「住宅ローンを組んだら、とにかく繰り上げ返済すべき」と考える人はとても多い。「繰り上げ返済呪縛」と言ってもいいくらいだ。しかし実は、「繰り上げ返済をしてもいい人」はとても少ない。「してはダメな人」の三つの条件を紹介しながら、その理由をお伝えしたい。(ファイナンシャルプランナー〈CFP〉、生活設計塾クルー取締役 深田晶恵)
住宅ローンの「繰り上げ返済呪縛」に
とらわれている人は多い!
9月にNHK(Eテレ)の番組に出演した。「50代からの老後のお金の貯め方」をテーマとする回で、スタッフが見つけてきた視聴者3人のマネー相談を受け、そのVTRを基にスタジオで展開していくという流れ。45分番組で丸ごと「お金」がテーマとは珍しく、思う存分、楽しく仕事させてもらった。
収録のためにスタジオに入った時、スタッフ同士が「住宅ローンの繰り上げ返済をしてはいけないんだって」「した方がいいと思っていた」などと話しているのが聞こえる。私がVTRで一人の相談者に「住宅ローンの繰り上げ返済は、してはいけないのです」と言ったことが意外に感じたようだ。
番組内で「繰り上げ返済をしてはいけない」と言ったのは、相談者には2年後に大学進学を控えている子どもがいて、学費等の準備ができていなかったからだ。数年間で貯められるお金には限りがあるので、ローンの繰り上げ返済よりも、大学進学以降の教育費の準備を優先すべきというアドバイスをすると、相談者は「言われてみると、そうですね」と納得した。
日頃の相談者へのコンサルティングでも「住宅ローンを組んだら、とにかく繰り上げ返済すべき」と考える人はとても多いと感じる。もはや「繰り上げ返済呪縛」と言ってもいいくらいだ。だから、番組スタッフは「繰り上げ返済をしてはいけないんだって!」と驚いたのだろう。
確かに住宅ローンを早く返し終えた方が老後の安心を得られるし、繰り上げ返済すると支払う利息を減らすことができる。そのため「繰り上げ返済はメリットあり」というのは、理屈では間違いではない。
しかし、繰り下げ返済をしていいかどうかは、「人による」ことを知っておきたい。誰でも「せっせと繰り上げ返済」をしていいわけではなく、実のところ、それをやっていい人は限られているのだ。
今回は、繰り上げ返済をしてもいい人、ダメな人の条件を掘り下げてみよう。ダメな人は、大きく三つのケースに分けられる。
繰り上げ返済をしてはダメな
3つのケースとは
大前提として、繰り上げ返済をすると、その分の預貯金が減るか、その年の貯蓄できる金額が減ることになる。それを念頭に置き、繰り上げ返済してはダメな人はどんなケースか見ていこう。大きく次の三つのケースがある。
(1)子どもの大学進学以降の教育費について総額を見積もったことがない人、教育費準備のめどが立ってない人
(2)50代で老後資金の準備ができていない人
(3)住宅購入後、頭金等の出費で預貯金が減り、残高が300万円以下の人
繰り上げ返済を
してはダメなケース(1)
・子どもの大学進学以降の教育費の総額を見積もったことのない人
・教育費準備のめどが立ってない人
今の子どもの教育費は、50代の人が大学生だった頃より格段に高くなっていることをご存じだろうか。
例えば、現在53歳の人が浪人なしで大学に入学した1987年度の年間授業料は、私立大学で約52万円、国立大学で30万円だった(文部科学省の公表データより。私立大学は平均額)。
ところが、直近データの2021年度では、私立大学が約93万円、国立大学は約54万円だ。35年間でいずれも約1.8倍となっている。
では収入は同じだけ増えているのか。国税庁の「民間給与実態統計調査」を見ると、1987年と直近データの2020年の比較で平均給与の伸びは1.1倍。つまり、給与の伸び以上に大学の授業料は上がっている。教育費はインフレ状態なのだ。
特に受験期である高校3年生の1月から、大学入学後の4月までに当たる4カ月間の出費は、思いのほか負担が重たい。受験費用や入学金、前期の学費、教科書代などが一気に押し寄せるからだ。一人暮らしをする場合は、部屋を借りるお金や家具などの購入費用もかかる。
ここで、全国大学生活協同組合連合会の「2021年度保護者に聞く新入生調査」の結果を見てみよう。入学金や授業料に加えて、大学出願費用や受験費用、教材や新生活用品の購入費用、新居費用などを合計した「受験から入学までにかかった費用」が参考になる。
これを見ると、私立大学の場合は自宅通学で平均約180万円、下宿生が約246万円、国公立でも自宅通学で約142万円、下宿生約210万円という結果となっている。年間で見ると、これに後期の学費が追加される。
この調査データを見たとき、相談に訪れる人が「4月末までに学資保険の満期金200万円があっという間になくなった」と言っていた意味がよく分かった。
住宅ローンの繰り上げ返済をこまめにやり過ぎた結果、子どもの教育費の資金繰りが追いつかなくなる。そのせいで子どもが奨学金を借りる、または親自身が教育ローンを組むことになる。そんなケースは少なくないのだ。今の子どもの教育費は、親が予想している以上にかかることを知っておきたい。
繰り上げ返済を
してはダメなケース(2)
