、膵がんでは手術適応はおよそ4割。切除しても再発リスクが高い。手術ができないときには、放射線療法や抗がん剤などの化学療法が行われるが、それらの効果は今のところ限定的で、新しい治療法を望む声は高い。
この状況に一石を投じているのが、東京医科大学病院消化器内科。祖父尼淳(そふに・あつし)講師(42)が、進行膵がんに対し、国内初となる強力集束超音波(HIFU)焼灼療法の臨床試験を2008年にスタートさせた。
「手術不適応な肝がんに対しては、針を刺して高熱で患部を焼くラジオ波焼灼(しょうしゃく)療法といった治療法があります。身体への負担の少ない低侵襲治療ですが、国内では膵がんにはそのような低浸襲の治療法がありませんでした。
新たな治療法を模索しているときに、中国でHIFUによる治療が盛んになっていると知り、研究を進めることにしました」(祖父尼講師)
HIFUは、超音波の力を応用した装置。約250個の発信源から出る超音波を1点に集中し、検査で使用されている超音波の1万~5万倍の力を発揮させ、数秒の照射でがん細胞を凝固壊死(えし)させる。
皮膚の表面は通過して、患部に超音波が集まるため、麻酔は必要ない。ポイントをずらしながら照射し、3センチ程度の膵がんで、治療は1回1時間程度でトータル3回ほど。日時を変えて何回でも行えるのも利点だ。
現在、中国では、4万人以上もの治療実績があり、米国でも2008年から臨床試験をスタートしていると言う。
「現在、74人の患者さんを治療していますが、化学療法とHIFUを組みわせることで、化学療法単独の治療よりも治療効果が高まるというデータがあります。
また太い血管に膵がんが絡んでいると、大きさに関わらず、手術が不適応になりますが、それらに対してHIFUを用いることで光明を見いだせる可能性もあります。最先端の治療を組み合わせることで、これまでの治療成績を格段に向上させることが期待できるのです」
こう話す祖父尼講師は、研究成果を世界に発表し、昨年5月に「切除不能進行膵がんに対するHIFU治療の安全性に関する研究」で、米国消化器病学会賞も受賞した。しかし、HIFUはまだ国内では臨床試験の段階であり、誰もが受けられる治療ではない。
「治療の応用やさらなる安全性の確認など、研究を進めることで、膵がんの新たな治療法の道筋をつけたい」と祖父尼講師。一般的な治療として普及させるために尽力中だ。
<データ>実績(累積)
・HIFU症例134件 ・HIFU膵がん治療74件
・HIFU肝がん治療60件
・胆膵治療内視鏡数(年間約800件)
・病院病床数1015床
〔住所〕〒160-0023 東京都新宿区西新宿6の7の1
(電)03・3342・6111
24時間社会と言われる中、国内ではおよそ5人に1人は睡眠障害と推計されている。このうち200万~300万人は、睡眠時無呼吸症候群(SAS)で、睡眠中に何度も呼吸が止まり、心疾患や脳卒中などのリスクがアップ。しかし、治療を受けているのは15万人程度に過ぎない。
自覚に乏しく、「昼間ちょっと眠い」と感じても、SASが原因か、ストレスによる精神的問題か、別の病気が潜んでいるのか、素人判断では難しく、どの科を受診していいのか、わかりにくいというのもあるだろう。
そんな現状を打破すべく、総合力を生かした診断と治療を行っているのが、東京医科歯科大学医学部附属病院快眠センター。
SASは、単に太った体形であおむけに寝たときに、垂れ下がった脂肪で気道が塞がるのみならず、顎などの骨格に関わることもあるため、併設された歯学部附属病院とタッグを組んでいるのが特徴。医学部と歯学部が協調した快眠センターは、全国でも珍しい。
「当初は、呼吸器内科と歯学部、精神神経科、耳鼻咽喉科の医師たちで連携し、2009年11月にスタートしました。睡眠障害にはさまざまな原因があるため、総合的な診断と治療を行うには、他科との連携が不可欠です。現在は、循環器内科や神経内科などの先生方も参加し、診療体制は充実しています」
こう話すのは、快眠センター開設時から統合的医療に取り組む保健管理センター長兼務の呼吸器内科・宮崎泰成教授(47)。
もともと原因不明の間質性肺炎の研究に造詣が深いが、快眠センター・吉澤靖之センター長に白羽の矢が立てられ、全国的なモデルケースとなる体制作りに奔走した。
「夜間頻尿によって前立腺肥大症の疑いで泌尿器科を受診され、診断の結果、SASを併発していた人は約3割にも上ります。軽度のSASであれば、マウスピースの装着で改善が可能です。SASの治療により夜間の頻尿回数が減ったと喜ばれる患者さんは多い。原因がわかれば治療ができますので、もっと多くの方に知ってほしいと思います」(宮崎教授)
中等症以上のSASでは、自動的に睡眠中の呼吸を確保する「持続陽圧呼吸療法(CPAP)治療」を実施。
もちろん、鼻やノドに異常があれば耳鼻咽喉科、精神的な問題を抱えていれば精神科が治療に当たるなど、総合力で睡眠障害を撃退する体制が武器となっている。
「SASを放置すれば、8~9年後の死亡率は約3割も増えます。きちんとした診断には入院検査が必要ですが、今は自宅で測定できる簡易型測定器もあります。睡眠障害の原因をつきとめ、的確な治療を行う。この理想的な強化体制システムを今後は世界へ発信していきたい」と宮崎教授。
SASの原因は欧米人とアジア人では異なるだけに、日本初の強化システムは世界でも手本となりえる。その夢に向けて尽力中だ。
<データ>月平均実績
・睡眠時無呼吸症候群外来患者数約300人(新規患者数約20人)
・不眠外来患者数約30人(新規患者数約5人)
・同大歯学部快眠歯科外来患者数約130人(新規患者数約20人)
・病院病床数800床
〔住所〕〒113-8519 東京都文京区湯島1の5の45
(電)03・3813・6111
国内で年間19万人以上の命を奪う心疾患には、心臓の3本の太い冠動脈が詰まる心筋梗塞をはじめ、心臓の弁が正常に機能しない弁膜症、心臓が全身へ血液を運ぶ大動脈瘤(りゅう)破裂など、さまざまな病気が潜む。
いずれも専門性の高い手術が求められ、医師によって得意な病気の手術が異なることが多い。また、大動脈瘤破裂や、血管壁に血液が入り込んで裂ける大動脈瘤解離(かいり)は、症状が出た直後に救命救急が必要だが、都内でも専門医が少ないのが現状だ。
そんな心疾患全般でハイクオリティーな医療を24時間体制で提供すべく、2009年から新体制でフル稼働しているのが帝京大学医学部附属病院心臓血管外科。同年9月に着任した下川智樹主任教授(45)が、リーダーシップを発揮し、日本一の治療数を目指している。
「心疾患では、大動脈瘤破裂のような場合は、救命救急医療が不可欠です。一方で、僧帽(そうぼう)弁のような治療では、術後の生活の質(QOL)を考慮したキズの小さな低侵襲心臓手術(MICS)も、患者さんには役立ちます。救命救急とQOLを両輪の輪に、標準以上のハイクオリティーな治療を提供する体制を整えました」
こう話す下川教授は、心疾患手術で日本一の症例数を誇る榊原記念病院で、技術の向上に努めてきた。冠動脈バイパス手術、僧帽弁手術、大動脈瘤手術のいずれも得意とするスペシャリストだ。
患者の身体的な負担が重くなる人工心肺を使わない「オフポンプ」手術も数多く手掛ける。そんなハイクオリティーな治療を積み重ねたことで、従来は20センチほども胸を切開していた僧帽弁の手術も、キズが目立たない6センチ程度のMICSで成果を上げている。
「僧帽弁は、弁の一部が壊れていても、長年経過しなければ症状は出ません。しかし、症状が出た頃には心筋へのダメージが大きくなっているため、最近では、無症状の段階でも手術が標準治療として勧められています。無症状の患者さんに、大きなキズの手術はなるべく避けたい。MICSはそのために役立ちます」(下川教授)
小さな切開で行う手術は、視界が狭いゆえに時間がかかりやすく、大動脈損傷などの合併症の危険もはらむ。下川教授は、高度な技術で手術時間も短縮したMICSで、QOL向上を実践。都内でもまだ数少ない。さらに、血管から細い管のようなカテーテルを通し、大動脈の弁を置換する治療など、さまざまなことに取り組んでいる。
「当科だけでなく、循環器内科、麻酔科、救命救急科、榊原記念病院とも連携しながら、クオリティーの高い技術をもっと向上させて、近未来にロボット(ダヴィンチ)手術を導入し、これまで以上に身体への負担の少ない治療も行いたい」と下川教授。夢に近づくべく研鑽(けんさん)を積む日々を過ごしている。
<データ>下川教授累績(2012年病院実績)
・心臓大動脈手術2055件
・冠動脈バイパス術630(112件)
・弁膜症手術784件(105件)
・胸部大動脈瘤/解離手術657件(62件)
・病院病床数1154床
〔住所〕〒173-8605 東京都板橋区加賀2の11の1
(電)03・3964・1211
国内で高血圧と推測されるのは約4000万人。このうち通院治療を受けている人はおよそ半数で、通院して血圧のコントロールがきちんとできている人は、さらに3分の1と少ない。
高血圧の状態が続くと、脳卒中や心疾患、腎臓病などに結びつくが、治療を受けても、正常な血圧を維持できない人たちが多いのが現状だ。
この状況を打開すべく、2010年に新たなスタートをしたのが、東京女子医科大学病院高血圧・内分泌内科。従来は、メタボリックシンドロームをトータルに扱っていたが、あえて「高血圧」を標榜(ひょうぼう)したことで、治療への弾みをつけた。
その先導役が、高血圧治療のスペシャリスト・同科の市原淳弘主任教授(52)。
「一般的に高血圧の治療は、血圧をコントロールする『管理』が中心です。しかし、およそ1割は、別の病気が関与する二次性高血圧であり、根本的な病気の治療が必要といえます。何が原因で高血圧になっているのか。それを踏まえた上で『治療』を行う。単に薬だけでなく新たな治療法も研究しています」
こう話す市原教授は、高血圧患者に対して血液検査や尿検査でホルモンなどを調べる詳細な検査を実施。血圧が高くなる原因が、副腎や甲状腺、下垂体などの臓器の病気に関わっていないかがわかり、それらの臓器の病気を治療すれば、高血圧も治るのだ。
ただし、患者の9割は原因不明。そこで市原教授は、昨年11月から「腎デナベーション」という新たな治療法の治験に参加している。血管にカテーテルという管を通して、腎臓につながる血管の内側から外側に向けて高周波エネルギーを流すことで、交感神経を鎮める治療法である。
「原因不明の高血圧には、交感神経が関わっていることがわかっています。臓器にはそれぞれ交感神経と副交感神経が備わっていて、腎臓だけは99%、交感神経で、その働きを少し抑えると、血圧が正常になります」(市原教授)
海外では「腎デナベーション」の治療が先行しており、治療を1回受けただけで、1カ月後に血圧の値が20mmHg程度下がり、その後も徐々に下がり続けて2年後、30mmHg程度下がって横ばい。収縮期血圧が180mmHgあった人は、150mmHgになり、少数の降圧剤の治療と併用で血圧コントロールが可能となるそうだ。
この治療法の臨床研究が、ようやく日本でも始まった。
「原因不明といわれる高血圧で、食生活の見直しや降圧剤だけでは治らなかった人たちへ、新たな研究が進むことで『治る』道が開けると思っています。近い将来、高血圧はコントロールではなく、治る時代が来るでしょう。より多くの方々に貢献できるよう進歩させたい」と市原教授。
高血圧の現状打破のために尽力中だ。
<データ>2012年実績
・高血圧入院患者185人
・高血圧外来患者数延べ239人
・下垂体疾患外来患者数延べ460人
・甲状腺疾患外来患者数延べ790人
・副腎疾患外来患者数延べ700人
・病院病床数1423床
〔住所〕〒162-8666 東京都新宿区河田町8の1
(電)03・3353・8111
国民の3人に1人は、アレルギー疾患に悩んでいるといわれる。ぜんそく、アレルギー性鼻炎、食物アレルギー、アトピー性皮膚炎など、症状の出方もさまざまで、子供から大人まで年齢層は幅広い。
しかも、ぜんそくとアトピー性皮膚炎、あるいは、アレルギー性鼻炎を合併しているケースもあり、ひとつの診療科ですべてをカバーするのは難しい。
また、アレルギー疾患は免疫と深い関わりを持つことが分かっているが、そのメカニズムは完全に解明されていないため、研究の継続と人材育成が不可欠である。
このような課題に取り組み、より良い医療を提供するため、2012年10月、千葉大学医学部附属病院にアレルギーセンターが開設された。ア
レルギー性疾患の総合的な診療、基礎研究と臨床研究の連携、医師のみならず、看護師、薬剤師といった専門職のトレーニングなど、総合的なシステムで国内トップの実力を誇る。
「千葉大学医学部は、免疫アレルギー分野の世界的な研究者や臨床医を数多く輩出し、卓越した実績があります。それらを基盤に、診療科間、あるいは、基礎研究と臨床研究の垣根を越えた取り組みを目指し、開設したのがアレルギーセンターです」
こう話す中島裕史センター長(50)は、長年、アレルギー疾患について、特にぜんそくの病態解明と、その完治をめざした研究に携わっている。
アレルギー性鼻炎や食物アレルギーについては、原因となる抗原を身体に少しずつ入れる「免疫療法(減感作療法)」により、完治への道は開けた。しかし、ぜんそくは病態が複雑で、免疫療法の有効性は低いという。
もちろん、吸入ステロイド薬を中心とした治療により、ぜんそく発作を抑え、重症化を予防することは可能だが、中島センター長が目指しているのは完治だ。
