◆予防接種副作用での訴訟や死亡事故……ワクチン接種は危険?
2011年3月、Hibワクチン、肺炎球菌ワクチンを含む予防接種後の死亡例が報告され、ワクチン接種が一時中止されました(2018年現在はすでに再開されています)。
ワクチンとの明確な因果関係は認められないという結論が発表されましたが、これから予防接種を予定されている方は不安を感じるかもしれません。これから予定している予防接種は受けずに、病気になってしまった場合に考えよう、という方もいるかもしれません。
ワクチンを受けるべきか、やめるべきか、冷静な判断ができるよう、ワクチンの副作用と、ワクチンを受ける意味、ワクチンを受けない場合のリスクについて、基本的なことを理解しておきましょう。
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◆予防接種を受けないリスク……病気感染による後遺症・死亡例
まず、「ワクチンを受けない」という選択についてですが、これは医療者としては感染するリスク、感染させるリスク、感染して重症化したり、重篤な後遺症を残すリスクをあまりに無視した考えではないかと感じます。
以前問題になった「Hibワクチン」ですが、定期接種がスタートする前は、毎年600人の子供がHibによる髄膜炎になっており、死亡する子供は約15人、発達の遅れなどの後遺症が残った子供が150人発生していました。
フィンランドの報告によると、Hibワクチンを接種した約9万7000人の子供にHibによる全身の重症感染症が起きた例は0でした。Hibワクチンを接種していない子供のうち、42人がHibによる全身の重症感染症になると推定されています。
また、アメリカのデータでは、肺炎球菌ワクチンによって、肺炎球菌による重症例である侵襲性肺炎球菌感染症の年間発症率が平均95.2例/10万人から平均22.6例/10万人と約4分の1に減少しました。ワクチン接種が感染リスクを下げている事は確かです。髄膜炎に罹ってからの発見が遅いと、死亡率も後遺症を残す率も上がってしまいます。そして、髄膜炎の早期発見は簡単ではありません。
副作用のリスクを理解することはもちろん大切ですが、受けるリスクと同じように、受けなかった場合のリスクの高さを冷静に考えなければなりません。
もちろん、ワクチンは医薬品で、他の薬と同じように、副作用・副反応を完全に0にすることはできないという事実は知っておかなくてはなりません。100%予防効果があり、副作用リスクがゼロのワクチンがあれば理想ですが、副作用の確率がごくごくわずかなワクチンであっても、多くの人に接種すれば個々人で反応が異なる可能性は残ります。
薬がすべての人に同じだけ効くとは限らないように、全人類の体質に同じように適した万能のワクチンというのもないのです。
また、ワクチンには水銀が入っているから人体に有害だと考える方もいるようですが、これはワクチンに入っている「チメロサール」と、細胞毒性のあるメチル水銀の危険性とを混同されているように思います。ワクチンに防腐剤として含まれている水銀は、日常的な食事から体内に入っている水銀の量よりもはるかに少ないものだと正しく知っておく必要があるでしょう。
◆ワクチンの副作用・副反応は? 予防接種のリスク
ワクチンによって異なりますが、予防接種後の副作用として多いのは接種部位の腫れや赤くなったり、しこりができたりすることです。不活化ワクチンの方が腫れやすくなります。全身症状としては、発熱、不機嫌、眠くなるなどの副作用が見られます。
■接種部位の腫れ
Hib:44%
肺炎球菌:70~80%
初回DPT:5%
2回目以降DPT:30~40%
■接種部位のしこり
Hib:18%
肺炎球菌:60~70%
初回DPT:20%
2回目以降DPT:30~40%
■発熱
Hib:2.5%
肺炎球菌:20%前後
初回DPT:1%
2回目以降DPT:4%
Hibワクチンや肺炎球菌ワクチンの日本での治験の段階では重篤な副作用で接種を中止した例は見られませんでした。また、頻度が不明ですが、アナフィラキシーというアレルギー反応が過剰に起こって、蕁麻疹、喘息、呼吸困難などの症状が出ると命に関わることもあり、要注意な反応です。
アメリカでは肺炎球菌ワクチン接種後に117名の死亡がありましたが、90%はワクチンとの因果関係はなく、10%は不明で、現在もワクチンは継続されているため、肺炎球菌による侵襲性肺炎球菌感染症の発症は低いままです。
平成23年3月8日時点の報告では、Hibワクチン、肺炎球菌ワクチンを含む接種後の死亡例においては、基礎疾患を有する例が3例、基礎疾患を有しない例が2例でしたが、明確な因果関係は無いと推定されています。基礎疾患を有する子供がHibや肺炎球菌に感染すると、重症化する可能性があります。
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◆そもそも「何のために予防接種を受けるのか」?
