意外なことが長寿につながるという──。読書の習慣が寿命を延ばすとは誰も思わないのではないだろうか。
米イエール大学の研究では、読書時間が「週3時間半以下」だった人たちは17%、「3時間半以上」だった人は23%死亡リスクが低下するという。
読書好きには高学歴で経済的に豊かな人が多いはずで、健康や医療にお金をかけられるからではないかと思いきや、そうした条件は調整済みの研究結果だ。なぜ体を動かしてもいないのに寿命が延びるのか。イシハラクリニック副院長で医師の石原新菜さんが話す。
「厚生労働省が発表した都道府県別健康寿命で、山梨県は長寿1位でした。山梨県の図書館数は、人口100万人あたり65.9館で全国1位。世帯あたりの年間書籍支出額も、1万2491円で全国1位です。これだけを見ても、やはり読書は、健康寿命と関係しているとみてよいでしょう。
読書をしていろんな知識を得ようとする前向きな気持ちが、がん細胞を殺す『NK細胞』を活性化させるのではないかとみています」
この見解には、千葉大学予防医学センター教授の近藤克則さんも同意する。
「本を読んでいた人の方が3年後の認知機能が高く、それが死亡率を抑えていたそうです。読書する人は、図書館や書店に行ったり、社会への興味や関心があり、いろんな場所へ足を運ぶ傾向があるなど、身体活動量も多いのではないでしょうか」
<読んで効く!ストレスオフ処方箋(17)>
先日、当コラムで取り上げた、働く女性の五感ストレス。挙げられたストレス項目30項目のうち、上位10項目が「視覚」にまつわるものだったが、今回はそんな視覚ストレスによって引き起こされる症状の「疲れ目・ドライアイ」について言及してみたい。
調査(※)によれば、全対象者14万人のうち、実に男性51%、女性63%が疲れ目・ドライアイを感じていると回答。共に半数を超え、女性が男性を上回る結果となった。中でも重症と思われるのは、「お金をかけて対処している人」の割合(以下、疲れ目重症者)。通院や市販の目薬、マッサージによるアイケアなどで対処している人は、男性10%、女性15%と、全体の1割強いることがわかった。
▼疲れ目・ドライアイの原因は、生活習慣や趣味など、さまざまな要因と組み合わせて考える必要がある。そこで「通勤時間」「残業時間」との関連を分析したところ、意外な事実が明らかになった。全体と疲れ目重症者を比較すると、残業時間が長いほど疲れ目重症者が増加するかと思いきや、男女とも大きな差は見られない。しかし通勤時間の長さが「1時間以上」の場合から疲れ目重症者が全体平均値を上回りはじめ、「通勤時間2時間以上」の人では、全体平均値の2倍以上の割合で疲れ目・ドライアイであると回答している。
▼ここから推測される原因は、ズバリ、通勤時間を利用したデジタル端末利用の増加だ。「ウェブサイト閲覧」「動画視聴(テレビ、スマホなど)」の利用時間の分析では、利用時間が「3~4時間」以上から、疲れ目重症者の割合が全体平均を大きく上回ってくる。先の「通勤時間」との関連性を考えると、この長時間の使用には通勤時間が影響している可能性が考えられるわけだ。
疲れ目・ドライアイの症状を訴える人は、低ストレス者の場合、男性23%、女性34%と、症状者全体平均よりぐっと少ない傾向に。目の酷使の点からもストレスオフの点でも、通勤時間は液晶画面を見つめる以外に費やすほうが健康に良いということだ。
※男女各7万人を対象に行った「ココロの体力測定2018」調査(メディプラス研究所)。
<読んで効く!ストレスオフ処方箋(16)>
年末年始が近づいてくると、ふと頭をよぎるのが「お歳暮」や「お年始」の準備。この習慣、得意な人とそうでない人に分かれるのではないだろうか。実は贈り物に関する意識とストレスの関連性をまとめたデータ(※)をみてみると、なかなか興味深い調査結果が。
低ストレス者の「贈り物」意識の上位10位には、「知人宅へは手土産を持参する」「クリスマスプレゼントを贈る」、「年賀状を送る」という習慣がランクイン。さらに「ありがとうの言葉もプレゼントである」「プレゼントは手渡しする」という情緒的な傾向も特徴だ。
▼男女間で差がある項目が面白い。例えば女性の約40%が「母親の誕生日には必ずプレゼントをする」(なお、父親への誕生日プレゼントは上位10位圏外という結果)ということで、家族関係を重視しているのがわかる。また、「友達の誕生日は覚えている」「プレゼントを選ぶことが好き」など、進んで贈り物をすることを楽しく感じている人が多いようだ。
一方、男性は「お世話になった方へ毎年お中元・お歳暮を贈る」「職場・友人には旅行のお土産を買う」などの項目がランクイン。男性のほうが社会的コミュニティーへの気遣いが見られる。
▼低ストレス者の贈り物習慣には、共通して「相手を思いやる」という行動が見てとれる。実は、これがストレスオフのキーワード。以前、ストレスを抑える働きがあるとして紹介したオキシトシンは、多くは親しい人とのスキンシップや親密なコミュニケーションによって分泌される。近年では愛情ホルモンとも呼ばれるこのオキシトシン、実は、直接触れ合うことに限らず、誰かを思いやる気持ちでも増加することが分かっている。誰かの喜ぶ顔を想像し、プレゼントを選び、贈るという行動だけで自分もストレスオフできるというわけだ。
イベントが続く年末年始は贈り物を選ぶちょうどよい機会。「相手の笑顔が見られるように」と思うだけで比較的簡単に実践できるこの習慣をぜひ試していただきたい。
※男女各7万人を対象に行った「ココロの体力測定2018」調査(メディプラス研究所)より。
<読んで効く!ストレスオフ処方箋(15)>
私は化粧品や皮膚用医薬品の開発もしている立場上、喫煙者にはすぐに気づく。においもさることながら、「肌」にもその特徴が出るからだ。皮膚はもっともストレスが現れる場所、臓器であり、そのストレス要因の1つがたばこなのだ。日本禁煙学会での宮崎博隆先生の発表によると、20~50代、約18万人の皮膚を調査し、喫煙者と非喫煙者で比較したところ、喫煙者のほうが角層細胞のメラニン量、かさつき、かゆみ、毛穴、にきびなどの肌トラブルが多いことがわかった。また、ポーラが女性約30万人を対象に調査したところ、全体の23%である喫煙者とそれ以外の人で、やはりメラニン量に大きな差が出たという。
20代では差が小さいが、それ以降の全年代で、喫煙者のメラニン量は1~2割多く、それぞれ5歳上の非喫煙者のメラニン量に相当するそうだ。つまり、メラニン量については「喫煙者の肌は5歳老けた状態」というエビデンスが存在しているということだ。いくら日焼け止めを塗っていても、喫煙によってメラニン量が増加すればくすみやシミの元となる。加えて、喫煙者は顔全体がくすみ、血流が悪くうっ血しているような顔色に感じられることが多い。「スモーカーズ・フェイス」という言葉があるくらい、喫煙者の顔には顕著な変化が起きているのである。
ではなぜたばこは人を老けさせてしまうのだろう? その代表的な原因が「血流の悪化」だ。たばこ成分中のニコチンには血管を収縮させる作用があり、脳や皮膚の血流を悪化させてしまう。皮膚の血流が悪くなると、栄養も行き届かず、皮膚組織の細胞の活動が弱まる。その結果、健やかな皮膚であれば自然に生み出されるはずのコラーゲンやヒアルロン酸などが生成されなくなり、シワ・たるみの原因になるというわけだ。しかもその害は受動喫煙でも同様に起きてしまうため、身近に喫煙者がいる場合も要注意。世界中で禁煙の流れが加速しているが、これは美容の面からいっても歓迎すべきことだ。肌は内臓の鏡と言われ、肌に悪影響が出るものは体全体の健康被害にもつながると言われる。健やかな肌から健康を目指していきたいものだ。
<読んで効く!ストレスオフ処方箋(14)>
「すべての女性が輝く社会づくり」。そんなスローガンが掲げられて久しいが、なにかと忙しい現代女性が「輝く」のに、大きく立ちはだかるのが「ストレス」だ。さまざまなストレス要因のうち、今回は“五感”に関係するストレスに注目してみた内容を。
▼五感にまつわるストレス調査の結果から、高ストレス女性を抽出して分析した結果(※)を見ると、五感ストレス30項目のうち、上位10項目が「視覚」にまつわるものだった。例えば「ついスマホを見てしまう」「遠くを見たり緑などの自然を見たりする機会が少ない」「目が常に乾いている」など。中でも「スマホ」「PC」に関しては、高ストレス者の間のデジタルへの依存傾向も明らかになった。つまり、高ストレスであればあるほどデジタル依存が強く、その影響をもろに受けるのが「視覚」というわけだ。また、目を休めることへの意識、行動の不足も高ストレス女性の特徴で、これでは視覚ストレスはたまる一方だろう。
▼さらに、高ストレス女性と低ストレス女性が感じている五感ストレスを比較して、特に差が大きかった項目を見ると、「職場のにおいが好きではない」「騒音のある環境で仕事をしている」など、働く女性は職場での「におい」「音」ストレスにも敏感であることが分かった。通勤途中のバスや電車、密室状態となるエレベーター内も含め、特に女性は男性に比べて、とかく「におい」を気にする傾向も。女性の多い職場で高ストレス者を減らすためには、このような「におい」「音」環境に関しても気遣いをする必要がある。
▼国の定める労働安全衛生法にも、五感を基に定められたものがある。環境に適した明るさの基準値などはその代表だが、明るさを満たすだけでなく、日中、太陽の出ている時間は自然光が入るような工夫をしたり、リラックスするための休憩スペースなどは間接照明にしたりと、ストレスに着目した工夫の余地はいくらでもあるのではないだろうか。