「アレルギー疾患の発症には、皮膚、気道、鼻腔、腸管など、外界と接するところのバリア機能の異常が、関係していることはわかっています。
しかし、どのような異常が、どう免疫機能の異常に結びつくのかが、まだわかっていません。それを解明すれば完治への道は開けると考えています」(中島センター長)
メカニズムの解明と新たな治療法の確立は、世界的にも競争が激しい。世界のトップランナーとして、ゴールのテープを切るべく、千葉大アレルギーセンターは一丸となって奮闘中。
「アレルギーは薬で症状をコントロールできますが、それは対症療法に過ぎません。一人でも多くの患者さんが、薬を使わなくても症状が出ない状態になるよう、これからも診療と研究を進めていきたいと思っています」
アレルギーを封じ込める取り組みは、着実に進行している。
<データ>2013年実績(新規患者数)
・小児ぜんそく約100人
・食物アレルギー約270人(経口免疫療法140人)
・成人ぜんそく約100人
・アトピー性皮膚炎約160人
・接触皮膚炎約60人
・アレルギー性鼻炎約250人
・病院病床数835床
〔住所〕〒260-8677 千葉市中央区亥鼻1の8の1
(電)043・222・7171
進行した大腸がんでは、およそ1割の人が腸閉塞(へいそく)を引き起こす。がんによって腸管が塞がれてしまう。
激痛を伴うだけに、開腹手術によって人工肛門をつけて汚物の排出口を作り、大腸がんを切除するのが一般的な治療法となる。人工肛門を取り外せる状態であれば、手術から3~6カ月後に再手術。
いずれにしても、大腸がんで腸閉塞を起こした場合は、患者の身体的な負担は重い。
そんな状況を一変させたのが、金属ステントを用いた治療法。腸閉塞を起こした部分に、肛門から入れた内視鏡でガイドワイヤを通し、大腸がんを金属ステントで押し広げる。
すると腸閉塞は解消され、腹部に数カ所の穴を開けて行う腹腔鏡下手術により大腸がんを切除すれば、1~2週間で日常生活を取り戻すことが可能だ。
そんな大腸がんの最先端医療を提供しているのが、東邦大学医療センター大橋病院外科。斉田芳久准教授(51)が、1993年に大腸がんによる腸閉塞の画期的な治療法を開発し、昨年の保険適用へと道筋をつけた。
「患者さんの身体への負担をいかに軽くし、的確に治療を行うかを常に考えています。金属ステントの研究当初は、大腸専用のものがなく、食道用のステントで手作りしていました。今は大腸専用のステントも許認可されていますから、もっと普及すれば良いと思っています」(斉田准教授)
大腸がんは形状がさまざまなだけに、腸閉塞を起こした部分へガイドワイヤを入れるのにも高度な技術が必要。症例を重ねないと難しい。そのため、斉田准教授は普及に努めているものの、全国的にはまだ限られた医療機関でしか行われていないのが実情だ。
「内視鏡の検査や治療を行うのは、内科医という施設もあります。これからの医療は、内科と外科のコラボレーションが不可欠です。幸い私たちはそのコラボレーションがうまくいっている。その力を生かして、より新しい医療を提供したい」
こう話す斉田准教授は、常に新しい技術開発に力を注いできた。内視鏡的治療技術も積極的に学び、早期大腸がんに対して手腕を発揮。一方で進行した大腸がんには、腸閉塞の金属ステントを研究開発して、全国一の症例数を持つ。腹腔鏡下手術も当たり前。
加えて、身体への負担の少ない「NOTES(ノーツ)」という技術革新の研究も行っている。例えば、口から入れた内視鏡で胃の壁を通し胆のうを取り出すと、身体の表面には全くキズがつかない。究極ともいうべき治療法である。
「ノーツは外科と内科の共同作業です。まだ適した道具がそろっているとはいえません。今後、医療器具の開発が進むことで、ノーツは大きく進展すると思います」と斉田准教授。新たな治療開発のため日々前進中だ。
<データ>最新実績
・大腸がん手術件数 年間140~150件 (腹腔鏡下手術85%)
・大腸がん金属ステント治療件数 延べ175件
・病院病床数 458床
〔住所〕〒153-8515 東京都目黒区大橋2の17の6
(電)03・3468・1251
がんの治療では、手術、抗がん剤などの化学療法、放射線療法が3本柱。進行がんに対しては、3つを組み合わせた集学的治療が行われている。しかし近年、「凍結治療」が注目の的だ。
患部に細い針のような医療器具を刺し、マイナス170度でがん細胞を破壊死滅させると、体内の免疫細胞が、破壊された細胞から出てくる残骸(がん抗原)を取り込む。がんの特徴を覚え込み、がん細胞を攻撃するリンパ球(キラー細胞)に指令を出す。
キラー細胞は、身体の中に散らばるがんを攻撃し、再発を防いだり、転移したがんを小さくすることが可能となるのだ。
そんな「凍結治療」の最先端の研究を行っているのが、帝京大学医学部附属溝口病院外科。副院長を兼務する同科の杉山保幸(やすゆき)教授(58)が、他施設と協力して成果を上げている。
「人体のメカニズムは複雑で、凍結治療でがん細胞を破壊しすぎるとうまくいきません。ちょうど良い状態で初めて免疫細胞ががん抗原を認識し、全身のがん細胞を排除する力を持つのです。その仕組みを解明し、臨床応用へ進むべき道がようやく開けてきました」
こう話す杉山教授は、大腸がん手術のエキスパート。消化器系がんの手術を数多くこなす一方で、進行がんに対する集学的治療にも力を入れている。
がんを狙い撃ちにする分子標的薬が登場し、進行がんに対する化学療法は進歩しているとはいえ、人によって効果には差がある。それを補うために、杉山教授は20年以上も前に凍結治療の研究に着手した。
「まだ臨床研究の段階ですが、人工的に免疫細胞にがん抗原を認識させる『がんワクチン療法』もあります。しかし、がん細胞にはいろいろなタイプの抗原があり、免疫細胞が一部の抗原を認識するだけでは限界が生じます。
打開するには、患者さん自身の体内で多くのがん抗原を認識することが重要。その手法として、凍結治療および凍結免疫の研究を進めているのです」(杉山教授)
人工的ではなく、自然な状態で免疫細胞ががんを攻撃するように導く。ただし、あまりにもがんが大きく、全身に広い範囲で広がっていると、免疫細胞だけでは処理しきれない。他の治療法とどう組み合わせるのか、杉山教授の研究は現在進行中である。
現状、凍結治療は、皮膚がんや小さい腎がん(小径腎がん)に対し保険適用された。乳がんや肝臓がん、肺がんなどへの適用拡大のための研究は、各医療機関で行われている。凍結治療の広がりとともに、凍結免疫への期待も高まるばかりだ。
「私たちは先輩からファインプレーはしなくてもいいが、エラーだけはするなと教えられてきました。ひとつひとつ実証して次へ進む。その繰り返しです。取り組むべきことはまだ山のようにありますが、凍結治療は今後さらに進展していくでしょう」と杉山教授。
新たな治療の未来の扉を開くため尽力中だ。
<データ>2012年消化器外科実績
・手術数345件
・がんの免疫化学療法36件
・凍結免疫延べ3件
・病院病床数400床
〔住所〕〒213-8507 神奈川県川崎市高津区溝口3の8の3
(電)044・844・3333
いつまでも美味しく食べて健康でいるために、歯は大事。「80歳になっても20本以上自分の歯を保とう」をスローガンに、1989年から8020(ハチマルニイマル)運動が推進されてきた。これは、年を取るとともに歯を失う人が多いということでもある。それはなぜか。実は、私たちの「歯磨き」に問題があるようだ。
『長生きしたけりゃ歯を磨いてはいけません』(豊山とえ子/SBクリエイティブ)によれば、歯を「磨く」という概念が、日本人の虫歯や歯周病の元凶だそう。歯磨きで汚れが完全に落ちるわけではなく、歯がすり減り、歯肉は傷だらけになってしまうというのだ。さらに、歯周病は思いもよらない病気とも関連しているらしい。
■歯周病により認知症のリスクが増加
歯周病がアルツハイマー型認知症と関係していることをご存じだろうか? 歯周病は慢性的に炎症が起こっている状態だが、この菌のひとつが、アルツハイマー型認知症の脳に高頻度で見つかっている。本書によれば、歯周病の症状が重い患者ほど、半年後の認知機能の低下速度が速いことも明らかになっているそう。さらに、「噛めなくなる」と脳への刺激が減り、認知症のリスクが高まる。今まで歯周病をそこまで大きな問題だと考えたことはなかったが、歯を失う危険だけではなく、深刻な病気をも引き起こす可能性があるとなれば、どうにかして予防したいところだ。
■大切なのは「口内洗浄」
口の中を清潔に保つには、プラークコントロールが鍵となる。プラークとは歯垢のこと。バイ菌の塊で、歯と歯肉の境目などに付着している。プラークを落として、口の中のバイ菌を増やさないようにするためには、「歯を磨く」というより、「口内洗浄」を行うことが大切だ。
食後すぐに歯を磨くとよくない、と言われたこともあったが、これは人それぞれ。著者によれば、トゥースウェアという歯がすり減った状態の人にのみ当てはまるそうだ。この状態ではなく、虫歯がある、プラークが多い、などの場合は、食べ終わってすぐにケアして、口の中のバイ菌を増やさないようにすることを優先しよう。
■フロスや歯間ブラシを必ず使うこと
残念なことに、上手に歯磨きをしても、歯ブラシがきちんと当たるのは、歯の全体の約5割。残りの5割を綺麗にするためには、フロスや歯間ブラシの使用が必須となる。特に、バイ菌は寝ている間に一番増えやすいため、就寝前のケアが大切。歯の並び方や隙間の広さによって、フロスや歯間ブラシの効果的な使い方が異なるので、詳細は本書でご確認を。
夜のケアがしっかりできていれば、日中はフロスや歯間ブラシを使う必要はない。その代わりに、何かを食べた後には、ガムを噛むことが推奨される。ガムを噛むことで、歯の表面や噛み合わせに付着した食べカスを取り除くことができ、唾液の分泌が促進されて口腔内の除菌が進むのだ。本書では、具体的にオススメの商品も紹介されている。
歯を失わないことはもちろん、できれば綺麗で健康な歯でありたい。そのために、毎日頑張って歯磨きをしていたのだが…半分しか磨けていなかったとは、残念でならない。しかも、朝・(昼)・晩としっかり歯磨きをするよりも、本書で提案されているケアの方が、時間も短縮できそうだ。他にも、口の中の状態別の歯のメンテナンス手順なども掲載されており、すぐに実行できる内容なので、これを機にプラークコントロールの正しいやり方を習得してみてはいかがだろうか。
高齢化社会の進む中、診断や治療のみならず、福祉、介護にも関わる問題として注目される「認知症」。
一般的に、脳が萎縮し老人斑が生じるアルツハイマー型認知症、脳梗塞などが原因の脳血管認知症、運動障害なども伴うレビー小体型認知症といった名称は広がっている。
ところが、画像診断技術の進歩により、従来とは異なる仕組みで、認知機能が低下するケースが多いこともわかってきた。そのひとつが「嗜銀顆粒(しぎんかりゅう)性認知症」。
徐々に怒りっぽくなるといった性格変化を伴い、アルツハイマー病とは脳のダメージを受ける部分が、わずかにずれる。適切な治療により症状は改善されるのだが、アルツハイマー型認知症と診断されることは珍しくない。
そんな新たな原因を突き止めて、適切な治療へ結びつけるべく牽引(けんいん)しているのが東京都健康長寿医療センター放射線診断科。
「認知機能の低下の原因は、細かく分ければ100種類近くにもなります。認知症は治らないと言われますが、治る病気もあるのです。だからこそ、きちんとした診断技術の確立が必要ですし、それを普及させることが重要だと思います」
こう話す德丸阿耶(あや)部長(57)は、脳や神経の放射線診断のスペシャリスト。研修医時代、神経障害で苦しむ患者が、適切な医療とリハビリによって回復する姿に感銘を受け、診断技術の向上に挑むようになった。
しかし、当時、画像診断技術はまだ発達しておらず、脳の仕組みもよくわからない。手探り状態の中、チームワーク力を生かしながら技術を高めてきた。コツコツと積み上げた診断力は、認知機能低下の原因が山のようにあることも明らかにしている。
「アルツハイマー型認知症が発見されて約100年たちますが、国際アルツハイマー病診断基準に画像診断が加えられたのは、2011年と最近のこと。診断が異なれば、治療、看護、介護の方法も違ってくる。
だからこそ、ひとりひとりの患者さんに合わせた診断技術の確立が、必要不可欠といえるのです」(德丸部長)
医学は日進月歩。患者の脳を映した画像をアルツハイマー型認知症だと思い込むと、別の病気は見えなくなってしまう。思い込みは捨て、ひとりひとりの人生の背景を考慮しつつ、脳の仕組みをひもといていくと、見えなかったことが見えてくるそうだ。
それを後押しするのが、MRI(核磁気共鳴)や脳の血流を映し出すSPECT(単一光子放射断層撮影)などの検査機器の進化。高い診断技術の上で、德丸部長は最新機器を駆使している。
「嗜銀顆粒性認知症も、まだ誰もが診断できる状況ではありません。正しい診断を誰もができるようにしたい。それには、若い方々も育てなければなりません」と德丸部長。
患者の誰もが適切な医療を受けられるように、診断技術の向上と普及に尽力中だ。
<データ>2013年実績
・認知症のMRI(核磁気共鳴)検査約1200件
・脳血流SPECT検査約1200件
・物忘れ外来(週5日、完全予約制)1日平均3.5人
・病院病床数550床