・50代で老後資金の準備ができていない人
会社員、公務員の場合、60歳以降に収入が大幅に下がる「収入ダウンの崖」がある。定年後に再雇用で働いても給与は50代の時に比べ大きく下がるし、65歳で年金収入だけの生活に入ると、もう一段階ダウンする。
なので、住宅ローンは60歳までに完済したいところだが、一方で老後資金を貯められるのも60歳まで。収入ダウンの崖に落ちた後は、減った収入で収支をトントンにするのが精いっぱいで、「貯める」のは難しいのが現実だ。老後資金は60歳までに貯めなくてはならないことを知っておきたい。
何度も言うが、繰り上げ返済をすると手元からお金がなくなる。つまり、老後資金を貯められなくなる。60歳以降も返済が続く住宅ローンを持っていると、こまめな繰り上げ返済をして完済年齢を早めたいと思うだろうが、そこは慎重にプランを立てたい。
再雇用後の給与額が分かるまで、繰り上げ返済をしたつもりで貯蓄し、60歳以降の収入が見えたところで返済のプランを再考しよう。
繰り上げ返済を
してはダメなケース(3)
・住宅購入後、頭金等の出費で預貯金が減り、残高が300万円以下の人
「繰り上げ返済呪縛」にとらわれていると、住宅購入直後から繰り上げ返済をしたくなるが、私はお勧めしない。マイホームを購入する際には、頭金や諸費用などで多額の出費があり、預貯金残高は急激に減る。貯蓄が100万円台になる人もたまに見かける。
購入後の数年間は、減った貯蓄の回復時期とすべき。少なくとも貯蓄残高が300万円以上になるまでは「繰り上げ返済禁止期間」としよう。失業、収入減、自然災害による被災など、不測の事態に陥ったときに頼りになるのは「イザというときの貯蓄」だ。少なくとも300万~400万円を確保しておきたい。
子どもがいる人は、併せて教育費もコツコツ貯めていく必要がある。教育費の積み立てをしつつ、イザというときの貯蓄が貯まったら、初めて繰り上げ返済を考えてもいい。ただし、毎年の貯蓄額の一部にとどめること。今は、金利が低い状況なので、貯蓄を増やしていくことを優先したい。
「繰り上げ返済はお得」という考えが広まったのは、今よりも金利が高い頃に「繰り上げ返済ブーム」が起こったからだろう。私がFP(ファイナンシャルプランナー)になった二十数年前、主婦向けの雑誌では頻繁に「繰り上げ返済特集」が組まれ、得した読者の実例が紹介されていた。金利が高いほど繰り上げ返済の効果は大きい。
例えば、3000万円の住宅ローンを返済期間35年で組んだ場合で比較してみよう。返済開始2年後に約100万円で「期間短縮型」の繰り上げ返済をしたときの短縮できる期間と利息軽減額を試算してみた。
◆住宅ローン金利5.5%なら
短縮される返済期間は約3年、利息軽減額は464万円
◆住宅ローン金利1%なら
短縮される返済期間は1年4カ月、利息軽減額は37万円
100万円の資金を投入することで払わなくて済む利息は、金利が5.5%なら464万円で、1%ならわずか37万円! 金利が低い今は、繰り上げ返済したからといって大きな「得」にならないことが分かる。超低金利の状況下では、繰り上げ返済を頑張らなくてもいいのである。
もちろん、70歳過ぎまで延々と返済が続くローンを組んでしまった人は、綿密な返済プランを立てる必要があるが、それはまた別の話。まずは、世間一般にまん延している「何が何でも繰り上げ返済」という呪縛からは解放されよう。
繰り上げ返済を
「してもいい人」の条件は?
では、繰り上げ返済をしてもいい人はどんな人だろうか。それは、前述の三つのケースに当てはまらない人。子どもの教育費の心配がなく、繰り上げ返済しても老後資金を順調に貯められる人だ。
毎年コンスタントに貯蓄できている、子どもがいないフルタイムの共働きカップル(DINKs)が代表例だ。子どもを授かる前にマイホームを購入することもあるので、購入時点でDINKsが確定していないケースも多々ある。
共働き夫婦でなくても高収入の夫がいれば該当するかというと、支出が多く、年間貯蓄額が少ないなら、繰り上げ返済している場合ではない。「こまめに繰り上げ返済をしてもいい人」は、意外に少ないのだ。
資産と負債のバランスを取りながら繰り上げ返済できるのが理想的だ。これを実行するには、左を金融資産残高、右を住宅ローン残高とするバランスシート(貸借対照表、BS)を思い浮かべるといい。返済困難になったときのリスク対策を考えるわけではないから、資産に不動産価値は含めないBSだ。
マイホーム購入当初は、金融資産残高よりも住宅ローン残高が多く、右側が出っ張るだろう。例えば、金融資産200万円、ローン3000万円など。毎年コンスタントに貯蓄し金融資産を増やしていくと、10年後、20年後にBSの右側のローンよりも左側の金融資産の方が多くなる。金利が低いので、逆転するときまで待って繰り上げ返済をしてもいい。
もしくは、金融資産を増やしながら、繰り上げ返済ができるかシミュレーションしてみる。
繰り上げ返済をすること自体は悪ではない。しかし、やみくもに実行するのではなくて、将来を見据えて自分に合った戦略を立てることが必要不可欠であることをぜひ知ってほしい。