※男女各7万人を対象に行った「ココロの体力測定2018」調査(メディプラス研究所)。厚労省のストレスチェック基準による高ストレス者(77点以上)と低ストレス者(39点以下)で比較して分析。
<読んで効く!ストレスオフ処方箋(13)>
昔から「過ぎたるは及ばざるがごとし」、何事も適度な量が良いと言われる。われわれの体にも「適度」と「過剰」のバランスによって保たれている機能が数多くある。その1つが「運動」。激しすぎる運動は体内に活性酸素を増やしてしまい、筋肉などの疲労の一因になる。
▼活性酸素は本来、同じく体内で合成される抗酸化酵素などの「抗酸化力」によって抑制されている。このバランスが崩れ、酸化に偏って体に有害な作用を及ぼす状態が「酸化ストレス状態」である。「活性酸素」と「抗酸化力」は、いわば免疫機能のシーソーのようなものだが、それを支える重要な要素が「Nrf2」という物質であることが、東北大学の山本雅之先生らの研究で明らかになった。
「Nrf2」は細胞内で抗酸化物質などの合成を促す物質。運動などによって体内が酸化ストレスにさらされると初めて発現するが、この運動は初めにも述べた通り「適度」である必要がある。近年の研究では、なんと「Nrf2」は過剰な酸化ストレスでは発現せず、マイルドな酸化ストレスでこそさまざまな「抗酸化力」を高めることが分かったからだ。つまり適度な運動こそが「Nrf2」を活性化させ、免疫のバランスを保つ助けとなるのである。
▼東京都健康長寿医療センター研究所の青柳幸利先生の研究によれば、「1日4000歩/中強度運動5分」を続けると、うつ病の発症率が10分の1になるという。「1日8000歩/中強度運動20分」だと認知症や脳卒中の予防にも効果があるそうだ。
中強度の運動は、会話ができる程度の速歩きや階段の上り下り、風呂掃除や床掃除などでも可能だ。私もエスカレーターを使わず階段を駆け上がるなど、普段の生活の中でも心臓の鼓動が聞こえ、血流が促進されているのを実感できる程度の運動を行うよう心掛けている。じんわり汗をかくくらいの適度な運動で自分の体の免疫バランスが保てるのなら、ぜひ積極的に行っていきたいものだ。
<読んで効く!ストレスオフ処方箋(11)>
現在、日本人の3人に1人が何らかのアレルギーを持ち、16歳未満の3人に1人が花粉症だと言われている。また以前は、アトピー性皮膚炎は「大人になれば治る」と言われていたが、最近では大人になっても症状が続くなどその患者数は増えている。
▼われわれの体の中で、一体何が起きているのか。ある外国人は、「子供が生まれて半年程度たったら牧場へ連れて行って動物と戯れるのさ。動物と仲良くさせたいというのもあるけれど、動物と接することで免疫力をつけるのが目的なんだ」と言う。生まれてしばらくの間、赤ちゃんは母親から母乳などを通じて免疫成分を受け継いでいるが、生後半年~1歳前後からは離乳食がはじまり、自己免疫を備え始める。また、別の外国人からはこんなことを聞いた。「日本人は部屋で靴を履かないだろ。毎日お風呂にも入るし、清潔すぎて免疫が育たないんじゃないか?」。そう、日本は、あらゆる施設にアルコール消毒剤を備えてあるほどの清潔好きである一方、アレルギー大国でもあるのだ。
▼動物と接すると免疫力がつくという説を裏付ける研究結果を紹介しよう。英ウォリック大学のマクニコラス博士は「ペットを飼っている子供はぜんそくにかかりにくい」との研究結果を発表している。また、米ジョージア医科大学のデニス博士は、1歳までにペットを2匹以上飼っているとアトピーにかかる割合が半数であると報告している。もちろん、アレルギーについては安易に考えると生命にかかわる危険があるので、アレルギー素因のある人がペットを飼えばいいという短絡的なものではない。しかし大規模な統計から見出だされる傾向としてはとても参考になる。
▼極端な例で言えば、無菌室で育てられた動物は一般の外部環境では生きられない、ということ。われわれ生物は、目には見えないがさまざまな細菌と共生している。最近の研究では体内に数百兆個いると言われる腸内細菌が体質にも影響を与えていることが分かっている。体にもともと備わっている機能である免疫を知り、そして免疫にとって細菌が重要な役割を担っていることへの理解が広まれば、このアレルギー大国・日本の現状は変えられるかもしれない。
<読んで効く!ストレスオフ処方箋(10)>
老若男女を問わず、今や現代人の暮らしに欠かせないものとなっているデジタル環境。電子メールは電話や手紙のやりとりに取って代わり、いつでも好きな時に欲しいものが手に入るオンラインショッピングは、実店舗をしのぐ勢い。人類に大いなる利便性をもたらしたが、その一方で急速に失われつつあるもの、それは人と人とのつながりや触れ合いだ。
高ストレス女性にはデジタル系依存症者が多いというニュースを耳にしたが、逆に考えると、デジタル環境に依存し、現実でのスキンシップや顔を合わせて話をするなどのコミュニケーションが減少すると、ストレス値が大きくなっているとも考えられる。興味深いのは、その理由が脳内物質「オキシトシン」の分泌の減少によるものではないかというのだ。
愛情ホルモンとも呼ばれるオキシトシンは、ストレス中枢を沈静化し、ストレス物質のコルチゾールの分泌を抑制する働きがある脳内物質。つまり、オキシトシンが分泌されると、ストレスを抑えられる働きがあるということだ。オキシトシンは、かつては母乳の分泌を促す女性特有のホルモンであるとされていたが、近年の測定技術の進歩により、子どもを持たない女性や、男性の脳でも分泌されることが明らかになった。そして、オキシトシンが分泌されるタイミングこそが、親しい人とのスキンシップや親密なコミュニケーションなのだ。
デジタル環境に触れる時間が増え、顔を見合わせてのコミュニケーションが希薄になっている今、オキシトシンの分泌はスムーズに行われなくなっている。これがストレス性疲労を感じ、高ストレスといわれる人が増加している原因でもある。親しい人との触れ合いがストレスオフの鍵になるのであれば、積極的に促す必要があるだろう。今こそ、家族や友人など、親しい人との触れ合いの大切さを見直す時代がやってきているのではないか。
ストレスオフな毎日を送るために、親しい人との触れ合いの時間を意識的に大切にしてみよう。それがストレスを上手に抑えつつ、便利で効率的なデジタル生活の快適さをキープすることができる方法ではないかと考える。
睡眠とストレスには、とても深い関係があることをご存じだろうか。睡眠の「質」を左右する生活習慣の違いについて分析すると、ストレスレベル別に興味深いデータ(※)が出ている。
▼まず、低ストレス女性のうち、夜中に目が覚める人の割合は高ストレス女性の半数以下。ストレス値が低い人は、眠りの深い、質のいい睡眠がとれていると推測される。また、高ストレス女性は休日の睡眠に期待をして、平日の睡眠がおろそかになる割合がやや高い傾向に。曜日ごとの日常行動調査では、水曜日に睡眠を7時間以上とると回答した低ストレス女性が、高ストレス女性を3倍近く上回るという結果も出ている。就寝する時間への配慮や睡眠時間の確保はもちろん、ウイークデーの半ばで睡眠に対する意識を高めることが、ストレスオフにつながっている可能性がある。
▼湯船につかる、体を温める、血流改善をする、水分を多くとるなどの習慣も、低ストレスの女性に多くみられる特徴である。体内の新陳代謝を高め、積極的に体内リズムを整える行動を取り入れていることが分かる。一方、高ストレス女性には、寝る前にベッドの中でパソコンやスマートフォンをいじる、アラーム音で起き、目を覚ますためにカフェインを摂取するなど心身に刺激を与える傾向がみられる。この習慣には0時過ぎまで残業をしていたり、夜勤業務をしていたりという働き方の影響もあるといえる。
▼低ストレス女性には、就寝前はリラックスできるようゆったりと過ごす人が多く、朝は太陽の光を浴びることで、自然に心身を目覚めさせる習慣があるようだ。太陽光を浴びることは、抗ストレス物質のセロトニン活性にもつながる。さらに、夕食は寝る2時間前までにとる、朝食はしっかり食べるなど食生活への意識の高さも特徴的だ。
このように睡眠に関する生活習慣は、ストレスの高低に大きく関わっていることが分かる。簡単に取り入れられるものも多いので、ストレスオフのきっかけにしていきたい。
※メディプラス研究所調べ。全国、20~69歳の男女各7万人を対象に実施した「ココロの体力測定」による。
<読んで効く!ストレスオフ処方箋(7)>
このコラムのタイトルにもなっている「ストレスオフ」という言葉。近年目にする機会も増えてきたので、ご存じの方も多いのではないだろうか。
現代では複雑な社会システムの構造も相まってストレス量が増加し、簡単に解消できないようなストレスも多くなっている。よく「ストレス発散」といって、他の欲求でごまかす方法や、ストレスが極力ない環境に身を置く「ストレスフリー」という対処方法が見受けられるが、実はそれらと一線を画するアプローチが「ストレスオフ」の考え方である。
▼そもそもストレスとは、外部から刺激を受けたときに生じる緊張を指す。精神的なものに限らず、薬品や排出ガスなどの化学的刺激や温度や湿度、果ては重力さえもストレスの1つ。これらのストレスを悪者だとして、全くのゼロにすることなどできない。
むしろストレスは、適量であれば人がやる気を出したり体を動かしたりするために役に立つこともある。この「適量」は個人によって差があるため、量を管理し、自らコントロールして自分のペースを保つことが重要になってくる。そのための方法や、管理できている状態が「ストレスオフ」なのである。