〔住所〕〒173-0015 東京都板橋区栄町35の2
(電)03・3964・1141
高齢化社会で増加傾向といわれる病気のひとつに「総胆管結石」がある。胆のうに生じた胆石が、胆汁の通り道である総胆管に入り込む病気だ。
大きな結石や複数の結石が蓄積すると、胆汁の流れは滞り、命に関わる胆管炎などにも結びつく。そのため、胆のうの胆石は無症状では経過観察だが、総胆管結石では治療が必要といわれる。しかし、細い管に複数生じた結石を取り除くのは容易ではない。
そんな総胆管結石をはじめ、急性膵(すい)炎、慢性膵炎、悪性腫瘍(膵がん、胆道がん)など、胆・膵領域の内視鏡の診断と治療で、高い技術力を持つのが東海大学医学部付属病院消化器内科胆膵グループ。最新の医療器具を駆使し、他の医療機関では治療が困難といわれた症例も、数多く手掛けている。
「総胆管の出口である十二指腸乳頭部は、膵臓の膵液が流れる主膵管の出口でもあり、内視鏡による診断や治療には、ある程度の技術力が必要になります。
また、胆膵領域は、もともと他の消化器系の臓器と比べて、解剖学的な問題もあり、診断と治療が難しいゆえに、常に技術力の向上に努めています」
こう話す川口義明准教授(49)は、胆膵疾患の内視鏡診断・治療のエキスパート。総胆管結石に対しては、内視鏡の先端からバスケットやバルーンといった機器を駆使して治療を行っている。
さらに、一般的に総胆管結石の治療後は、主膵管にも影響を与えて急性膵炎を起こす可能性があるが、あらかじめ主膵管にステントという人工の管を置くことで、予防にも尽力。加えて、さまざまなステントを駆使し、慢性膵炎、がんによる黄疸(おうだん)など別の病気の症状改善も行っている。
「胆膵疾患は、診断も治療も難しいケースが多いのですが、良性の場合は、技術力が結果に反映されやすく、やりがいを感じています。悪性腫瘍の場合は、特に膵臓では診断が遅れがちですが、超音波内視鏡によって、確実な診断へとつなげています」(川口准教授)
超音波内視鏡は、内視鏡の先端に超音波がついた医療器具。膵臓は胃の裏側に位置し、通常、身体の外側から超音波を当てても、全容を捉えることは難しい。奥深い臓器である膵臓内の腫瘍の性質を把握するには、細胞を採取する必要がある。
そこで、川口准教授は、超音波内視鏡を用い、胃や十二指腸から膵臓を観察した上で、針を刺して細胞を採取する「超音波内視鏡下穿刺(せんし)吸引法(EUS-FNA)」にも力を入れている。これは、2010年4月に保健収載された診断法だ。
「従来、主膵管から行っていた細胞診や生検法よりも、EUS-FNAの方が、診断精度が上がっています。
胆膵疾患は、高齢化社会とともに増加傾向にあります。内視鏡による診断と治療のバリエーションは増えていますので、技術力を駆使し、戦略を立てることで、これからも貢献していきたい」と川口准教授。
困ったときの最後のとりでとして、患者を守るべく奮闘中だ。
<データ>2013年実績
・内視鏡的逆行性胆管膵管造影(ERCP) 797件
・超音波内視鏡(EUS)237件
・超音波内視鏡下穿刺吸引法(EUS-FNA) 112件
・病院病床数804床
〔住所〕〒259-1193 神奈川県伊勢原市下糟 屋143
(電)0463・93・1121
たいていの患者にとって、医学の専門的なことや、技術的なことは分かりにくいものです。
ましてや自分の身体の調子が悪いときは、精神的にも不安な状態。そんなときに親身になって接してくれた病院を、患者は「いい病院だなあ」と感じることがあります。
じつは、この患者に対する病院の「姿勢」は、待合室などで目にする院内掲示物を見ると、わかることがあります。普段何気なくみている張り紙やパンフレットですが、目線を変えてみると、わかってくることがあります。
◆そもそも院内掲示とは?
病院側から患者へ情報を伝える手段として、今も昔も変わらず行われているのが、院内掲示です。掲示事項のなかには、医療法で掲示が定められている事項もあります。
●【医療法による院内掲示の義務事項】
・管理者の氏名
・診療に従事する医師(歯科医師)の氏名
・医師(歯科医師)の診察日及び診察時間
・病院の案内図
●【療養担当規則等に基づく院内掲示の義務事項】(一部抜粋)
・看護要員の対患者割合、構成
・DPC(診断群分類包括評価)
一日あたりの包括払いとし、一定額の支払いとするのが「DPC」。その対象病院であるかどうか
・食事療養の内容や費用に関する事項
適時適温
・差額ベッドの数、料金、部屋の説明
・入院ベッド数200床以上の病院の場合で、紹介状をもたない患者についての初診費用について
・おむつ代、病衣貸与など、保険外でかかる費用は具体的な項目を明記
・予約診療とその費用
・時間外診療と費用徴収について
・明細書の発行状況に対する事項
具体的には、「医療費のわかる領収書、及び個別の診療報酬の算定項目がわかる明細書の発行に関する説明」
などたくさんあります。
◆院内掲示は「黙示の同意」
こうした院内掲示はなぜ必要なのでしょうか。患者に院内の決まり事や仕組みなどをすべて説明することはできません。そこで院内に貼り紙をする、という形で情報発信しているのです。
病院側は、患者が院内掲示を見るだろうということ以上に、申し出がなければ、その内容を十分に理解し、同意している、とみなします(黙示の同意)。
ですから、患者側も注意深く院内掲示をみて、疑問があれば聞いておく、という姿勢をもつことは大切です。
◆院内掲示で見えてくる病院の姿勢
院内掲示の情報は、ただベタベタとやみくもに貼ってあればいい、というわけではありません。患者に対して有用だと思われる情報を、わかりやすく発信してこそ、情報としての価値が生まれます。
病院のなかには、義務事項だけにこだわらず、さまざまな工夫をこらして情報発信している所があります。
例えば、「病院の理念や基本方針」について病院長の顔写真入りで文書が掲げられていたり、患者の権利、病院の歴史、手術件数や実績、「セカンドオピニオン」についての案内、個人情報・カルテの取り扱い、
各診療科の先生たちのプロフィール、患者会の情報、などを掲げていたりすることがあります。ま
た院内掲示のみならず、パンフレットを作成したり、ホームページでも発信するなど、いろいろな手段をとっています。
また、患者が疑問に思ったり不安に感じることに、何でも相談に乗りますよ、という窓口を作って、しっかり案内している病院は、患者が知りたい情報を積極的に提供しようという「姿勢」をもった病院といえるでしょう。
取材協力:医療グループあすか
国内では医療の進化のみならず、病院機能の向上も日進月歩。限られた敷地や病床数で、さまざまな工夫を行っている。
そんな病院のひとつが、東京医科歯科大学医学部附属病院。2009年から4年連続、厚労省から救命救急センター全国第1位の評価を受け、2020年東京五輪のオリンピック病院(東京会場)にも選ばれた。
睡眠障害の治療や入院患者への口腔(こうくう)ケアなどでは、隣接する歯学部附属病院との診療連携も進めている。また、難病に対しては、診療科の垣根を越え、高度な医療を提供する5つのセンター化を実現。
さらに、減圧症やスポーツ外傷などに特殊なアプローチを行うため、日本最大規模の装置を持つ高気圧治療部なども、同病院ならでは。
「スムーズで快適に受診できるように、日々改善しています。
充実した医療の提供のためには、医療従事者の環境も整えないとなりません。当院では、臨床医教育にも力を入れ、一般的に研修医の大学病院離れといわれる中、卒後臨床研修プログラムは、全国で1、2位を争うほどの人気となっています」
そう話すのは同病院医療支援課の亘(わたり)治彦課長(54)。
患者向けのサービスでは、一昨年に開設した医療連携支援センターで、患者相談室を開始すると同時に、入院から退院後の転院、在宅医療など、地域と連携しながらサポート強化を図っている。
さらに、昨年12月には特別病室の料金改定も実施した。例えは、最上級の特別室「甲1」は、シャワー、キッチン、控室などの設備があり広さ50m2で、以前は10万円/日(税別)だったが、8万円/日(同)に値下げ。
14室あるシャワー付きの広さ22m2の特別室「甲」も、4万円/日から3万5000円/日(いずれも同)とした。
「多くの方に快適に治療を受けていただくために、特別室の料金改定を行いました。稼働率は上昇傾向にあります。一般病棟も、個室の雰囲気を出すために仕切りを作るなど、今も改良中です」とは、医療連携支援センターの鈴木峰雄副センター長(57)。
アメニティーにも力を入れる一方、約300台収容可能な駐車場の上には、屋上庭園も昨年12月にリニューアルオープンした。医療設備はもとより、サービス、人材育成などを充実させつつ、全国1位の質と評される救命救急センターのさらなる向上にも取り組む。
「救急医療や災害医療のためにドクターヘリを活用していますが、より大きなヘリコプターでも離着陸できるように、今年、ヘリポートを拡大する予定です」と救命救急事務室の福島忍室長(45)はいう。
地域医療機関との連携もこれまで以上に強化中だ。
「在院日数がどんどん短くなっていく状況では、地域との連携は不可欠です。機能分化をより図っていきたい」と亘課長。その取り組みに終わりはない。
<データ>2013年度実績
・外来患者数2344人/日
・手術総数7604件
・平均在院日数12.89日
・救急患者総数1万3183人
・病院病床数763床
〔住所〕〒113-8519 東京都文京区湯島1の5の45
(電)03・3813・6111
生活習慣病や加齢に伴う動脈硬化は、心臓の血管のみならず腹部の太い動脈から下肢の細い動脈にも生じる。
動脈の血流が悪くなると下肢への血流は滞り、脚が痛い、歩けない、細胞組織が崩壊する壊疽(えそ)などにも結びつく。それを「閉塞(へいそく)性動脈硬化症」という。
治療法は、運動療法を中心とした保存的治療をはじめ、細い管を血管に入れ、狭くなった患部を広げるカテーテル治療、手術で別の血流のルートを確保するバイパス術が一般的。
そんな従来の治療法を進化させつつ最先端の研究を行っているのが、慶應義塾大学病院一般・消化器外科血管班。
閉塞性動脈硬化症のみならず、血管がコブのように膨れる腹部大動脈瘤(りゅう)や、脚の静脈の血流が滞る下肢静脈瘤の治療も得意とし、研鑽(けんさん)を重ねた医師たちが、各地の関連施設でも治療を提供している。
「慶應大の血管班は、日々の治療はもとより、教育にも力を入れているため、関連施設が多いのが強み。同時に、新しい技術を開発するのも大学病院の使命であり、国内初の研究も行っています」
こう話す同血管班チーフの尾原秀明専任講師(46)は、血管外科治療のエキスパート。約10年前から既存の治療が不適応な閉塞性動脈硬化症に対し、患者自身の細胞を用いた再生医療の研究を行っている。
さらに現在、着手しているのが生体吸収ステントを用いた国内初の治療法。一般的にカテーテル治療では、金属でできたステントという網目のような器具を血管内に装着するのだが、これは人体にとって異物。
そこで、ステントが時間の経過とともに溶けて消える「末梢(まっしょう)血管用吸収ステント」を用いた治療法を研究している。
「国内では、心臓の血管に対し、海外製の生体吸収ステントを用いた研究が進められています。心臓以外の末梢血管に対し、国内メーカー製の生体吸収ステントを用いた臨床治験は、国内初の取り組みになります」
実は、尾原講師が目指すのは、この研究の先にあった。例えば、再生医療で作製した細胞は、体内の必要な組織に留置しなければ、意味はない。血流が激しく流れる血管内では、なおさら再生する細胞を留めておくのが難しい。
生体吸収ステントのように、再生細胞を乗せることができ、ステントだけは消えれば、再生細胞だけが必要な個所にとどまることができる。もちろん、これは未来の話だ。
「個々の患者さんに最も適した治療を提供したいと考えています。閉塞性動脈硬化症は、運動療法で十分な患者さんもたくさんいますので、不必要なカテーテル治療やバイパス術には気をつけています。
ただし、従来の治療では困難な患者さんもおり、最先端治療で対処できるようにイノベーショナルな研究を続けています。ガソリン車から電気自動車に変わるように、医学でも新しい技術革新をしたい」と尾原講師。
日々の診療と地道な研究を進めながら、未来の扉を開くために尽力中だ。
<データ>慶應大2012年度実績(カッコ内は関連施設)
・血管外科手術総数414件(2145件)
・閉塞性動脈硬化症135件(578件)
・閉塞性動脈硬化症バイパス手術48件(176件)
・閉塞性動脈硬化症カテーテル治療87件(362件)
・病院病床数1044床
〔住所〕〒160-8582 東京都新宿区信濃町35 (電)03・3353・1211
グローバル化が進んだ近年、日本人の海外渡航者は年間1700万人以上となり、外国人入国者数も昨年は1100万人を超えた。
2020年開催の東京五輪に向けて、外国人入国者数は増加傾向。国内外の人が行き交えば、感染症のリスクは高まる。海外には、国内には存在しない病原体がいるからだ。
そんなグローバルな感染症に対して、専門性の高い診断と治療を提供すべく、昨年10月、新設されたのが東京医科大学病院感染症科。
院内感染対策や国内の感染症診療だけでなく、国際的な感染症にも積極的に対応しているのが特徴だ。厚労省の検疫所や海外医療機関などと連携して、さまざまな取り組みを行っている。
