今、日本酒が人気だ。日本酒関連のイベントは盛況で、有名銘柄の中にはなかなか購入できないものもある。「日本酒が肌にいい」という話は当コラムでも以前紹介したが、左党の多くが気になるのは“日本酒を飲む”ことの健康面への影響の方だろう。実際、「日本酒は糖質が多いから……」という理由で悪者にされることもある。日本酒は健康に悪いのだろうか、それともいいのだろうか――。そこで今回は、日本酒を“飲む”面での健康効果についてまとめた。
今は、まさに空前の「日本酒ブーム」の真っただ中にある。特に、純米酒、純米吟醸酒は人気で、製造量はそれぞれ前年比109.4~120.1%増と伸びている(平成26酒造年度のデータ、国税庁)。「新政」「十四代」などの有名銘柄に至っては、なかなか購入できないものもある。最近は、週末には各地で日本酒イベントが行われるほどの過熱ぶりだ。
筆者は長年、酒のイベントを主催・運営したりしているが、盛り上がり方は数年前の比ではない。女性の愛飲家も増え、今年の「酒―1グランプリ」に至っては、女性客が半数を超えていた。今や時代をけん引するのは女性。日本酒はこれからますます伸びていくことが予想される。
杜氏(とうじ)や蔵人など「日本酒に携わる人は肌がキレイ」といわれてきた。日本酒を肌につけていた芸者は確かに色白で、肌のきめが細かい人が多い。日本酒には“美肌効果”があり、つけて良し、お風呂に入れて良し、と大いに効果が期待できる。
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日本酒パワーの秘密は豊富なアミノ酸
だが、「日本酒を飲む」ことの健康面への影響はというと、少し雲行きが怪しくなる。実際、日本酒は悪者にされてしまうことが多々ある。「日本酒は糖質が多いから、糖尿病や高血圧の人は本格焼酎を飲んだほうがいい」と信じている人が多いのではないだろうか。なかには「医師から指示された」という人も……。ちまたではこんな噂がまことしやかに流れており、日々、日本酒を飲んでいる筆者としては不安になる。何より愛する日本酒が悪者にされてしまうのは胸が痛んで仕方ない。
果たして、日本酒は健康にいいのか、悪いのか――。今回はこれを確かめるべく秋田大学名誉教授、老健・ホスピア玉川の施設長を務め、日本酒をこよなく愛する滝沢行雄先生にお話を伺った。滝沢先生は、長年日本酒と健康について研究しており、「1日2合日本酒いきいき健康法」(柏書房)などの著書も多く出している。
滝沢先生にお会いして、まず驚いたのは、その肌の美しさ。御年83歳になる先生の肌は、ツヤツヤで、老人性色素斑がないのだ。縦に刻むような深いシワもなく、手や腕の内側も張りがあり、見惚れてしまうほど。「毎日1.5~2合の日本酒を飲む」という滝沢先生。これはやはり日本酒の美肌効果だろう。日本酒、恐るべし……。
日本酒パワーの秘密は豊富なアミノ
では日本酒の健康効果についてはどうなのだろう? 単刀直入に聞いてみた。すると、「日本酒には栄養価に富む微量成分が多く含まれています。これらには抗酸化作用や生活習慣病の予防などが期待できます。毎日『適量を』飲むことは健康面にいい影響を及ぼします」(滝沢先生)と心強い回答をいただけた。
「日本酒にはアミノ酸、有機酸、ビタミンなど、120種類以上の栄養成分があります。なかでもアミノ酸の含有量は他の酒類に比べダントツの1位で、このアミノ酸こそが本格焼酎やウイスキーをはじめとする蒸留酒にはない、日本酒の健康効果の鍵を握っているのです」(滝沢先生)
「命の源」ともいわれるアミノ酸。日本酒には体で生成することができない必須アミノ酸であるリジン、トリプトファン、ロイシン、イソロイシンの他、運動時のエネルギー源になるアラニン、内分泌・循環器系機能の調整や成長ホルモン分泌の刺激をするアルギニン、免疫機能の維持や消化管の保持をするグルタミン酸など、さまざまなアミノ酸がバランスよく含まれている。なかでも注目すべきはアミノ酸が2つ以上結合したペプチドの量で、醸造アルコールを添加しない純米酒に一番多く含まれている。
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「糖尿病だから日本酒はダメ」は過去のもの
「日本酒から発見された活性ペプチドは、糖尿病患者のインスリンの感受性を改善し、高血圧や動脈硬化といった心疾患のリスクを軽減させます。『糖尿病だから日本酒は避ける』という考えはもはや過去のものです。今や糖尿病学会においても、血糖コントロールが良好、合併症がない状態であれば、1日約1合(純アルコール換算で25グラム)の日本酒の摂取を許可しています」(滝沢先生)
滝沢先生によると、「ペプチド以外にも、日本酒に含まれるアルギニンも糖尿病への効果が期待できると考えられる」という。“国民病”ともいわれる糖尿病は、インスリン作用の不足によって血糖値が上がり、高血糖の状態が続く疾患だ。厳しい食事制限があり、特に糖質の多い日本酒は「悪」とされていたのに、「日本酒は避ける」という考えは過去のものになっていたとは! これは初耳の人も多いのではないだろうか。