▼人にはそれぞれのストレスの受容力があり、これを自覚し知識を持った上で管理できれば、持てる力を十分に発揮することも可能だ。逆にそれができず、個人の処理能力を超えたストレスがかかると、心身への影響が顕著にあらわれ、免疫力が落ちたり、うつ病や不安障害など心の病気になったりすることもある。この状態をストレスが蓄積した心身の疲労状態、「ストレス性疲労」と言い、特に自律神経の乱れと慢性疲労はこの最たるものと位置づけられる。
▼この「ストレス性疲労」は、日々の生活習慣などからストレスを管理していれば日常的・持続的にオフしていくことができる。ストレスオフとは、あらかじめストレスに備えて“予防”する考えを取り入れた、新しい発想なのである。「ストレスオフ」を心掛け、自分のペースを保つのに適した生活習慣を身に付けることが、心身共に健やかに過ごすコツと言える。
<読んで効く!ストレスオフ処方箋(6)>
近頃、睡眠に関する多くの書籍が出版されており、世間の関心の高さがうかがえる。そのきっかけの1つは昨年流行語ともなり、テレビ番組などで取り上げられた「睡眠負債」ではないだろうか。働き蜂とやゆされる我々日本人の睡眠時間はとても短く、6時間未満の睡眠時間の割合が全体の4割近いとの調査結果も。その睡眠不足の積み重ねが、いわゆる「睡眠負債」だ。これは寝だめでは解消できず、根本的な生活習慣の改善が必要といわれている。睡眠不足は生産性の低下だけでなく、事故の誘因など多くのリスクを含んでいる。2014年には厚労省も「健康づくりのための睡眠指針」を発表した。しかし、このスピード化された現代において、睡眠不足の解消は簡単なことではない。
▼そもそも、人はなぜ眠るのだろうか? これには、エネルギー生成の仕組みが関わっていると私は考えている。我々は呼吸によって酸素を取り込み、それを燃料として、細胞内のミトコンドリアで「ATP」を生産する。ATPとは人が生きるためのエネルギー源だ。一日中働き続けた細胞が疲れてくると、ミトコンドリアはATPを作れなくなってくる。睡眠とは、横になり目を閉じて、全身、脳の活動を減らし疲労を回復するための行為。それは細胞にとっては自らを修復するための貴重な時間でもある。
つまり細胞が疲れてATPを作れなくなると、その回復のために眠気が起こるのではないか、と考えられる。一日中活動を続ける細胞、およびミトコンドリアが睡眠時にしっかりと修復されることによって、翌日のエネルギーを再び生産できるようになるのだ。
▼しかし、睡眠時間が極端に短かったり、睡眠前の飲食などにより第2の脳といわれる消化管に負担をかけたりしている状態では、睡眠による疲労回復が十分には行われない。細胞の“疲労回復”と翌日以降の“エネルギー生成”という、生きるために重要な繰り返しがスムーズに行われるためには、一定時間、質の良い睡眠をとることが何よりの手だてなのである。
<読んで効く!ストレスオフ処方箋(5)>
女性特有の悩みの1つが肌の不調。特にこの時期多くの女性が悩まされる「肌の乾燥」は、実は「ストレス」と密接な関係がある。
▼ストレスには大きく分けて<1>外的(環境)ストレスと<2>内的(精神的)ストレスがある。気候変化、大気汚染、オフィス内のエアコンなど、外的ストレスが肌に及ぼす影響についてはよく知られているが、内的ストレスが肌の状態に影響することを臨床で実証することは難しく、これまであまり研究されることはなかった。
しかし近年、女性の社会進出が活発になり、またライフスタイル、ライフステージの変化によるストレスに注目が集まる中で、女性の肌意識とストレスの関係について、調査・研究が始まっている。そこで注目されているのが「ストレス性乾燥肌」である。
▼外的ストレスと内的ストレスのどちらも、感知するのは脳。例えば過度な空調や紫外線などは直接肌にも影響を与えるが、「肌にあたる風が不快」「日焼けして肌が痛い」などの不快感は、脳が感じるストレスになる。
脳がストレスを感じると、ストレスをコントロールする視床下部が興奮する。さらに副腎皮質が刺激され、免疫や代謝に関係する「コルチゾール」(別名ストレスホルモン)の分泌が促される。
最新の研究では、このコルチゾールの過剰分泌が、肌に重要なうるおい因子「セラミド」を分解してしまうことが分かっている。
セラミドが不足すると角層は十分に水分を保てず、肌は乾燥気味に。これが「ストレス性乾燥肌」のメカニズム。複雑な人間関係や時間に余裕がないなど、日々感じるその精神的なストレスでも、気づかぬうちに肌の乾燥は進行する傾向にある。
▼ストレスとは心に影響するもの、と思いがちだが、実は肌という分かりやすい部分でも敏感に影響が出るものなのだ。自覚がなくても、頬に触れて過度な乾燥を感じたら、もしかしたらそれは高ストレス状態のサインかもしれない。
健康寿命を延ばしたいなら、「ご近所付き合い」を積極的にしたほうがいい。
筑波大などの研究チームが滋賀県米原市と協力し、市内の65歳以上の高齢者6603人を対象に行動の活発さと要介護度の関連を調査。6年間にわたって追跡したところ、ご近所さんなど他者とのつながりのある人は、社会とのつながりが薄い人に比べ、介護が必要になったり、死亡するリスクが低かった。
①ひとり暮らし、②近所付き合いがない、③地域の行事などに参加しない、④経済的に困窮、4項目のうち、2項目以上に該当する人は、すべてに該当しない人に比べて介護及び死亡リスクが1・7倍だったという。
精神科医で企業の嘱託産業医も務める奥田弘美氏が言う。
「ご近所付き合いなど他者とのつながりがある人は、日頃から脳が刺激を受けます。会話をするだけでも脳の神経ネットワークが使われて脳が活性化し、血流も増えて認知症などさまざまな病気の予防に効果があることも報告されています。また、他者と会話する機会が多ければ、健康への意識も高まります。高齢になると病気や薬などの話題が増えるので、どこか体調が悪いとなれば、『あの先生に診てもらった方がいい』とか『この薬を試してみたら』といったような情報に触れる機会が多くなるのです」
また、ご近所付き合いや地域の行事へ参加するとなると、日常的な運動量が増える。これも、健康効果が大きい。
「高齢者に激しい運動は必要ありません。日頃からウオーキング程度の軽い運動を続けることは、ロコモや認知症の予防に効果があり、寝たきりのリスクが下がるのです」 米国の研究でも「人とのつながり」が少ない人は死亡率が2倍になるというデータが報告されている。
長生きするために、まずはご近所付き合いから始めたい。
ゲホゲホゲホッと食事をしている時にむせて咳込むことが増えた…。これは、飲み込む力(=嚥下機能)の低下が原因だ。池袋大谷クリニック・大谷義夫院長(日本呼吸器学会専門医・指導医)が言う。
「嚥下は、食べ物や飲み物だけでなく、唾液の無意識の飲み込みも含みます。ところが40歳代くらいから喉周りの筋力が低下し始めます。さらに、50~60歳代でラクナ梗塞を起こす人が増えます。この喉周りの筋力の低下とラクナ梗塞によって、うまく飲み込めないことが増えるのです」
食べ物や飲み物を飲み込めないのも問題だが、もっと問題なのは、夜間睡眠中に起こるケース。
「不顕性誤嚥といって、本人が気づかないまま、口腔内の細菌を含む唾液や胃酸が気道に流れ込む。これが、高齢者の死因の多くを占める誤嚥性肺炎のリスクを上げるのです」(大谷院長)
不顕性肺炎は、前述のラクナ梗塞が最大の要因だ。動脈硬化によって起こる小さな脳梗塞で、高齢者のMRI検査ではかなりの確率で見つかる。自覚症状はなく、日常生活に影響は及ばさないが、誤嚥性肺炎回避には多大な影響を及ぼす。
誤嚥性肺炎の予防策として、大谷院長は次を勧める。
①肺炎球菌ワクチンの接種と口腔内ケア
「口腔内ケアをすることで、不顕性誤嚥で気道に流れ込む唾液の細菌が減ります」(大谷院長)
②動脈硬化対策
言うまでもなく、ラクナ梗塞回避のため。高血圧、糖尿病、脂質異常症、肥満などがあれば、その改善を。
③葉酸の補給。
「葉酸が誤嚥性肺炎のリスクを下げることが明らかになっています。葉酸が欠乏すると大脳基底核でのドーパミンの産生が低下。それによって咳反射機能や嚥下反射機能が低下して、誤嚥性肺炎を起こしやすくします」(大谷院長)
葉酸はビタミンB群の一種。レバー、緑黄色野菜、豆類などに多い。日常的に摂取すべきだ。
<それってうつ病?メンタルヘルスの現場から(37)>
「目覚め方改革プロジェクト」リーダーで、久留米大学医学部神経精神医学講座の内村直尚(なおひさ)主任教授はこう話す。
「昼寝を長くし過ぎることで、夜の睡眠の質が悪くなります。夜に寝る前の生活として大事なことは、たとえば夕食後にテレビを見ながら、うつらうつらすることはよくない。アルコールは寝つきを良くするけれど睡眠の質は浅く、短くなってしまう。それはアルコールを飲んで4時間ほどたつとアルデヒドという物質が代謝されて、それが覚醒物質となるからです。カフェインを含む紅茶、日本茶、コーヒー、炭酸飲料などの飲み過ぎにも注意しましょう」
そのほか、喫煙や寝る前の明かりにも要注意。これらはよい睡眠を阻害する原因となる。
「寝る前に明るい光を浴びることは睡眠の質を悪くします。そのため寝る1時間ほど前から照明を落とすなどの工夫をしましょう。また、ゲームやスマホなどは寝る前にはできるだけ使わないことが大事です」
普段の生活の中で睡眠の質を悪くしない一方、逆に質を高めるためには何をすればいいか。
「睡眠の質には、昼間どれだけ体を動かしているかが影響します。日中の活動性が高い人ほど夜は深く眠れます。つまり散歩に出かけたり、運動で活動性を高めることで睡眠の質を良くすることができるのです。部屋でゴロゴロと横になっているだけでは深い睡眠を得ることはできないのです」
規則正しい生活が睡眠に適度なリズムを与えることはすでにふれたが、そのためにはコツがある。
「朝起きる時間を一定にするこということがとても大切なのです。そうすることで夜よく眠ることができるのです」