「海外の感染症の中には、国内での診断が難しいケースがあります。例えば、熱帯病のマラリアは、通常40度近くの高熱を伴いますが、国内でインフルエンザが流行する冬季では、正しい診断が下せないこともあります。
マラリアは数日以内に適切な治療を行わないと、命に関わります。グローバル社会では国内で珍しい熱帯感染症の診療も、適切に行われるようにしたいのです」
こう話す同科診療科長の水野泰孝准教授(45)は、国際的な感染症の診断・治療のエキスパート。
在ベトナム日本大使館の医務官経験をはじめ、米国熱帯医学会認定医の資格を持つなど、海外の感染症に精通している。しかし、日本では専門の医師は少ない。グローバル社会の中で、その必要性は高まるばかり。
「蚊を媒介とするデング熱は、日本人が渡航先で感染し、帰国後に発症する輸入感染症例が、最近では年間約200例以上もあり、グローバルな感染症の壁はなくなっています。
一般の方々も、医師の方々も、知識があれば予防も正しい診断も可能になります。そのため、地域の医師会と連携し、医療従事者向けの勉強会を年2回実施しています」
地域医療との連携を強めることで、海外渡航者のプライマリーケア(最初の診療)を普及させると同時に、現在、水野准教授が力を入れているのが、海外で深刻化している多剤耐性菌の問題。
いくつもの抗生物質が効かない多剤耐性菌は、術後などで免疫力が低下した人らに、深刻な事態をもたらす。
ほとんどの抗生物質に効かない多剤耐性菌「ニューデリーメタロベータラクタマーゼ(NDM1)産生菌」も、数年前に初めて日本への侵入が確認された。水野准教授は、在留邦人の保菌調査や現地での環境調査などの研究も進めている。
「国際交流が今後ますます増えれば、大学病院の機能として、渡航医学・感染制御・感染症診療の3本柱は、医療安全の面からも今以上に重要な領域になる。
国際的な感染症センターのような枠組みでの活動も視野に入れ、若手医師の教育だけではなく、ベトナムの姉妹大学に医学生を送り、開発途上国の医療の現状や実際の熱帯感染症の診療を学ばせています。大学病院ならではの強みを生かして、発展させていきたいと思っています」と水野准教授。
その取り組みに終わりはない。
<データ>感染症科実績
・外来患者月間約50人
・入院患者数累計約25人(昨年10月~)
・病院病床数1015床
〔住所〕〒160-0023 東京都新宿区西新宿6の7の1
(電)03・3342・111
国内死因第4位の脳卒中には、脳の血管が詰まる脳梗塞、脳の細い血管が切れる脳出血、血管にコブ状の脳動脈瘤(りゅう)が生じて破裂するくも膜下出血がある。
脳動脈瘤の場合は手術が必要だが、大きなもの、形が複雑なもの、深部のものは手術が難しい。脳の血管は、いろいろな神経の近くや重要な部分を走行しているため、動脈瘤を処理するには高度な技術を要する。
そんな脳血管手術で日本一を目指しているのが、昭和大学病院脳神経外科。昨年4月に脳外科手術のスペシャリスト・水谷徹主任教授(53)が着任し、治療成績を一気に引き上げ、新たな体制も整えた。
「私自身は開頭手術を数多く経験しており、全国から開頭手術が適応となる難症例の患者さんも来ていただいています。動脈瘤によっては、カテーテルという管を用いる血管内治療が適していることもある。
また、開頭手術とカテーテル治療が協力して治療する方が良い場合もあります。昭和大学では、どのような症例に対しても、安全で適切な治療を行いたい。国内最高レベルの医療の提供を目指しています」
こう話す水谷教授は、解離性脳動脈瘤の治療で、世界ナンバーワンの実力を持つ。解離性脳動脈瘤は、脳の血管の壁がはがれ、そこへ血液が流れ込み膨れ上がる。血流の新たな通り道を作らなければならない。
水谷教授は高度な技術による工夫を常に行ってきた。数多く手掛ける他の脳血管障害の手術でも同じこと。他の医療機関で「無理」といわれた難症例も手がける。加えて、良性腫瘍の手術も得意。その実力の知名度は高く、技術を学びたいと希望する医師が次々と入局中だ。
今年4月には、血管内治療の医師も常勤させることでスタッフをより充実させた。守備範囲は広く、首の血管が細くなる頚動脈狭窄(けいどうみゃくきょうさく)など、さまざまな治療を24時間体制で行っている。
「安全で確実な手術を行うには、常に技術レベルの向上に励まなければなりません。手術は全てコンピューターサーバーで一括管理し、スタッフがいつでも見ることができるようにしました。常に医師がレベルアップできるよう、教育にも力を入れています」
パソコンの得意な水谷教授が、自らネットワークを構築した。ハイビジョン画像の動画は、スタッフが単に見るだけでなく、術前術後の検討会でも活用し、技術向上に役立てている。
この教育は、同大学附属の藤が丘病院や横浜市北部病院など、昭和大脳神経外科のスタッフへも広がり、同大全体のレベル向上にもひと役買っていた。
「IT化を発展させると若い人も学びやすい。もっともっと人を育てたい。脳血管障害の治療と言えば『昭和大』と、多くの人から言われるようにしたい。出身大学を問わず、手術の上達をめざす医局員を募集中です」
最高峰の集団を目指した取り組みは現在も進行中だ。
<データ>昨年実績
・手術数371件(今年予想500件超)
・未破裂脳動脈瘤手術53件
・脳動脈瘤破裂手術29件・病院病床数815床
〔住所〕〒142-8666 東京都品川区旗の台1の5の8
(電)03・3784・8000
内では年間約4万7000人の命を奪っている大腸がん。早期発見のため、便中の、がんからの出血の有無を調べる便潜血検査(免疫法)は、1992年から厚労省によって施行され、40歳以上の集団検診に組み込まれた。
ところが、対象者の約2割しか受けていない。しかも、陽性との結果が出た人の約4割は、大腸を精密に調べる内視鏡検査も受けないのが現状。
無症状ゆえに放置されがちだが、血便などの自覚症状が生じたときには、進行がんとして見つかるケースが少なくない。
早期発見、早期治療に加え、便潜血検査や内視鏡検査のメリットを明確にし、多くの人に役立ててもらおうと最先端の研究を進めているのが、国立がん研究センター中央病院内視鏡センターだ。
「便潜血検査で陽性の人が大腸内視鏡検査を受け、大腸がんが見つかるのは数%。しかし、大腸ポリープが見つかる割合は高い。大腸ポリープには腺腫(せんしゅ)という、がんになる可能性を秘めたものもある。
小さいポリープも含め、大腸内をクリーンにした後、どれくらいの頻度で大腸内視鏡検査を受ければ、がんを予防できるかなど、国内ではまだ不明瞭なことが多い。それらを明らかにするために、さまざまな取り組みを行っています」
こう話す同内視鏡センターの松田尚久医長(44)は、2003年開始の厚労省がん臨床研究「ジャパンポリープスタディ」の研究代表者。大腸内視鏡検査の検査間隔についての研究成果は、来月の米国の学会で発表する予定という。
また、国立がん研究センター研究所がん予防研究分野の武藤倫弘ユニット長と、京都府立医科大学の石川秀樹特任教授による「アスピリンによる大腸がん予防に向けた多施設での臨床試験」にも参加。
大腸内視鏡で腺腫を取り除いた人がアスピリンを服用することで、約4割程度の予防効果が期待できるが、まだ研究段階。確実に予防できる方法が、明確になるまでの道のりは遠い。
「大腸がんの診断と治療は進歩しています。当センターでは、齋藤豊センター長を筆頭に、粘膜にとどまる大腸がんは、大きさに関わらず、内視鏡ではぎ取る内視鏡的粘膜下層剥離(はくり)術(ESD)で成果を上げています。
難易度の高い治療法ですが、一昨年に保険収載されました。治療法が進歩しているからこそ、より早期発見の後押しをしたいのです」
松田医長は、厚労省の研究の一環で、離島の住民に協力を得て、大腸内視鏡検査による早期発見の効果の検証も行っている。11~12年の東京都新島での結果は、検診を受けた住民の50%に腺腫性ポリープが見つかった。来年は大島での研究をスタートする。
「大腸がんで亡くなる方をひとりでも減らしたい。大腸内視鏡を用いて、何ができるかを常に考えています」と松田医長。研究成果を臨床に生かすために奮闘中だ。
<データ>2013年実績
・大腸内視鏡検査数約3500件
・内視鏡的粘膜下層剥離術(大腸ESD)180件
・病院病床数600床
〔住所〕〒104-0045 東京都中央区築地 5の1の1
(電)03・3542・2511
泌尿器科は、ぼうこう、腎臓、前立腺や精巣など、さまざまな臓器の病気に関わる。種類も腫瘍、結石、感染など多種多様。治療法は進歩したが、難治例はどうしても残る。
その壁を乗り越え、治療成績を改善すべく尽力しているのが、東京大学医学部附属病院泌尿器科・男性科。
「がんだけでなく、原因不明の難病である間質性ぼうこう炎などの治療に、特に力を入れています。そのためには、研究とチーム医療がキーになります」
こう話す同科の本間之夫教授(61)は、泌尿器疾患治療のスペシャリスト。他院で「治療は無理」と言われた症例に挑み続けてきた。泌尿器系のがんでは、手術、化学療法、放射線療法、ホルモン療法といった治療法を駆使しているが、難しいケースは残る。
そんな難治性のがんに対し、がん細胞だけを標的にする「ウイルス療法」、がんの抗原を用いる「ワクチン療法」、免疫細胞を活用した「樹状細胞療法」といった最先端治療を提供している。
「同じ目的の手術でも、身体への負担の少ない手術を求めています。腹腔鏡下手術やロボット支援手術など、内視鏡手術を積極的に導入しています。
健康な臓器を少しでも多く残すための手術方法も開発し、総合力を生かしながら最新のチーム医療を実践しているのです」
一方で、本間教授は、高齢者の排尿障害に対する研究も長年行っている。老人ホームなどの施設では、高齢者の排尿に「おむつ」で対処するのは珍しいことではない。ところがおむつをつけてしまうと、排尿機能が衰えてしまうことがあるそうだ。
「ぼうこうに尿がたまるとトイレへ行きたくなるでしょう。これが尿意です。尿意は赤ちゃんのときはありません。しつけられて身に付くのです。おむつを当てていつでも尿をしていい状態になると、尿意を感じなくなる。
使わない機能はどんどん衰えるのです。そうなると高齢者は、一層おむつから離れられなくなってしまう」
元来、おむつの無用な人におむつを当てるのは「排尿権」の侵害にもあたると本間教授はいう。介護をする側にも、排泄(はいせつ)のケアの負担は非常に大きい。
そこで、試験的な試みとして、超音波検査器を使ったケアの方法を実践中。すると、ある施設ではおむつ代が1割減った。方法論と制度がかみ合えば、自らの排尿習慣を取り戻すことも可能。高齢化社会で避けられない難問に対しても、解決のために奮闘している。
「おむつが取れれば、本人も人間らしさを取り戻せるし、介護者の負担も軽くなる。おむつや、その始末の費用が減るなど、経済効果も大きい。しかし理解が得られず、なかなか保険制度に組み込んでもらえないで困っています」(本間教授)
難治性疾患の治療も、排尿権に関わる研究も、目の前には常に高い山がそびえ立つ。
「できないことを可能にするのが、私たち大学にいる者の共通のテーマ」と本間教授。幾つも山を越えてきた経験から、よりよい医療の提供のために心血を注いでいる。
<データ>2013年実績
・外来患者数約2万人(延べ人数)
・泌尿器がん患者数約400人
・ロボット手術86例
・病院病床数1217床
〔住所〕〒113-8655 東京都文京区本郷 7の3の1
(電)03・3815・5411
国内のがん死因で男性第3位、女性第1位、患者数も増加中の大腸がん。一般的検診では、便潜血反応検査で陽性だった人に対し、大腸内視鏡による精密検査が勧められる。だが陽性になっても、精密検査を受けない人が半数以上という。
仕事の忙しさなど時間的な制約だけでなく、お尻の穴から内視鏡を入れるのが恥ずかしい、検査前の前処置で大腸をキレイにする準備が大変、さらに検査自体に苦痛が伴うなど理由はさまざま。
そんな問題点を解決するため、大腸がんのCT(コンピュータ断層撮影)検査で、「CTコロノグラフィ(装置)」が昨年4月から保険適用になった。
最新の高解像度なマルチスライスCTという装置で、人体の横断画像を撮影し、画像処理によって大腸を高精細な3次元表示(画像)にして、ポリープやがん病変を発見する。
この最先端デジタル診断技術を精力的に研究開発し、国内で初めて健診で実用化したのが、国立がん研究センターがん予防・健診研究センター。
10年以上も前に研究に着手した同センター中央病院放射線診断科の飯沼元医長(52)が、放射線技師や関連企業の技術開発者とチームを結成し、診断システムを作り上げた。
「内視鏡検査よりも簡便で短時間。患者さんの前処置や検査の負担が少なく、仕事の合間などに気軽に受けていただけるのが大きな利点。
2010年11月からがん予防・健診研究センターの大腸がん検診(単独3万1500円)を行っていますが、受診された方々からの評判はすこぶる良く、さらなる普及を目指し、検査や診断法の改良に精力的に取り組んでいます」(飯沼医長)
かつてのCT装置は1センチのスライス幅厚で、断面と断面の間に小さな病変が存在すると見逃す可能性もあった。その後、CT装置の進歩によりスライス幅は5ミリ以下まで改良。現在の最新型マルチスライスCTでは、0・5ミリのスライス幅での高速撮影が可能だ。
このCT装置と画像処理技術の飛躍的な進歩が、「CTコロノグラフィ」における小さなポリープの発見を可能にした。
