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5つの実例からみる納得の遺言書 思いが実現する遺言書とは?


遺言書には遺言者の思いが込められています。週刊朝日ムック『はじめての遺言・葬式・お墓』(朝日新聞出版)に掲載された5つ実例から、自分の思いを確実に実現するために、遺言書にどんな配慮がなされているかを見ていきましょう。監修は行政書士の竹内豊さんです。

【CASE1】独身の二女が老後に困らないよう、財産を残したい

 82歳のAさんにとって最大の気がかりは、40代半ばを過ぎても独身でいる二女のことでした。二女は転職を繰り返していたため、定年まで勤め上げても退職金は期待できそうにありません。そこでAさんは、二女の老後資金の足しにしてほしいと、自分の財産をすべて二女に相続させる内容の遺言書を作成しました。

 この内容では、長女が自分の相続分がないことに不満を抱く可能性があります。そこでAさんは、長女には結婚の支度金など生前に贈与をしたことを説明し、遺留分の請求をしないよう付言事項でメッセージを加えました。

【CASE2】前婚でもうけた子と再婚相手に財産を円満に相続させたい

 元会社員のBさん(75歳・無職)は、前妻と死別後に再婚した。前妻との間に娘が1人いるが、後妻との間に子どもはいない。自分が死んだ後も妻と娘が円満に暮らしてほしいと願い、遺言書を作成。妻には老後資金として現金を多く残し、娘には妻が亡くなった際の二次相続の負担を軽くするため、妻と同居している自宅を相続させることにしました。ただし、娘には妻が亡くなるまで自宅を処分しないよう、付言事項に書き加えました。現預金は妻6割、娘4割の割合で相続させ、娘が先に死亡した場合は、孫に相続させるようにしました。

【CASE3】先に子どもが亡くなり(逆縁)、孫の中に音信不通者がいる

 Dさん(92歳・無職)は、夫に先立たれ、二世帯住宅(長男と共有)で長男夫婦と同居中です。長女は娘2人を残して亡くなりました。そのため、Dさんが死亡した場合は長男と孫2人(亡き長女の子)が相続人となりますが、孫の1人とは連絡が取れません。相続人全員で話し合う遺産分割協議が難航すると見て、Dさんは遺言を残しました。遺言書があれば、遺産分割協議をしなくても遺産分けができます。

【CASE4】自分の世話をしてくれた子にすべての財産を残したい

「家族の中でも特定の人に多く財産を残したい」、あるいは「この人にだけは財産を残したくない」と考えている人は少なくありません。元教員のEさん(72歳・無職)には妻と娘3人がいます。妻とは、妻の不貞が原因で別居中。二女夫婦と同居しています。「妻に財産を残したくない」「自分の身の回りの世話をしてくれている二女にすべての財産を残したい」と考え、遺言書を作成しました。

 付言事項に妻との関係、娘たちにかけた教育費の格差について記載しました。Eにさんは遺言作成の4ヶ月後に死亡。妻と長女から二女に対して遺留分減殺請求がなされましたが、Eさんの死亡から7カ月後に合意して解決しました。

【CASE5】夫の相続で仲違いした長男に財産を残したくない

 Fさん(67歳・無職)は夫に先立たれ、一人暮らし。子が2人(長男、長女)いますが、長男とは結婚を機に関係が悪化。夫が亡くなったとき、自分の遺産の取り分を強硬に主張する長男のせいで遺産分けの話し合いがつかず、苦労しました。以来、長男との関係が悪化し、絶縁状態になっています。自分の死後は長女にすべての財産を残したいが、子どもたちの間で相続争いが起こることが予想されるので、Fさんは「争続」防止のため遺言を残しました。遺言書には、遺留分減殺請求の対策も記載しました。

※週刊朝日ムック『はじめての遺言・葬式・お墓』より

竹内行政書士事務所代表
行政書士・竹内豊
たけうち・ゆたか/中央大学法学部卒業後、百貨店勤務を経て2001年から現職。遺言・相続を専門として活動する。著書に『親に気持ちよく遺言書を準備してもらう本』(日本実業出版社)、『親が亡くなったあとで困る相続・遺言50』(共著、総合法令出版)など多数

※『はじめての遺言・葬式・お墓』発売記念無料講演会、5/14(土)開催!
http://publications.asahi.com/news/602.shtml

遺言は書かせておくべき!? 親が存命中に子がすべきこと


意外と知らない通夜やお葬式でのマナー、業界の裏事情を綴った今、注目のサイト「考える葬儀屋さんのブログ」。「ライブドアブログOF THE YEAR 2015」にも選ばれた同サイトの管理人・考える葬儀屋さんに聞いた、恥をかかない今のうちに知っておきたいお葬式の常識とは――。

 葬儀屋さんブロガーの「考える葬儀屋さん」と申します。

「子供に迷惑をかけたくない」。最近、ご自身の葬儀の相談にいらっしゃる方が言うキーワードです。

 「迷惑」と言っては語弊がありますが、確かに親が亡くなったことで大変な思いをするお子さんは多いです。みなさんも「もし親が死んだら、自分はどうすればいい?」ということを一度は考えた経験があるのではないでしょうか。

◆親の葬儀で迷惑をかけられない方法

 子供が被る迷惑の度合いで、親が自分自身のお葬式に対して取るべき態度を評価するとこんな感じになります。

○:良く調べて自分のお葬式のやり方を決めておく
△:子供に全て任せてしまう
×:出来もしないお葬式のリクエストを言い残す

 子供にとって一番ありがたいのは親自身がお葬式の内容を「ちゃんと」決めているケースです。こういう親は自分自身のお葬式の内容をエンディングノートに書き記しており、依頼すると決めている葬儀屋さんの連絡先やお葬式の見積もりなどを残しています。

 そして、ここまでお葬式の事を決めている人は遺言書を作成して相続で子供たちが揉めないようにしている場合が多いです。いわゆる「終活」をちゃんとやっているわけですね。こういう親を持つと子供には迷惑がかかりません。

◆あの名優も「終活」!? 残された迷惑な遺言

 “△”の「子供に全て任せる」と聞いて、いやいやそれは困るよ、と思われる方も多いと思います。しかし“×”の「出来もしないお葬式のリクエストを言い残す」よりはずっとマシなのです。だいたいの“×”の人は、無頓着なのか縁起が悪いと思っているのか、お葬式の知識が絶対的に不足しており、よく調べずにイメージだけでお葬式を語りがちです。

 その結果、交友関係が広いにもかかわらず、「誰にも知らせるな」と言い残す、遺族の同意が取れていないのに「遺骨をまけ」と言い残すなど、残された遺族を困らせてしまうケースが多いのです。

 ちなみに上記の事例は俳優の故・三國連太郎さんが実際にやってしまったことです。

 できもしないことを言い残されると、遺族はお葬式の時に苦労するだけでなく、ずっと望みをかなえてあげられなかったという罪悪感を引きずることになります。

 では、”×”から”○”になってもらうにはどうすればいいでしょうか。

 親が亡くなったとき、迷惑をかけられないため、子供がまずできること。それは、親御さんに、葬儀屋さんの主催するお葬式のセミナーに参加してもらうことです。葬儀のリアルで、正しい知識を知ってもらいましょう。事実、最近は葬儀セミナーブームでほとんどの葬儀屋さんがお葬式のセミナーを行っています。

◆空前の葬儀セミナーブーム。親の上手な誘い出し方は?

 セミナーには健康不安を持つようになると行きづらくなるので、元気なうちに早めに参加してもらうべきです。そうは言ってもお葬式のセミナーを勧めるってハードル高いなぁと、感じた方も多いでしょう。

 確かに、ズバリお葬式というセミナーもありますが、最近は「相続」や「エンディングノート」をテーマにしてハードルを下げて参加しやすいように工夫しているセミナーも多いのです。ここでお葬式の知識を得てもらいましょう。それから、終活に対して男性は腰が重く、女性は積極的です。まず母親をそそのかして、父親を口説かせると成功率が高まります。

 さて、お葬式のセミナーに参加するもう一つのメリットは、セミナーを主催している葬儀屋さんの良し悪しを見分けることができるということです。なぜなら、消費者はお葬式の経験も知識もない方がほとんどです。

◆セミナーで見分ける良い葬儀屋、悪い葬儀屋

 そのため、「分かりやすく説明する能力」は葬儀屋さんにとって必須です。つまり、葬儀屋さんの良し悪しはセミナーのプレゼンテーション能力で判断できます。セミナーにはプレゼンテーション能力においてその葬儀屋さんのエース級のスタッフが投入されます。

 そこで、そのセミナーの内容がいまひとつわかりづらいと感じたらその葬儀屋さんを選んではいけません。お葬式のことを全く知らない人が聞いてもよくわかるセミナーなら、その葬儀屋さんは良い葬儀屋さんです。

 ちなみに葬儀屋さんのサイトに掲載されているセミナー風景写真だけで葬儀屋さんの良し悪しが分かる場合がありますので、最後に記しておきます。

・聴衆に年配者が多いのにもかかわらずスライドの文字が小さい
・マイクを使っていない(声が聴き取りづらい)
・セミナー講師の格好がラフ

 こういうところは避けましょう。

 考える葬儀屋さんでした。

【考える葬儀屋さん】
 葬儀社に15年以上勤務し、業界内部を知り尽くしたその道のプロ。業務内容はお葬式の担当と葬儀・葬儀業界の分析。Twitterアカウントは@kangaerusougiya。「ライブドアブログOF THE YEAR 2015」にも選ばれ、月間45万PVを突破した「考える葬儀屋さんのブログ」も日々更新中。

死亡年齢の平均ではない? 平均寿命のウソ・ホント



FC2 Analyzer日本の平均寿命は高いと言われています。平均寿命とは、厚生労働省から発表され、報道などでもよく耳にする統計値ですが、一方でその意味についてはあまり知られておらず、微妙に間違った捉え方をしている人が多いようです。平均寿命についてのよくある疑問や間違いについて解説しましょう。

■「平均寿命-自分の年齢」で大まかな余命がわかる→ウソ
これはとても多い誤り。よく聞くのが、「女性の平均寿命が約85歳で、いま、私40歳だから、平均寿命まであと45年生きられるわ」といった表現です。

平均寿命は、あくまでも「発表されたその年に誕生した人」の平均余命のこと。そもそも計算すること自体が間違いなので、この考え方は正しくありません。ただし、現在アラフォーの女性の平均余命が45歳より長いのは確かです。

■平均寿命を毎年報道するのは意味がない→ホント
こちらは正論。平均寿命は、「生命表」という統計の指標のひとつ。国勢調査に基づくものを「完全生命表」と呼んでいますが、国勢調査は5年ごとに実施しています。平均寿命だけ取り上げて毎年大きく報道されるのはやや不自然な感じがします。

前回の国勢調査は平成22年の第21回国勢調査。国勢調査の間の生命表は、「簡易生命表」と呼んでいます。

■平均寿命まで生きるのは50%?→ウソ
誤り。生きるという表現に関係したのは平均余命ではなくて生命表の中で生存数という別の指標です。上の言い方に直接関係した指標があります。ただし、日本では平均寿命まで生きる確率は50%より大きくなっています。

■平均寿命は女性が長い→ホント
こちらは正解。日本を含めて、世界的に見ても女性の方が寿命が長い傾向になるのは事実です。遺伝因子と環境因子の両方が関係していると考えられます。しかし大事なのは平均寿命ではありません。平均寿命から介護が必要となる期間を差し引いた、自立した生活ができる期間である「健康寿命」が大切です。健康寿命は個人の生活習慣しだいで伸ばすことが可能です。

突然死防ぐペットは「犬」か「猫」のどっちか?


 自分が死ぬなんてまだまだ先のことだと思っていたら、ある日突然あの世行き──死への準備ができないままに人生を断たれる「突然死」は、自分自身にとっても、残された家族にとっても悲惨な死に方だ。突然死のリスクを避ける生活習慣を専門医に聞いた。

●ランニングするなら「早朝」か「夕方」か

 健康のためにランニングを、と思っている人は、時間帯に気をつけたい。「朝起きてすぐに走る」か「仕事終わりの夕方に走る」かでは、突然死リスクに大きな差がある。小田原循環器病院院長の杉薫氏が解説する。

「心臓が原因の突然死の90%以上は不整脈を伴いますが、朝方は不整脈が起こりやすい。起床後1時間くらい置いてから体をほぐす程度の体操をするのはいいですが、すぐに走ることは狭心症や心筋梗塞、脳出血などを起こす危険があります。ランニングするなら夕方のほうがいい」

 ただし、ハードワークで疲れているような時は、夕方でも走るのは控えるべし。

●ペットを飼うなら「犬」か「猫」か

 ペットを飼うことは癒しにつながり、血圧の安定に役立つ可能性がある。ただし、「犬を散歩させているから健康にいい」と考えるのは早計だ。『脳卒中、心筋梗塞、突然死を防ぐ101のワザ』の共著者で東京都健康長寿医療センター副院長の原田和昌氏が語る。

「犬の散歩中に心筋梗塞を起こす人は多く、とくに朝の時間帯に多発しています。大きな犬の場合、散歩の際に引っ張られて走るはめになり、許容範囲を超えた運動になる恐れがあるからです」

 飼うなら小さめの犬か、猫にしたほうが無難だ。

これができないと孤独な老後が待ち受ける…87歳医師が「老年になったら徹底すべし」と説く生活態度


老後を幸せに生きるにはどうすればいいか。浜松医科大学名誉教授の高田明和さんは「年を取り、何もせずにいると孤独を感じるようになる。そのため時間を埋めるために何かをしようとするが、貪欲に陥らないように注意すべきだ。かつて孔子が『満ちて覆らないものはない』と述べたように、『満ちた』『できあがった』と思ったらダメになるし、得たものも失うことになる」という――。

※本稿は、高田明和『孤独にならない老い方』(成美堂出版)の一部を再編集したものです。

下界と遮断された空間に長くはいられない

天国に一人でいたら、これより大きな苦痛はあるまい。

小説家 ゲーテ

死ぬということはどういうことなのでしょうか。

誰にもわかりません。ただ、人々にもう会えなくなることだけは確かです。

それについて、私は次のように考えることがあります。

絶海の孤島に、豪華クルーズ船も顔負けの施設が完備した巨大ビルがあります。世界中の料理と美酒が食べ飲み放題です。ショーや音楽などを楽しめ、ジムやプールで運動ができ、邸宅のような居室でくつろげます。

ただし、外界とは遮断(しゃだん)されています。出ることはできず、外の情報を得たり、情報を発信したりはできません。

死が近づいた時、神様から、「このビルに入れば少し長生きできるが、行くか? ただし、ビルから出て現世に戻れば、これまでの記憶を失い、現世で築いた人間関係から財産や業績まで、すべてゼロになる」と聞かれたら、どう答えるでしょう。


「行く」を選んだ場合、最初はビルの生活を大いに楽しむでしょう。しかし、時がたつにつれ、毎日会う人もやることも同じという生活に退屈してきます。

ついには神様に、「財産も業績もいらないし、他人が私のことを一切知らなくてもよいです。長生きも求めません。現世に帰してください」と願うに違いありません。

介護施設に一人で入っても孤独ではない

つまり、人々と交流できることは、幸せの一大条件といえるのです。自由にコンビニに行ける、外に出て公園を散歩できるといったことは、財産や業績などよりも、はるかに大切なのです。

生きることはそれだけですばらしいのですが、たった一人の世界では意味がありません。

私たちは一人でいても、いつでも誰かに連絡でき、行きたいところに行けるなら、孤独ではないのです。誰にも連絡できず、外に出られず、会いたい人に会える望みも断たれているというのなら、それが孤独です。

そう考えると、介護施設で介護士から手厚い扱いを受けている人は、孤独ではないでしょう。

介護施設に入ると、家族はあまり見舞いに来なくなります。まったく面会に来ない家族もいます。しかし、だから孤独だということはないのです。

介護施設に入っている元大学教授の知り合いが数多くいます。

介護施設では、入居者を「さん」づけで呼びます。

私たち医師、とくに大学教授や病院長などをやった人は、常に「先生」と呼ばれてきましたから、「さん」と呼ばれるのは少し屈辱的なのです。

それでも不満を言うことなく施設にいるのは、孤独でないからなのです。

老年になれば、孤独にならない生き方が重要

私は、晩年の幸福はどれだけ孤独でない生き方ができるかによって決まると考えています。孤独を避けたいと思うなら、最後の日々を過ごす場所で自分が親切にされる方法を考えることが大切です。