次回は、朝すっきり目覚める方法をお伝えしよう。
<それってうつ病?メンタルヘルスの現場から(36)>
睡眠不足はうつ病のリスクとなり得る。久留米大学・副学長で医学部神経精神医学講座の内村直尚(なおひさ)主任教授はこう話す。
「睡眠をとることはエネルギーの消費量を抑えること。寝ている間が一番消費量を少なくできる。その結果、エネルギーを使わないことで脳と体を修復しているのです。いわば脳と体にたまっていく老廃物による悪影響を防ぐことになるのです」
では、良い睡眠とは何か。
「睡眠はレム睡眠とノンレム睡眠の2つからなる。レム睡眠は寝ている間、脳は活発に動いています。そのため、だいたい夢を見ています。それに対してノンレム睡眠は、脳や体を休ませる睡眠だといわれています」
実はノンレム睡眠には、1から3までの段階がある。始めは浅く、次第に深くなっていく。
「90分間隔でレム睡眠とノンレム睡眠が繰り返し出現するという『リズム』が大切なのです。つまり、90分が1セット。質のいい睡眠というのは、この規則正しいリズムを保つことだといえます。それが不規則な生活で、リズムが乱れるといけない。そしてノンレム睡眠の3段階をいかに増やしていくかが、大きなカギだということです」
3段階のうちの深い睡眠が現れてこそ、質のいい睡眠がとれたということになる。しかし、年齢とともに睡眠の質は衰えていく。
「若いとエネルギー消費が大きいので、深い睡眠が必要です。その時、成長ホルモンが分泌され、成長発達を促し、免疫力を高めます。しかし40歳を過ぎてくると、睡眠はだんだん浅く短くなっていくのです」
例えば10代なら、休日に昼間までぐっすり眠ることができる。しかし中高年になると、そうしたことはできなくなる。
「朝早く目が覚めたり、夜中に起きたり。年とともに眠りが浅くなるということは、睡眠の質もやはり加齢現象だということ。年齢によっても違ってくるというわけです」
<それってうつ病?メンタルヘルスの現場から(35)>
睡眠は、うつ病予防の要の1つである。福岡県にある久留米大学の副学長で医学部神経精神医学講座の内村直尚(なおひさ)主任教授に聞いた。8月に発足した「目覚め方改革プロジェクト」リーダーである内村教授がこう警告する。
「睡眠不足の状態は、交感神経が優位な状態。いわばエンジンをかけっぱなしの闘争状態にある。こうしたことが続くと、うつ病の発症につながるのです」
そもそも睡眠不足には、大きく2つの原因がある。1つは、眠ろうと思っていてもなかなか眠れない場合。これは「不眠」といわれる。もうひとつは、「睡眠不足症候群」である。
「前者は、いろいろと努力してみても寝つけない、あるいは夜中に何度も目が覚めてしまうといった場合です。一方で、眠ろうと思えば眠れるのだけど、眠らない人。例えば仕事や受験勉強のためであるとか、夜中にネットやスマホを使っている、夜通し遊ぶ、といったことで睡眠が不足している場合です。後者はいわゆる睡眠不足症候群であり、24時間社会や夜型の生活とともに増えているのです。いずれにしても、結果的には睡眠時間が足りないことにつながってしまうわけです」
交感神経が優位になるとエネルギッシュとなり、脳は活発に働き、体も動く。逆に寝ている間は、副交感神経が優位となり、脳や体を休ませる。
「ヒトは無意識のうちに、自律神経の交感神経と副交感神経のバランスで生活しているのですが、睡眠がとれないと過緊張状態となる。寝ている時間だけが、ストレスを感じない。寝ることでストレスから逃れられるわけです。副交感神経が優位になると、エンジンを切って休んだ状態となる。エンジンをかけるために休めておく。ヒトはロボットじゃないので、どこかでエネルギーを蓄えなければいけません」
オン、オフがないと、ずっと走りっぱなし。これらがうつ病発症につながることは、多くの研究から分かっている。
「仕事や遊びのし過ぎで睡眠時間を削ると、うつ病のリスクとなり、引き金になり得るということを知ってほしい」
<それってうつ病?メンタルヘルスの現場から(34)>
東京家政大学人文学部心理カウンセリング学科の岡島義(いさ)准教授(臨床心理士・専門行動療法士・産業カウンセラー)は、こう話す。「カウンセラーもお笑い芸人と同じで、相手の反応を見ながら話をしている。相手とちょっと距離を取るには、『常に環境にアクセスする』がキーワードです」。
例えば交換した相手の名刺をみながら、「この紙の材質は変わっていて、ツルツルしているな」というふうに五感を味わう。これが「環境にアクセスする」こと。自分にだけ目がいくのを、外の環境に向けることにつながるという。いずれにせよ、自分ひとりでもんもんとしていることは良くない。
「うつになった時はなぜ自分が、と不幸せに感じることが多いが、後にあの経験が良かったと思うことができれば、それは『幸せ感』だ。落ち込んだ経験でその気持ちが理解でき、あの経験は良かったという評価に変わる。うつになったことも決してダメじゃないって考えられる」
前向きにとらえることが、生きづらさを軽くする。
「気持ちが落ち込むということは、基本的にSOSが出ていると考える。そのまま頑張り続けると体がもたない、危険だという意味です。この時点で止まれたことが、逆に良かったと思いましょう。いったん立ち止まって、今度はSOSが出ない程度のやり方を自分でつくっていくことが大切です」
このプロセスは、アスリートが立ち直る姿に重ねられるという。「ケガをして絶望視された五輪選手が、ふたたびひのき舞台に立とうとする時、昔のようなパフォーマンスを求めることは捨てて、今の能力を最大限生かそうとする。心の健康を害した人もそれと同じように、昔のように戻ることは難しく、『あの時はこうだった』と考えがち。でも、今は別の人間になった、これから最適な人生を送るためにどう人生を組み立てていくか、が大事です」
SOSを受け止め、次はどうするかをカウンセラーと一緒に考えることが大切だ。
<それってうつ病?メンタルヘルスの現場から(33)>
悩みや苦しみをカウンセラーに話すことは、心の健康におすすめだ。東京家政大学人文学部心理カウンセリング学科の岡島義(いさ)准教授(臨床心理士・専門行動療法士・産業カウンセラー)は、こう話す。
「自分の中で抱え込んでしまうのではなく、『外』へ出すということが大事なのです。その理由はよく分かっていないのですが、他人に自分の気持ちを説明するためには、それを自分でまとめないと相手に伝わりません。頭の中で考えているだけでは、なんとなく分かった気持ちになってしまうので、その作業がとても大切です」
考えごとを自分の「外」へ出すことで、聞いてくれている相手からの質問によって変化が起きる。
「思ってもみない質問だったりすると、そこで考える。つまり『井の中の蛙(かわず)』が、大海へ出ていくきっかけになるかもしれません。自分の中だけで考えていると、『井の中の人生』でしかないわけで、1度は外に出た自分が戻ってきた時、『ここにいるからいけないのかな』という気づきになる。そして、臨床心理士など訓練されたカウンセラーであれば、その人の悩みがきちんと整理できるでしょう。また、専門家に話すということ自体が、その人の心を軽くすることにつながるんだと思います」
身内や知人に打ち明けることもあるだろうが、心の専門家に話すことが、心の重荷を軽くするのに役立つことを知っておこう。
「高いところから見下ろす『俯瞰(ふかん)』に近いんだろうと思います。『なぜあの時、あんなことを言ったのだろう』『どうしてあの人からあんなことを言われてしまったのか』。そんなふうにクヨクヨと後悔している自分を、1歩距離を取って見ることになるのではないでしょうか。実は、こうした行動は、『考えながら話す』に似ているのです」
「考えながら話す」とは、例えばお笑い芸人が、自分の話をしながら、どのようにウケているのか、ちょっと引いた位置で見ている状態に近いと、岡島准教授は指摘している。
<それってうつ病?メンタルヘルスの現場から(31)>
8月に発足した「目覚め方改革プロジェクト」(http://mezame-project.jp/)によると、製薬会社がこの春実施した30~60代男女2400人対象のネット調査で「朝すっきり目覚めた日はどう感じるか」を聞いたところ、「体の調子が良い」という人が約4割で最多。次いで「気持ちが安定する」と答えた人が3割以上いることが分かった。反対に目覚めが悪いことで日中のパフォーマンス(活動性)が低いと感じる人も多くおり、日常の生活に睡眠が及ぼす影響の大きさが明らかになった。一方、すっきりと目覚めるため工夫をしている人は、1割にとどまっていた。
プロジェクトメンバーの1人、東京家政大学人文学部心理カウンセリング学科の岡島義(いさ)准教授はこう話す。
「睡眠科学では『眠るからこそパフォーマンスが上がる』という研究結果があり、睡眠の役割は能動的だと考えられている。睡眠不足になると風邪をひきやすくなったり、高血圧や肥満の割合が増え、2型糖尿病にもなりやすい。また、抑うつ感を高める危険もある。一方で、レム睡眠が出現すると幸福感が高まり、不安感が減少するという研究結果がある。つまり、睡眠は『削るもの』ではなく『確保するもの』という認識が必要です」
岡島准教授によると、17時間連続で覚醒した状態は、ビール中ビン1~2本を飲んだ状態と同じ。酒気帯び運転に相当するパフォーマンスしか発揮できないという。
「睡眠不足による日本経済の損失は、年間約15兆円といわれている。たばこの害によるものが約2兆円と推計されているので、睡眠不足の影響はいかに大きいか。この問題は顕在化しにくく、能動的な睡眠が経済損失の抑制につながることを認識する必要がある。徹夜の仕事などはなるべく避けて、よい睡眠をとるようにしてほしい」