同時に飯沼医長らは、平坦(へいたん)あるいは陥凹(かんおう)型の早期がんを自動的に検出するコンピューター支援検出システムを開発。検査被曝(ひばく)の低線量化に関する最先端の研究も進め、「CTコロノグラフィ」の全国レベルでの普及に力を注ぐ。
「どの医療機関でも簡便に実施可能で、受診者の検査に対する負担を最小限に抑え、大腸診断の能力向上を目指しています。
CTコロノグラフィでは、大腸以外の腹部臓器を同時に診断することも可能であり、腹部全体のスクリーニング法としての魅力も大きい。今後、検査法の標準化や適正化を行い、この画期的な大腸検査法を普及させていきたい」と飯沼医長。
実用化とさらなる応用を目指して、研究開発に力を注ぎ続けている。 (安達純子)
<データ>昨年度実績見通し
・総合健診受診者数約3000人
・大腸がん検診受診者数(CTコロノグラフィ) 約1000人
・同センター中央病院病床数600床
〔住所〕〒104-0045 東京都中央区築地5の1の1
(電)03・3547・5305
世界的に見て日本人に多い胃がん。早期の段階では、内視鏡的治療が広く行われている。そのひとつは、胃の粘膜下層に生理的食塩水を注入して胃がんを浮き上がらせ、内視鏡の先についた高周波電流の流れるワイヤで焼き切る「内視鏡的粘膜切除術」(EMR)。
もうひとつは、内視鏡下のITナイフで切り取る「内視鏡的粘膜下層剥離術」(ESD)。これらの治療で、国内において10本の指に入る実力を誇るのが、埼玉県立がんセンター消化器内科だ。
「患者さんには、『内視鏡的治療により、胃がんであったことを消しゴムのように消せる』といいます。
しかし、全ての早期がんに適用できるものではありません。適用範囲をいかに広げるかが課題です」と話すのは同科・多田正弘部長=写真。EMRの生みの親だ。山口大学医学部第一内科時代の1983年に初めて実施し、日本消化器内視鏡学会で発表した。
ただし、内視鏡的治療では、胃の外側のリンパ節を見ることはできず、転移の有無を調べられない。
そのため検証が重ねられ、「日本胃癌学会ガイドライン」では、(1)大きさが2センチ以下(2)がんが粘膜内にとどまっている(3)がんの内部に潰瘍が形成されていない(4)がんの組織が分化型腺がんというのが、内視鏡治療の適用と定められた。
現在は、2センチ以上の胃がんなどの適用について新たに検証されており、多田部長も、慎重に見極めながら内視鏡的治療に取り組んでいた。
「従来より精度の高い拡大内視鏡で診断技術が上がっています。また、内視鏡的治療で胃の機能を残すと、別の胃がんが生じる(異時性多発早期がんの)恐れがありますが、ピロリ菌を除去すれば抑制されることもわかっています」
多田部長は、早期がんの治療に取り組む一方、進行した胃がんに対する抗がん剤治療も実施。外科的手術が不可能で余命を宣告した患者もいる。
常に治療にベストを尽くしながら思うことは、「もっと小さなうちに胃がんが簡単に見つかるようになれば」。そのため、画像診断などを駆使して身体の外側から「誰が見ても胃がんとすぐにわかる診断法」の研究を進めている。
「客観的にすぐにわかる診断法があれば、内視鏡を飲まなくても済む。内視鏡は、その診断の確認と治療だけになる。そうすれば、もっと小さながんでも見つかりやすい。その方法を確立するのが夢です」(多田部長)
夢を現実のものにするために尽力中だ。(安達純子)
<データ>年間平均実績
★胃がんの内視鏡治療…約250件
★胃がんの抗がん剤治療…約100件
★食道がんの内視鏡的治療…約50件
★大腸がんの内視鏡的治療/ポリープ600~800件(内大腸がん100~120件)
★病床数400床
〔住所〕〒362-0806埼玉県北足立郡伊奈町小室818
(電)048・722・1111
心筋梗塞や狭心症などでは、細い管のカテーテルを用いた検査や治療が盛んに行われている。そのカテーテル治療で、神奈川県ナンバー1、全国でもベスト10に入る実力を誇っているのが、済生会横浜市東部病院心臓血管センター。
4つの心臓カテーテル室には、最新の血管造影装置など最先端の設備を完備し、24時間体制でカテーテル治療専門チームが取り組んでいる。
「私たちが目指しているのは、心臓だけでなく、頚動脈、腎動脈、下肢動脈といった首から下の血管全てを診ることです。
そのために、診療科の枠を超えて連携し、力を入れています」とは、村松俊哉部長(50)=顔写真。前任地の川崎社会保険病院時代から循環器疾患の治療では定評があった。そのチームが2007年3月開院の済生会横浜市東部病院へ移籍。新しい設備の導入と、24時間対応のシステムを構築した。
「チームメンバーも16人に増えましたし、毎年ひとつずつ、新しいことを導入したいと思っています」(村松部長)
初年度は心臓カテーテル3室を設置し、首の血管が狭窄した頚動脈を広げる治療もスタートさせた。翌年は、不整脈に関してカテーテルによる治療も行える設備を導入。また、昨年には心臓病医療用救急車(モービルCCU)の運用も開始した。
モービルCCUは、人工呼吸器や徐細動器などの医療機器を搭載し、心臓超音波検査なども可能な救急車だ。
近隣の医療施設からの要請に応じ、医師が同乗して出動する。患者を迎え入れた現場から初期医療を行う。病院には、医師からあらかじめ患者の様子が伝えられるというメリットもある。
「当初、病院が立ち並ぶ都市部に、モービルCCUは不必要といわれました。しかし、実際に稼働してみると、2日1回は患者さんをお迎えに行っている。患者さんだけでなく、地域の先生方にも喜ばれています」(村松部長)
今年は、数年先に心臓の弁膜症をカテーテル治療で行えるようにするため、心臓血管外科と協力し、その準備に着手する予定という。最先端の機器を導入しつつ、医療の質を一層上げるために努力中だ。
その一方で、村松部長が力を注いでいるのが若手の育成。国内だけでなく、TMT(国際医師トレーニングプログラム)理事長として、中国や東南アジアなどの医師への指導も行っている。「国内外問わず、勉強する機会を与えることができれば」と村松部長。今もその取り組みは続いている。
■〈データ〉2009年実績
★PCI(経皮的冠動脈インターベンション治療)…1153例
★緊急PCI…159例
★PPI(経皮的末梢動脈インターベンション治療)…373例
★CAG(診断心臓カテーテル検査)…2658例
★不整脈カテーテルアブレーション…86例
★ペースメーカー植え込み術…51例
★頚動脈ステント…15例
★植え込み型除細動器…11例
★病床数554床
〔住所〕〒230-8765神奈川県横浜市鶴見区下末吉3の6の1
TEL045・576・3000
国内で年間約6万7000人もの命を奪う肺がん。この治療で全国トップクラスの実績のみならず、世界に先駆けて新たな治療法に取り組んでいるのが大阪府立成人病センター呼吸器外科である。
肺がんそのものだけでなく、他の臓器がんの肺転移についても、国内の単一施設としては治療実績第1位を誇る。
「当センターはチームワークが完璧。技術レベルの高さと症例数で専門医を目指す医師が集まり、ここから育った医師たちが地域の病院でネットワークも作っています」とは、同センター児玉憲副院長。
進行した肺がんに対しては、手術、抗がん剤、放射線を駆使して治療を行い、早期の肺がんや転移性肺がんで局所にとどまっている場合は、肺の部分切除を行っている。
1980年代に児玉副院長が高出力のレーザーメスを用いた手術法を考案。安全な縮小手術を可能にし、「肺がん外科治療の新たなページを開いた」といわれたほどだ。
「できるだけ小さな傷口で済む手術法は、患者さんの負担を軽減することになります。しかし、再発しては意味がない」
90年代には、海外での大規模比較試験で縮小手術は再発リスクが高いとの報告がなされた。そのころ、同センター呼吸器外科では、再発防止の新たな治療法を開発。部分的に切除した肺の切り口の細胞をその場で調べる「術中迅速肺切離面洗浄細胞診」である。
肺の切り口にがんが残っていないかを調べることで、取り残しをなくし、再発を防ぐ。この世界に先駆けた縮小手術法は、同科の強みといえる。
「最近は画像診断機器の発達で、1センチ未満の小さな肺がんを見つけることができます。進行が遅い早期がんに対しても、縮小手術をすることで予後が良いことも確認しています」(児玉副院長)
一般的に、肺がんは進行した状態で見つかりやすいといわれるが、2000年~09年の同科の患者は、およそ半数はリンパ節転移のないIA期肺がんで、その半数以上は2センチ以下の早期がん。そのがんの性質に合わせて治療を行い、完治を目指している。
「肺がんは手ごわい敵です。がんの病態によって、縮小手術や拡大手術、放射線、抗がん剤などの治療を単独あるいは組み合わせて行うオーダーメード医療が不可欠といえます。
患者さんによって、薬の効きやすさなどを調べて情報を保管し、それを治療に生かしています。将来は、採血をしただけで抗がん剤の効果や副作用の出やすさがわかるようになるでしょう」(児玉副院長)
今年創立50周年の節目を迎え、病院の建て替えも決まった。新たな医療の構築に拍車が掛かることを期待したい。
【データ】2008年度実績
★肺がん手術212件
★術中死亡0件
★転移性肺腫瘍56件
★術中肺切離面洗浄細胞診1131件(97年以降累計)
★病床数500床(呼吸器科60床)
〔住所〕〒537-8511大阪府大阪市東成区中道1の3の3
TEL06・6972・1181
企業の本社や金融機関などが集積する東京・大手町に、本格的な医療機器やベテランの医師を擁する聖路加国際病院の分院「聖路加メディローカス」が昨年10月に開業し、高い評価を得ている。
一般内科、婦人科、放射線科があり、PET(陽電子放射断層撮影)検査とCT(コンピューター断層撮影)検査が同時にできる「PET-CT」などの最新機器をそろえる。
同クリニックは、複合ビル「大手町フィナンシャルシティ」の2階にある。東京・築地にある本院の聖路加国際病院とも緊密に連携し、手術などが必要な場合には本院で対応も可能だ。
会員制健康サポート事業も行っており、常駐するトレーナーの指導で、運動施設での運動、健康情報の提供などが受けられる。個人会員の費用は、入会金が189万円、年会費が63万円。
メディローカスの沼口雄治所長は「専門医が最新の医療機器をフル活用し、的確な検査、診断を行える態勢が整っている。外国の方も含め、幅広い利用につながれば」と期待を込める。
聖路加メディローカス所在地
東京都千代田区大手町一丁目9番7号
大手町フィナンシャルシティ サウスタワー2階
03-3527-9527 (当日予約可)
国内のがん死因第1位を独走中の肺がん。検査技術の進歩で早期がんも見つかることが増えているが、がんの生じる位置によっては、部分的な切除で済まないところが、他の臓器の治療と異なる。
肺の構造は、右肺は、3つの肺葉(はいよう)と10の区域に分けられ、左肺は2つの肺葉と8つの区域がある。肺葉や区域の真ん中に早期がんがあれば、がんを含むパーツを取り除く手術は可能。
ところが、区域にまたがり、さらには、片肺の機能低下も伴えば、大きく肺切除をすることはできない。単純に部分切除すれば、血管やリンパ節が入り組む肺は、転移や再発に結びつく。数カ所の孔による低侵襲の胸腔鏡下手術では、なおさら難易度が高い。
この状況を打開し、独自の3Dシミュレーションシステムと3D手術で、3つの区域にまたがる早期肺がんでも、世界的にもまれな区域より小さい単位で切除を行う「多亜(たあ)区域切除」などを実施し、成果を上げているのが東京女子医科大学病院呼吸器外科。手術方法はほとんどが胸腔鏡下手術である。
「肺の表面からは、内側にあるがんの位置を確認することはできません。そのため、胸腔鏡下手術による区域切除は、難しいと言われています。
しかし、がんの位置を明確に3Dで映し出し、手術を行う際にも確認できるシステムがあれば、胸腔鏡下手術による区域切除は可能です。若い医師も、積極的に技術を習得しているところです」
こう話す同科の大貫恭正教授(63)は、肺がん治療のエキスパート。母校の東北大時代からコンピューターに興味を持ち、一般的にもPCが普及し始めた90年代後半から3Dシミュレーション作りに着手した。
全てフリーソフトを用い、コストを抑えて2000年には現在の基礎となるシステムを完成。さらに、3D手術の体制も整えた。
「普及のメリットが大きいため、特許は取得していません。3Dシミュレーションの構築には、手間暇がかかりますが、肺の構造や術前のシミュレーションなどで、若い医師たちの教育にも大いに役立っています。
ただ、理工学部の専門家に、さらに改良してもらえれば、もっと良いシステムになるとも思っています」
現在、医療機器メーカーが開発した3Dシミュレーションも一般的に登場しているが、大貫教授は常に一歩先を行く。その根底にあるのは、身体への負担が少なく確実な治療法への情熱。
ロボット手術の応用にも着手し、将来的により身体への負担が少なく、安全性と有効性を兼ね備えた治療の確立のために力を注ぐ。
「10年以上前に、このようなシステムができないものかと試行錯誤したものが、予想以上に良くできた。医学と工学とを融合させ、10年後、20年後に、さらにより良い医療を提供できるようにしたいと思っています」と大貫教授。
孤軍奮闘しながら医学の新たな進歩を目指している。
<データ>2012年実績
◯手術総数約300例(内訳)
・原発性腫瘍約100例 ・転移腫瘍約60例