若い時は、孤独に耐えて大事をなしとげるといった生き方もあるでしょう。しかし、老年になれば、孤独にならない生き方が重要になります。

「家族といつも一緒でなくては孤独だ」といった狭い考え方をしないほうがいいのです。

人といつでも交流できることは、幸福の一大条件。

自分を発信できていれば孤独ではないのです。

「お一人さま→孤独→不幸」は短絡的すぎる

人間は、孤独な存在であると同時に、社会的な存在なのです。

物理学者 アインシュタイン

お盆や年末年始に、帰省や旅行のニュースが流れます。駅や空港で、「どこに行くのですか」と聞かれて、「おじいちゃんのところ」などと子供が答えます。帰ってきた子供に「面白かった?」と聞くと、「魚を取ったりして楽しかった」などと笑顔を見せます。

毎年恒例の光景ですが、「子供」は常に幼児か、小学校低学年です。

つまり、中高校生が盆暮れに親と旅行することはまずないのです。部活や受験で忙しかったり、親と一緒に行動するのを面倒くさがるようになるからです。

人は結婚していても、していなくても、子供がいても、いなくても、いつかは一人になります。「結婚して子供がいれば、一人にはならないだろう」というのは希望的観測です。

現代では、子供がいても親のもとに寄りつかないようになっています。子供は、面倒くさい親との関係を避けるようになっているのです。

「子供が訪ねてこない」と嘆く親が非常に多くなっています。

ただし、お一人さま→孤独→不幸という図式は、あまりに短絡(たんらく)的です。そんな図式で老後を考えてしまうのは、不幸の要因になります。

たわいない雑談にも大きな価値を見い出す

私は、一人になったら小さなことに喜びを持つようにするのがいいと考えています。

たとえば、私の経験では、かなり高齢になっても、自分で料理はできるものです。何を買い、どう調理して食べるかも重要な喜びになります。

あるいは、趣味を喜びにする人がいます。デイサービスに通う知人女性は、趣味のトランプや麻雀で楽しんでいるようです。よいことだと思います。

しかし、高齢になるにつれて、仲間と一緒に遊ぶことができにくくなります。目が悪くなったり、耳が遠くなったり、足が痛み出したりするのが避けられないからです。

そうなると、もう喜びはなくなるのでしょうか。そんなことはありません。

友人や知人が、「最近どうですか」と電話してきて、「ありがとうございます。目がだいぶ悪くなっていますが、なんとかがんばっています」と答えるようなことだけで、十分な喜びになります。

定期的に連絡できる相手がいれば、最高です。たわいない雑談でいいのです。

「今日はこんなことがあった。明日はこんなことをする」などと話し合える人がいるだけで、心豊かに生きていけます。

「子供さえ電話をくれないのに、そんな相手ができるとは思えない」と言う人がいるでしょうが、そんなこともないのです。

これからは、非常に多くの人が一人暮らしをするようになり、孤独を恐れるようになります。

ですから、心を開いて話しかければ、昔の友人、同級生、同僚から、最近知り合った人まで、男女を問わず、必ず喜んで応えてくれるのです。連絡したりされたりすることが、お互いの支えになるのです。

「晩年になっても孤独にならない人生」は自分で選べる

くり返しますが、孤独とは一人でいるということではないのです。最近の社会では、誰もが一人になりがちです。

しかし、連絡すれば話せる人がいるなら、孤独ではありません。

監獄の独房に入っている人は孤独です。しかし、一人で自分の部屋にいる人は、誰かに連絡しようと思えばできますし、会いに行きたければ出かけられます。つまり、孤独ではないのです。

遺産の問題でもめて口もきかなくなった兄弟姉妹とか、離婚話がもつれて相手をののしり合うかつての夫婦なども、孤独ではないのです。

ただし、ものすごく不幸です。

孤独ではないが不幸であるという状態なのです。

「晩年に一人暮らしになりたくない」と思っても、それは自分では決められません。

しかし、「晩年になっても孤独にならない人生」は、自分で選ぶことができると思っています。

人とつながる小さな努力は、年配者にこそ重要である。

自分のまわりに壁を築かないようにしましょう。

「もう」を増やし、「もっと」を減らしていく

老人が落ち込むその病気は、貪欲(どんよく)である。

詩人 ミルトン

若い頃は、何もせずに時間を過ごすことに苦痛を感じるものです。年を取ると、さらに、何もせずにいると孤独を感じるようになります。

そこで、時間を埋めるために何かをしようとしますが、その時、「もっと、もっと」という貪欲に陥らないように注意すべきです。

人間は年を取ると、体力、気力が衰えて、欲望のおもむくままに動けなくなります。「もうこのへんでよしとしよう」と思い始めます。年齢が私たちを中庸(ちゅうよう)に落ち着かせてくれるとも考えられるのです。

一方、年を取っても、欲はなかなか衰えません。

そのため、まだ儲ける力があれば「もっと儲けたい」、社会的地位があれば「もっと不動にしたい」、権力があれば「もっと制覇したい」と思うものです。

「もうこのへんで」と思う一方で、「もっと、もっと」と欲するのが人間なのです。

孔子「満ちて覆らないものはない」

中国の修養書『菜根譚(さいこんたん)』に、欹器(いき)という銅器の記述があります。中が空(から)だと傾き、水を半分くらい入れるとまっすぐに立ち、水が満杯になるとひっくり返るようになったうつわです。

孔子が魯(ろ)の国の廟(びょう)でこの欹器に目を止め、弟子に水を注がせてみました。すると確かに、満杯になったとたんひっくり返って、水は全部こぼれてしまったのです。

孔子は、「満ちて覆(くつがえ)らないものはない」と慨嘆(がいたん)したといいます。

つまり、「満ちた」「できあがった」と思ったらダメになるし、得たものも失うことになる、というのです。

古来、中国は争いが絶えない社会でした。国内部の叛乱(はんらん)、隣国からの攻撃、異民族の侵入などにさらされ、安定した時代は短かったともいえます。

さらに、自分の所属社会でも、出世競争や家の間の争いが激しく、いつ足をすくわれるかわからないのが普通でした。

このため、中国には「満ちれば欠ける」「目立つな」「油断は禁物」といった戒めの言葉が数多くあります。欹器の話も、無欲と強欲のどちらにも偏(かたよ)らない中庸の大切さを教えているのでしょう。

欲望には際限がありません。欲に任せて、年寄りの冷や水的な行動をするのは、危険だと思います。欹器のようにひっくり返りかねません。

無欲と強欲の、どちらにも偏らない。

何事も六〜七分をよしとしましょう。

成功者ほどリタイア後の孤独感は強い

人はいくつになっても、どれほど成功していても、他人に認めてもらうことに飢えている。

人生コーチ ステファン・ポーラン

私たちは、人々に忘れられていくのを悲しく思います。

たとえば、年を取って社会の第一線から遠ざかると、「自分はもう忘れられたのだ。誰からも相手にされないのだ」という思いが急に強まり、非常な孤独を感じます。

皮肉なことに、業績をあげた人、業界や社会で名が通るようになった人ほど、リタイア後の孤独感は強くなります。

映画『アバウト・シュミット』に、ジャック・ニコルソンの定年パーティの場面があります。ニコルソンの後任者は「彼がいたから、わが社は発展した。私も見習います」などと賞賛します。

ところが、ニコルソンはうっかり翌日も出社してしまいます。すると、後任者は当惑した感じです。

「わからないことはない?」と聞いても、「大丈夫です」とけんもほろろで、ニコルソンは、もう自分の出る幕はないことを痛感して引き下がるのです。

年をとると賞賛を求める理由

私は最近、年を取ると、批判や悪口に耐えられなくなるということがわかってきました。とにかく悪く言われたくないのです。

私は、世の中は嫉妬で動いていると考えているので、批判や悪口も嫉妬の感情が大半を占めており、必ずしも正しいとはいえないと思っています。

しかし、批判や悪口にも、三分(さんぶ)の理があるのは事実です。つまり、痛いところは衝(つ)いているのです。

そこで、若い時は、批判されないように必死に努力します。

しかし、年を取ると、昔なら無視できたようなちょっとした批判に対しても、「自分はやはりダメなのではないか」と弱気になってしまうのです。

批判に耐えられなくなることの逆作用として、とにかく賞賛を求めるようになります。

ところが、そうなると今度は、少しでも認められなかったり、無視されたりするだけで、「お前はもうおしまいだよ」と言われている気がしてくるのです。

何もしないことも自己を磨く修行

人生100歳時代になると、いつまでも社会に貢献をしたいと、多くの人が思うようになります。そして、ある程度は認められたいと願います。

しかし、それは「自分では若いつもりでいても、今の社会に受け入れられないのではないか」という不安と表裏一体なのです。

だから批判に非常に敏感になりますし、「認められたい」と強く思うのです。

ある人が、忘れられたくないために何かをせずにいられないことに苦しみ、静岡県三島の龍沢寺(りゅうたくじ)の中川宋淵(そうえん)老師に相談したそうです。

老師は黙って聞いていましたが、「何もしなければ本当に誰も相手にしなくなるか、試されたらどうですか」と言われたということです。

仏教では、何もしないことも自己を磨く修行とされます。そういう「無為(むい)の修行」で徳を積んだらどうか、それだけの報いはある、と老師は諭(さと)されたのだと思います。

誰もが、いずれ死んで忘れられるのです。生きているうちに少しずつ忘れられるのは苦しいものですが、自分で解決するしか方法はないのです。

批判が嫌なら、賞賛を求めないことだ。

「ホメラレモセズ苦ニモサレズ/ソウイウモノニ私ハナリタイ」と宮沢賢治が詠った境地は、年配者にこそ当てはまるのです。

---------- 高田 明和(たかだ・あきかず) 浜松医科大学名誉教授 医学博士 1935年、静岡県生まれ。慶應義塾大学医学部卒業、同大学院修了。米国ロズウェルパーク記念研究所、ニューヨーク州立大学助教授、浜松医科大学教授を経て、同大学名誉教授。専門は生理学、血液学、脳科学。また、禅の分野にも造詣が深い。主な著書に『HSPと家族関係 「一人にして!」と叫ぶ心、「一人にしないで!」と叫ぶ心』(廣済堂出版)、『魂をゆさぶる禅の名言』(双葉社)、『自己肯定感をとりもどす!』『敏感すぎて苦しい・HSPがたちまち解決』(ともに三笠書房≪知的生きかた文庫≫)など多数ある。 ----------

男性の用足し 突然死避けるには立ってするか座ってするか FC2 Analyzer



FC2 Analyzer直接の死因となる症状が現われてから24時間以内に死亡する「突然死」は、自分自身にとっても、残された家族にとっても悲惨な死に方だ。内科医で『突然死しないのはどっち?』(すばる舎刊)の著書がある池谷医院院長・池谷敏郎氏に、突然死のリスクを避ける生活習慣を聞いた。

●おしっこは「立って」するか「座って」するか

 近頃は座っておしっこをする男性が増えているが、その理由は「トイレを汚すな」という家族のプレッシャーによるところが大きい。だが、立ってするか座ってするかは、突然死にも大きく影響するという。

「排尿の時は血圧が下がるため、体調などによっては意識を失ってしまう場合もある。これを『排尿失神』と呼んでいます」(池谷氏) 排尿失神は立ってしていても座ってしていても起こるが、立った状態で失神するほうが、危険度が高いことはいうまでもない。

「立った姿勢から失神すると、頭部に100キロ以上の衝撃がかかることも十分にありえます。下手をすると脳内に出血が起こる危険性もある」(池谷氏)「俺は男らしく立ってする」なんていっている場合ではなさそうだ。

●毎日、「同じ時間に眠る」か「同じ時間に起きる」か

 平日の睡眠不足を週末に「寝だめ」して補う人は少なくないが、これは間違い。

「私たちの体内時計は、朝起きて朝日を浴びることでリセットされ、その約15時間後に眠気がくると決まっています。休日だからと朝起きる時間を遅くすると、体内時計のリズムが一定せず、よい睡眠がとれません。

ストレスの増加や高血圧、高血糖、免疫力の低下などを招き、長期的には突然死の危険性が上がります」(池谷氏)

 就寝時間や睡眠時間の長短にはあまり神経質にならず、毎朝一定の時間に起きればよい、と気楽に考えるのが大事なようだ。

突然死防止 トンカツソースは「つける」?「かける」?


「突然死」とは、直接の死因となる症状が現われてから24時間以内に死亡することをいい、心筋梗塞や脳卒中などで突然死する人は年間10万人にも及ぶ。

「突然死するかどうかは、日々の何気ない行動のほんの些細な差で決まる」と内科医で『突然死しないのはどっち?』(すばる舎刊)の著書がある池谷医院院長・池谷敏郎氏は話す。運命を分ける二者択一。あなたはどっちの行動を取っている?

●ヨーグルトやフルーツを食べるのは食事の「最初」か「最後」か

 ヨーグルトやフルーツに含まれる糖分は、ご飯やパンから摂取する糖分と体内で基本的に同じ働きをする。

「お腹がいっぱいでも比較的食べられてしまうこれらを食事の最後にデザートとして食べると、主食で十分糖質を摂取した後に、追加で糖質を摂ってしまうことになる。逆に最初に食べておけば、主食を全部食べ終わる前に満腹感を得られる。ヨーグルトやフルーツを食べた分、ご飯を減らすことを意識してください」(池谷氏)

 過度な糖質制限は体によくないが、炭水化物などの糖質を抑えることは突然死の予防につながるのである。

●トンカツを食べる時、ソースは「つける」か「かける」か

 高血圧は動脈硬化を進める要因で、心筋梗塞や脳卒中などによる突然死につながりやすい。高血圧と密接な関係にあるのが塩分の摂取量だ。

「ソースやしょうゆなどの調味料は塩分が多く、かけて食べると摂取量が増えやすい。塩分過多による高血圧を防ぐためにも、ソースは小皿に出して、チョンチョンとつけて食べるほうがいい」(池谷氏)

 ただし、ソースに浸すようにして食べるのでは意味がないのでご注意を。

●「大勢とおしゃべりしながら食事」か「1人でテレビを見ながら食事」か

「ひとりで食べるのを『孤食』といいますが、孤食の人はどうしても早食いの傾向が強い。急いで食べると血糖値が速く上昇し、動脈硬化が進みやすい」

 そう話すのは久留米大学医学部教授・山岸昌一氏。早食いでは満腹感が得られる前に食べすぎてしまうため、糖質や脂肪の過剰摂取にもつながりやすい。肥満になれば心臓への負担が重くなり、当然、突然死のリスクが高まる。

 その点、大勢でおしゃべりしながら食事をすると「ゆっくり食べる」ことにつながる。結果、食べる量を減らし、血糖値の上昇も緩やかに抑えられるのだ。

続く疲労も前兆現象の1つ “突然死”の前触れと回避策(1)


 突然死と言えば、去る2月25日、大阪・梅田の繁華街で乗用車が暴走し11人が死傷した事故が思い出される。この暴走した男性運転手(51)の死因が、大動脈解離による心タンポナーデだったという。

 事故を目撃した50代女性は「(男性は)ハンドルを握っている感じではなく、気を失っていると思った」と証言している。つまり、運転中に突然心臓の大動脈が裂けて死亡した可能性が高いと見られているのだ。

 しかし、男性の家族は「持病はなかった」と語っており、近隣住民も「ウォーキングをするなど身体は鍛えている様子だった。健康には気を使っていたのでは」と証言している。そのような状態でも、突発性の病気が死を招き、大事故につながってしまった。

 突如激痛を感じ、そのまま帰らぬ人となる突然死。医学的には、「事故や自殺などの外因性の原因がなく、それまで全く病気がないか、あっても安定した状態で、すぐに悪化する気配がなかった。なのに、突然病気が発症、24時間以内に死んでしまう場合」を言う。
 「特に、発病から1時間以内に亡くなってしまったケースについては、『瞬間死』と呼ぶこともあります。今回の事故で運転していた男性が亡くなったのも、それに当たる可能性は高い」(医療関係者)

 突然死を起こす直接の原因の約半数は心臓にある。残りは、脳(くも膜下、脳梗塞など脳卒中)や呼吸器系だ。しかし、実際に突然死した人の実態を把握することは非常に難しいという。

 「ただし、この突然死を迎える人は意外に多く、亡くなる人の5人に1人が病気を発症して24時間以内に死んでしまうというデータもある。しかも年齢は40~50代が多く見られ、女性より男性の方が約2倍近く多い。

中高年の方なら、大動脈瘤や大動脈解離といった病名を一度は聞いたことがあるでしょう。家族や知人に、大動脈が破裂して緊急手術を受けた方もいるかもしれません。

決して珍しい病気ではないのですが、では『大動脈ってどこにあるの?』とか、『原因は?』と聞かれ、正確に答えられる人は少ないでしょう。それだけ大動脈の部位は知られていない箇所にあるわけですが、決して油断できない病気なのです」

 こう語るのは、日本大学医学部附属板橋病院の外科担当医。
 「大動脈は、心臓から出て胸部、腹部に至る、身体の中心を走る最も太い血管を指します。太さは胸部で直径約3センチ、腹部でも約2センチもある。その太い血管で動脈硬化が進むと、血管内壁の弾力性が低下し、様々な異常が起こりやすくなるのです。

もろくなった血管内壁に高血圧などの要因が加わり、血管がコブのように膨らんだ状態になるのが大動脈瘤。そして血管内壁の一部に亀裂が入り、剥離を起こした状態が大動脈剥離。どちらも放置すると、あるとき血管が破裂して大出血を起こし、命にかかわる重大な病気に発展します。

しかし、それほど危険な病気なのに、大事に至るまで自覚症状がなく、なかなか気づかない。そこに落とし穴があるのです。早期発見のためにも知識を得て、予防を心掛けましょう」(同)

「恐怖の突然死」中高年が覚えておくべき“兆候と対策”


 車の運転中に突如発生した体調の急変で命を落とさないため、他人に迷惑をかけないため、コレは知っておきたい!