量は制限されているものの、これまで日本酒を我慢してきた糖尿病患者にとっては朗報である。また、ありがたいことに日本酒のアミノ酸は「糖尿病をはじめとする生活習慣病全般に効果が期待できる」と滝沢先生は話す。
「グルタミン酸、システイン、グリシンから成るトリペプチド(グルタオチン)は、抗酸化作用があり、動脈硬化を起こした血管中に蓄積した悪玉コレステロールを除去し、狭心症や心筋梗塞といった虚血性心疾患を予防する効果があります。コホート研究においても既に結果が出ていますが、糖尿病しかり、適正量の飲酒であれば、生活習慣病を予防することが期待できるのです」(滝沢先生)
日本酒は、学習、記憶能力の改善にも効果
適量さえ守れば、まさに「百薬の長」となる日本酒。さらには加齢に伴うさまざまな症状にも、その効果が期待できる。まず挙がるのは老化、老人性認知症についてまわる記憶障害である。
「ヒトの学習機能は、バソプレッシン(バソプレシン)という大脳にあるホルモンの神経伝達によって行われます。この神経伝達物質が正常に働かなくなると記憶障害が起こってくるのです。これが老人性認知症の発症に関係しているのではないかと考えられています。日本酒から発見されたペプチド(プロリン特異性酵素)は脳に広く存在しており、バソプレッシンなどを調整し、学習、記憶能力を改善させることがわかっています」(滝沢先生)。日本酒から発見された3種のペプチドは欧米でも話題になっているという。
西日本の方が肝硬変、肝がんが多い
滝沢先生は、肝硬変や肝がんと飲酒の関係について、興味深い研究結果を発表している。一般に、肝硬変や肝がんはお酒を多く飲む人に多いと思われているが、肝硬変や肝がんによる死亡率を地域別に表示すると、西日本で高く、東日本で低いという傾向が戦後一貫して見られるという。
上の図は1969~1983年にわたって行った追跡調査から示された「肝硬変の性別都道府県別標準化死亡比」の分布図だ。肝がんについての分布図でも同様の傾向がみられる。よく飲まれているお酒の種類は、西日本では本格焼酎が多く、東日本は日本酒が多い。滝沢先生は、「西日本では男女とも焼酎の消費量が多く、東日本では清酒の消費量が多いという地域差が戦後一貫して見られています。他の要素も考えられますが、この違いが要因の一つになっている可能性があると考えられます」と話す。
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日本酒ががん細胞の増殖を抑制
滝澤先生は、日本酒に含まれる微量成分の中に、がん細胞の増殖を抑制する効果があることも実験的に確かめている(「公衆衛生」58,437,1994)。実験では秋田県の純米酒(加熱処理を行っていない生酒を使用)を、ヒトの膀胱がん、前立腺がん、子宮がんの各細胞に加え、24時間培養し、がん細胞の変化を観察した。すると64倍に薄めた日本酒ではがん細胞の90%以上、128倍に薄めた日本酒では50%以上の細胞が死亡または壊死するという結果が得られた。
「同じ実験をウイスキーやブランデーなどの蒸留酒で行ったところ、日本酒と同様の効果は見られませんでした。蒸留酒と醸造酒である日本酒との大きな違いはアミノ酸の有無です。日本酒に含まれる低分子量のアミノ酸による効果と考えられます。また、清酒中に含まれるグルコサミンに抗がん性を示すナチュラルキラー細胞の活性を高めることもわかっています」(滝沢先生)
1日当たりの適量は?
がん、認知症、糖尿病……現代人を悩ますさまざまな病気への効果が期待できる――。日本酒を愛飲していれば健康で楽しい老後を送れそうだ。
しかし、「ただ飲めばいいというものではありません。肝心なのは飲む『量』です。飲み過ぎてはいけません」と滝沢先生はくぎをさす。では、どのくらいがベストなのだろうか。 「健康づくりの要諦は、日本酒1日1~2合です。休肝日を設ける必要はありません。1週間の総量が1日あたり2合程度に収まればいいでしょう。なお、日本アルコール健康医学協会でも、飲酒全般の適正酒量を2合としています」(滝沢先生)
滝沢先生自身も休肝日はなく、毎晩、純米酒を1~2合程度楽しんでいるという。また「食べながら飲み」、かつ「ほろ酔い程度で杯を置く」ことが、日本酒の健康効果を享受することができるポイントだ。古くは貝原益軒の「養生訓」にも、その効能が出ている日本酒。いずれにしても過ぎたるはなお及ばざるがごとし。飲み過ぎにはくれぐれも注意しよう。
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滝沢行雄(たきざわ・いくお)
秋田大学名誉教授。1932年長野県生まれ。1962年新潟大学大学院医学研究科卒業、医学博士。1964年同医学部助教授、1973年秋田大学医学部教授。1995年国立水俣病総合研究センター所長、同センター顧問、秋田大学名誉教授。長年日本酒と健康について研究している。