<それってうつ病?メンタルヘルスの現場から(32)>
東京家政大学人文学部心理カウンセリング学科の岡島義准教授(臨床心理士・専門行動療法士・産業カウンセラー)に、落ち込んだ気持ちや、へこんだときに立ち直るコツを教えてもらおう。
「臨床心理学の立場からいえば、考えを反芻(はんすう)することはあまりよくありません。反芻というのは、牛が食べ物を反芻するのと同じで、頭の中の考えを繰り返すということです。たとえば、過去に起こったことを思い返すと、『なんであんなことを言われたのだろう、ほんとはこうなんじゃないか』などという考えが浮かんできますが、そのうち忘れてしまって元に戻って考えてしまいます。すると、結局また同じ考えが頭の中で繰り返されることになり、そこから抜け出せなくなってしまうのです」
こうした思考の反芻行動で心のエネルギーは自分の中の対話に向けられる。
「そこでのコツは『反省はしたほうがいいけれど、後悔はしなくていい』ということなんです。どういうことかといえば、後悔するということは、『なぜあのときこうだったのか』といった反芻に近い考え方で、一方、反省するということは、後悔よりもちょっと前向きだということです。後悔はいつまでもクヨクヨしていて役に立たない。でも反省は、『今回はこういうことがよくなかったから次は改善しよう』という意味があって振り返るにはとても大事でよい方法なのです」
後悔では「あのとき」から時間が止まったまま動けなくなっている。失敗をそのままにはせず、2度と繰り返さないためにもきちんと振り返ることが大切だ。反省をすることで心の健康を保つことができるのである。
<それってうつ病?メンタルヘルスの現場から(30)>
睡眠は心の健康に影響する。「4週間でぐっすり眠れる本」(さくら舎)の著者で、睡眠の改善で心身の健康をめざす「目覚め方改革プロジェクト」のメンバー、東京家政大学人文学部心理カウンセリング学科の岡島義(いさ)准教授(臨床心理士・専門行動療法士・産業カウンセラー)は、こう話す。
「最近の研究では、うつと一緒に不眠が前駆症状として出てくるといわれています。うつ病になった人の9割には不眠があることや、うつ病が治った人でも不眠の症状は残りやすいといわれています。そのため再発しやすいというわけで、不眠とうつ病は切っても切れない関係なのです」
不眠を治すカウンセリングで、うつもよくなるという。
「不眠に対するアプローチをすると、うつまで治ってしまうということを考えると、睡眠の乱れが気分の不安定性に非常に大きな影響を与えているのではないかと思います。反対に、睡眠が良好に整うことで、気分の落ち込みをかなり軽くできるのではないでしょうか。それでもまだ悩みがあれば、そこにアプローチすれば、より効果が出やすくなるでしょう」
睡眠時間はネガティブ感情にも関係がありそうだ。
「睡眠時間が短いと、抑うつの気分が強くなる。一方、睡眠時間を長く取ればいいというわけではなく、体が必要としている時間を規則正しくとることが大事なのです。例えば、夜11時に寝て朝6時に起きるという人ならば、しっかりと寝ればいいのですが、不規則になってしまうと、同じ平均睡眠時間であっても、体調が悪くなるといわれています。つまり同じ睡眠時間を規則正しく取ることがコツです」
寝ている間に夢を見るのが、レム睡眠。
「レム睡眠が出た後に起こされた人の感情がどうか調べると、レム睡眠を経た人のほうがハッピーな感情が出やすい。恐怖感情が減るといわれているのです。人間は眠ると必ずレム睡眠が出てくるので、しっかり眠ることがとても大切だと思います」
<それってうつ病?メンタルヘルスの現場から(29)>
対人関係の悪化から、うつ状態に陥ることは少なくない。例えば、「なぜあんなことを言ってしまったのか」といった感情にとらわれることで、そこから抜け出せず、結局は気分が落ち込んでしまう。つまり、うつ状態ではエネルギーは外へではなく、内側にばかり注がれるのだ。
東京家政大学人文学部心理カウンセリング学科の岡島義(いさ)准教授(臨床心理士・専門行動療法士・産業カウンセラー)は、こう話す。岡島准教授は、「4週間でぐっすり眠れる本」(さくら舎)の著者で、睡眠の改善で心身の健康を取り戻す「目覚め方改革プロジェクト」のメンバーである。
「要は怒りを出せない。『アンガーイン』という状態。気丈に怒りをためこんでしまうので、突然爆発すると、周囲は理解できない。それで対人関係がさらに悪化するという事態も起こります。いわゆるストレスに対する対処能力が弱い場合に、このようなことが起こりやすいといわれています」
自分では対応できないストレスが覆いかぶさってきた時に、それが起こる。
「サルの世界でこういう例があります。ボス猿がその座を追われていく時、あえて落ち込んでエネルギーを使わない状態になる。自分は負けたとしても、子孫は生き残れる。そうならずに闘争が起きると、群れ全体が滅びてしまうから。そのため、抑うつ的になることには、進化的な意味があるといわれていますが、人間もそうかもしれない」
「ここで頑張りすぎると体がダメになる」という自らが発するSOSサイン。いわゆるオーバーワークが、心をむしばむ一因になりかねない。
「あえてエネルギーを使わせないようにしているのが抑うつ状態ではないか。社会にこれだけうつ病が増えていることにはきっと意味があるのでしょう」
抑うつは、誰にでも起こり得る気分の落ち込みだ。そのことから、人間が生きるために必要なものではないかと、岡島准教授はとらえている。
<それってうつ病?メンタルヘルスの現場から(28)>
心の健康が脅かされ、不調になると、心身にさまざまな影響を及ぼすようになる。うつ状態に多くみられる強い気分の落ち込みは、具体的にどのような状態をもたらすのか。
「4週間でぐっすり眠れる本」(さくら舎)の著者で、睡眠改善で健康を取り戻す活動「目覚め方改革プロジェクト」のメンバーである東京家政大学人文学部心理カウンセリング学科の岡島義(いさ)准教授(臨床心理士・専門行動療法士・産業カウンセラー)はこう話す。
「まずは衣食が損なわれやすい。食事が取れない、ファッションが気にならない。パジャマでも平気になってしまうこともあるでしょう。このように、それまではやれていたことができなくなることが一番の問題なのです」
食事に限らず、うつ状態というのは、すべてのエネルギーが減少し、無気力な状態に陥っていることが多い。
「すべてのものに注意が払えなくなり、全部が自分の内側に向いてしまいます。つまり外へエネルギーを使うことができなくなる。『なんで自分はこんなことをしちゃったんだろう』『どうしてあの人からそんなことを言われなくてはいけないのだ』といった考えにばかり、エネルギーを注ぐことになってしまいます」
うつ状態では、「エネルギーが内側に向いている」ということが一番の特徴である。岡島准教授はこう指摘する。
「外に向いている可能性はあるけれど、実際には自分の中で完結している状態です。自分の中で闘っているような。攻撃というと、相手に対してのものですが、それすらしない。つまり自分の中での対話にエネルギーを使っている。自分の中で仮想の人物をつくり、それに対して『なんであんなことを』といったことを延々とやってしまうわけ。要は怒りを出せない『アンガーイン』という状態です」
気分が落ち込むきっかけになったことを頭の中で繰り返しているような状態がずっと続くとしたら、さぞ耐え難いことに違いない。
<それってうつ病?メンタルヘルスの現場から(27)>
さまざまなストレスに囲まれて、うつ病をはじめとするメンタルヘルスの不調を訴える人が増えている。誰もが無関係とはいえない中、精神的な健康を保つにはどうすればよいのか。
考え方や生き方について、東京家政大学人文学部心理カウンセリング学科の岡島義(いさ)准教授(臨床心理士・専門行動療法士・産業カウンセラー)を訪ねた。岡島准教授は、「4週間でぐっすり眠れる本」(さくら舎)の著者。このほど発足した、睡眠改善で健康を取り戻す「目覚め方改革プロジェクト」のメンバーである。まずは、心の健康とは何かを明らかにしてみる。
「心の健康から異常を分けるという考え方は、普通はあまりしないものです。例えば、友達とケンカをして落ち込んだ、あるいは彼女、彼氏に振られて憂鬱(ゆううつ)になったというような場合、心の健康としては通常より悪い状態です。それがどんどん悪くなっていくと、そうした気持ちの落ち込みから食事ができない、ふだんやっていることができなくなった、そこまでいくと、落ち込み度として強すぎるという見方ができると思います。つまり重症だということですね」
いわゆる心の健康を損なうとは、日々、さまざまな出来事がふりかかることで、それまでは送れていた平凡な生活が何らかの理由によって送れなくなった時、と考えていいという。とはいえ、その程度や頻度は1人1人によって異なるのではないか。
岡島准教授はこう指摘する。「そうですね、例えば恋人と別れたとしても、それがその人にとって非常に大きな出来事であれば、心の健康は重く害されてしまいます。もしかすると、うつ病という診断になるかもしれません。抑うつ気分も同じで、憂鬱だ、抑うつだというような気分を抱えたままでも、日常生活がいつも通り送れていれば、特に問題はない。しかし、そうした気分を抱えたことで、楽しい生活が送れなくなったという時には、やはり要注意だと思います」。
<それってうつ病?メンタルヘルスの現場から(26)>
会社員Fさん(49)は妻と共働きで、子どもはおらず、自身は1部上場の有名企業に勤めていた。ある朝、妻を送り出した後、Fさんが玄関で靴を履こうと前かがみになったところ、強烈な頭痛がしたと思ったら、体の自由がきかなくなり、意識を失い倒れてしまった。夕方、妻が帰宅したところ、玄関で倒れているFさんを発見。救急車で運ばれたFさんは、運良く命を取り留めたものの、左半身まひが残り、言葉も出づらい後遺症を負った。診断は脳梗塞で自宅療養となったが、それがストレスとなり、うつ病を発症した。