 先月25日、大阪・梅田の交差点で、会社経営者の男性(51)の乗用車が突然暴走し、11人の死傷者を出す大惨事が起きた。その後の調べで、暴走したのは男性の心臓発作が原因で、乗用車がビルの花壇にぶつかって停車したときには、男性が心肺停止の状態だったことが判明した。「実は、私も大学に行くとき、あの交差点はよく通っているんですよ。運転していた男性は、車が暴走したときはすでに意識がなく、体が突っ張った状態でアクセルを踏んでしまったのでしょうね」

 こう話すのは、内科・循環器科が専門の石蔵文信・大阪樟蔭女子大学教授。ちなみに、事故を起こした男性は、家を出るときも普段と変わらず元気で、文字通り突然死だったという。司法解剖の結果、判明した死因は≪大動脈解離による心タンポナーデ≫。石蔵教授が、まず大動脈解離を解説する。「血管は内側から内膜、中膜、外膜の三層構造になっています。内膜と中膜の間にはコレステロールや脂肪などが溜まり、プラーク(脂肪の塊)ができます。内膜は玉ねぎの皮のように薄いため、プラークが溜まりすぎるとピーッと裂けてしまいます。これが大動脈解離です」

 同疾患が発生すれば、胸や背中に激痛が走る。有名人では落語家でタレントの笑福亭笑瓶さん(59)も、昨年暮れ、この大動脈解離で危うく一命を落とすところだった。「ものまねタレントの神奈月さんたちと千葉県のゴルフ場に行ってプレーしているとき、笑瓶さんが急に“背中が痛い!”と苦しみだしたそうです。ドクターヘリで病院に搬送されて、どうにか事なきを得たのですが、もう少し搬送が遅れていたら、命の危険もあったそうです」(芸能記者)

 今回の事故を起こした会社経営者は、大動脈解離が心臓に近い場所で起こった可能性が高いという。「心臓に近いところで解離が起こると、心臓にまで亀裂が入ってしまうことがあります。すると、心臓の内膜と中膜の間に血液や体液が入り込み、ポンプ機能が大幅にダウンしてしまうのです。これが心タンポナーデです」(前出の石蔵教授)

 事故を起こした男性は交差点手前で一度停車して、その後、急発進している。まず大動脈解離が起こり、胸の痛みで車を停めた直後に亀裂が心臓まで達し、失神して体が硬直。そのまま足がアクセルを踏んだため、今回の大惨事になったと、石蔵教授は推測している。「車の運転中に胸や背中に急な激痛を感じたら、まずギアをニュートラルにする。または、路肩に車を寄せてサイドブレーキを引く。これが後続車に追突されたり、巻き添え事故を防ぐために大切です」(前同)

 レスリングの吉田沙保里さんの父親・栄勝さん(当時61歳)は2年前に高速道路を運転している際に、くも膜下出血を発症し、急死しているが、「きっと激痛の中、車を路肩に停めたんでしょう。おかげで、他の車を巻き添えにすることがありませんでした」(同)

 交通事故総合分析センター、日本自動車工業会の統計によると、2007年から12年までの5年間では、心臓による事故は1年間で20件前後、脳卒中などの脳が原因の事故が50件前後も発生している。特に、脳卒中による事故は中高年に多いという。もはや他人事とは言えないのだ。では、脳の場合はどんな前兆があるのか。

 脳のトラブルに詳しい秋葉原駅クリニックの大和田潔院長(東京医科歯科大学臨床教授)は、こう話す。「ただの頭痛だと思っていたら、脳卒中の前兆だったというケースが少なくありません。つい最近も、首が痛いと来院された患者さんをMRIで調べたところ、椎骨動脈解離を起こしてました」

 椎骨動脈は首の根元にある動脈で、解離した部位を下手にマッサージしたりすると、プラークが脳血管に流れ、くも膜下出血などを引き起こす恐れがある。そのまま、いつもの“首の痛み”と放っておけば大変なことになっていたという。大和田院長によると、突然死を引き起こす脳血管障害には、痛みや通常と異なる感覚になるといった特徴があるという。

「一つは、急に激しい頭痛があり、これがずっと続くケースです。こんなときは一刻も早く救急車を呼ぶ必要があります」 また、「運転中に対向車が二重に見える」「ハンドルを持つ手が急に力が入らなくなる」「車を降りたとき、足下がおぼつかなくなったり、めまいがする」などと、いつもと感覚が違う「神経脱症状」を感じるときも、脳に重大な異常が出ている前兆の可能性が高いという。

 なるべく早く、専門病院でMRI検査などを受けたほうがいい。突然死の2大死因は心臓と脳だが、突き詰めると、最大の原因は動脈硬化により血管が詰まったり、破れてしまうことだ。「高コレステロール、高血圧、喫煙者は特に注意が必要です」(石蔵教授)

 また、「肥満気味の人や睡眠時無呼吸症候群の人、血糖値が高い糖尿病患者も心臓や脳の血管事故を引き起こしやすい」(前出の大和田院長)という。動脈硬化が進む中高年は誰もが突然死の可能性がある――。こう考えて、節酒禁煙、脂っこい食事を控えるなどの節制を心がけよう。

人はどんな時に「遺書」を書く?60代男性から不思議な回答も


万引きを疑われた広島県の中学生が、それを苦に自殺してしまったというニュースが話題になっている。

彼は至って真面目な少年だったが、学校側の手違いで「彼は万引きで捕まったことがある」と見なされ、志望高校への推薦入学を取り消された。このような耳を疑うべき不祥事が、我が国で実際に起こっているのだ。

また、亡くなった少年は、遺書を残していたという。
■遺書を書いたことがある人の割合は...
「遺書を書く」ということは、自分の死後を少なからず心配しているということだ。

その動機は自殺以外にも、いつか訪れる自然死や「もしかしたら死ぬかもしれない環境」に移る場合など多岐に渡る。だが共通しているのは、そこに何かしらの覚悟や決心があるから遺書を書く、という点。

そこでしらべぇ編集部では、「遺書を書いたことがあるか?」という調査を実施した。


全国1348人の調査結果によると、「遺書を書いたことがある」と答えた人は全体の6.7%。調査した年代が20代~60代であることを考慮しても、やはりこうした経験をしている人はごく少数である。
■遺書を書く理由は?
では、遺書を書いた動機について質問してみよう。まず目立つ回答は、「自殺を考えた時」や「辛くなった時」など、自死を窺わせる内容のものだ。中にはなぜ自殺を考えたのかという理由を答えた読者もいた。

あえてすべては書かないが、親からの虐待や学校でのいじめなどがその理由として複数あった。

だが一方で、50代から上の世代の人々は「残務整理」や「夫の公正証書遺言の作成」といった遺産相続に絡む回答が多かった。ある60代男性は、

「口座、パスワード、保険等の個人情報を遺書に記載した」

と、回答。こうしたことは、これから若い世代の間でも広がるのではないか。
■60代男性の書く遺書
中にはこんな声も。

「冬山登山時に遺書を書いた」

そう答えたのは、60代男性だ。考えてみれば、我が国日本は山岳国。3000メートル級の山々があり、しかも明確な四季がある。冬山登山を趣味にしている人は多い。

さらに、こんな回答もある。

「毎年正月に遺書を書く」

これも60代男性の答え。今回の自由回答調査では、どういうわけかこの世代の男性から興味深い回答が多い。遺書を書く理由もさまざまだということを、この調査で改めて見えてくる。

一人身の場合、老後の孤独死を避ける方法は?


人身の場合、老後の孤独死を避ける方法は?

孤独死の明確な定義付けはされていませんが、基本的には社会的に孤立し、充分なケアを受けられない状態の中での死を迎えた方に対し、語られています。ですので、実質的には高齢者だけの問題ではなく、障害を持つ方や小さな子どもなど、すべての人に関わってくる問題なのです。

今回は近年話題となっている高齢者の孤独死について、その予防策を医師に解説していただきました。

孤独死は未婚だけの問題ではない!

孤独死を迎える原因となるものが、未婚、家族との不仲、知り合いがいない、などが上げられます。しかし、未婚の場合は確かに孤独死を迎える原因となりやすい、ともいえるのですが、既婚であっても、配偶者に先立たれれ、さらに子どもとも不仲となると、未婚の方と大差のない状況になってしまうわけです。

不仲でなくとも、遠方にしかいない、連絡もあまりとらない、などといった場合には気づくのが遅れてしまう、そんな方も中にはおられるかもしれません。

孤独死を防ぐための取り組みとは?

まずは自分でできる対策として、近所に頼れる知り合いを持つことも有効ですが、社交的な性格ではないといった方もいるため、1人暮らしの高齢者に対する見守りサービスが全国各地で展開されるようになっています。

兵庫県のある団地では、水道メーターを定期的に点検するようにし、メーターが動かなかった場合などにはご家族と連絡をとり、様子を見に来てもらう、という取り組みを自治体でやっているとテレビで紹介されていました。

ほかにも、2014年度の夏から大阪府の寝屋川市社会福祉協議会がスタートした「緊急時安否確認事業」では、一人暮らしの65歳以上の希望者から合鍵を預かり、緊急時に安否を確認するというサービスです。合鍵を用いた立ち入りの目安は「新聞や郵便物がポストに溜まっている」「洗濯物が何日も放置されている」といった状況ができていることだそうです。

新聞配達員や宅配ドライバーによる安否確認のような定期巡回も様々なところで展開されています。

ひとり暮らしが不安な人向け! 軽費老人ホームがある!

独居ではなく、施設に入ってしまう、ということも一つの手ではあります。老人ホームと聞くと、どうしても費用が高い、介護が必要になってからでなければ入ることができない、などと思われるかもしれませんが、必ずしもそうではありません。

あまり話題にならないので知られていないようなのですが、独居となり、1人では不安なので、といった方が入居できる軽費老人ホームといったところもあります。福祉法人や地方自治体の運営している福祉施設ですので、費用の面では安く済みますが、福祉施設ですので入居基準があり、介護が必要になった場合などには対応していません。資産や収入が低いほど入居には有利になる、などといった面もあります。

介護士からのアドバイス

誰もがいつかは迎える老後。そうなった時に焦らないように、今から自分がどうしたいのかおぼろげでもヴィジョンを持っておきたいものですね。

亡くなる前の「お迎え現象」 本当にある? 故人と会い恐怖和らぐ


家族や知り合いが亡くなる前、誰もいないのに誰かと会話をしている様子を見せたり、「故人が会いに来た」と語ったりする場面に遭遇した経験はないだろうか。これは「お迎え現象」と呼ばれ、送られる人にも送る人にも意義のあることだという。

 神奈川県藤沢市のA子さん(65)は2014年6月、96歳の母親を看取(みと)った。歌が大好きでよく歌っていたが、少しずつ体力が落ち、あまりしゃべらなくなった。ところが、亡くなる3週間ほど前から、部屋に誰もいなくなると、手ぶりを交えて言葉にならない声を発するようになった。

 A子さんらが部屋に入ると、動きはぱたりと止まる。「誰とお話ししていたの」と尋ねても答えてはくれなかった。ただ、A子さんは「時折、父の遺影を見て会話をしているようでした。父がお迎えに来ていたのかもしれません」と振り返る。

 A子さんは10年、その父親を亡くした際もお迎え現象を経験した。亡くなる3週間ほど前、父親は、1歳で亡くなった長男が自宅に来ているとはっきりした口調でつぶやいた。

 その時は「亡くなった人が来るわけないじゃない」と信じなかった。だが、没後、知り合いの住職から「お迎えが来ていたんだね」と教わった。A子さんは「父も母も家族とともにあの世に逝ったと考えると気持ちが楽になります」と話す。

 お迎え現象はどのくらいの人に起きているのだろうか。島根大教育学部准教授(宗教社会学)の諸岡了介さんらが07年、自宅で家族を看取った経験がある遺族を対象に実施した「お迎え」体験に関する調査では、回答した約4割の人が「あった」と答えた。

 A子さんの母親を診ていた同市の湘南中央病院在宅診療部長の奥野滋子さんは「入院中の患者さんにもお迎え現象は起きていると思います。『話すと変だと思われる』という意識が働くのか、入院患者さんからそういう話を聞くことは、あまりありません」と話す。

 末期がんや認知症などを患って全身状態が悪くなると、しばしば「せん妄」と呼ばれる意識障害を引き起こす。お迎え現象は、せん妄とは違うのだろうか。

 奥野さんは「はっきりした違いはわかりませんが、せん妄の場合は、恐怖におびえて苦痛を伴い、話す内容も混乱しています。一方、お迎えの場合は、患者さんの意識ははっきりしていてストーリーもきちんとしています」と説明する。

 奥野さんは昨年9月、父親を亡くした。その際、父親にお迎えが来たという。旧制高校のサッカー部の仲間4人が来たようだった。そこで、父親に真っ赤なユニホームを着せて送り出したという。

 静岡大農学部教授(死生学)の竹之内裕文さんは、お迎え現象が果たす役割について、こう考えている。

 「多くの人は死に対して不安を持っているが、自分の大切な人やペットなどがお迎えに来ることで恐怖心が和らぐのではないか。送る人にとっても、一人で旅立たせたのではないと考えることができ、気持ちが救われる部分があるのではないだろうか」

 ◇「お迎え」体験に関する調査=宮城県の診療所の協力で、2003~07年に家族を自宅で看取った682人を対象に実施。回答した366人のうち42.3%が、「故人が生前、お迎え体験をしたようだ」と答えた。来たのは、「亡くなった家族や知り合い」とする回答が多かった。

69歳の僧侶・内科医が余命3か月のいま、考えていること語る FC2 Analyzer


田中雅博氏(69歳)は、奈良時代に建立された栃木県益子町の西明寺に生まれた。

前住職の父親の勧めで東京慈恵医大に進学し、1974年に国立がんセンターに入職。前住職が亡くなった後、入学した大正大学では博士課程まで進んで7年間、仏教を学んだ。その間1983年に寺を継いだ。1990年に境内に緩和ケアも行なう普門院診療所を建設し、医師として、僧侶として患者に向き合ってきた。
 
 ところが、昨年10月にステージ4b(最も進んだステージ)のすい臓がんが発見され、手術をしたが、今度は肝臓への転移がみつかった。現在は抗がん剤治療を続けているが、効果は芳しくなく、余命わずかであることを自覚している。数多くの末期がん患者と向き合ってきて、自身の死も静かに見つめる彼が、いま、考えていることを語った。

 * * *

 40年ほど前、国立がんセンターに内科医として勤めていた頃は、担当した患者さんのほぼ全員が、治らない進行がんでした。

外科医だと、手術して治る患者さんも診るのですが、内科医の私が担当した患者さんは、ほぼ全員が進行がん。当時はいまよりも治療法が限られていて、どうすることもできない、延命も難しい場合もあるという状況でしたが、いまでもがんの大部分は進行してしまうと治すのが難しくなります。

 そんな患者さんから「私は治りますか?」と質問されたらどう答えますか?