・肺葉切除約70例 ・部分切除30例
・区域切除約60例
◯病院病床数1423床
〔住所〕〒162-8666 東京都新宿区河田町8の1
(電)03・3353・8111
近視や遠視、乱視、老眼など、モノが思うように見えないとQOL(生活の質)は低下する。メガネやコンタクトレンズなど器具の装着も、日常生活の状態によっては煩わしいこともある。
QOL向上のための治療は、欧米で注目の的。近視や遠視、乱視に対応するレーシックという手術では、1人ひとりの目の状態に合わせたオーダーメード技術が、近年、格段に進化している。
しかし日本では、消費者庁が昨年12月、レーシック手術を受けて被害が発生したとの情報が80件あり、治療を受けた4割以上が症状や不具合を感じていると注意喚起したことで、波紋を呼んでいる。
そんな中、高い技術レベルだけでなく、術前術後のフォローアップで95%以上の満足度を得ているのが、南青山アイクリニック東京。眼科治療の世界的な権威である慶應義塾大学、坪田一男教授(58)が手術顧問となり、最先端の視力治療で名をはせている。
「レーシック技術は、世界でも確立されています。成功率が6割程度だったら、われわれ眼科医はこの治療を行おうとは思いません。成功は当たり前。
より満足度を高めるために、個々のライフスタイルや目の状態に合わせ、丁寧にシミュレーションを行って、手術データを策定するなど、質の高い確実な治療を実現しています」
こう話す坪田教授は、角膜移植など視力治療のスペシャリスト。涙がうまく機能できないことで目がダメージを受ける「ドライアイ」では、世界ナンバーワンの研究者に選ばれている。
そんな坪田教授が、現在、同クリニックで力を注いでいるのが、日本でもまだ普及していない老眼治療。
「白内障では、濁った水晶体を取り除き、眼内レンズを挿入する手術が日本でも盛んに行われています。そのレンズを患者さんの目のデータに合わせ、オーダーメードする最新の『多焦点レンズ』を挿入することで、老眼も改善します。
老眼治療は多焦点レンズだけでなく、いくつかの方法があります。しかし、日本ではまだごく一部の施設でしか行われていません」
老眼治療では、中央に1・6ミリの穴が空いた極薄のシート「アキュフォーカス」を片方の目に入れ、片目をピントフリーにして遠近を見やすくする方法や、高周波を用いて角膜のカーブを矯正する「CK治療」などがある。各人の目に最適な治療法を選択し、安全性と有効性を高めた老眼治療に坪田教授は力を注ぐ。
「80代の患者さんにも、遠くも近くも見えるようになったと喜ばれています。超高齢社会の日本では、老眼治療は今後さらに広く求められてくるでしょう。患者さんが求める治療に、眼科医はしっかりと応える責務があると考えています」
世界に広がる治療法を先駆的に取り入れ、日本での健全な普及のために邁進(まいしん)中だ。
<データ>2013年実績
・初診外来患者数7468人
・レーシック906件
・白内障手術253件
・老眼治療145件
・角膜移植20件
〔住所〕〒107-0061 東京都港区北青山3の3の11 ルネ青山ビル4階
(電)03・5772・1451
忙しい毎日を送っていると、人間の感情の原点がどこにあるのか-に思いをはせる機会もなくなる。しかし、それを考え、追求し続ける医師がいる。
朝霞台中央総合病院「脳卒中・てんかんセンター」のセンター長を務める久保田有一医師は、「幸せ」や「悲しみ」といった人間の持つ感情の発生の仕組みに強い興味を持ってこの道に進んだ脳神経外科医だ。中でも得意とするのが「てんかん」の診断と治療である。
「てんかんは、人間がかかり得るあらゆる疾患の中でも、“不思議”が最も多い」と久保田医師が語るように、この病気には数多くの謎が残されている。それは病気のメカニズムというよりも、病気(発作)に伴って患者が体験する“現象”だ。
「てんかん発作経験者のすべてではないのですが、発作の直前に特有の音、匂い、味を感じる人がいます。また、デジャブ(既視感)や幻想を見る人もいる。しかも、発作前に見る幻想は、凡人の発想を超越する芸術性を持っていることが多いのです。この不思議を追求したいと考えました」
てんかんは多くの場合、精神科、神経内科などの内科系の診療科が担当するが、久保田医師は「あくまで外科的視点から検証したい」との姿勢を崩さない。
もちろん、医学者としての興味だけでなく、臨床医として患者に寄り添う思いは人一倍強い。単に診療に取り組むだけでなく、患者の就職支援のような、社会生活のサポートにも力を入れるなど、一般的な脳神経外科医とは異なる立ち位置で、患者と病気を見つめる。
「てんかん治療が目指すのは、発作を止めることではない。人間らしい生活を送ることがゴールなのです」
患者との信頼関係を何より重視しつつ、「不思議の巣窟」に向けた久保田医師の探索は続いていく。
■久保田有一(くぼた・ゆういち) 1973年、静岡市生まれ。98年、山形大学医学部卒業後、東京女子医科大医学部脳神経外科入局。国立精神神経センター、米・クリーブランドクリニック、仏・ティモン病院などに勤務の後、2012年から現職。木曜午後は東京女子医科大学病院で「てんかん外来」を担当。医学博士。趣味は登山とピアノ演奏。
ここ数年、大学病院などでは新棟の建設が進み、完成した建物には最新鋭の設備が整い、患者がより快適に受診できるように工夫されている。
単に新しい医療機器の導入やアメニティの充実だけでなく、地域の中核病院としての機能をより高めることに貢献。医療連携が従来以上にスムーズになり、高度医療を地域の誰もが受けられる。
そんな最先端の高度医療と地域連携拠点として、現在注目を集めているのが、昨年12月にオープンした筑波大学附属病院けやき棟だ。地下1階・地上12階建てで、屋上には救急搬送用のヘリポートを完備。
遠方からの搬送もスムーズに行えるだけでなく、地上1階の救急部に隣接する駐車スペースには、救急車4台が止まることができる。
搬送された重症の患者を診る2階の集中治療室フロアは、とにかく幅広く、最新の医療機器を配備。3階には手術室がズラリと並ぶ。
日本初の移動式のMRI装置を導入した「MRI手術室」をはじめ、手術用寝台で血管造影を行えるハイブリッド手術室など、高度な手術への対応力抜群の16室の手術室を設置した。
また、放射線部にはМRI装置3台のほか、標準の64列をはるかに超える256列マルチスライスCTを導入された。
「今年は筑波大学が開設されて40年、昨年病院が開院して35周年を迎えました。これまでも高度な医療を提供し、地域の医療機関に人材派遣するなど、連携を強化してきました。広域な高速ネットワークを充実させ、まんべんなく県内に高度な医療を広げる。
そのため、筑波大学附属病院がより設備を充実させ、最先端医療を常にご提供できる体制は不可欠。それが、けやき棟の完成で実現できると思います」と、五十嵐徹也病院長(65)。
母子周産期から子ども、大人までの急性期の疾患を診断・治療する体制はけやき棟で整った。さらに、同病院では、陽子線治療やホウ素中性子捕捉療法といった新しい放射線治療法や、生活支援ロボットなど、国内でも珍しい未来型医療の研究開発も進めている。
一般の人にも理解しやすいように、1階の「けやきプラザ」に展示も実施。このスペースは、地域のコミュニティースペースとしても活用されている。
加えて、大震災などの災害に強い免震構造、病院機能を3日間維持できる自家発電設備室を配置するなど、地域の災害にも適応できる機能を持っている。
「高度な医療や快適なアメニティを持つことで、多くの方が集まる場となるでしょう。最先端の研究も行えば医療に関わる人々も集まり、ここで新たな医療も生まれる。相乗効果でアップする仕組みを作っているところです」(五十嵐氏)
民間の力も活用しながら、次世代の地域医療を担うため、進化し続けている。
<データ>2011年病院実績
・外来患者数36万9905人・入院患者数25万2662人
・手術総数1万4303件・病院病床数800床(けやき棟611床)
〔住所〕〒305-8576 茨城県つくば市天久保2の1の1
(電)029・853・3900
一般的に太り過ぎはよくないと言われる。内臓脂肪と生活習慣病が伴えば、メタボリックシンドロームで心筋梗塞など動脈硬化のリスクが高まるのは周知のこと。一方、肥満でも、生活習慣病がなく健康な人もいる。
それに関与している可能性があるのが「脂肪酸の質」。オーケストラにたとえれば、脂肪酸を作る遺伝子の指揮者として、脂肪の量を調節するのが転写因子SREBP-1。楽団のメンバーで、脂肪酸の質を左右するのが酵素Elov16。
これらの研究で世界を牽引(けんいん)し、国内でも共同研究を含めた新たな成果を上げ続けているのが、筑波大学附属病院内分泌代謝・糖尿病内科。
最先端の研究に加え、臨床ではチーム医療を構築し、専門性の高い独自の医療を提供。毎年11月には、世界糖尿病デーイベントの開催で糖尿病予防を啓蒙(けいもう)するなど、地域医療にも貢献している。
「肥満が関わる慢性の病気はたくさんあります。教育入院などでしっかり生活習慣を指導し、適切な薬物治療を施すと、多くの場合は血糖や血中脂質は改善します。が、退院後に患者さんご自身が、コントロールを持続するのは簡単ではありません。
脂肪酸の質の研究によって、糖尿病、脂質異常症、動脈硬化、脂肪肝炎など、生活習慣病全体の治療となる新しいアプローチの可能性がわかってきました。将来的には創薬や新たな食事療法の開発に生かせると思っています」
こう話す同科の島野仁教授(53)は、脂肪酸研究の第一人者。米国留学中に、コレステロールの研究で1985年、ノーベル生理学・医学賞を受賞した2人の博士の下で、脂質の転写因子の研究を進め、帰国後、
その1つのSREBP-1とさまざまな生活習慣病との関連を解明。さらに脂肪酸組成を管理するキイ分子Elov16を発見した。
Elov16を欠損させたノックアウトマウスは、意外なことに、栄養過多で肥満になっても糖尿病や動脈硬化にならない。ただし、脳にも影響があり、行動や食物の好みに変化も見られるようだという。
「SREBP-1にアプローチして身体の脂質を量的に管理し、Elov16を調節して脂質の質を善玉に変える新たな方法で、肥満の人を生活習慣病から守ることが可能になります。
ただし、言葉にするほど単純な仕組みではない。Elov16の欠損は、脳だけでなく別の臓器にも悪影響を与えることがあるからです」(島野教授)
昨年10月公表の群馬大学との共同研究成果では、Elov16欠損のマウスが、肺の膨らみを維持させる脂質の異常により、肺線維症になりやすいことも突き止めた。脂肪酸の質に関するメカニズムは、さまざまな病気に関わるのだ。
「現在も多くの研究を手掛けていますが、まだ解明すべきことは多い。世界で活躍しようという気概のある若い医師や研究者の育成にも力を入れています」と島野教授。
世界最先端の研究で、医学の進歩を加速させるべく尽力中だ。
<データ>2012年実績
・新規外来患者数376人
・入院患者数359人
・糖尿病患者数2073人
・脂質異常症患者数430人
・高血圧患者数1465人
・病院病床数800床
〔住所〕〒305-8576 茨城県つくば市天久保2の1の1
(電)029・853・3900
国内で年間3万3000人以上の命を奪っている肝がん。肝臓は消化管からの血液が流入している場所だけに、原発性の肝がんだけでなく、転移性肝がんも多い。
しかし、肝臓の手術は難しく治療によって予後が大きく左右される。その外科的治療で世界に名をはせているのが、日本赤十字社医療センターだ。
「標準治療では適応できない難しい症例の患者さんが集まっています。そういう方の予後をいかに確保するか。365日24時間、そのことを考えています」
こう話す幕内雅敏院長は、肝胆膵外科における世界のリーダー。80年代に手術中にエコーを用いた「幕内術式」を世界で初めて開発し、安全性の高い手術を実現している。
また、93年に世界初となる成人生体肝移植を手掛け、海外の科学雑誌で紹介された。それまで大人から大人への肝臓の部分移植は、ドナーの危険が高いといわれていたが、これを実現したことで、多くの人の命が救われるようになった。
幕内院長が現在まで手掛けた成人生体肝移植は、500例以上。「手抜きはできない」という真摯な姿勢で、“365日24時間”ドクターであり続け、肝切除や生体肝移植など長時間に及ぶ手術を今も行っている。
加えて、2007年に就任した病院長としての手腕も発揮。同センターは、地域がん診療連携拠点病院であるだけでなく、救命救急センター、総合周産期母子医療センターなど、さまざまな機能を持っている。来年1月4日からは、同施設内の新病院に移転し、さらなる医療の充実を目指す。
「新病院は、患者さんにとってはより利用しやすくなるでしょう。しかし、医療というのは、設備ではなく人材が最も大切。肝臓の手術は難しいのですが、日本はもとより世界中から医師がここに勉強に来ています」
こう話す幕内院長が憂えているのは、日本全体の医療における外科医不足。救急救命医、産婦人科のみならず、外科医も近い将来激減するといわれているのだ。幕内院長のもとには、若い外科医が集まっている。とはいえ、全体的な底上げがなされないと、将来外科手術に支障が出かねない。
「20年前に比べて外科の専門医を希望する人は3分の1に減っています。使命感だけでは、ハードな仕事に若い人は就かないでしょう。医療システムを変える必要があると思っています」