うつ病は、体の病気と関係することも多い。例えば心筋梗塞を起こすと、再び発作が起きるのではないかといった不安にさいなまれ、ストレスが元で気分が落ち込み、ひどい場合はうつ病を併発しやすいといわれている。他にも糖尿病や甲状腺の病気、パーキンソン病、あるいは、がんといった命にかかわる大きな病気は、要注意だ。
一方で高齢者の場合は、認知症に気をつけたい。認知症では物忘れなどの記憶障害を始め、思考力、判断力、それに意欲の低下などを伴いやすく、うつ病と似た症状と混同しやすい。認知症とうつ病が同時に併発している場合もある。認知症にはアルツハイマー型、脳血管性、レビー小体型などがあり、その診断も容易ではない。
そもそも高齢になればなるほど、配偶者や親しい人との死別や子どもの独立(喪失感)、退職、病気など、うつ病を発症しやすいリスクが増える。家族や親族、知人など、周囲の見守りや関わりが、気分の落ち込みや立ち直りに役立つこともある。かかりつけ医と連携するなど、周囲は社会から本人を孤立させないようにすることが大切だ。
なお、精神科やメンタルクリニックへの受診は、本人が拒否しないよう、健康診断の名目で連れていくなどの配慮を心掛けよう。
<それってうつ病?メンタルヘルスの現場から(25)>
Cさん(38)は都心の女子大を卒業後、アパレルメーカーに就職。顧客営業で頭角を現し、同期の中でも一番の出世頭となり、30代前半で複数の営業所をまとめる管理職に抜てきされた。もともと人好きで、やりたかった服飾の仕事だったので、すべてが順風満帆かと思われた。ところが数年前あたりから、社内に次々と本業とは異なった新しい事業が立ち上がり、若い世代が台頭してきた。そのためCさんのような中間層がついていけず、もはや会社の“お局”状態となってしまった。
焦れば焦るほどうまくいかなくなるもので、Cさんの部門は成績が落ち、もはやリストラ対象寸前にまで追い込まれてしまった。ある日のこと、Cさんに異変が起きた。「このままの状態では将来がない。どうしたらいいのかしら」。突然、心臓の動悸(どうき)が激しくなり、体の震えが止まらなくなった。その後休職したCさんは家に閉じこもるばかり。心配した家族が病院に連れていき「うつ病」と診断された。
うつ病と同時に、ほかの病が起こることは少なくない。中でも強い不安感やめまいなどのパニック症状を伴う「パニック症」は、発作を繰り返すうちうつ病を発症しやすいといわれている。引きこもりなどから人に会わなくなり、気分が落ち込んでうつ病を引き起こすこともある。そのほか、「パーソナリティー障害」や「統合失調症」はうつ病と関係が深い病気といわれている。パーソナリティー障害は考え方や行動の偏りが激しく、対人関係でトラブルを起こしやすい障害で、それがもとでうつ病を発症しやすい。
また、幻覚や幻聴、妄想などにとらわれる「統合失調症」もその初期はうつ病と似た症状を呈する。たとえば強い気分の落ち込みや不安がみられる。さらにうつ状態と、気分が高揚する躁状態を繰り返す「双極性障害」にも要注意。病気の原因には体質やストレスが関係する。
いずれも正確に判別することは専門医でも難しいとされ、適切な治療に結びつかないことも少なくない。
<それってうつ病?メンタルヘルスの現場から(24)>
うつ病になると判断力が落ちミスが多くなる。「うつが治る食べ方、考え方、すごし方」(CCCメディアハウス)の著者で「新宿OP廣瀬クリニック」の廣瀬久益(ひさよし)理事長はこう話す。「注意力が落ちる。脳内のワーキングメモリーが障害され、記憶が落ちてくるのです」。
廣瀬理事長によると、ストレスがかかることでコルチゾールというホルモン物質が分泌される。コルチゾールは、炎症を抑えるなどの防御作用で体を守ってくれる半面、増えすぎると神経細胞の毒となり、障害となる。
「脳の海馬という記憶にかかわるところは、不安や気分を保つところに影響を及ぼす。そのため慢性ストレスの状態により、不安が大きくなることでうつ気分となり、記憶も落ちる。うつ病のほとんどは記憶力が落ち、人に言われたことが残っていないのです」
記憶が落ちてきたということは、脳にダメージが出始めている証拠である。ほかにも脳の前頭前野と呼ばれる、注意や情報処理にかかわる部分が低下し、結果として仕事ができない状態に陥るというわけだ。
「物忘れがひどいという症状は一般的にも分かりやすい。うつの実態としては、ミスが増えた、疲れやすい、朝の目覚めが悪い、といったことになると思います」
廣瀬理事長は、ネットの動画サイト「ユーチューブ」でこうした情報を発信し、動画はすでに180本を超えた。廣瀬理事長はこう警鐘を鳴らす。
「考え方や生き方、そして社会のあり方というものが、うつ病を始めとするメンタルヘルスを脅かしているということに気づいてほしいと思っています。そもそもうつ病の患者さんたちは、競争社会の中で生きてきた人がほとんど。誰もがなりうる可能性があるのです」
患者の多くは「素直な人」たちだという。うつ病は社会全体の問題としてとらえることで、その治りにくい実態に迫ることになり、より良い治療につながると提言している。そうした視点は、うつ病が単なる個人の問題にとどまらないことへの理解につながるはずだ。
<それってうつ病?メンタルヘルスの現場から(23)>
うつ病と診断されたら仕事は休もう。「うつが治る食べ方、考え方、すごし方」(CCCメディアハウス)の著者で「新宿OP廣瀬クリニック」(東京都新宿区)の廣瀬久益(ひさよし)理事長はこう話す。
「ただし、仕事を辞めてはいけません。仕事を辞めると、その負担が1つ増えることになります。今の時代、仕事をしないで生きてはいけません。自分の生活の一番大事な経済的基盤をなくしてはいけないのです」
うつはストレスによって、心的なエネルギーが枯渇した状態だといえる。休職する目的は、ストレスの発生源である仕事から離れ、ストレスを減らし、エネルギーを蓄えること。
「休職して治療を続けると、次第に心的エネルギーが増え、うつ状態が少しずつ和らぎ、先のことを考えられるようになります」
復職に向けたリハビリは1~2カ月かかる。その後、職場復帰に自信がついても、すぐ元のように働けるわけではない。
「いきなりフル勤務ではなく、環境整備をしながら3カ月から半年後を目指した復職までもっていく。職場に戻って3カ月は、いわばならし運転です」
うつ病が改善したかは、症状が消え、元気が出て意欲的になったかどうかで判断される。しかし元気になったと思って職場に戻っても、再びうつ状態となり、復職を果たせないこともある。その主な原因としては、患者側の準備不足や無理な頑張り、そして職場側の期待がある。
「ストレスでのオーバーワークが原因で発病した場合は、職場の環境や人間関係がトラウマとなって残っていることがあります。どうしても嫌な人がいて辞めたいといった時などは、転職を目指すこともある。いずれにせよ、職場に戻る時期を十分に見極めることが大切です」
職場の環境を想定したリハビリなども必要で、受け入れる職場側にも、患者のやる気を支え、少しずつ復職を支援する姿勢が求められる。
<それってうつ病?メンタルヘルスの現場から(22)>
しばしば言われる「うつ病になると自殺する」は、なぜなのか。「うつが治る食べ方、考え方、すごし方」(CCCメディアハウス)の著者で「新宿OP廣瀬クリニック」(東京都新宿区)の廣瀬久益(ひさよし)理事長はこう話す。
「自殺してしまうのではないかというふうに不安がる人は、むしろ不安障害が疑わしい。うつ病では全体的にエネルギーがなくなり、自殺は考えられない。死のうという、まとまった行動には移せないのです」
いわゆる内因性うつという「本格的な」うつの場合、その最初はほとんどが、何もすることができなくなってしまう。そのため死ぬことは考えられない。
「うつ病になると、考えも行動も滞って動けない。これから死のうと計画を立てて、実行することにはならない。そのため、死ぬかもしれないといった恐怖は持たないのです」
うつ病よりむしろ、不安障害といった、例えば普段はそれほど問題にはならないものの、何かに非常に敏感で、そのために急に落ち込むという方がリスクが高い。
「怒り、悲しみ、それに自己破壊性を伴うから消えたくなるわけです。例えばついさっきまで、会社のため、人のためとやってきた人でも、まわりからみれば大した理由がないのに、急に人が変わってしまう。こうした場合は、死ぬ確率が高い。死ぬパワーがあるからです」
また、うつ病では自殺の時期に注意を要する。
「症状が改善し、ある程度の回復に向かっていったとき、気分の落ち込みよりも先に、行動、考えの抑制が先に回復すると一見、元気に見えるし、いろいろなことができるようになってくる。周りから『回復して良かったね』と言われる。しかし本人としては、まだまだつらい。周りから良くなったと言われることで、それまでカバーしてくれていたものが外されるような気になり、落ち込んでしまってそのまま亡くなることが多いのです」
<それってうつ病?メンタルヘルスの現場から(21)>
「うつが治る食べ方、考え方、すごし方」(CCCメディアハウス)の著者で「新宿OP廣瀬クリニック」の廣瀬久益理事長はこう話す。
「うつ病の患者さんではチロシンというアミノ酸の摂取で改善する人がかなりいます」。チロシンはタンパク質の成分のアミノ酸のひとつで、脳内の神経伝達物質であるドーパミン、ノルアドレナリンになる。不足すると気分の落ち込み、憂鬱(ゆううつ)感、意欲の低下を引き起こす。ある患者はうつ状態になって休職。医療機関にかかったが改善せず、退職を余儀なくされた。イライラや不安が強く無気力に陥った。複数の病院にかかったが改善せず来院した。廣瀬理事長がチロシンを服用するよう勧めたところ2、3週間で気力が戻ってきた。