「残念ながら治すことはできません」と答えるしかない。がん性疼痛(がんに伴う痛み)を薬で抑えるなど、身体苦の緩和ケアで痛みを抑えることはできますが、痛みがなくなると最後に出てくるのが「死にたくない」「死ぬのが怖い」という苦しみです。

「私は死ぬのですか?」と多くの患者さんから聞かれました。しかし、医学ではどうにもならないことがある。「いのちの苦」の緩和ケアから人を救うことは、医者にはできない、科学にはできないのです。

 一般にがんが肝臓に転移した場合、黄疸が出ると余命約1か月です。私の場合、まだ黄疸は出ていませんが、検査結果を見て、各種統計と照らし合わせると、生きられるのはあと何か月かといったところでしょう。来年3月の誕生日を迎えられる確率は非常に小さい。

 先日、孫が生まれたんですよ。この子の成長をいつまで見られるのかと、つい考えてしまいます。生きていられるのなら、生きていたいと思いますし、命がなくなることに苦しみは感じます。しかし、人の死は思い通りにはなりません。

 たくさんの患者さんが亡くなっていくのを見ながら、「そのうち自分の番が来るだろう」と思っていました。だから、驚きもしないし、悲観もしない。「自分の番が来たか」と。むしろ「自分の番が来たらこうしよう」と考えてきたことがあるので、それを一つ一つ実行しているような感じです。

子どものいない夫婦の相続 故人のきょうだいとの相続トラブルにご注意を


子どもがいない夫婦の場合、故人の父母が既に亡くなっていれば、相続人は配偶者と故人のきょうだいになります]子どものいないご夫婦の相続は、注意が必要です。法定相続人の考え方を思い出してください。配偶者は必ず相続人になり、第一順位が子、子がいない場合は……。


そうです。第二順位の法定相続人は親ですが、第二順位がいない場合は、第三順位の兄弟姉妹です。配偶者は夫の兄弟姉妹と遺産分割協議をする必要があるのです。

夫の預金をおろすのにも夫のきょうだいとの協議が必要

きょうだいたちは「自分たちももらう権利がある」と主張

きょうだいにはない遺留分 遺言書で全財産を配偶者に残せる

板倉京(税理士)プロフィール

死後の世界ってあるの?


人はだれしもいつか死ぬ。それは避けられない現実。では、人間は死んだらどうなるのか? まさに諸説あるテーマであり、おそらく人類が知性を持った時から、ずっと考えられてきた問題であろう。

死の世界は、宗教が担っていることもあるので、世界の宗教による死後の世界について述べてみよう。

日本仏教では死後、浄土へ行くという考えや、「地獄」から「天」まで6つの行き先(六道)があり、死ぬ度に六道のどこかで何かに生まれ変わるなど、宗派によって違いがあるようだ。

キリスト教では、死後にキリストの復活を待ち、復活後に最後の審判を受け、天国か地獄に行く。あるいは、死んだらすぐに天国か地獄に行く。煉獄という天国と地獄の中間のような所に行き、魂の浄化後天国に行くなどなど。

イスラム教、現世は仮の世界、死は来世への通過点。終末の日まで墓の中で眠り、終末の日に審判を受け、緑園(楽園)か地獄行きかが決まる。

など、宗教・宗派によって様々な考え方があるようだ。また臨死体験をして、現世に戻ってきたという人もいる。臨死体験の研究は結構あり、そこにはいくつかの共通点がある。

・幽体離脱(自分を見下ろしている)
・トンネルもしくは暗闇を通り抜け光の世界へ向かう
・亡くなった人、神やキリスト、天使などとの会話
・幸福感。現世に戻ってから死が怖くなくなる
・ときに自分の肉体に戻る決断をするなどなど

またそれぞれの民族・宗教観・文化などが反映され、日本人の場合、お花畑、亡くなった親しい人と会う人は多くいるが、神やキリスト、仏などと会うという例は少ないらしい。

そのため、脳科学的にただの幻覚という人もいる一方、生まれて一度も光を感じたことがないはずの全盲の人が、幽体離脱で自分の姿を見たり、他者と会ったりするという視覚体験をした人も多いというから不思議だ。

さて、死後の世界を信じるか信じないかは、あなた次第。

プロフィール おぐらおさむ
作家、漫画家。22歳で漫画家デビュー、35歳で作家デビュー、社会問題全般に関心が高く、歴史、時代劇、宗教、食文化などをテーマに執筆をしている。2004年、富山大学講師。 2008~2009年、JR東海新幹線女性運転士・車掌の護身術講師。空手五段。

興奮し、何を言っているかわからない…死が近づくと通る「せん妄」の道 否定せず話を聞いて


後閑愛実&ゆき味「看取りのチカラ」
 大切な人を看取(みと)るとき、人は何を思い、看取りは、残された人々にどんなチカラを与えてくれるのか。後悔しない看取りについて、現役の病院看護師、後閑愛実さんが、ゆき味(み)さん作画の漫画と文章でつづります。

意識精神障害 高齢の患者に起きやすく
 死が近づいてくると、つじつまの合わないことを言ったり、何を話しているかわからないことを言ったり、興奮して落ち着かなくなったりすることがあります。

 「痛みのせいや薬のせいで、おかしくなってしまった」と思われる家族もいらっしゃると思いますが、酸素が少なくなり肝臓や腎臓の働きも悪くなって有害な物質が排せつされず、脳が十分に働かなくなっているせいです。このような状態を「せん妄」と言います。

 せん妄は一種の意識精神障害で、末期の患者さんに限らず、高齢の患者さんによくみられます。手術の後に起きることもよく知られています。

 がん患者を対象にした研究では70%以上がせん妄を経験するとされており、そのほかの病気でも非常に多くの患者さんにみられます。

 つじつまの合わないことを言ったり、落ち着きなく手や足を動かしたりする過活動の症状もあれば、うとうとしていたり、ぼんやりしているように見える(よく聞くと周りには見えていない何かを見ていることもある)低活動の症状もあります。これらは一日中あるわけではなく、朝は普段通りだったのが、夕方になってくると症状が強まるといったような日内変動が見られます。

 また、せん妄は急激に体力が低下したときなど、変化が起きたときに発生頻度が高くなります。体力が衰えて一人で動けないのに、せん妄のために自分でそれを認識できず、動こうとしてベッドから転落してしまうこともあります。

 病院でも、たまに夜間の巡視時に、ベッドから落っこちている患者さんがいて、びっくりすることがあります。こちらが動けないと思っていても、ベッドから転落することがあるので、なるべくけがをさせないようにベッドを低床にするなどの対応をしています。また、本人のつらさを和らげるために、ウトウトさせる薬を使うこともあります。

 初めてせん妄を目の当たりにすると、びっくりしてショックなことも多いものです。困ったことがあったら、遠慮なく医療者に相談をしましょう。

そばにいて耳を傾け 否定もせず、適度に受け流して「@
 終末期のせん妄の原因は、治療できないものが多いのですが、死亡直前であってもせん妄の症状の悪化を防ぐ対処方法はあります。

 便秘や尿閉、発熱などの不快な症状で、せん妄が悪化することがあります。たとえ食べていなかったとしても、宿便はたまります。いつ、どのくらい出ているかを確認することが必要です。

 ちょくちょくトイレに行っているのに、実は量が出ていないということもあります。排せつのことは恥ずかしいとは思いますが、穏やかに過ごすためにも医療者に相談していただけたらと思います。

 患者さんの混乱やせん妄状態を見た家族が、自分自身も落ち着かない、眠れない、集中できない、めまいがするという症状のために、日常生活に支障をきたすことがあります。

 患者さん本人以外(家族)のことであっても、患者さんのかかりつけ医や看護師などに相談していただいて構いません。看取りはチームでするものです。一人で頑張らずに、周りを頼っていただけたらと思います。

 つじつまが合わないように思えて、本当にあった昔のことや、今気がかりなことを伝えている場合もあります。また口の渇きやトイレに行きたいことを伝えようとしていることもあるので、結果何を言っているのかよくわからなかったとしても、何を伝えようとしているのか想像しながら本人の話を聴くようにしましょう。

 ただし、周りの人がすべてに真剣に向き合っていると、どんどんつらくなってしまいます。言うことは聞くし、否定もしないけれども、適度に受け流すくらいの姿勢で付き合うのがいいと思います。

 静かに足をマッサージされたり、家族の声が聞こえたりするだけで、本人は安心することも多いです。何もできなくても、ただそばにいるだけで、家族はとても尊い存在です。

<今回のポイント>
・おかしなことを言ったとしても、否定せずに話を聞こう。適度に受け流すことも大事
・せん妄は誰もが通りうる道で、おかしなことではない。

参考文献
「死亡直前と看取りのエビデンス」(森田達也 白土明美著 医学書院 2015)
「看取りの技術」(平方眞著 日経BP社 2015)

原案・執筆 後閑 愛実(ごかん・めぐみ)
 看護師
 群馬パース看護短期大学卒業後、2003年より看護師として病院に勤務。1000人以上の患者と関わる中で、様々な患者を看取(みと)る。看取ってきた患者から学んだことを生かし、看護師をしながら、13年から看取りの際のコミュニケーション方法について、研修や講演を通して伝えている。著書に「後悔しない死の迎え方」(ダイヤモンド社)。「月刊ナーシング」の連載「まんがでわかるはじめての看取りケア」の原作執筆担当(20年3月終了)。

作画 ゆき味(ゆきみ)
 マルチクリエーター
 2017年、多摩美術大学卒業後、フリーの作家として、立体造形・映像作品・グラフィックデザイン・漫画制作を中心に活動。漫画やイラストの制作、MV制作、オリジナルキャラクターグッズ、広告やパッケージのデザインなど、幅広い制作を手がける。「まんがでわかるはじめての看取りケア」作画担当。NPO法人さかうえのプロモーション動画「加部安の時計~天明の祈り~」制作、編集担当。19年、YouTubeに「ゆき味アートチャンネル」を開設。

歯の健康も影響していた 孤独死を引き起こす高齢者の引きこもり


高齢になると体が疲れやすくなったり、足腰が思うように動かなくなったりすることで、引きこもりになりやすいとされている。高齢者の引きこもりは、孤独死などの社会問題の要因にもなるものだ。この高齢者の引きこもりに、歯の健康もかかわっているというのだ。
□歯の健康が、高齢者の引きこもりの原因の1つに

東北大学で、歯の健康と高齢者の引きこもりの関連についての研究が行われ、結果は次のようになった。

・歯が20本以上ある高齢者は、週に1度も外出しない引きこもりの割合が4.4%
・歯が19本以下で入れ歯を使用している高齢者では、引きこもりの割合が8.8%
・歯が19本以下で入れ歯を使用していない高齢者では、引きこもりの割合が9.7%

研究結果から、歯の健康状態が悪いと、食事や人と会うのが億劫になり、引きこもりの原因になっていると指摘している(※1)。
□高齢者が維持したい歯の数

厚生労働省と日本歯科医師会が掲げる指標に「80歳で20本の歯を残す」という8020(ハチマルニイマル)運動がある。

人間の歯は、親知らずを除くと上下合わせて28本あり、20本という数は7割に相当するものだ。これは咀嚼機能を維持するためのラインとされており、20本を下回ると硬い物を食べるのが難しくなるという。

さらに歯の数が半分の14本以下になれば、ごはんなど軟らかい物を食べるのも難しくなるそうだ。実際に歯の数が20本未満では、やせている人が多くなり、栄養摂取への影響も懸念されている(※2)。
□高齢者の歯のケアのポイント

高齢になるまで長年使い続けた歯や歯肉はすり減っているので、汚れがたまりやすくなる。歯のメンテナンスをきちんと行うには、やはり毎日の歯磨きが大切だ。

歯磨きの途中で、歯肉から出血することもあり、歯磨きやめてしまう人もいるだろう。日本歯科大学の名誉教授である鴨井久一氏は、歯磨き時の出血は、炎症によって細菌に侵された血液であるため、出血しても歯磨きを中断することはないと指摘している。もちろん出血の量が多いならば、なにか他の病気が潜んでいる可能性もあるので、専門医を受診しなければならない(※3)。

高齢者の歯の健康を維持することは、生活の質を高めることにつながるものだ。筆者も、毎晩歯磨きをせずに寝床につく老親に、しっかり歯磨きをするように助言しようと思う。

法務局での遺言書保管制度とは 申請書や必要書類はどうすれば良い?


できるだけ確実で簡単で費用もかからない方法で遺言書を残したい――。法務局における遺言書保管制度を使うと遺言書の改変などを防げますし、相続人にも通知できて遺言書の検認も不要となります。必要書類を含む正しい知識を弁護士が説明します。

1.法務局での遺言書保管制度とは
法務局における自筆証書遺言に係る遺言書の保管制度(以下では「遺言書保管制度」と言います)は、遺言者が自筆で作る遺言(専門用語では「自筆証書遺言」と言います)を法務局に預け、画像データ化して保管する制度です。

単に法務局において遺言を保管するだけではありません。遺言者が亡くなったタイミングで相続人らに遺言についてお知らせの手紙を送られたり、検認手続が不要になったりするなど、自筆証書遺言を用いて円滑に相続手続を進めるうえで便利な役割も果たしてくれます。

2.遺言書保管制度のメリット
自筆証書遺言は、公正証書遺言を含む他の方法と比べると気軽に書くことができ、遺言作成のコストもかからないため、取り組みやすい遺言の方式です。その一方で、民法の定める形式ルールに違反すると遺言そのものが無効になってしまうなど大きなデメリットがあるため、作成時に注意が必要です。

他にも、遺言の偽造や書き換えが簡単にできること、せっかく作った遺言が相続人に発見されなかったり、紛失してしまったりすることなどデメリットがあります。ただし、遺言書保管制度を利用することで、自筆証書遺言のデメリットを軽減したり、解消したりすることができます。

まずは、遺言の形式ルールについて説明します。

遺言書の保管を法務局に申請する際、法務局の窓口において、法務局の職員から遺言の外形的な確認を受けます。この確認のなかで、遺言の形式ルールが守られているかチェックを受けることができます。仮に形式ルール違反があった場合、窓口で間違いを指摘してもらうことができますから、遺言を訂正したうえで保管することができます。前述のとおり形式ルールに違反すると遺言が無効になってしまう可能性があるため、この点を確認してもらえることにより安心して自筆証書遺言を作ることができます。

また、遺言を法務局に保管してもらうことで遺言の偽造や書き換えは困難になり、自筆証書遺言の弱点のカバーになります。せっかく作った遺言が相続人に発見してもらえないというデメリットについても、遺言書保管制度を利用することで解消することができます。

法務局が遺言者の死亡を確認した場合、遺言書が法務局で保管されていることを申請時に指定した相続人等に通知します(「死亡時の通知」と言われています)。その通知により、遺言の存在を明らかにすることができますから、遺言が忘れ去られてしまうという事態を避けることもできます。

手続き面のメリットとして、遺言書保管制度を利用している自筆証書遺言は、家庭裁判所の検認手続きを受ける必要がありません。

3.遺言書保管制度の利用方法
遺言書保管制度を利用するためには、自分で遺言を作成したうえで遺言書の保管を法務局に申請する必要があります。ご自身の住所地や本籍地、所有する不動産の所在地を管轄する法務局のなかから遺言書保管所を選ぶことができます。申請を行うためにネット予約や電話連絡などにより、事前の予約が必要となります。予約日までに、遺言書の他に申請書を準備する必要があります。

申請書の様式や記載例は法務省のホームページ(http://www.moj.go.jp/MINJI/minji03_00051.html)に掲載されています。このHPには推奨される遺言用紙のテンプレートなども準備されており、遺言書保管制度を利用して自筆証書遺言を作成することを思い立ったときは、優先的に確認することをおすすめします。

申請の予約日は、自筆証書遺言や申請書など必要書類を準備し、法務局の窓口で法務局の職員から確認を受けることとなります。法務局の担当窓口では、申請書の書き方等についても電話での質問に応じてくれます。

ただし、遺言の内容に関するアドバイスや法的事項に関する相談は一切応じてもらえません。遺言内容に関する相談は、事前に専門家に依頼をする必要があります。

さらにもう一点、注意点があります。この法務局での申請手続きは、必ず遺言者本人が手続する必要があります。体調が悪く自ら法務局まで移動することが難しかったとしても、自分の代わりに子どもや専門家に手続きをお願いすることはできません。

4.遺言書保管制度と公正証書遺言の違い
公正証書遺言は、公証役場にて公証人と証人2名の立ち合いのもとで作成する遺言であり、自筆証書遺言のデメリットを解消できる遺言の方式です。作成した遺言は公証役場で長期間保存され、偽造や書き換えのリスクはなく、紛失する可能性もほとんどありません。