“患者のために”を考え続ける幕内院長の取り組みに、終わりはない。
<データ>2008年実績
★がん手術件数942件
★肝切除172例
★膵頭十二指腸切除(PD)19例
★分娩件数2516件
★取扱救急患者数2万6480人
★病床数708床(2010年1月からの数)
〔住所〕〒150-8935東京都渋谷区広尾4ノ1ノ22
(電)03・3400・1311
人間にとって細菌などの外敵から身を守るために欠かせない免疫機能。本来の働きから逸脱すると、皮膚や粘膜などに激しい炎症を引き起こすだけでなく、臓器や組織を破壊して命に関わることもある。
しかも、花粉やハウスダストなどの外因(抗原)によって症状が出る「アレルギー疾患」の種類は幅広く、膠原(こうげん)病に代表される自分の組織に免疫反応が起こる「自己免疫疾患」もさまざまだ。
近年、吸入ステロイドという薬で気管支喘息(ぜんそく)はコントロールしやすくなり、関節リウマチでは炎症に関与する蛋白(たんぱく)を狙い撃ちにする生物学的製剤により、症状が軽減もしくは全く出ないという人もいる。
しかし、それは免疫機能に関わる疾患の全体から見ればごく一部であり、いずれも症状を抑える対処療法だけに、完治に至るケースはまだ少ない。
そんなアレルギー疾患や自己免疫疾患に対して、最先端の研究を行っているのが千葉大学医学部附属病院アレルギー・膠原病内科だ。2008年から「免疫システム統御治療学の国際教育研究拠点」というグローバルCOEプログラムも推進し、世界的な教育と研究の場にもなっている。
「免疫機能に関わる多くの病気は、原因がまだわかっていません。その原因究明の研究を進めています。そして、新しい薬が登場する中、患者さんごとにいかに投与することで症状がコントロールできるのか、個別化医療を目指す研究にも力を入れています」
こう話す同科の中島裕史教授(48)は、自身が小児喘息だった経験から、長年免疫疾患の研究を行っている。千葉大大学院の遺伝子制御学では、20人以上の専門の医師たちの研究をけん引し、原因究明と個別化医療への道を切り開く。
「もともと『免疫の千葉大』と言われるほど、諸先輩方が免疫学に力を入れてきました。それは今でも受け継がれ、小児科や耳鼻咽喉科、皮膚科など、他科でも免疫疾患に力を入れています。
トータル的な診断と治療、そして基礎研究により、一人でも多くの人の命を救い、QOL(生活の質)の向上に役立ちたいと思っています」(中島教授)
免疫系の疾患は複雑だ。一般的に知られる花粉症の抗ヒスタミン薬は、気管支喘息には役に立たない。
また、関節リウマチの生物学的製剤を他の自己免疫疾患へ応用する研究も進められているが、一部の関節リウマチ患者が劇的に症状が改善するのと比べて、まだ決定打とはいえない。暗中模索の状態だが、中島教授は決して諦めない。
「免疫疾患の克服のためメンバー全員が一丸となって日々努力しています。10年後には、より良い医療が提供できるようになるでしょう」と中島教授。その夢へ向けて邁進(まいしん)中だ。
<データ>2011年度実績
・年間延べ患者数約1万8000人
・年間入院患者数約180人
・気管支喘息患者数約200人
・膠原病患者数(関節リウマチを含む)約1700人
・病院病床数835床
〔住所〕〒260-8677 千葉県千葉市中央区亥鼻1の8の1
(電)043・222・7171
泌尿器のがんは、前立腺がん、ぼうこうがん、腎がん、精巣がんなど種類が多い。
臓器ごとに病態も異なり、進行しやすいものから、精巣がんのように全身転移でも治療が可能、あるいは、定期的な検査のみで経過を見る前立腺がんの進行の遅いものなど、さまざま。
治療法も、手術や放射線療法、化学療法、ホルモン療法といろいろあるだけでなく、手術や放射線療法についても、医療機器の進歩で道具も多岐に渡る。
そんな泌尿器がんで、的確な診断と病態に合わせた適切な治療に取り組み、特に難治性の高いがんの予後改善に挑んでいるのが、がん研有明病院泌尿器科。
進行した膀胱がんに対しては、独自開発のゲムシタビン、エトポシド、シスプラチンの3剤併用療法(GEP療法)と手術を組み合わせた治療を2000年から実施。世界的にトップクラスの治療成績(生存率)を実現している。
「早期の段階であれば、膀胱がんも比較的予後は良い。さらに、膀胱全摘だった病態も、今では手術に放射線療法や化学療法を組み合わせた膀胱温存術が可能な場合も出てきた。
しかし、進行したがんは再発率が高く予後も悪い。治療後の再発をいかに防止するか。そのためにGEP療法と、膀胱を広い範囲で摘出する手術を組み合わせ、積極的な治療に取り組んでいます」
こう話す同科の米瀬淳二部長(52)は、泌尿器がん治療のエキスパート。内視鏡を用いた傷の小さい「ミニマム創内視鏡下手術」など低侵襲の治療も行う。
泌尿器は性機能や排尿機能の神経に関わるだけに、機能温存にも尽力。ただし、難治性のがんに対しては生存率向上を念頭に、放射線療法、化学療法、手術を組みわせた集学的な治療を徹底して行っている。
「内視鏡や放射線などのいわば道具は、たくさん開発されていますが、新しい方法を取り入れながらも、きちんと治すことが大切。ハイリスクな病態を見極め、そのがんをいかに封じ込めるか。その方法を常に考えています」(米瀬部長)
前立腺がんは、進行が遅いものから早いものまである。前立腺がんの腫瘍マーカーPSAだけでは判別はできず、一般的に細胞の一部を採取する生検が実施される。
がん研有明病院では、多部位生検に加え、MRI所見を参考にした狙撃生検を追加することで精度の高い診断を行う。
現在、世界的にも、前立腺がんに対する過剰な診断や治療を行わない流れになっているだけに、的確な診断方法の構築は功を奏す。
「ローリスクの前立腺がんなら、治療を行わない『PSA監視療法』も適用になります。的確な診断ができれば治療の選択肢は広がる。泌尿器がん全般に言えます。
患者さんには早期受診で早期発見・早期治療を心掛けていただきたいが、難治性がんには、まだまだ取り組むべきことは多い。より効果的な治療法を行いたい」と米瀬部長。
その取り組みは終わりなき道だ。
<データ>2012年実績(新患数)
・前立腺がん335人
・ぼうこうがん180人
・腎がん76人
・腎盂尿管がん63人
・精巣がん32人
・病院病床数700床
〔住所〕〒135-8550 東京都江東区有明3の8の31
(電)03・3520・0111
最近の脳卒中の急性期治療では、診断・治療だけでなく、早期のリハビリも不可欠である。そのため、脳外科やリハビリ科など、他科との連携によるチーム医療も広まりつつある。
しかし、ひとつの科が突出しているケースもあり、チーム医療の実践は容易ではない。このような状況で、理想的なチーム医療を実現しているのが、東京都保健医療公社荏原病院の総合脳卒中センターだ。
神経内科の田久保秀樹部長、長尾毅彦医長、脳神経外科の土居浩部長、放射線科の井田正博部長、リハビリテーション科の尾花正義医長が中心になり、診療科の垣根を取り払い、脳卒中の急性期医療に取り組んでいる。
「もともと私たちは、1994年に病院が改築したときから、脳卒中の急性期治療に取り組むことを目的として、チーム医療を行ってきました。医局も他科の医師と共通で、それぞれの専門医がタッグを組みやすい体制なのです」と長尾医長。
荏原病院は都立病院として120余年の歴史を誇るが、都内の脳卒中急性期医療の中核を担う病院として94年に新スタートを切った。関東以北では、脳卒中の治療で、脳神経外科が中心になっている医療機関が多いが、荏原病院は神経内科が中心的役割を担う。
「内科と外科でひとつの病気を診るのは当たり前です。脳卒中に対する内科は、神経内科。海外でも一般的なことですが、日本ではまだ神経内科に対する認識が低いのが残念です」(長尾医長)
理想的なチーム医療として、入院科を問わず、理想的な脳卒中の診断・治療を行える体制作りをしてきた。また、早期のリハビリテーションを行う療法士、脳卒中の原因となる基礎疾患を治療する内科医とも連携し、総合的に患者を診るようにしている。
「早期の診断技術やリハビリテーションも、脳卒中の患者さんの治療効果や予後を左右します。いろいろな専門医が力を出し合うことで、患者さんの早期の回復と、社会復帰の後押しも実現できると思っています」(長尾医長)
都立系の病院としては、最初に高解像度の最新式MRI(磁気共鳴画像診断装置)を導入し、24時間体制で救急医療現場でも活用。緊急MRI検査による詳細なデータに基づく診断・治療で定評がある。
そして、2005年11月には、新たに「脳卒中専門病棟」8床を設置。これを機に総合脳卒中センターを開設した。
「総合脳卒中センターになっても、実施している医療は従来と変わりません。私たちは、米国のCSC(総合脳卒中センター)を目指しているのです。その意気込みを名称にこめました」(長尾医長)
高い志を持ち脳卒中に挑み続ける。
【データ】
2008年度実績
(総合脳卒中センター受入患者数)
●脳梗塞246人
●脳内出血80人
●くも膜下出血18人
●脳卒中専門病棟(SU)8床
/普通病床430床
【住所】
〒145-0065
東京都大田区東雪谷4の5の10
TEL03・5734・8000
がんの中でも難治性の高いひとつされている膵(すい)がん。胃や腸の後ろ側に位置しているため、超音波などの検査での早期発見が難しく、見つかったときには進行しているケースが少なくない。
そのため、胃がんや大腸がんなどと比べて罹患率は低いのに、国内で年間2万5000人以上が亡くなっている。
そんな膵がんをはじめ、進行した肝がんや転移性肝がんなどに果敢に挑んでいるのが、千葉徳洲会病院肝胆膵外来である。内科と外科がタッグを組み、一般的な標準治療では手に負えない難しいがんに対して治療を行っている。
「膵がんは手術を行っても、再発する率が高い。私たちは、さまざまな治療を積極的に取り入れ、患者さんの予後に貢献したいと思っているのです」とは、同病院の浅原新吾副院長。
今年3月には、東京大学医科学研究所の中村祐輔教授が開発した膵がん患者へのペプチドワクチン療法の臨床研究に参加した。膵がんの細胞に発現するペプチドというたんぱく質の断片を用い、そのワクチン注射で免疫に抗体を作らせ、膵がんを攻撃させる治療法だ。
「他の治療法がなく、余命数カ月と申告された患者さんで、参加希望された30人の方に行いました。腫瘍マーカーが下がった方、あるいは、腫瘍が小さくなった方もいます」(浅原副院長)
医学が進歩しても、いまだにがんを完全に封じ込めることはできない。浅原副院長は、10年間在籍した癌研有明病院時代から、肝胆膵がんの治療でそれを痛感してきた。だからこそ、効果のある治療を模索し続けている。
「私たち民間の医療機関は、研究よりも臨床に力を入れています。その中で、患者さんに効果のある治療は、できるだけ取り入れたいと思っているのです」(浅原副院長)
進行した肝がんや転移性肝がんには、他の医療機関ではあまり行われていない「一時的肝動脈化学塞栓療法」を実施。でんぶんと抗がん剤を用いた治療法で、一時的に動脈をふさぐことで、肝がんへの栄養補給が遮断され、少ない副作用でがん細胞を死滅させることが可能という。
「一時的肝動脈化学塞栓療法は、転移性肝がんに保険適用の治療法です。手術不能や術後再発の肝がんに対しても効果を上げています。胃がんの転移性肝がんでは、6割が縮小しています。しかし、実施しない医療機関が多いのです」(浅原副院長)
治療困難な患者が集まる中、浅原副院長の「救いたい」思いは募るばかり。そのために、今後も力を尽くし続ける。(安達純子)
〈データ〉
2008年実績
★原発性肝がん内科的治療86件
★転移性肝がんに対する一時的肝動脈化学塞栓療法61件
★膵臓がん内科的治療12件
★膵・胆道がんによる閉塞性黄疸治療(PTBD、ERBD)101件
★病床数304床
〔住所〕〒274-8503千葉県船橋市習志野台1の27の1
TEL047・466・7111
がんなどの病気やケガなどを抱えた患者は、心が不安定になりがち。高度な医療を受けようと大きな病院で待たされているときも、気持ちは落ち着かず、ちょっとした医療従事者の言葉やしぐさに傷つくことがある。
しかし、大学病院のように最先端の医療を提供しているところでは、受診患者数も多く、医療従事者も目いっぱい働いている状態。それでも、患者が快適に受診できるように努力しているのが、千葉大学医学部附属病院だ。
同病院は、がん診療連携病院などの指定を受け、昨年5月には、全国で5機関しか認定されていない「臨床研究中核病院」に選定された。国際水準の質の高い臨床研究や難病の治験などを推進している。
その一方で、2006年から毎年2月に外来患者と入院患者のアンケートによる「満足度調査」をスタートした。
「友人や家族に勧めたいか」の問いに、2009年度に「勧めたい」と答えた外来患者は46・7%、2011年には63・1%にアップ。入院患者も76・1%から81・3%に上昇。診療科の医師や看護師の対応への満足度も上がった。その理由はどこにあるのか。
「2004年に再開発事業がスタートして、新しい病棟などの建物が順次完成しています。また、受付などの態勢を新たにして、スタッフがより働きやすい環境にしました。患者さんからお褒めの言葉もいただき、相乗効果でスタッフのモチベーションはアップしていると思います」と、病院長補佐兼事務部長の手島英雄氏(50)。