「うつ病ではセロトニンやノルアドレナリンが不足します。抗うつ薬で気分の落ち込みは改善したものの、ドーパミン、ノルアドレナリンを増やすためにその材料となるチロシンが必要でした」
抗うつ薬のSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)は、セロトニンを増やして気分を保ち、感情を安定させる効果がある。ただし、セロトニンの生産そのものを増やすのではなく、受容体に取り込まれてしまうことを阻害して増やす仕組みで“不自然”ともとれる。
「アミノ酸の材料を増やすことで自然にノルアドレナリンの生産量を増やす。チロシンのほか、タウリンはカルシウムとマグネシウムのバランスを保ち、神経細胞の活動を円滑にして気分障害の改善に役立つのです」
ほかにもナイアシンという栄養素は、たとえば統合失調症の幻覚症状の改善、思考力、判断力の改善にも役立ち、前向きにさせる。また、タンパク質、ビタミンB群、鉄などが不足するとその欠乏を招き、うつ病にもかかわる可能性がある。サプリメントを併用し多くの改善例があるという。見落とされてきた「栄養」を見直す画期的な知見である。
<それってうつ病?メンタルヘルスの現場から(20)>
治りにくいうつ病は、栄養不足が関係している可能性がある。「うつが治る食べ方、考え方、すごし方」(CCCメディアハウス)の著者で、「新宿OP廣瀬クリニック」(東京都新宿区)の廣瀬久益(ひさよし)理事長はこう話す。「タンパク質の欠乏により、うつ状態に陥ることがあります。脳内の神経伝達物質であるドーパミン、ノルアドレナリン、セロトニンなどが不足するためです」。
ドーパミンは、快感や欲求にかかわり、不足するとワクワク感や意欲を失ったり、愉快な気分や好奇心、達成感が得られにくくなる。ノルアドレナリンは、脳の覚醒を高めてくれ、それが不足することで、闘争心や衝動がなくなり、セロトニンは気分を保ち感情を安定させる働きがある。不足すると、うつ状態やイライラを招きやすい。
「脳や内臓、骨や皮膚などを構成する細胞はタンパク質からできています。タンパク質が欠乏すれば、筋肉がやせてスタミナが不足します。免疫力が低下し感染しやすくなったり、傷が治りにくくなります。貧血、記憶力の低下や思考力の低下、不安障害なども起こりやすくなるのです」
タンパク質の欠乏には、血液検査が必要になる。主に「血清総タンパク」と「血清アルブミン」に注意しよう。総タンパクで7・0g/dl、血清アルブミンで4・5g/dl以下であればタンパク質欠乏が疑われる。
「日本人は欧米人に比べて肉の消費量が少ないので、それだけでタンパク質の必要量を満たすのは難しい。牛肉や豚肉の赤身、卵、鶏肉、魚介類、大豆製品に多く、さらに足らないようであれば、サプリメントのプロテインで補うようにしましょう」
タンパク質はアミノ酸スコアの高いものを取ることがコツだが、体への吸収率が高い鶏肉、豚肉、鶏卵、牛肉、マグロ、豆類が効果的。ただし、タンパク質のほかにも鉄やナイアシン、ビタミンB6なども一緒に取ることがお勧めだ。
<それってうつ病?メンタルヘルスの現場から(19)>
「新宿OP廣瀬クリニック」(東京都新宿区)ではうつ病の治療にキックボクシングのほか、栄養療法にも力を入れている。「うつが治る食べ方、考え方、すごし方」(CCCメディアハウス)の著者で精神科医の廣瀬久益(ひさよし)理事長はこう話す。「うつ病の治療に栄養療法を取り入れたそもそものきっかけは、従来の治療では良くならないということでした。今は、治療の主役になることもあります」。
薬では治らないうつ病患者に対し、その原因が栄養にあるのではないか。ある日、体の痛みの治療に栄養療法が行われ、精神疾患にも効果があると知ったことが始まりだったという。「うつ病と栄養は非常に密接な関係にあります。私の経験で、抗うつ薬が効かないうつ病の患者さんには、鉄欠乏によるうつ状態の人がかなりいるのです」。
廣瀬理事長によると「鉄欠乏」で体内の鉄が少なくなり、うつ状態に陥るのは、いくつかの理由からだ。鉄は血液中で酸素の運搬やエネルギーを生み出すことにかかわるが、それが不足することで、強い疲労感、倦怠(けんたい)感が生じて行動が滞る。例えば家事をすればすぐに休む、筋肉が落ちて重いものが持てないなどの状態が起こる。一方、脳が酸素不足になることで、立ちくらみやめまいが起きやすくなり、さらに脳の神経伝達物質であるドーパミン、ノルアドレナリン、セロトニンなどの合成に影響が出る。
ドーパミンの不足で意欲や達成感が得られにくい、覚醒レベルにかかわるノルアドレナリンの不足は積極性を抑え込んで気力が落ちる、あるいは気分を保ち充足感を得るためのセロトニンが十分ではないなど、「こころの働き」が乱れ、睡眠障害が生じて不安が高まり、うつ状態を招くという。鉄欠乏は、例えば肌荒れ、口内炎などの皮膚や粘膜のトラブル、寝つきが悪い、夜中や朝方に眠れない、皮膚にあざができやすい、立ちくらみやめまいが起きる、夕方から夜にかけて疲れが出て動けなくなる、女性では月経量が多いといった症状を引き起こす。
「抗うつ薬で治らないうつは、鉄欠乏を疑うことが大切です」
<それってうつ病?メンタルヘルスの現場から(13)>
人知れず悩む心の病、うつ病。一般的には、仕事や家事を休むことが良薬と思われている。「なんば・ながたメンタルクリニック」(大阪市中央区)の永田利彦院長はこう話す。
「うつ病だから休職せよ、といわれて会社に行かなくなったら、とても楽になる。休めばすぐ良くなるわけです。そうかといって、そのまま復職したらまた悪くなります。まったく治っていないからです。症状が良くなったと思って受診をやめたりすると、あっという間に再発するというのが一番分かりやすいパターンです。うつ病に隠れている『生きづらさ』にはたくさんのパターンがあり、非常に難しいのです」
こうした現状は、「うつ病は薬を飲めばいい」という風潮が生んだ結果ともいえる。永田院長は指摘する。「多くの人は、うつ病は簡単に治ると思っている。うつ病は入り口であって、その後ろにある生きづらさを見つけないといけません」。
今、世間の労働環境は厳しさを増しネットに代表される情報社会にさらされて以前にはなかった複雑な人間関係をもたらしている。
「例えば、ネットで炎上したりする。他人にどう思われるか、場を読む能力がさらに求められています。目立てば目立つほど、たたかれますし。企業は少しぐらい業績が上がっても、賃金には変わりない。そんなわけで、生きづらさを抱えて生きてきたことを褒めなければいけない。さらに生き方を修正していくことが、うつ病の治療には大切です」(永田院長)
永田院長のもとを訪れる患者は、小中学生から働き盛りまで多様化している。生きづらさを自覚していない人も少なくない。治療には、臨床心理士らと協働して、認知行動療法などさまざまな方法で患者に合った治療を提供する。多くの患者が救われている。
「薬は、通院中に『あなたにはこれ』という具合で1種類まで減らす。だから100%効く」(永田院長)。なお、臨床心理士のカウンセリングなどは、保険外となり自費。診察料プラス数千円が目安とのことだ。
<それってうつ病?メンタルヘルスの現場から(11)>
うつ病は、「生きづらさ」を抱えて生きてきた人の病である。その治療は専門性にたけている。「なんば・ながたメンタルクリニック」(大阪市中央区)の永田利彦院長は、うつ病に併存する「社交不安症」を例にとり、こう説明する。
「うつ病の治療は、その人の生きづらさの原因が何かを説明することから始まります。社交不安症もそのひとつ。社交不安症があって、2次的にうつ病になっているわけです」
社交不安症は、単に人前が苦手な上がり症というものではなく、遠慮が激しい人たちであり、自己主張ができないことが特徴だ。永田院長によると、脳の中にある「扁桃(へんとう)体」の反応が高い人がいる。反応の高さは薬で抑える一方で、大脳皮質のコントロールについてアドバイスをする。
「薬だけでなく、『大脳皮質が開き直ることも必要ですよ』と話します。どういうことかというと、社交不安症は、みんなの前で何も言えない、ムスッと黙ってしまうからうまくいかないんですよ、それを言いたいことをちょっと言うようにしましょう、そうじゃないとみんなと付き合いにくいですよ、その方がみんなに喜ばれますよ、ということを説明していくのです。こうしたことを心理療法として臨床心理士とやっていく。それは薬を飲むことよりも根気が要るんだということを十分理解してもらう必要があるのです」
自分には言いたいことがあるのに、人にそれを言うと嫌われるかもしれない。そう思っている人が抱えている生きづらさに対して、あえて「言えるように」しようという方法は、時間がかかる。
「心理士によるカウンセリングというと、普通は共感して慰めてもらいに行くみたいなイメージがありますが、そうではありません。心のあり方を変えるという苦しい作業なんだということを分かってもらう必要がある。自分が不安だと思っていることをあえて行うわけですから」
階段を1つ1つ上がるように、心の回復を目指していく。
<それってうつ病?メンタルヘルスの現場から(10)>
うつ病とは何か。長年、うつ病治療に取り組んできた「なんば・ながたメンタルクリニック」(大阪市中央区)の永田利彦院長はこう話す。
「例えば、うつ病の人に対して励ますといけないのか、あるいは励ました方がいいのか、頑張れと言った方がいいのか、さまざまな意見がありますが、患者さんは1人1人違うので、その人に合わせたものが必要なのです」