遺言書保管制度であっても同じ効果を期待できますが、公正証書遺言はさらにメリットがあります。遺言作成時の意思確認を公証人と証人が行うことで、将来の遺言無効の紛争を予防することができる点です。遺言者の意思能力が争点になった場合、自筆証書遺言では本人が単独で遺言を作成するため、作成時の状況について証拠を準備することが難しくなります。

一方、公正証書遺言では、遺言作成時に少なくとも3名の第三者が遺言作成の意思や内容の正確性を確認したうえで作成するため、本人の意思能力の有無に疑義が生じにくく、公証人や証人からの証言を証拠として準備することもできます。また、公正証書遺言の場合、公証役場に出張作成を依頼できるため、自宅や入院先の病院で作成することができます(前述のとおり、遺言書保管制度では出張や代理での申請受付を行っていません)。

公正証書遺言のメリットは魅力的ですが、遺言作成時に生じるコストは高くなります。公証役場への手数料を支払ううえ、公証人と遺言案を打ち合わせしたり、戸籍を集めたり、財産を裏付ける資料を取り寄せるなどの準備も必要になるためです。こういった準備を専門家に任せることは可能ですが、その場合は専門家への報酬がコストになります。費用面のデメリットを許容できるようであれば、公正証書遺言を作成することが最も安心できる相続対策になります。

5.相続人が遺言書の内容を確認する方法
遺言書保管制度を利用した場合、遺言者は遺言の内容を閲覧して確認することができます。相続人は、遺言者が死亡するまで、遺言の内容を閲覧することなどはできません。相続人が死亡したあとは、最寄り法務局に閲覧を請求することができます。遺言書はデータで保管されているため、全国どこの法務局でも確認ができます。

この際、遺言保管申請時と同様に法務局に対して予約が必要になるほか、申請書を提出したり、法定相続情報一覧図または被相続人の戸籍などの資料の収集をしたりするなどの準備が必要となります。この閲覧請求を行うことによって、相続人ら全員に遺言が保管されていることが通知されることになります。

6.まとめ
遺言書保管制度は、公正証書遺言と比べてコストも少なく、自筆証書遺言のデメリットを解消することができます。今後、遺言の内容を変更する可能性があるなど公正証書遺言をただちに作成することに躊躇している方やコストをなるべく抑えたいと考えている方は遺言書保管制度の利用を検討してはいかがでしょうか。

(記事は2021年5月1日時点の情報に基づいています)

弁護士・田中 康敦プロフィール
2014年に税理士法人山田&パートナーズ入所後、2015年弁護士法人Y&P法律事務所に入所。民事信託・家族信託に関するサポート、遺言及び信託を用いた相続の紛争化予防、相続紛争、不動産紛争を中心的に対応。

遺言書が思わぬ火種に… 亡父の先妻の子登場で「遺留分」巡るトラブル勃発


 遺産をめぐるトラブルを回避するためには、遺言書はとても重要なものだ。しかし、家族のことを考えて残した遺言書が思わぬ火種になることもある。都内在住の男性の死後、妻と2人の子が「評価額3000万円の自宅」と「預貯金3000万円」を相続した。もめることがないよう、生前に遺言書を作成して「自宅は妻が相続し、預貯金は1500万円ずつ2人の子供が相続する」と明記していたのだが……。男性の長男が明かす。

「実は、父には先妻との間に子供がいたんです。幼い時に生き別れた実子は、父の死と、自分が法定相続人であることを親戚に聞いて初めて知り、私たちに法定相続分として1000万円を要求してきました」

 しかし、亡父の遺言書には先妻の子の相続分については何も記されておらず、当初、長男らは取り合おうとはしなかった。

「そのうちに、『遺産をよこせ』『父の公正証書遺言に書いていないんだから、分ける必要はない』などと言い争いになり、母も『絶対に渡さない』と感情的になって埒が明かなくなった。結局、専門家に相談することになった」(同前)

 税理士の山本宏氏はこう指摘する。

「このケースでは、公正証書遺言は法的に有効ではありますが、結果的に先妻の子供の『遺留分』を侵害したことになってしまいます。そのため男性の2人の子供は、権利を主張する先妻の子に『遺留分』として法定相続分の半分の500万円を、250万円ずつ出すことになりました」

 準備を怠ったり、必要な情報を開示しないと、妻と子供たちが引き裂かれかねない。

※週刊ポスト2021年6月18・25日号

孤独死は本当に不幸か?「誰かに頼らず死んでいく」を考える時代に



年齢を重ねたら子供に面倒を見てもらえるだろう、定年退職しても自宅では妻と一緒だから安心だろう、町内会や通院先で新たな友人ができたから寂しくないだろう──長い人生を生き抜くうえで、「共に過ごす人」が大切だと考えている人は少なくない。


【図解】2040年には65才以上の「女性は約4人に1人」「男性は約5人に1人」がひとり暮らしになる見込み


 しかし、本当にそうだろうか。定年後世代への取材を重ねると、むしろ「人との縁」が不幸の元凶となっているケースが目立つ。それはつまり、トラブルの種となる人間関係をいかに上手く“整理”していくかが重要になるということだ。


◆孤独な死は不幸じゃない

 育ててもらった恩に報いるため、子が年老いた親の世話をするという“美談”は、過去のものとなりつつある。「子にとって、親の存在はもはや『リスク』になっています」。そう説明するのは、『もう親を捨てるしかない』(幻冬舎新書)などの著書がある宗教学者・島田裕巳氏だ。


「家族のなかに高齢者を抱える状況は昔からありました。しかし、日本人は昔と比べて遥かに“長生き”になった。戦後すぐの時代は平均寿命が男女ともに50代前半だったのが、いまは男性が80歳超、女性は85歳を超えています。医療や介護にかかる費用や時間など、家族が抱え込む負担は非常に大きくなる。年老いた親は家族にとっての不安要素になってしまった」


 家族や友人に囲まれて、穏やかに息を引き取る――多くの人はそれを幸せな最期と考えているかもしれないが、その“理想”を捨て去ることが大切だと、島田氏は説く。「単身の高齢者がひとりで亡くなる孤独死、無縁死が注目されていますが、果たしてこれは不幸な死に方でしょうか? そもそも、ほとんどの人が死ぬ時はひとりです。病院で亡くなるにしても、夜中に容態が悪化すれば、看護師にも気づかれないことがある。


 死んだ後は、意識がなくなるのですから、ひとりで寂しいと感じることもありません。核家族が増え、単身世帯が増えています。家族の構成員が減る以上、自分の晩年に誰かを頼らずに死んでいくことを考えなくてはなりません」

5人に1人”突然死”のリスク…「隠れ心不全」見抜くサイン


「『うちの家系は心臓が強いから大丈夫!』なんて根拠のないことを言う人に限って、心不全によって突然死するケースは多いのです」

そう話すのは、『心臓を使わない健康法』(マガジンハウス)などの著書をもち、血管の名医として知られる池谷敏郎先生。いま「隠れ心不全」が急増していることに警鐘を鳴らす。

心不全とは、心臓が血液を送り出したり収縮したりする“ポンプ”の働きが低下して、全身の臓器に必要な血液量を送ることができなくなった状態のこと。

今月、佐賀大学医学部循環器内科が心不全に関する研究結果を発表した。30〜60代の20%が軽度の心不全か、その予備軍、つまり隠れ心不全だったという。2140人を対象に、心不全を判断する指標になるホルモン「NT-proBNP」の血中量を調べた結果、心不全が疑われるホルモン量が検出された人が多く見つかった。

“高齢者に多い”と思われていた心不全が、若い世代にも一定のリスクがあることがわかった。隠れ心不全については、池谷先生も注目しているというのだ。

「近年、糖尿病やその予備軍である隠れ高血糖の患者さんが増えています。糖尿病と心不全は関連性が強く、血糖値の約2カ月間の平均値を表すヘモグロビンA1Cが1%増えると、心不全のリスクが15%増加するといわれています。太り気味、メタボの人は血糖値が高い場合が多いので、要注意です」

急死の原因になる、心筋梗塞や虚血性心疾患、心筋症など急性心不全がある一方で、症状が“じわじわ”と現れる慢性的な心不全も多い。その場合、日常生活では症状がはっきりと現れないので、「太ったから」「年のせい」と見過ごされがちなのだとか。

「日本人の死亡の原因は、がんに次ぐ2位が心疾患です。心臓というのは、少々無理をしてでも頑張り続ける臓器なので、意外と気がつかない。隠れ心不全を放置すると、突然死につながります。

スポーツをしたり体を動かしつづけてきた元気な人でも、ある日ポックリということは、ありえないことではないのです」

早期発見するのが何より大事。そこで、池谷先生が教えてくれた“隠れ心不全”リストを今すぐチェック!

□夜間のトイレが増えた

□ベッドに入るとせきが出る

□全身にむくみがある

□みんなと歩いていると自分だけ遅れる

□坂を上がると苦しい

□息切れしやすい

□倦怠感がある

□手足の先が冷たい

□胸が苦しい、痛いときがある

□冷や汗が出る

これらのチェックリストに1つでも思い当たることがあれば黄色信号! 2つ以上なら“隠れ心不全”の可能性大! とくに池谷先生が初めに指摘したように、肥満やメタボと、心不全を起こしやすい人に当てはまるならなおのこと。

ただし、貧血やぜんそく、腎機能が低下しているときや甲状腺系の病気、そしてたばこを吸う人なら、肺の炎症COPD(慢性閉塞性肺疾患)などが似た症状なので、混同されることも。気になるようなら迷わず検診を受けてみて。

「心不全は死亡の原因になるだけでなく、生活の質がぐっと下がってしまいます。階段を上がるのも買い物に行くのも大変。味が濃いものが食べられない、寝つきが悪くなるなど、さびしい生活になりがちなんです。そのためにも、隠れ心不全を放置しないことが大切です」

チェックリストで当てはまるものがなくても、心臓に負担をかけない体づくりが大事だと池谷先生。

「まず塩分と糖分の取りすぎに注意してください。心臓や血液など体のあちこちに負担をかけます。太りすぎにも要注意。栄養バランスを考えた適量の食事が基本です」

人が「老衰で亡くなる」とき、なにが起きているの?


死なないようになれたなら。 「死」という問題を解決しようと取り組んでいる人々がいます。彼ら、彼女らが成功した暁には、900歳になった僕がふとこの文章を読みなおし、いかに人生の初めの100年間を無駄にしたかを懐かしく思い出すかもしれません、と米GizmodoのDaniel Kolitz記者は書いています。 しかし、いつか解決されたとしても、それまでに何万、何億もの人々が亡くなることに変わりはありません。病気で亡くなる人もいれば、不慮の事故で亡くなる人もいるでしょう。なかには俗に言う「老衰」によって亡くなる人もいます。 縁側でひなたぼっこをしているうちに、いつの間にか息を引き取っていたーーこんなふうに、「老衰で亡くなる」のは他の死に方と比べてずいぶん穏やかなイメージがあります。 でも本当のところ、老いて死ぬってどういう意味なんでしょうか? あらゆる疑問に専門家が答えてくれる「Giz Asks」シリーズ。今回は、「老衰で亡くなる」とはどういう意味なのか、4名に聞いてみました。

体が摩耗し、病気が体の営みを妨げ、死に至る

Elizabeth Dzeng(カリフォルニア大学サンフランシスコ校医学部助教) 「老衰で亡くなる」とは私たちのまわりでよく使われている表現です。ところが、実際「老衰」で死ぬ人はひとりもいません。必ず先行している病、または新しい病がほかにあって、それが死因となります。死亡診断書に「老衰」と書かれることはまずないでしょう。このように、死因は別にあって、なにかの感染症、心臓発作やがんなどの基礎疾患による心不全のほうが可能性が高いのです。 たとえば肺に血栓が生じたら、脳と体に十分な酸素を送れない状態となり、結果的に心不全を引き起こしますね。この場合、その人がまだ若かろうが年老いていようが関係ありません。病気や、病気が引き起こした諸症状が体の営みを妨げたために死に至るのです。


しかし、同じ病気でも高齢者には異なる症状をもたらすこともあります。年を重ねるごとに私たちの体は摩耗し、損傷していきます。ですから、若い頃と同じようには病と闘えなくなってくるのです。もちろん心臓発作や肺血栓塞栓症で若い人も同じように病死することはありえますし、実際に起こることではあります。ただ、高齢者だと病気に対する体の反応が異なってくるのです。 次に肺炎を例にとってみましょう。老年の患者の場合、感染時に通常見られる初期症状が見られないことがあります。 もしその患者が糖尿病を患っている場合は高血糖の症状が出ることもありますし、もし認知症だったら心理状態が不安定になったり、普段できていたことが突然できなくなってしまうこともあります。老年の患者にこのような症状が出ても、その原因となっている病理を直ちに突き止めることは困難です。


巷には「眠りながら死にたい」と願う人がいますが、これは特定の病理に限定できない現象です。眠りながら息を引き取った人は、たまたま起きている間ではなく寝ている間にがんや感染症の症状が悪化しただけかもしれません。 もうひとつ大切なことは、末期がんや鬱血性心不全などの極めて深刻な病状を抱えている人たちは、より「自然な死」を選び取ることもあります。病院で積極的な治療を受けるよりは、緩和ケアを選んで苦しみを和らげる道を選ぶこともあります。


ひどく苦しみながら死ぬ、それが自然な死

Jessica Humphreys(カリフォルニア大学サンフランシスコ校医学部助教。専門は緩和ケア) よく「歳をとったら寝ながら死にたい」という人がいます。でも人はすべて同じ死に方をします。心臓が止まるのです。それが最後。 死亡診断書を書く時に死因を記入しなければなりませんが、心肺停止が起こった前には肺血栓が起こり、それより前にはがんが診断されていた、というふうに巻き戻していきます。私が受け持った生徒たちには、このように必ず死因の前の原因はなんだったのか?その前はなんだったのか?と問うように促しています。 緩和ケアを専門とする医者として、私が担当する患者さんはみな重篤な病を抱え、多くは死に近づいています。私の仕事はまず患者さんに死に至るプロセスについて説明したうえで、そのプロセスを生き抜くお手伝いをすること。


「自然」という言葉は穏やかさを感じさせます。死のプロセスが「自然」であれば、それが起こっていることを意識する必要も、考える必要もなくなります。しかし、現実には死のプロセスがこのように「自然」に運ぶことは滅多にないと言っていいでしょう。病歴を持たない健康体である人が、ある晩眠りについて突然の心臓発作に見舞われる。こんなことが起こるのは非常にまれです。(しかも、「寝ながら死ぬ」というフレーズがよく使われているのにもかかわらず、実際寝ながら死亡したのか、それとも死亡した当時は起きていたのかは、その人を直接間近で診ていなかった限りは非常に判断しづらいのです。) アメリカでの「自然な死」の典型は以下のようなものです。誰かに何かしら健康上の問題が発覚し、その問題を改善しようと治療します。


苦しみをできるだけ緩和し、命を繋ぎとめようとする治療も虚しく、やがて負け戦へと転じます。そこで方向転換がなされ、いかに最期までの時間を最良に過ごせるかを最重視するようになるのです。 ひとつだけ補足を。私はウガンダとインドでの仕事が多いのですが、そこで感じたのは「自然な死」は世界のほとんどの国においては非常に苦しいもので、極端な痛みを伴うものだということです。世界のほとんどの地域ではオピオイドのような強力な鎮痛薬が手に入らないのです。ある意味、人間にとって「自然に」死ぬということは、ひどく苦しみながら死んでいくことです。ですから、私たちはその苦しみをできるだけ取り除くことを目指して努力していかなければならないのです。


「リスク」が増していく

David Casarett(デューク大学医科大学院教授、緩和ケア部門主任。著書に『Shocked: Adventures in Bringing Back the Recently Dead』ほか多数) 老衰で死にたい?…それは無理だ。 絵に描いたような美しい見解だし、社会通念として「老衰で死ぬ」というのはポピュラーで、多くの人が望んでいる。私の患者さんの多くがそれを目指してもいる。まるでダウンヒルスキーの選手がスラロームを描くように、命を脅かす病理をひとつ、またひとつと鮮やかにかわしていって、心不全、前立腺がん、肺炎、果ては新型コロナウイルス…と次々に回避していく。すべては最終的に「老衰」によって安らかに死ねると望んでのことだ。