予防接種とは、その名の通り、病気を予防するために行う医療行為です。主に深刻な感染症予防のために行われ、感染症にかかるリスクを大幅に下げることを目的としています。
細菌やウイルス、カビなどが、例えば肺に入ると炎症を起こし、呼吸をしにくくしたり、髄膜に侵入すると、痙攣を起こして、脳へのダメージが起こり、体が正常に機能しなくなってしまいます。ヒトからヒトに感染する病原体をワクチンを使わず野放しにすることは、社会的にも非常に大きなリスクなのです。
感染力や罹患率、致命率が高い天然痘を例として挙げると、世界保健機構(WHO)では1958年世界天然痘根絶計画が立てられました。その当時、世界で発生数は推定で約2000万人、死亡数は400万人でした。
ワクチンの接種率を上げるとともに、天然痘の患者を見つけ出し、患者周辺に天然痘ワクチン(種痘)を行って天然痘を封じ込めることで、1977年ソマリアにおける患者発生を最後に地球上から天然痘はなくなり、その後、1980年5月にWHOは天然痘の世界根絶宣言をしました。
ワクチンによって、病原体を無くすことができるのです。
◆予防接種を受けない人が増えると大流行のリスクも上がる
天然痘や麻疹、風疹、おたふく風邪など治療薬がない病気に罹った場合、病原体に対して自分の免疫力だけで抵抗しなくてはなりません。予防接種では、弱めた病原体の全部または一部を体に入れて、免疫細胞に記憶させます。病原体を一度少しだけ侵入させることで免疫がつき、その病気に罹りにくくなります。
また、病原体の感染力や病気を起こす力を弱めているため、安心して使用出来るようになってはいるものの、生ワクチンであるため軽い症状を起こすこともあります。
もちろん、細菌に対する抗生物質はありますが、最近では抗生剤が効かない細菌も増えているため、ワクチンがより大切になってくるのです。
感染症の中でも、一緒にいるだけで感染する感染症は、大流行しやすく危険です。麻疹の場合は空気感染しますので、1人が発症すると周りの10人が感染、インフルエンザの場合は飛沫感染しますので、1人から2~3人に感染すると言われています。このような病原体の場合は、自分だけでなく、周りへの影響を減らすためにもワクチンが大切なのです。
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◆病気別に見る予防接種を受けなかった場合に発生するリスク
ここまで読まれても、「周りのためにも大切と言われても、ごく稀であれ死亡リスクがあるものをわざわざ受けるなんて!」と考える人もいるでしょう。それではさらにいくつかの具体的な例を見ながら、「予防接種を受けなかった場合」におきうるリスクを考えてみましょう。
■麻疹感染による死亡・後遺症
感染力の強い麻疹(はしか)は、間質性肺炎などによる死亡率も高い病気です。しかも、麻疹ウイルスによっておこる「亜急性硬化性全脳炎(SSPE)」になると、麻疹ウイルスが持続して脳に感染し、数年以上経ってから発症し、徐々に脳炎が進行して神経症状が悪化し、最後は数年で死亡してしまいます。
SSPEに一度罹ると、有効な治療方法はなく、進行を完全に止めることはできません。SSPEは自然に麻疹に罹ると10万に1人起こりますが、一方、最近の研究で、麻疹ワクチンの副作用ではSSPEは発生していません。
MRワクチンを受けなかった場合、麻疹について言えば、まだ接種率の悪い1950年頃から2001年までは数十万人の発生と数千人が麻疹で死亡していました。
しかしワクチンの接種率が良くなったこともあり、2003年頃より数万人の発生と数十人の死亡があり、現在、2回接種を行うようになったことで、麻疹の患者そのものの発生を1000人以下にすることができました。さらに発生率を減らすためには接種率は95%以上を保つ必要があると言われています。
それに、自分が麻疹になると、周りにも麻疹ウイルスをばら撒いてしまいます。社会的な大流行を防ぐためにもワクチンは大切なのです。もし麻疹に感染してSSPEになった時、「ワクチンをするのはイヤだったから仕方がない」と運命を受け止められるのでしょうか?