前回紹介した「社交不安症」をはじめ、うつ病にはいろいろな障害が併存していることが少なくない。
「つまり、病気というよりもほとんどが生きづらさなのです。生きづらかったら死ぬことを選んでしまう。生きづらい人に対して、頑張れなんて言ったら、本当に死んでしまうかもしれません。だから私はこう言うんです。『よく頑張って生きてきたね』って」
クリニックにやってくるさまざまな生きづらさを抱えて生きてきた人たちに、永田院長はこう優しいまなざしを向けるのである。
「どういうふうに生きづらいのかを見分けることは、ものすごく難しいことです。なぜなら、どう生きづらいのかをちゃんと理解していないといけないから。でも、私はそれをやっている。とはいえ、時間をかけて聞いてあげないと分からないという場合は、いくら時間をかけても分からないもので、もしもその人の話を聞くだけであれば、医者でなくてもいいはずです。しかし、医者は治療をして、その人が変われるようにしなければいけません」
その人が何によって生きづらさを抱えているのか、それを探り当てる。
「当てて褒めまくるのです。それは、本当に経験が豊富な医者でないとできないことです」
心を病んでいる人たちへの接し方は、経験と知識と十分なトレーニングを積んではじめて可能になるという、専門性の高い分野である。画一化されたマニュアルというものは手がかりにはなるものの、個別化した対象への決め手にはなりえない。
「繰り返しますが、典型的なうつ病ではないからといって、決して軽症というわけではありません。ケース・バイ・ケースの治療が必要です」
<それってうつ病?メンタルヘルスの現場から(9)>
うつ病の陰で診断されにくい「社交不安症(社会不安障害)」。大学生のBさんは、飲食店でアルバイトとして働いていた。ある日、店長に用事で休んだほかのスタッフに代わって勤務してほしいと頼まれた。Bさんは大学の授業やゼミの発表が控えていたのに、その依頼を断れず、引き受けてしまった。本当は嫌だけど、店長の機嫌を損ねたくない、との思いを抱えたまま、大学とアルバイトに明け暮れ、寝る間を惜しんで頑張った。
しかし3週間後、心身の疲れはピークに達し、肝心のゼミの発表で失敗をした。準備ができなかったのである。アルバイトも休めず、結局、すべてやる気を失い、動けなくなってしまった。心配した家族にメンタルクリニックへ連れていかれ、「社交不安症」だと診断された。
「なんば・ながたメンタルクリニック」の永田利彦院長はこう話す。
「Bさんは、店長が困っているのをわかっているので、つい無理な依頼を受け入れてしまいました。目上の人には緊張してしまうので、自分の意見を言えないのです。また後輩や周囲に嫌われたくないので、好かれるように頑張ってしまった。そのため無理がたたってしまう」
社交不安症は見過ごされているといわれている。理由は本人が性格の問題だと考えているためや、わがまま、あるいは周囲がそれに気づけないことなどがある。
「社交不安症は、脳内の神経の働きなどが一因。適切な治療で改善します。単なる性格の問題とあきらめないで」(永田院長)
多くは、他人と接する際、相手の表情に対する反応が過敏になっているといわれている。改善には精神療法と薬の服用が効果的だ。
「症状が改善すると、人前で自分の意見を話すなどそれまで避けてきた場面でも落ち着いて対処できるようになる。不安に対する経験を積み重ねることで自分に自信が持てるようになると、その人らしい生活が送れるようになるのです」(永田院長)
遠慮して意見が言えない、周りに気を使いすぎる、相手の意見に異を唱えにくい、グループの輪に入れないといった人は要注意だ。
<それってうつ病?メンタルヘルスの現場から(8)>
いまでは市民権を得た「うつ病」。患者も医師も「うつ病」であることを求めがちだ。「なんば・ながたメンタルクリニック」(大阪市中央区)の永田利彦院長はこう話す。
「うつ病はいわばメンタルヘルスの入り口なんです。うつ病がメインではなくて、ほかのメンタル障害であってもしんどい。だから仕事に行けなくなるし、死にたくなるかもしれない。かつての概念でいう、内因性のうつ病だったら、クリニックに歩いて来るなんてことはできません。うつ病に隠れた何かを見つけてあげて、治療に結び付けないと大変なことになりかねません」うつ病がメインだとして、見逃されているものに「社交不安症」(社会不安障害、社交恐怖)がある。永田院長はこの障害に注目している。「社交不安症は、たとえば『頼まれごとを断れない』『人に嫌われるのが怖くて自分の意見を言えない』といった人たちです。人と接する場面で不安や緊張を強く感じてしまうのです」。
たとえば、サラリーマンのAさんの場合、取引先の課長から、納期に間に合わないだけの追加注文を断りきれず受けてしまった。社内の誰にも相談できず、結局、会社に損害を与え、上司から叱責(しっせき)された。他人に迷惑をかけたくないという気持ちが強く、遠慮して自分の意見が言えなかったのだ。Aさんは担当から外され、やる気を失い、会社に行くことができなくなった。後日、メンタルクリニックを訪れたところ社会不安障害と診断され治療を受けることになった。
「この社交不安症があるとしんどい。しんどいから死にたくなるんだと思います。そして性格だから治らないと思っている人は多い。メンタルクリニックには、“昔ながらの”うつ病ではない人がたくさん来ます。多くはうつ病としては軽症と呼ばれる人たちですが、決して軽症じゃありません。Aさんのような疾患が見逃されていることが少なくない。うつ病のいまの診断基準は非常に簡単。それは間違ってはいないけれど、他の疾患をきちんと診断できる医療機関は多くない」(永田院長)。
<それってうつ病?メンタルヘルスの現場から(6)>
米国精神医学会による診断基準「DSM-3」は、それまでの日本におけるうつ病治療の概念を一変させた。大阪市中央区にある「なんば・ながたメンタルクリニック」の精神科医、永田利彦院長はこう話す。「DSM-3が登場した当初は、日本でも侃々諤々(かんかんがくがく)の議論が起きました。しかし、いったん基準ができてしまったら、基準として、研究が、たくさん実施されたのです」。
患者が薬を飲むとこれぐらい良くなりました、といった類いの研究が、多数現れた。その中でも内分泌やセロトニン、ノルアドレナリンで説明できるというような“ブーム”が起きたという。セロトニンやノルアドレナリンとは、脳内での情報のやりとりにかかわる神経伝達物質である。
なお、DSM-3はいわゆる「操作性診断基準」と呼ばれる。これは、本当は原因がはっきりしないのに、検査する方法が見つかっていない病気をどう扱えばいいのかといった時、患者の症状のみを診断のよりどころとする方法である。こうしてつくられた基準が1度できると、コトが一気に進むことがある。うつ病も例外ではなかった。
うつ病だと診断されたら「抗うつ薬」を-。新基準はそんな“治療パターン”を作り上げることに成功したのだった。しかし永田院長はこう指摘する。
「(抗うつ薬の効果は)実際には2、3割にしか効かないというのが現実です。一方で、抑うつの軽い人であっても、死なないのかといったら、そういうわけではない。つまり、抑うつ症状が軽い人でも、自殺する人がいるのです。“死ぬ”ということから考えると、非常に重いことですが、抑うつ症状としては軽いわけです。その意味で、じつはDSMという診断基準は、くせ者であり、一般の人には訳が分からないことになるのです」
さらにややこしいことに、うつ病には、なんらかの病気を併せ持っていることが認められた。他の障害が「併存」することがあり得る、それがますます、うつ病という病気を分かりにくくしているというのである。
<それってうつ病?メンタルヘルスの現場から(5)>
うつ病をよく知るため、専門医を訪ねた。大阪市中央区にある「なんば・ながたメンタルクリニック」の永田利彦院長は、大阪市立大学大学院准教授(神経精神医学)を経て開院した。精神保健指定医、精神保健判定医、産業医のほか、うつ病学会では評議員と、日本うつ病学会治療ガイドライン作成委員会委員を務めている。多くの研究実績と臨床経験を持つ精神科医である。
「うつ病とはどのような病気なのでしょうか。実は、うつ病は、その“診断基準”ができて、他の身体疾患と同じように考えられるようになったのです」(永田院長)
永田院長によれば、1980年に米国精神医学会が発表した「DSM-3(精神障害の診断と統計マニュアル)」をきっかけとして、それまでのうつ病が大きく変わったという。「それ以前の日本の多くの精神科医は、いわゆる“内因性のうつ病”だけをうつ病と考えていました。内因性というのは、がんなどと同じで、体の中から起こってくるという“仮説”なんです」(永田院長)。
内因性とは、何かのきっかけや原因がないのに、ひとりでに起こるものをいう。体質や遺伝といった体の内部に要因があるというとらえ方で、原因不明なものを「内因性」としたらしい。
「一方で神経症と呼ばれるものがありました。例えば、人間関係における葛藤で起こるうつ病を神経症性うつ病としました。内因性うつ病では神経症性のようではなく、ある日突然うつ病になる、その人が持っていたものが突然出てくる病気なのだ、というものです。日本ではそうだったのですが、米国では内因性のうつ病があるとは考えられていなかったわけです。ところが、米国の精神科医らにより、DSM-3が突然登場したことが、日本にも大きな影響を及ぼしました」(永田院長)
DSM-3が登場したことで「神経症」という名前が日本から消えた。「神経症」は「不安障害」をはじめとする一群に名称が変わり、当初は懐疑的に受け取られたその診断マニュアルは、わずか6カ月で30版というスピードで広まったのだった。