10階建ての「ひがし棟」の最上階には、個室の特別室C(2万1000円)~S(5万2500円)の計17室と緩和ケア5床の専用フロアを配置し、Cタイプは一番人気となっている。
2009年に改修した「みなみ棟」の小児病棟では、同大教育学部の協力を得て、医師や看護師、スタッフなどが壁一面にオリジナル主人公「ぴなこちゃん」をモチーフにした絵を描いた。学内でコンクールを行い、優秀作品で絵本も作り、入院する子供たちや家族に無償提供している。
「大学の総力を結集して、患者さんに元気を送っています。1階の廊下には、病院では珍しいディズニー原画のレプリカを飾って好評です。内庭にはクリスマスイルミネーション、季節ごとのイベントなど、心温まるアメニティーを常にご提供できればと思っています」と、医事課長の阿尾守己氏(54)。
現在、外来棟の建て替えが進み、検査棟も新しくなり、2020年には再開発事業が終了予定。建物だけでなく、中身も日々進化中だ。
「医療のご提供やスタッフなどの総合力は、日本一のひとつと自負しています。好印象度100%を目指します」と手島氏。そのための取り組みは、今後も続く。(安達純子)
<データ>2011年度実績
・外来延べ患者数47万6874人・1日平均外来患者数1954人
・入院延べ患者数27万606人・1日平均入院患者数739人
・病院病床数835床
〔住所〕〒260-8677 千葉市中央区亥鼻1の8の1
(電)043・222・7171
がん告知は患者にとって大きな負担となる。
病気に対する不安や恐怖だけでなく、社会生活を維持できるかなど人生に影を落とす。しかし、従来は相談できる場所もわからず、孤独な闘いを強いられた人も多い。
そんな状況を一変させるべく、2008年に地域がん診療連携拠点病院に指定されたことを受けて設立されたのが、帝京大学医学部附属病院帝京がんセンターだ。
院内がん登録をまとめ、化学療法を行い、がん相談支援室や緩和ケアチームによって患者をサポートしている。つまり、包括的にがん患者の診療・支援ができる体制づくりを実現した。
「1人の患者さんに対して、院内のそれぞれの科の連携を良くするだけでなく、地域の連携も強めています」とは、江口研二センター長。
現在、各診療科が集まって症例と治療法を検討する定期カンファレンスを実施しているのはもとより、化学療法についても、医師個人の考えではなく、エビデンス(科学的根拠)に基づいた治療を行う委員会を発足させた。
また、昨年4月からは、痛みなど患者の療養に大きな支障となっているケースについて、地域ぐるみでサポートできる緩和ケアチームの活動を開始。患者のさまざまな相談に乗るがん支援相談室も設置した。
「がん患者さんの中には、ひとつの診療科では対応できない症例もあります。その方々が行き場を失うようなことは避けなければなりません。相談支援を充実させることは、不可欠といえます」
こう話す江口センター長は、患者から直接相談されるケースも多い。しかも、他の病院で検査結果を聞いた患者が、「どうしたらよいのでしょう」という話だ。
一般的に診療した医師が別の病院を紹介するケースは珍しくはないが、第三者的な立場で江口センター長は相談に乗っていた。理想は、「がんのよろず相談」という。
そのために、ひとつの治療に秀でた医師だけでなく、あらゆるがんに精通し、横の連携を取れる「がんの総合内科医」を養成している。
「生活習慣病では、地域の医療機関から大学病院に紹介された患者さんは、その後、地域の医療機関に戻って診療を受けられる仕組みがあります。しかし、がんにはそれがない。
患者さんにとっては、地域で支える仕組みも必要です。そのため、全国のがん医療を地元で支える『コミュニティー オンコロジスト』を養成したい」(江口センター長)
がん患者を支える取り組みは今後も続く。
〈データ〉2009年実績
(5月~12月末まで)
★外来化学療法のべ2510件
★がん相談支援のべ2171件
★院内がん登録室登録件数1282件
★腫瘍内科初診患者数201人
★腫瘍内科病床数20床/外来化学 療法20床
〔住所〕〒173-8606 東京都板橋 区加賀2の11の1
TEL03・3964・1211
セカンドオピニオン(SO)の重要性が叫ばれて久しい。古くは医師が権威として存在し、患者が診断や治療方針に口出しすることは難しかったが、時代の流れとともに「複数の選択肢から治療法を検討したい」という患者のニーズが高まってきた。
主治医との折衝後はSO先の医師や病院を選ぶことになるが、「病気の有無、病名の診断」に疑問がある場合、再診察する病院や医師を自分で選ぶ必要がある。どのように「セカンド医師・病院」を選べばよいのか?
そもそも、良い医師や病院の情報はどうすれば入手できるのか? それには、全国にある「患者会」を探して入会するのが最善の選択肢となるという。
「とくにがんの場合は病院や発症部位・種類ごとに全国3000もの患者会があります。実際にがんを経験し、勉強している患者に話を聞けば、病院や医師についての有益な生の情報を入手できます」(がん難民コーディネーターの藤野邦夫氏)
脳の病気はいろいろだ。血管が詰まる脳梗塞、血管にこぶができる脳動脈瘤、良性でも命を脅かす脳腫瘍など、いずれも治療には高い技術が求められる。
そんな脳疾患の治療で高い評価を得ているのが、虎の門病院脳神経外科。脳腫瘍の手術実績は日本一。間脳下垂体腫瘍の開頭せずに行う治療では、世界屈指の実力を誇る。
「脳の病気は多彩なだけに、血管内治療や間脳下垂体腫瘍治療の部門を分け、専門性を高めています。その間を埋めているのが脳神経外科。それぞれの部門が信頼関係を築き、連携の強いのも特徴です」
こう話す同科の臼井雅昭部長は、脳腫瘍のエキスパート。中でも、聴神経腫瘍の治療でずば抜けた技術力を発揮している。
一般的に、聴神経腫瘍は良性の脳腫瘍なのだが、聴神経は顔面神経のそばにあり、外科的治療によって腫瘍を取り除くと、耳が聞こえなくなるだけでなく、顔面麻痺といった後遺症が残る。
しかし、臼井部長は、モニターを用いた手術方法で、顔面神経の温存率100%の実績を実現。
「脳腫瘍は、良性であっても命にかかわるだけに、切除して命を助ければいいというのは、医師のおごりだと思います。治療によって麻痺などが生じて、その後の生活に支障が出るのを避けなければなりません。だからこそ、専門性を高める必要がある」(臼井部長)
そんな同病院には、他病院から紹介された複雑な症例も集まっていた。患者のQOL(生活の質)を維持するために、どのような治療が適切なのか。良性腫瘍や脳血管疾患では、経過を見守りながら治療のタイミングを図ることも大切。専門分野に分かれても、独断で決めずに横の連携によってカバーしている。
取材した日も、脳神経血管内治療科から臼井部長へ、カテーテル治療ではなく外科的治療が必要ではないかと、患者に関する相談の電話が入った。医師の信頼関係で築く最善治療の選択。それが、実績に結びついている。
「私たちは、脊髄動静脈瘻(ろう)という動脈と静脈がつながって脊髄の虚血を起こす疾患も、整形外科の医師と連携して治療しています。その他に神経内科との協力体制も築いているのが強みといえます」(臼井部長)
あらゆる角度から脳疾患を診る体制を作った臼井部長は、脳卒中センターを作りたいと思っている。今でも、救急患者を受け入れる体制はあるが、「充実させたい」という。「病院の評価は術数ではない」と断言する臼井部長は、患者にベストな治療を行うために今も奔走中だ。
<データ>2009年実績
★年間手術数(血管内/間脳下垂体を含む)660件
★脳腫瘍92件(内、聴神経腫瘍42件)
★血管障害34件
★下垂体部腫瘍(開頭以外)320件
★血管内治療111件
★病床数890床(内、脳外科関係45床)
〔住所〕〒105-8470東京都港区虎ノ門2の2の2(電)03・3588・1111
つらい自覚症状はいろいろあるが、厚労省『平成19年国民生活基礎調査』によれば、男性の第1位は「腰痛」。中でも、足の激痛やしびれを伴う椎間板ヘルニアは代表的な脊椎脊髄の病気だ。
その痛みを取る、あるいは、根治的な治療で定評を持つのが、板橋中央総合病院脊椎脊髄センター。患者の増加に伴い2008年に同病院の整形外科からスタッフを専従させて新たにスタートした。
「患者さんは痛みを早くなんとかしてほしいと希望されます。それに応えると同時に、迅速に行う適確な診断も必要。椎間板ヘルニアと思われていても、別の病気が潜んでいることがあるからです。それらのことが、センターの開設でより行いやすくなりました」
こう話す中小路拓センター長は、都内では6人しかいない日本整形外科学会認定の脊椎内視鏡下手術・技術認定医の1人。椎間板から飛び出して神経を圧迫しているヘルニアを除去するには、腰の後ろを7センチほど切開する手術が一般的だ。
それを15ミリの小さな切開で内視鏡を挿入して腰椎の隙間から治療を行う。入院期間は4日程度。手術後の痛みも少なく、高齢者でも行えるのも利点といえる。
その治療を行える数少ない医師の一人である中小路センター長だが、内視鏡手術にのみこだわっているわけではない。痛みを取るため、「持続硬膜外ブロック」という治療も積極的に行っている。5日間ほどの入院による疼痛の集中治療だ。
「患者さんは歩けないほど痛くても必ずしも手術を望むわけではありません。『持続硬膜外ブロック』は根本的治療ではありませんが、ほとんどの患者さんの痛みは軽快し、約半数の人は、その後の再発もなく手術を行わずに済んでいます。
これは、患者さんを紹介してくれる診療所の先生方と“病診連携”の体制を取っているからこそ、行える治療法ともいえます」(中小路センター長)
痛みの取れた患者は、再び診療所で定期的に状態を診てもらう。異変があれば、また脊椎脊髄センターを受診する仕組み。このような医師同士の連携は、信頼関係があるからこそ築かれたものだ。
その連携によって、椎間板ヘルニアの影に潜む解離性動脈瘤や脊髄変性疾患など、別の病気がセンターで見つかることもしばしば。腰の痛みは多様で、原因疾患を見極める診断技術も、センターでは確立している。
そんな中小路センター長の夢は、「当院は臨床研修指定病院なので、脊椎外科専門医を少しでも多く育て、地域医療に貢献したい」。日々の診断・治療に加え、一人でも多くの専門医を育てるためにまい進中だ。(安達純子)
〈データ〉2009年実績
★整形外科手術総数608件
★脊椎外科手術115件(内視鏡を用いた腰椎椎間板ヘルニア摘出術18件)
★持続硬膜外ブロック30件
★病床数579床〔住所〕〒174-0051東京都板橋区小豆沢2の12の7
TEL03・3967・4275
★自己心膜を使用した弁形成で血栓による脳梗塞など解消
心臓病の中でも高齢化に伴い増加しているのが、心臓弁膜症の一つである大動脈弁狭窄症。弁が石灰化して固くなり十分に開かなくなる状態だ。その結果、心肥大や胸痛、失神を起こし、心不全に至ることもある。
従来から、人工的に作った弁(人工弁)に置き換える手術は行われているが、人工弁には血栓がつきやすい。
血栓による脳梗塞や肺梗塞を防ぐため、血液をサラサラにするワーファリンという薬を一生飲み続けるが、脳出血・消化管出血など出血の合併症にも注意が必要だ。加えて、妊娠する可能性がある女性には原則として使用できない。
また、患者は、摂取できる食品が制限されるなど不都合があった。
それらを解消する新たな治療法として、「自己心膜を使用した大動脈弁形成術」を2007年に日本で初めて実施したのが、東邦大学医療センター大橋病院心臓血管外科だ。
「患者さんから、異物である人工弁を入れずに治療してほしいという要望が多々あり、それに応える方法がないかと考えたのです」
こう話す尾崎重之教授は、患者自身の心臓を包む心膜で大動脈弁を作ることを思いついた。そして、大動脈弁の形にも着目。正常な3枚の弁は、お椀状の立体的な形をしておりそれぞれの大きさが違う。
人工弁は、大きさが3つとも同じで本来の弁とは本質的に異なる。そこで尾崎教授は、それぞれの弁の大きさ(交連部間距離)の長さを簡単に測れる「弁尖(べんせん)サイザー」という道具と、それに合わせて「自己心膜から弁を作るテンプレート」を考案。どの医師でも容易にできる世界初の大動脈弁形成術を確立させた。
「患者さんにとっては人工弁を使用しない分、医療費が安くなり、ワーファリンを飲まずに済むため運動制限や食事制限もありません」(尾崎教授)
3年間で累計174人がこの治療を受けているが、再手術をした人はゼロ。1年間に1%程度の再手術が行われる人工弁と比較すると好成績。また、88歳といった高齢者にも適応できる治療法であり、循環器学会で発表したところ大反響を呼び、少しずつ普及も始まっている。
「私たちは、QOL(生活の質)をより高められる治療法と『からだにやさしい』手術を目指しています。そのための新たな治療法を開発することも、使命なのです」(尾崎教授)
次の目標は「成長する弁」の開発。牛の心膜から細胞を取り除くと、枠組みだけのような状態になり、その枠に合わせて人間の細胞が再生される仕組み。身体の成長に合わせて弁も成長し、耐久性にも優れたものと期待されている。新たな世界初の治療法が、産声を上げるのは間近といえそうだ。
<データ>2009年実績
★自己心膜を使用した大動脈弁形成術66件
★人工心肺を使用しない冠動脈バイパス術35件
★僧帽弁形成術32件
★大動脈瘤「腹」18件/「胸」20件
★病床数468床
[住所]〒153-8515東京都目黒区大橋2の17の6
TEL03・3468・1251。