しかし、老衰で死ぬのは実際ありえない。歳をとるごとに心臓の鼓動がゆっくりになっていき、最後の夜遅くについにピクリとも動かなくなる…なんてことはない。老化すると、がんや認知症などの病気にかかるリスクが増していき、そのうちのどれかが命取りになりかねない。しかし、老衰そのものが死を招いたわけではない。 私の祖母は103歳で天寿をまっとうした。加齢とともに体が弱くなりはしたが、最期まで頭のキレは健在で、本を一日一冊読み通すほどだった。私が書いた小説を最後まで読んでくれたほど、ピンシャンしていた。 そんな祖母は老衰で死んだわけではなかった。高齢化と虚弱性により腰部骨折のリスクが増して、実際骨折してしまった。高リスクな手術は非常に良好な状態で切り抜けたものの、最後は発作により鬼籍に入った。


心理的にも身体的にもずば抜けて健康だったのは事実で、非常に高齢で亡くなったわけだけど、祖母は老衰で亡くなったわけではない。彼女の死因となったのは、たまたま立て続けに起こった不運な出来事の連鎖であり、高齢な彼女の体がよりリスクにさらされてしまっただけだ。 ここで興味深い問いに行き着く。あなたなら、どんな死因を望むだろうか?コレステロール値を敏感にチェックしているあなたなら心臓発作には至らないだろうし、生野菜をバリバリ食べているあなただったら結腸がんは患わないかもしれない。タバコを敬遠しているのならおそらく肺気腫にはならないだろうけど、ではなにが死因となるだろう?なにが残るのだろうか?(私の恩師であるJoanne Lynn医師が20年前にこの質問を提起してくれたことに感謝している。


個人的な結論にはまだ至っていない。) 現代社会が私たちに向かって投げつけてくるあらゆる命取りな病をかわしたところで、最後に残るのはなんだろう?その問いに対してのひとつの答えは、私の祖母だろう。彼女は正しく生きた。健康的な生活習慣を維持し、激しい感情の起伏にとらわれず常に穏やかでおおらかな気性を保ち続けていた。彼女の生き方はすべて正しかったのに、正しい生き方はある程度までしか効力がない。最終的には人生が主導権を握り、転落させたり、心臓発作を起こしたり、肺炎をこじらせたりして死を招く。 もうひとつだけ付け加えておこう。老衰で死ぬことはないと言ったが、老齢で死ぬことはもちろんよくあることだ。この違いはよくよく頭に入れておくべきだ。 高齢まで生きる人の多くは死ぬ間際まで精神上、身体上の機能を維持し続ける。そして多くは──もしかしたらほとんどは──寝ながら突然の死に見舞われる。


もちろん、もしあなたがまだ20歳代だったとしたら、このような最期を遂げたくはないだろう。あまりにも突然すぎて、準備する暇もないのだから。 でももしあなたがこの地球に生を授かってから1世紀がゆうに経っているとしたら、そして以前にもヒヤッとする臨死体験がひとつかふたつあって、すでにお別れの心構えができていたのなら、眠りながら死ぬというのは多分すごくいいことなんじゃないかと思う。 それこそが天寿をまっとうした人と、しなかった人との最大の違いなんじゃないかな。90歳代以上の年齢まで生きた人は、死を恐れていない。なぜなら、やることはすべてやり尽くし、言うべきことはすべて言い尽くしているから。もう何年も前から心の準備ができていたのかもしれない。 緩和ケアのスペシャリストとして言えることは、高齢であればあるほど最期にじたばたせず、アグレッシブな治療を望んだり長く苦しい化学療法を望むことが少なくなる。死を受け入れて、すうっと亡くなられる。「老衰で死ぬ」ということになにか意味があるとしたら、それは死を受け入れて別れを告げる覚悟ができているってことなんじゃないだろうか。


「一定の速度」で体の機能が失われていく

Allen Andrade(マウントサイナイ医科大学高齢者医療・緩和医療助教) アメリカ疾病管理予防センターは医師たちに「老衰で死ぬ」や「自然死」などの表現を使わないことを推奨しています。これらの言葉は医療コミュニティーにとってあまり価値がない、というのがその理由です。 かつては死ぬ前に起こった一連の事柄から死因を特定できなかったり、他殺・自殺などの自然ではない死に方が疑われていなかったり、リソースが限られていたために検察医、または検死官が死因を特定するための捜査を行なえなかった場合などに広義で使われていた言葉でした。 しかし、これらの言葉は今でも一般大衆にはポピュラーです。死が予期せぬもの、またはトラウマを伴うものではなかったという印象を与え、また死因にまつわる話しにくいことを遠ざけるからでしょう。


これは、私たち全員がなるべく長い間「若くて元気」でいたいと願い、重病にかかって長い間苦しむことを避けたいと思っているからです。誕生と同じく、死は人生の警鐘事象(sentinel event)であり、極めて激しく感情をゆさぶる故に多くの人が避けたいテーマなのです。 興味深いことに、多くの人は死そのものを遅れているのではなく、死に至るまでのプロセスを恐れます。人工呼吸器などの生命維持装置に頼らず死を迎える人々は、多くが同じ死に方を経験します。死に方の違いを分けているのは、体がどれほどはやく機能停止するか。数週間から数ヶ月に及ぶ人もいれば、数日間から数週間、数時間から数日間、そして数分から数時間かけて死んでいく人もいます。 数週間から数ヶ月の時間枠がある人は、一定の速度で体の機能を失っていき、座りっぱなしや寝たきりになってまわりの人に身の回りの世話をしてもらいます。


数日間から数週間ある人は、次第に集中力を失っていき、周囲でなにが起こっているのかを意識しなくなり、飲食に対する興味が薄れていきます。数時間から数日間で亡くなる人は周囲でなにが起こっているのは分からず、次第に嚥下が困難になり、呼吸が荒くなってまるで全力疾走したかのような疲労状態となります。そして数分から数時間の間に亡くなる人はすでに意識がなく、不規則な呼吸をします。 まとめると、死は自然なプロセスであり、おおかた安らかです。死にゆくプロセスの時間の長さと死に至る原因によっては、死ぬ間際に呼吸の乱れ、痛み、せん妄などの症状を経験しますが、医師の介入により痛みを緩和したり、安らぎを高めて死ぬまでの時間をなるべくクオリティーの高いものにすることはできます。

なぜ、男性よりも女性のほうが、寿命が長いの?


■女性と男性の平均寿命には7歳もの差が!

WHOの世界保健統計によると、日本人の寿命は男女平均で84歳と世界第1位。女性は87歳で同じく第1位ですが、男性は80歳で第5位となっており、両者に7歳ものちがいがあります。

全世界的に、女性の方が男性よりも長寿となっていることを考えると、男女の体のちがいが寿命に関係している可能性があります。

以下に、男女の寿命のちがいの原因として指摘されているいくつかの要因をあげてみました。

■男と女の体の仕組みから、寿命の差をひもとく

1 男女のホルモンのちがい
女性ホルモンは血圧を下げ、悪玉コレステロールであるLDLコレステロールの血中濃度を下げる作用などから、高血圧や動脈硬化を防ぐ方向に働きます。

現に、日本人の死因の上位を占める心疾患や脳血管疾患で亡くなる方は女性のほうが少なく、女性の寿命を延ばす一因となっていそうです。

一方、男性では、血中男性ホルモン濃度が高いと心筋梗塞の発症率が低くなるという研究報告もありますが、女性ホルモンほど、はっきりとした動脈硬化抑制作用は報告されていません。

2 基礎代謝量のちがい
一般的には、女性よりも男性のほうが筋肉質で、基礎代謝量が高くなっています。

基礎代謝量を上げると生産するエネルギーが増えるため、その副産物である活性酸素も増え、細胞レベルで障害を起こし、病気のもとになるため、寿命が短くなると言われています。

3 社会環境的な要因
男性は仕事を定年退職した後は家にこもりがちなのに対し、女性はいくつになっても地域の集まりや旅行、趣味などに行動的な方が多く、気分転換をうまくすることでストレスの管理が上手なのかもしれません。

また、女性のほうが、健康に関する関心が高く、健康管理に気を使っているという説もあります。

■まとめ

以上にあげたいくつかの要因がからみあって、女性の寿命が男性の寿命が長くなっていることが考えられます。性別に限らず、ただ長く生きるのではなく、健康で幸せに年を重ねていきたいものです。

(37歳女性内科医/Doctors Me)

咳が止まらない…ハリセンボン箕輪、モデルのJOYも患った結核は「昔の病気」じゃなかった


■昔の病気ではない「結核」

 「結核」と言うと「昔の病気」のように感じられるかもしれませんが、いまでも身近な病気です。ハリセンボンの箕輪はるかさんや男性モデルのJOYさんが結核で入院したというニュースを記憶している方も多いでしょう。

 「昔の病気」と考えられているがゆえに診断が遅れてしまうということが増えています。抗生物質で治療可能ですが、発見が遅れると命にかかわることもあるので注意が必要です。

 若くして「結核」で命を落とした偉人たちから、結核を考えていきましょう。

■「子規」の名は結核を患ったため……正岡子規

 結核を患ったために正岡「升(のぼる)」から「子規」と号したとされています。「子規」とは「ホトトギス」のこと。この鳥は「のどから血が出るまで鳴き続ける」といわれることから、「血を吐きながら歌を詠み続ける」自分自身をなぞらえたようです。

 俳句・短歌・新体詩・小説・評論・随筆など多方面に亘り創作活動を行い、日本の近代文学に多大な影響を及ぼしました。俳諧の新たな史的考察によって俳句革新を志し、次いで「歌よみに与ふる書」を発表、短歌革新にのり出し、高浜虚子らの「ホトトギス」刊行を支援しています。

 晩年は結核が脊椎骨に感染し脊椎カリエスを発症、化膿して骨組織が壊れてしまっていたため歩行困難となりました。およそ7年間の闘病生活の末、34歳で死去。

■栄養失調が結核を進行させた?……樋口一葉

 中島歌子に歌、古典を学び、半井桃水に小説を学びました。父親の事業の失敗により十七歳で家庭を支えなければならなくなり、小説を書いて糊口をしのぐ生活でした。貧乏に苦しみながら、「たけくらべ」「にごりえ」「十三夜」といった秀作を発表し、文壇から絶賛。わずか1年半でこれらの作品を世に送り出しました。

 「赤貧洗うがごとし」であったにもかかわらず気位が高く、困った人には姉御肌であったとされています。そのため、借金生活を余儀なくさせられていたようです。生活苦による栄養失調が結核を進行させたと考えられています。24歳で死去。

■キツツキのように痩せていた!? ……石川啄木

 若くして「明星」に詩を発表し、与謝野鉄幹に師事。口語体3行書きの形式で生活を短歌に詠んでいます。「かなしみ」を歌わせると天才的で、多くの若者の心をとらえました。代表作に、評論「時代閉塞の現状」、歌集「一握の砂」「悲しき玩具」、小説「雲は天才である」などがあります。

 「啄木」とは「キツツキ」のこと。上京後、栄養失調となり帰省。療養中にキツツキが樹を叩く音を聞いて勇気づけられ、キツツキを意味する「啄木」と雅号。キツツキのように痩せていたことに対する自虐の命名ともいわれています。

 啄木はあまりに自分勝手で破天荒な生活を送っており、借金を踏み倒す名人でもあったという一面もあったようです。啄木だけでなく、周囲の母や妻も結核で亡くなっています。26歳で死去。

■早すぎた天才作曲家の死……滝廉太郎

 日本の音楽家、作曲家。明治の西洋音楽黎明期における代表的な音楽家の一人。今の東京芸術大学音楽部で、極めて優秀な成績を修めたため、卒業と同時に母校に教員に採用され、ドイツへの留学を命ぜられました。

 しかし、半年もしない間に結核を発病したため帰国。23歳という若さでそのまま帰らぬ人となりました。代表作に「荒城の月」「箱根八里」「お正月」「雪やこんこん」「鳩ぽっぽ」、ほかに歌曲「四季」などがあります。

■反動での粗食が病状を悪化……宮沢賢治

 詩人・童話作家。花巻で農業指導者として活躍のかたわら創作。自然と農民生活で育まれた独特の宇宙的感覚や宗教的心情にみちた詩と童話を残しました。代表作に、童話「銀河鉄道の夜」「風の又三郎」「注文の多い料理店」、詩集「春と修羅」があります。

 賢治の生家は裕福な質屋であり、「周囲の貧しい人たちから絞りとった利益によって恵まれた生活をしてきたのではないか」という思いに苦しめられていたようです。反動での質素な生活や過労がもとで結核が進行。37歳で死去。

■結核の悪化でやむなく戦線を離脱……高杉晋作

 江戸時代後期の長州藩の志士。幕末期に尊攘・倒幕運動の中心人物として活躍しました。奇兵隊を組織したことで知られています。

 長州征伐に来た幕府の軍隊を負かした後、藩の海軍総督に就任するも、激職のオーバーワークにより持病の結核が悪化。喀血がしばしばおこり、体調不良でやむなく戦線を離脱せざるをえなくなりました。療養生活に入るものの病状は改善せず、27歳で死去。

 その他の結核を患っていた偉人としては、沖田総司や竹久夢二、堀辰雄、新美南吉などがいます。

■「2週間以上続く咳」には検査・診察を

 結核は、医療が発達し生活水準も高い先進国では患者数の少ない病気です。日本は、韓国や中国などのアジア諸国に比べると低いものの、アメリカやドイツなどの先進国と比較すると、結核にかかる人の比率(罹患率)は4倍ちかくもあります。

 日本は人口10万人当たりの患者数が16.1人(平成25年)と高く、いまだに「中蔓延国」に分類されています。他の先進国のように、人口10万人当たりの患者数が10人以下の「低蔓延国」になるには10年以上かかるとされています。

 「まさか結核とは……」、多くの患者さんが口にする言葉です。現在でも結核にかかる患者さんは決して少なくはありません。「2週間以上長引く咳や痰」「長引く微熱」「長引く倦怠感」のような症状が続いた場合は、近くの医療機関に相談してみるといいでしょう。

近年増加傾向?あの芸能人も選んだ、最期の時を自宅で過ごす「在宅死」


先日亡くなられた愛川欽也さん、最期は病院ではなく自宅で迎えられたことも話題になりましたね。

「在宅死」や延命治療を拒否する「平穏死」は2005年から増加傾向にあるようですが、この増加の背景にはなにがあるのか、医師に解説していただきました。

■ 自宅 or 病院、あなたはどちらを選ぶ?
厚生労働省によれば、1976年に病院での死亡者の割合が48.3%となり、自宅での死亡者の割合(46.3%)を逆転してから、「在宅死」は減少の一途をたどってきました。

しかし、2005年に12.2%まで下がってからは徐々に上昇し、13年には12.9%にまで増加しました。週刊誌で特集を組まれるなど、世間的に関心が高まったのも背景にあるとみられています。

病院で死ぬというと、体に管を入れられて(スパゲティー症候群)管理され、あんな死に方は絶対したくない、またさせたくない、そんなイメージで受けとめられがちです。そうでなくても、病院や医師の管理下にあって患者本人や家族には自由やプライバシーはほとんどありません。

しかし、そんな病院不信がありながらも、病院にいけば安心するという病院信仰もまた根強く、病院死が全体の80%というのが現状です。

ですが、最期は自宅で迎えたいという「在宅死」や延命治療は拒否する「平穏死」など、自分の最期を選び取ろうとする人が増えているも事実です。

■ 在宅死のメリットは最後まで自分らしく過ごせること
在宅死を望む方とそのご家族には以下のメリットがあります。

1. 本人が主人公で、自由とプライバシーを持って生を全うできる
2. 看取った家族に心残りがない
3. 社会的な経済効率が良くなる(福祉の仕事の増加が雇用を推進する)
4. 介護や死を通して、ふれあう人達が成長する

ですが周囲の協力なくしては困難でもあり、近隣の方や在宅ホスピスなどのチームの支えが必要で、以下のような課題もクリアしなければいけません。

1. 自分の意志を明確にして、周囲に知らせる必要がある
2. 家族や地域の人たちが本人の意思を理解し尊重しようとする
3. ホームヘルパーと看護婦と医師との連携が必要である。

■ 医師からのアドバイス
今回の愛川欽也さんのケースは、愛川さんは肺がんと診断を受けた後、たっての希望で在宅治療を選んだとされています。

自宅に介護用ベッドなどを運び込み、妻のうつみ宮土理(71)さんが息を引き取るまで看病したということですので、「在宅死」のモデルケースといえるでしょう。

これから近い未来には「在宅一人死」なんてケースも出てくるかもしれません。「孤独死」とは違い、周りの方たちがサポートに入った状態での在宅死です。多種多様化していく最期の時。あなたならどのような最期を選びますか?