■風疹が流行し、先天性風疹症候群が増える
今でも、風疹は時々流行しています。なぜでしょうか? 風疹ワクチン対象が生まれた年によって異なっているために、ワクチンをしていない世代が感染し、感染拡大の危険が残っているからです。
昭和37年4月1日以前に生まれた人は、風疹ワクチン定期接種をしていません。昭和37年4月2日~昭和54年4月1日生まれの人は、女性のみ中学校で1回、風疹ワクチンを定期接種しています。つまり、昭和54年4月1日以前に生まれた男性は一度もワクチンを受けていない可能性が高いのです。過去の定期接種が将来の流行に影響する例の1つと考えられます。
風疹が流行して、妊娠初期に風疹に罹ると胎児に先天性風疹症候群を起こす可能性が出ます。先天性風疹症候群に対する治療方法は残念ながらありません。
■ムンプス難聴(おたふく風邪による難聴)
おたふく風邪による難聴もおたふく風邪に罹った1000人に1人起こってしまい、一旦難聴になると治りにくいので問題になっています。現在任意接種のために接種率が悪く、毎年のように多くの患者が発生し、全国3000医療機関による実数だけで20万人発生していますので、実際におたふく風邪患者はその数倍あって、その数に比例して難聴患者も増えています。
■日本脳炎によるてんかんや発達の遅れなどの後遺症
日本脳炎1960年代半ばまでは毎年数千人の患者がありましたが、ワクチンの普及とともに減少し、現在は年間数人の患者発生を見るだけとなりました。脳炎になってしまうと治療方法がなく、感染者の実に50%にてんかんや発達の遅れなどの後遺症が残ってしまいます。
もし、この世の中にワクチンが1つもなければ、感染症による死亡率はかなりの数になっていたと推定されています。さらに深刻な後遺症が残る可能性まで含まれると、ワクチン接種で多くの人の命が救われ、後遺症などの苦しみを避けることができていると分かると思います。
伊達政宗が右目を失明した天然痘は、ワクチンのおかげで撲滅できた病気のひとつです。誰も感染する人がいないため、今は天然痘ワクチンを受ける人はいません。逆に、病原体が存在する以上はワクチンによる予防が大切なのです。
◆問題が指摘されていたポリオ生ワクチンも不活化ワクチンに
ただし、やむをえない副作用のリスクを超えて、問題が指摘されたワクチンも過去にはありました。ポリオ生ワクチンの接種です。生ワクチンを接種することで、450万人に1人がポリオを発症してしまっていたのです。ポリオの生ワクチンは2011年まで行われていましたが、自然のポリオ発症が見られない国でポリオ生ワクチンを使っている国は日本ぐらいでした。
2011年時点では、ワクチンによるポリオ発症の危険を負いたくないからと、ポリオワクチンを受けないのも危険でした。周りの人がポリオ生ワクチンを受けた際に、その便を介してワクチンのポリオが毒性を持った状態で感染し、ポリオを発症してしまう可能性があったためです。2012年9月に不活化ワクチンが登場し、現在は生ワクチンは中止され、不活化ワクチンのみになりました。
ワクチンに対する過剰反応によって、ワクチン後進国のままになってしまうことは避けなければなりません。
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◆まとめ:ワクチン接種の意味と行政の行方
最後にもう一度、ワクチンの役割をまとめてみましょう。
■自分も周りも守るために必要なワクチン
MRワクチン、水痘ワクチン、おたふく風邪ワクチン、BCG、ポリオワクチン、インフルエンザワクチンなど
■自分を守り、ある程度周りも守るために必要なワクチン
Hibワクチン、肺炎球菌ワクチンなど
■感染リスクは低いが自分自身を守るために必要なワクチン
日本脳炎ワクチン、B型肝炎ワクチン、A型肝炎ワクチンなど
副作用の少ないワクチンを、任意接種ではなく全て定期接種で行っていくのが、ワクチン接種の最終的な理想形でしょう。そして、ごく少数とはいえ、起きうる万が一の副作用に対しては手厚い基金を作り、速やかに広く救済する制度も求められます。定期接種での副作用の救済ですら、非常に時間がかかってしまっているのが現状なのです。
そして、副作用などの情報をしっかりと公開し、接種する側もワクチンについての正しい知識をできる限り冷静に得ること。ワクチンの必要性は一人一人が考えていかなければならない問題なのです。
最後に、私は小児科医として日々ワクチン接種も含めた小児対応を行っておりますが、自分の子供にはその当時できるワクチンはすべてしてきました。余談ですが、3種混合ワクチンの集団接種会場で水痘に感染してしまったため、水痘ワクチンだけはしていません。医師としての経験も含め、私自身は親として子供の病気を防ぐことができるなら、できる時にしてあげたいと考えています。
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清益 功浩(医師)