19歳で余命半年宣告の女性 「記憶を上書き」で前向きに


仕事で、恋愛で、人間関係で。人生、落ち込むことは多い。問題はそこからどう立ち直り、やる気を出すかということだ。若くしてがんにおかされた山下弘子さん(22)の場合は、こういう方法で前向きになる。

 2012年、大学1年の秋。胸の痛みに襲われて病院を受診すると、山下さんの肝臓に巨大ながんが見つかった。

わずか19歳で「余命半年」という宣告。手術で重さ2キロもの腫瘍を摘出した後も、転移や再発、手術を繰り返しながら治療を続けている。それでも、自称「楽観的でポジティブ」な山下さんは明るくてよく笑い、“死の影”は見えない。

落ち込むことはないのだろうか。

「本気で死を感じて絶望したことは、この2年半で4、5回しかありません。最近だと半年前。検査の結果があまり良くなくて、友人との旅行中に大泣きしました。こんなに幸せな時間を二度と体験できなくなるのは嫌だと思ったんです。

 落ち込んでいる時は、周りの言葉は耳に入ってこない。なぜなら、自分で落ち込むことを選んでいるからです。でも、ふと立ち止まる瞬間がある。私の場合は、3時間ぐらい泣き続けた後、やっと冷静になれます。

そのときに母が作ってくれる朝食だったり、友人からのメールだったり、周りにある幸せを感じられるようになるんです」

 薬の副作用で急激に髪の毛が抜けたときには、悩んでいても仕方ないと、ウィッグを楽しむ方向に転換。そしてナタリー・ポートマンやエマ・ワトソンなど海外有名セレブのかっこいいベリーショートやスキンヘッドの画像を見て、テンションを上げた。

「でも鏡を見るとやっぱり見慣れた自分の顔。100%は立ち直れなかった。

その時に、高校時代の先生が、自身が丸刈りにした写真をフェイスブックでシェアしてくれたんです。写真がすごくいい笑顔で、堂々としていればいいんだと思えるようになりました」

 立ち直るきっかけはいつも違う。それでも、自分なりのタイミングがわかれば積極的に幸せなポイントを探すことができる。そのコツに気づいたのは、何度も取材で聞かれて振り返ってみたからでもある。

いまでは、落ち込んだときも頭の片隅で「あ、落ち込んでいるな」と思えて、冷静になった時には全力で幸せを探す。自分の気持ちの変化を少し引いたところから意識してみると、コントロールする糸口が見つかるのだという。

「孤独死」は不幸なことなの? 意外と知られていないメリットも


「孤独死」と聞くと、どんな反応をしますか?

 たいていは拒否、拒絶、「いやだ」、「絶対したくない」……といった反応でしょう。だけど、冷静に考えてみれば、一人暮らしであれば誰でも孤独死する可能性はあるのです。いうなれば、孤独死はありふれたリスクです。ありふれたリスクに対しては「いやだ」、「絶対したくない」と逃げ回るより、リスクの実態を冷静に認識して、合理的な対応を考えておく方が賢いとは思いませんか? それに孤独死はリスクだけではありません。少しばかりはプラス面もあるのです。「孤独死のプラス面? まさか!」と思われますか? まあ、最後まで読んでください。

孤独死のマイナス面

 ともあれ、プラス面は最後の楽しみに取っておいて、まずマイナス面を検討しましょう。ほんとうのところ、孤独死の何が困るのでしょうか? 「死ぬことそのものがいやだ」という話は持ち出さないでください。それは「孤独死」というテーマをはみ出す大きすぎる問題です。 「一人で死ぬのはさみしい」……かもしれませんが、考えてみれば病院のベッドで,意識のない状態で点滴やチューブを付けられた中、心電図の波形によって認知される死も、さみしいと言えばさみしいです。あるいは、まだ自分が死ぬ前から相続争いを起こし始めている親族に囲まれて死ぬのは、さみしさを通り越してつらい、くらいでしょう。

 では孤独死の究極の問題は何なのでしょうか?

 わたしがいろんな人の意見やメディアで報じられる情報に基づいて判断するには、孤独死の究極の問題は、「自分の死後、すぐに発見されず何日も、何週間も、場合によっては何カ月も遺骸が放置されること」です。そう思いませんか?

 遺骸が何日も何週間も放置され、腐敗し、液状になって畳や床にしみこんでいく。当然、強烈な臭いが発生します。ハエが卵を産み付け、孵化してウジ虫になり、それが成虫となって大量のハエが発生する。死んでしまえば何も分からず何も感じないとはいえ、そんな中に自分の遺骸が放置されるのを想像するのはゾッとするでしょう。さらに言えば、死んでいく本人だけでなく、近隣住民に係わる公衆衛生上の問題でもあります。賃貸住宅であれば、家主にも大きな迷惑と負担をかけます。

  これこそが、孤独死の究極の問題なのです。

孤独死の究極の問題の解決策とは?

 しかし、この究極の問題には対応策があるのです。自分が死んだら、その日のうちか遅くとも翌日くらいに発見される手立てを講じておけば良いのです。 たとえば、「見守りサービス」を利用するのもいいと思います。魔法瓶や電気メーターをセンサーにして、その使用状況がふだんと違っている場合に居住者の異状を疑い、親族や後見人あるいは福祉事務所など、あらかじめ指定された連絡先に情報提供されるというというものです。

 そんなハイテクではなくても、宅配弁当や乳製品、新聞などを毎日宅配してもらうサービスもこの目的に使えるのです。 あるいは、一人暮らしの知り合いどうし何人かで、メールやLINEで毎朝「おはよう」メッセージを送りあう約束をしておいてもいいでしょう。メッセージが来ないと、その人に何か起こったかもと判断するのです。こんな対策を講じておけば、孤独死の究極の問題に対応できます。そしてこの問題に対応できれば、そのほかの問題は孤独死に限らずたいていの死に共通する問題ですから、ことさら孤独死を恐れなくてもいいのです。
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孤独死にもある、プラス面とは?

 厚生労働省が毎年行なっている「国民生活基礎調査」によれば、一人所帯は年々増え続け、現在では日本人の9人に1人は一人暮らしです。これは若い人から老人まで合計した全国平均ですから、東京などの大都市圏の高齢者に限れば、65歳以上の3分の1、75歳以上ならほぼ半分が一人暮らしです。一人暮らしの果てに死ねば、それは孤独死。当たり前のことですね。誰の身にも降りかかる可能性のある運命を、ことさらマイナスイメージで語って不安をあおるのは、愚かなことです。むしろ、そこに秘められたプラス面を見つけ出し、その良さを十分に受け入れられるよう、孤独死と向き合って心の準備をしておく方が、賢い態度だと思いませんか?

 というわけで、最後に孤独死のプラス面を紹介します。

 たとえば、誰も悲しませずに済みます。人間、ある程度の年齢になれば、親兄弟、親戚、友人、知人の死に立ち会います。悲しいものですね。死は、死んでいく者よりも残される者にとってこそ悲しい。でも、誰にも知られずひっそり死ねば、誰も悲しませずに済むのです。それは、人生の最後に立派な功徳を積むことになる、と思いませんか?

 あるいは、突然の葬式で多くの人の仕事や用事の邪魔をせずに済みます。前々から分かっている結婚式と違って、葬式は突然で、時として関係者の生活スケジュールを混乱させます。孤独死なら、生者が死者のために煩わされるというナンセンスを未然に防げます。一人で死ぬのだから、残された者の将来が心配で死んでも死にきれない、ということもありません。心安らかに死ねます。

 自分の死後の評判を気にする必要もありません。死んだらすぐに忘れられてしまうのです。誰もその人の悪口を言う人はいません。気楽なものです。つまり、孤独死とは、誰にも迷惑をかけず、誰からも迷惑をかけられず、ひっそりと生き、誰の心にも波風を立てず、悲しみを引き起こさず、ちょうど寿命の尽きた樹木が静かに朽ち果てるように、世間の片隅で静かに心安らかに死ぬ。そんな生き方であり、死に方です。歴史をひもとけば,古代ギリシアやローマ(たとえばエピクロス派)、あるいは昔のインド(ブッダとその弟子たち)、そして中国(老子や荘子)の多くの哲人・聖者が理想としたのも、こんな生き方、死に方だったでしょう。

 いかがですか? 孤独死にも少しは良いこともあると思えませんか?  (心療内科医・松田ゆたか)

突然の余命宣告・・・限られた時間でするべき3つのこと


医師から突然の余命宣告を受けた時、あなたなら限られた時間で何をしますか?

大切な人たちと過ごす、大好物なものを出来るだけ食べる、思い出の場所を訪れる……。人それぞれ、思い思いの過ごし方があると思います。それらと並行して、遺される方のために、何をすべきか考えてみましょう。

●何よりも遺言書を作ること

まず、もしあなたに多少なりとも財産がある場合、死後の相続に備えて遺言書を作成しておいてはいかがでしょうか。「いやいや、自分には大した価値のある財産なんて無いし、息子や娘たちも仲がいいからそんなことで揉める心配は無いよ。」と思われる方もいらっしゃることでしょう。

でも、現実は意外とそうでもないかもしれません。僕も仕事柄、遺産の揉め事に関与することが有りますが、多くの方が「遺産のことでこんなに揉めるとは思わなかった。」という感想を漏らされます。1年以上、揉め事が終わらないケースも有り得ます。

遺言書さえ作成しておけば、お子さん方にそういった手間をかけることはおよそ無くなります。特に、作成に際し、弁護士等の専門家に関与させれば、ケースに応じて遺言者のニーズにこたえてくれることと思います。是非ご検討ください。

近年、『エンディングノート』という死後のことに備えてご自身の希望などを書き残しておくためのノートも販売されています。そこに書き込んだことが法的拘束力を有するものではありませんが、こういったものを活用することで、ご遺族らの負担を解消する方法もあります。

●借金がある場合は相続破棄を

借金などの債務が多い方については、ご遺族(相続人)に自分の死後に相続放棄の手続きを取るようにお伝えしておくことも大事なことでしょう。配偶者など、あなたの債務状況等に詳しい方がいればそこまで心配はいらないかもしれませんが、肉親とはいえ、借金など自分の債務に関することはなかなか話しづらい部分もあると思います。

もし、これを放っておくと、相続人が知らぬ間に相続を承認してしまい、あなたの債務を負ってしまう危険性があります。また、第一順位の相続人(通常はあなたからみてお子様)が相続放棄をした場合、次順位の相続人にお鉢が回ってくることになります。相続放棄をしたことは公開されませんので、仮にお子さんが相続放棄をした場合には、次に相続人となる方、さらにその先の方についても注意喚起をしておいてあげるのが親切だと思います。

●生命保険の受取人を知っていますか?

最後に、少し目先を変えたお話をします。生命保険に加入されている方も大勢いらっしゃると思います。あなたの生命保険について、死後に保険金の受取人となっている方を把握されていますか?

ご自身で手続された方なら当然分かっているとは思いますが、お父さん方の中には奥さんに任せっきりでよく分かっていない方も、もしかしたらおられるのではないでしょうか。家庭内にトラブルなどが無ければ特に大きな問題にはならないとは思いますが、生命保険金は得てして大きな金額になりがちです。きちんと確認しておいて、適切な方に受け取らせるように確認しておいた方が良いと思います。

この記事を書いてみて、僕自身、余命宣告を受けたらどうするだろうなと考えてみました。そんな日が来ないに越したことはないのですが、遺される人のためを思って行動するということって、とても大きな愛だなあと思いました。

*著者:弁護士 河野晃 (水田法律相談所。兵庫県姫路市にて活動しております。弁護士生活5年目を迎えた若手(のつもり)弁護士です。弁護士というと敷居が高いと思われがちな職種ですが、お気軽にご相談していただけるような存在になりたいと思っています)

余命3日ってどういう状態? そもそも余命ってどうやって決まるの?


俳優・今井雅之さんが大腸がんで亡くなりました。今井さんががんと診断されたとき、「余命3日」という宣告を受けたと言われています。「余命○か月」という言葉はよく耳にしますが、どのような基準で判断されるのでしょうか?

◆余命宣告は正確ではない?

余命宣告は、病気の治癒のための治療を行うことが難しくなった時になされます。文字通り、「その人があとどれくらい生きることができるのか」を意味しますが、基本的に、宣告通りに亡くなることはあまりありません。

今井雅之さんも、余命3日と言われたのは昨年の11月の時点ですから、実際には宣告を受けてから約半年間は存命だったことになります。
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◆余命はどのようにして決まるのか

余命は「生存期間」の中央値を取っています。生存期間とは、その病気集団において、50%の患者が亡くなるまでの期間のことです。つまり、同じ病気の100人の患者がいた場合は、50人目が亡くなった時点がその病気の生存期間中央値(=患者の余命)となるのです。

半分の患者が亡くなるまでの期間であり、全患者の平均値ではありません。

当然ながら、その病気の生存期間中央値(余命)が1年だとしても、3年、5年と生きる人が一定数いるのです。末期のがんの患者でも、すべてが5年以内に亡くなるわけではありません。
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◆余命3日とはどういう状態か

では、今井さんが宣告された「余命3日」とはどういう状態なのでしょうか? もはや食べ物を受け付けないとか、呼吸困難になっている、血液データから内臓の機能が極端に低下している、

意識がもうろうとしている──などの末期的な状態に陥れば、余命が数日であることは、医師の経験から予想できます。今井さんの場合も、そうした危機的な徴候が見られたのだと考えられます。
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◆余命を宣告する意義

しかし、余命はあくまでもデータや経験に基づく予測値であって、実際にその人がいつ亡くなるのかは医師でもわかりません。生存率は、がんの進行具合によってかなりバラツキがあります。

選択される治療法や病気の進行具合、個人差によって、その患者の実際の余命は大きく違ってくるのです。

ならば、なぜそんなあやふやな情報をわざわざ宣告するのかと言えば、あとどれくらい生きられるかのおおよその目安を、本人や周囲の人に知ってもらうという意味合いが大きいと考えられます。

これから何十年も生きるのではなく、数か月後には亡くなってしまう可能性が高いことを意識して過ごすことは、残された時間をより有意義に使うという意味で必要なことだと言えるでしょう。

◆本人への余命宣告

1990年頃までは、がんは本人には告知しないことが多かったのですが、最近は本人に告げるのが一般化しつつあります。本人が受け入れられないような場合は、家族の意向で本人には隠しておくこともありますが、本人にはっきりと病名と余命を告げるケースが増えています。

現場では、実際の予測よりも余命を短めに宣告する医師が多いようです。これは、宣告された期間よりも長生きすると本人や周囲が前向きになれるからです。
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◆宣告の問題点

余命を告げることには問題点もあります。治癒するつもりで頑張っていた人が、余命を宣告されて生きる気力を失ってしまう可能性もあるからです。余命宣告したことで、それがどの程度影響するのかがわからないことも多いのです。

一方で、余命を宣告されずに病気と闘い続けて、次第に闘うことが難しくなり、死を悟った時にはもう動くこともできず、思い残したことがたくさんある、というケースも考えられます。

残された時間を使って、ギリギリまで病気と闘うか、それとも人生の「まとめ」に入るかは人それぞれですが、それを考えるうえでは、余命宣告は重要だと言えるでしょう。

執筆:南部洋子(看護師)
監修:岡本良平医師(東京医科歯科大学名誉教授)

シニアになっても、寿命を5年延ばせる方法ってある?


先ごろ、オスロ大学がノルウェーのシニア男性5,700人以上を対象に行った調査の報告が、「イギリス・スポーツ医学」誌に発表されました。

その結果、ある習慣を持っている人は、それをしない人より5年長生きするそうです。これは、喫煙者と非喫煙者の差に匹敵します。

その習慣とは、週に3時間運動すること。
「運動が体にいいのは当たり前」と思われるかもしれませんが、この調査は11年間続けられ、運動の時間や頻度も細かく研究しているところが興味深いのです。

◆軽い運動でも、何歳から始めても効果あり
一番重要なのは、高齢者でも週3時間の運動を継続することです。
68~77歳で、週に1時間以下の軽い運動を行っている人では、特に変化は見られませんでした。

一方、週に6日、30分の運動を行う人は、運動しない人に比べて、調査期間中に亡くなることが4割少なかったそうです。これまで運動していなかった人が始める場合、心強いポイントもふたつあります。

継続して行えば、運動の激しさは関係ないということ。さらに何歳で始めてもいいということです。レポートによれば、平均73歳で始めた人たちにも効果があったそうです。

研究の著者たちは、この結果を踏まえ、高齢者に運動を勧めるキャンペーンを行うべきだと結論しています。

◆日本のシニアの運動習慣は
イギリス政府では公式に、65歳以上の人に週150分の運動を勧めています。

ところが英国心臓財団の調査では、適度な運動を行っていない成人は、ドイツでは26%なのに対し、イギリスでは44%だそうです。

日本の国民栄養調査では、「1回30分以上、週に2回以上、1年以上」運動を継続している人を「運動習慣あり」としています。 平成20年の調査では、運動習慣のある人は60代で男女共約4割、70代では男性の4割、女性の3割。

時間に余裕ができることもあって50代以下に比べて増えていますが、寿命を延ばせるほど運動している人はそのうちどのくらいでしょうか。

◆政策はあれど、アピール不足
厚生労働省が進めている「健康日本21(21世紀における国民健康づくり運動)」では、高齢者に対しても軽い物なら毎日、下肢や体幹部の筋力トレーニングなら1週間に2回程度といった継続的な運動の目標を定めています。

今回の調査結果と比べるとまだ時間も足りませんが、残念なのは、子供や成人向けにもそれぞれ定められている目標が、あまり広く知られていないのではないかということです。

高齢化が進む日本では、シニアが健康になれば医療費や介護費用の負担も減ります。

健やかな高齢化社会に向けて、特に高齢者にとっての運動の大切さを広め、また老いも若きも日常的に運動ができる社会基盤が広く整備されてほしいものです。

参考:
『BBC』
http://www.bbc.com/news/health-32735723

『健康長寿ネット』
http://www.tyojyu.or.jp/hp/page000000400/hpg000000311.htm

『厚生労働省』
http://www1.mhlw.go.jp/topics/kenko21_11/b2.html

<監修>
樋口二三男(医学博士)整形外科、産業医

死後の世界はある?外科医が確信、その超絶な臨死体験


人間の魂は、死んだ後にも存在するのでしょうか?

昔から、人間はこの謎に挑んできました。

人が亡くなると、ガスや水分などが蒸発する以上に体重が減るという報告は19世紀からあり、これが「魂の重さ」ではないかと考えられています。

臨死体験の報告は数多く、そこには大きな共通点があることから、脳科学的に解明しようという動きも盛んです。

◆20年以上、謎を追う立花隆さん
昨年の9月13日、NHKスペシャル「臨死体験 立花隆 思索ドキュメント 死ぬとき心はどうなるのか」という番組が放送されました。

1994年に「臨死体験」という著書があるジャーナリストの立花さんは現在、がんを患っていて、死を意識する立場からもう一度、臨死体験を取材したのです。

立花さんは、ハーバード・メディカル・スクールに在籍中に200本以上の論文を発表し、世界的にも認められた脳神経外科医のエベン・アレクサンダー博士に会いに行きました。

以前は臨死体験を否定していた博士は、54歳のときに7日間こん睡状態に陥ったときに鮮明な臨死体験をして、2012年に「プルーフ・オブ・ヘヴン」という本を書きました。

◆脳科学的には見えないものが見える
アレクサンダー博士が自分の昏睡中の7日間の脳の状態を調べたところ、「言語」や「認識」を司る大脳皮質が機能していなかったことが判明しました。この状態では、幻覚を見ることもできなかったのです。

そこで、自分が見たものは死後の世界だと考えました。

向こうの世界で会った女性が、生まれてから一度も顔を見ることもなく亡くなっていた実の妹だとわかり、博士の確信は強まりました。

◆死後の世界にお国柄はある?
「魂が体から抜け出し、上から自分の体を見下ろしていた」という体験は、国を問わずに報告されています。

「トンネルを抜けると、美しい花畑があり、川が流れていた。その向こうには亡くなった親しい人たちがいて、『まだこちらに来るな』といわれて、意識が戻った」というのが、日本の定番です。

アレクサンダー博士は、暗闇の上に美しい光が見えて、その世界を飛んでいたといいます。

「トンネル」「安らぎ」「亡くなっている親しい人に会う」は多くの民族で共通しています。

現世と彼岸を隔てるのは日本では「三途の川」ですが、アラブ地方では「燃える砂漠」、ポリネシアでは「荒れた海」、スコットランドでは「断崖絶壁」と、違いがあるそうです。

◆死後の世界の一歩手前
赤川次郎さんの「夢から醒めた夢」は、死後の世界の一歩手前に行った少女を主人公にした子供向けの物語です。

母一人子一人で事故死した少女が、「もう一度お母さんに会って別れを告げたい」というので、一日だけ入れ替わるというお話です。

リアルな臨死体験ではないのですが、命の大切さを伝えてくれる作品です。劇団四季では1987年にミュージカル化して、繰り返し上演されています。機会があれば、ぜひ見ていただきたい作品です。

参考:
https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2014058088SA000/
http://www.fujitv.co.jp/unb/contents/131128_1.html

早起きで体内時計ズレ病気に/ドクター森田豊の健康連載


<ドクター森田の「健康になりなさい!」(32)>

 「早起きは三文の徳」といわれますが、なんと「早起きは寿命が縮む」という真逆の結果が、イギリスのオックスフォード大学の研究で判明しました。

 朝5時に起き、日課のジョギングを1時間。それから余裕をもって会社に向かい、9時前から仕事に取りかかる-。そんな早起き生活が重大な病気を引き起こし、命取りになることがあるなんて…。

 同大の睡眠・概日リズム神経科学研究所名誉研究員ポール・ケリー博士によると、そもそも昔から行われていた「9時から5時まで」という就業時間が、実は人間の体内時計とまったくかみ合っていないといいます。

 ケリー博士が世界中のあらゆる人たちの睡眠パターンを分析し、年齢層ごとに適した起床時間と起床後の活動開始時間をはじき出しました。それによると、個人差はあるものの、起床時間は15~30歳の青年期であれば朝9時、31~64歳の壮年期・中年期は8時、65歳以上の高年期では7時だそうです。

 起床後の活動開始時間は、青年期が11時から、壮年期・中年期は10時、高年期は9時が最適だといいます。この数値から、すべての年齢層の人で6時前起床はよくないことになります。

 米ハーバード大学やネバダ大学などの研究機関でも、早起きが病気のリスクを高めるのではないか、という実証研究が進められています。現時点で、メタボリック症候群や糖尿病、高血圧、さらに重い心筋梗塞や脳卒中、心不全などの循環器疾患、HPA(視床下部-脳下垂体-副腎皮質)機能不全によるうつ病などが判明しています。

 早起きすると病気にかかりやすくなるのはなぜ? ケリー博士は、人間の体内時計の「ズレ」が病気の原因になるといいます。体内時計とは、「概日リズム」とも呼ばれる、生物に生まれながらに備わっている生命活動のサイクルのことです。このおかげで人間はもちろん、あらゆる生物は意識しなくても活動と休息(睡眠)を一定のリズムで繰り返すことができています。

 ケリー博士は、この体内時計の周期と人間の実生活の行動周期とにズレが生じることが、体に悪影響を及ぼすのだと考えています。そしてそのズレを生む原因が、「早起き」だというのです。体内時計は体のあらゆる部位にありますが、たとえば脳の視交叉上核(しこうさじょうかく)という場所の体内時計が早起きによってズレてしまうと、脳の機能が低下します。それが集中力や記憶力、コミュニケーション能力などの減退を促すのです。

 ◆森田豊(もりた・ゆたか)1963年(昭38)6月18日、東京都生まれ。秋田大医学部、東大大学院医学系研究科修了。米ハーバード大専任講師を歴任。現役医師として活躍すると同時に、テレビではコメンテーターのほか、「ドクターX~外科医・大門未知子~」(テレビ朝日系)など人気番組の医療監修も数多く務める。著書は「今すぐ『それ』をやめなさい!」(すばる舎)「ダイエットはオーダーメイドしなさい!」(幻冬舎)「ねぎを首に巻くと風邪が治るか?」(角川SSC新書)など。気分転換は週2回のヨガ。

「孤独死」は不幸なことなの? 意外と知られていないメリットも


「孤独死」と聞くと、どんな反応をしますか?

 たいていは拒否、拒絶、「いやだ」、「絶対したくない」……といった反応でしょう。だけど、冷静に考えてみれば、一人暮らしであれば誰でも孤独死する可能性はあるのです。いうなれば、孤独死はありふれたリスクです。ありふれたリスクに対しては「いやだ」、「絶対したくない」と逃げ回るより、リスクの実態を冷静に認識して、合理的な対応を考えておく方が賢いとは思いませんか? それに孤独死はリスクだけではありません。少しばかりはプラス面もあるのです。「孤独死のプラス面? まさか!」と思われますか? まあ、最後まで読んでください。

孤独死のマイナス面

 ともあれ、プラス面は最後の楽しみに取っておいて、まずマイナス面を検討しましょう。ほんとうのところ、孤独死の何が困るのでしょうか? 「死ぬことそのものがいやだ」という話は持ち出さないでください。それは「孤独死」というテーマをはみ出す大きすぎる問題です。

 「一人で死ぬのはさみしい」……かもしれませんが、考えてみれば病院のベッドで,意識のない状態で点滴やチューブを付けられた中、心電図の波形によって認知される死も、さみしいと言えばさみしいです。あるいは、まだ自分が死ぬ前から相続争いを起こし始めている親族に囲まれて死ぬのは、さみしさを通り越してつらい、くらいでしょう。

 では孤独死の究極の問題は何なのでしょうか?

 わたしがいろんな人の意見やメディアで報じられる情報に基づいて判断するには、孤独死の究極の問題は、

 「自分の死後、すぐに発見されず何日も、何週間も、場合によっては何カ月も遺骸が放置されること」です。そう思いませんか?

 遺骸が何日も何週間も放置され、腐敗し、液状になって畳や床にしみこんでいく。当然、強烈な臭いが発生します。ハエが卵を産み付け、孵化してウジ虫になり、それが成虫となって大量のハエが発生する。死んでしまえば何も分からず何も感じないとはいえ、そんな中に自分の遺骸が放置されるのを想像するのはゾッとするでしょう。さらに言えば、死んでいく本人だけでなく、近隣住民に係わる公衆衛生上の問題でもあります。賃貸住宅であれば、家主にも大きな迷惑と負担をかけます。

  これこそが、孤独死の究極の問題なのです。

孤独死の究極の問題の解決策とは?

 しかし、この究極の問題には対応策があるのです。自分が死んだら、その日のうちか遅くとも翌日くらいに発見される手立てを講じておけば良いのです。

 たとえば、「見守りサービス」を利用するのもいいと思います。魔法瓶や電気メーターをセンサーにして、その使用状況がふだんと違っている場合に居住者の異状を疑い、親族や後見人あるいは福祉事務所など、あらかじめ指定された連絡先に情報提供されるというというものです。

 そんなハイテクではなくても、宅配弁当や乳製品、新聞などを毎日宅配してもらうサービスもこの目的に使えるのです。

 あるいは、一人暮らしの知り合いどうし何人かで、メールやLINEで毎朝「おはよう」メッセージを送りあう約束をしておいてもいいでしょう。メッセージが来ないと、その人に何か起こったかもと判断するのです。

 こんな対策を講じておけば、孤独死の究極の問題に対応できます。そしてこの問題に対応できれば、そのほかの問題は孤独死に限らずたいていの死に共通する問題ですから、ことさら孤独死を恐れなくてもいいのです。
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孤独死にもある、プラス面とは?

 厚生労働省が毎年行なっている「国民生活基礎調査」によれば、一人所帯は年々増え続け、現在では日本人の9人に1人は一人暮らしです。これは若い人から老人まで合計した全国平均ですから、東京などの大都市圏の高齢者に限れば、65歳以上の3分の1、75歳以上ならほぼ半分が一人暮らしです。一人暮らしの果てに死ねば、それは孤独死。当たり前のことですね。誰の身にも降りかかる可能性のある運命を、ことさらマイナスイメージで語って不安をあおるのは、愚かなことです。むしろ、そこに秘められたプラス面を見つけ出し、その良さを十分に受け入れられるよう、孤独死と向き合って心の準備をしておく方が、賢い態度だと思いませんか?

 というわけで、最後に孤独死のプラス面を紹介します。

 たとえば、誰も悲しませずに済みます。人間、ある程度の年齢になれば、親兄弟、親戚、友人、知人の死に立ち会います。悲しいものですね。死は、死んでいく者よりも残される者にとってこそ悲しい。でも、誰にも知られずひっそり死ねば、誰も悲しませずに済むのです。それは、人生の最後に立派な功徳を積むことになる、と思いませんか?

 あるいは、突然の葬式で多くの人の仕事や用事の邪魔をせずに済みます。前々から分かっている結婚式と違って、葬式は突然で、時として関係者の生活スケジュールを混乱させます。孤独死なら、生者が死者のために煩わされるというナンセンスを未然に防げます。

 一人で死ぬのだから、残された者の将来が心配で死んでも死にきれない、ということもありません。心安らかに死ねます。

 自分の死後の評判を気にする必要もありません。死んだらすぐに忘れられてしまうのです。誰もその人の悪口を言う人はいません。気楽なものです。

 つまり、孤独死とは、誰にも迷惑をかけず、誰からも迷惑をかけられず、ひっそりと生き、誰の心にも波風を立てず、悲しみを引き起こさず、ちょうど寿命の尽きた樹木が静かに朽ち果てるように、世間の片隅で静かに心安らかに死ぬ。そんな生き方であり、死に方です。歴史をひもとけば,古代ギリシアやローマ(たとえばエピクロス派)、あるいは昔のインド(ブッダとその弟子たち)、そして中国(老子や荘子)の多くの哲人・聖者が理想としたのも、こんな生き方、死に方だったでしょう。

 いかがですか? 孤独死にも少しは良いこともあると思えませんか?

(心療内科医・松田ゆたか)

【連載】不幸ではない「孤独死」から、老いと人生を考える

一人静かにひっそりと、誰にも迷惑をかけない「孤独死」の準備とは?


誰にも迷惑をかけず、ひっそりと生き、世間の片隅で静かに心安らかに死ぬ、そんな孤独死。でも今の世の中では、そんな孤独死を遂げるためには、いくつかの準備が必要です。

孤独死の準備として、リヴィング・ウィルの作成

 孤独死への準備として、何より先におすすめしたいのが、不要な延命措置をお断りするリヴィング・ウィルの作成です。

 病気で回復の見込みはなく、意識さえ失い、植物状態になっても、人工呼吸器や経管栄養などの延命措置によって生き長らえる、そんな状況を望む人はほとんどいません。しかし今の日本の病院では、きちんと意思表示しないと、延命治療を延々と続けられるおそれがあります。

 親族がいれば、本人が意識不明になっても、代理で意思表示してくれるという期待もできますが、孤独死予備軍とも言うべき一人暮らしでは、自分で意思表示する文書をあらかじめ用意しておかないといけません。これがリヴィング・ウィルです。

 孤独死というと、自分の部屋で心筋梗塞や脳梗塞で突然死というイメージもあります。この場合はリヴィング・ウィルなど要らないのですが、そんな孤独死ばかりではありません。

 一人暮らしでも体の具合が悪くて病院を受診することはあるし、そこで重大な病気が発見されてすぐに入院ということもあります。外で倒れて救急車で運ばれることもあります。そういう時、きちんと意思表示しないと、自分の意志に反して延命治療を開始されるおそれもあるのです。そして、いったん始めた延命措置を中止するのはとても難しいのです。まずは望まない延命治療を「やらせないこと」これが何より大事ですから、きちんと意志を文書にしておきましょう。.

 では、どんな内容の文書を用意しておけばよいのでしょうか?

「日本尊厳死協会」に入会すると規定文面による「尊厳死の宣言書」が送られてきます。

もちろん、できあいの組織に頼らず、自分で作ってもいいのです。その際、次のことを絶対書いておくべきです。

  ・ただ単に死期を引き延ばすためだけの延命措置は断ること

  ・ただし苦痛を和らげるための適切で十分な緩和医療は拒否しないこと

  ・この文書は自分の意志で作成したものであること

  ・この文書を作成した時点で自分の判断力は健全であったこと

万が一に備えての身辺整理の仕方

 さて、リヴィング・ウィルを用意したら、次は万が一に備えて、同じアパートの住人や隣近所、大家さん、友人知人たちに余計な迷惑をかけないよう、身辺整理を進めましょう。自分の死体がゴミ屋敷のように汚く雑然とした部屋に横たわっているのを想像するのは、気分の良いものではありません。後片付けをする人の迷惑も半端じゃありません。死ぬときまでに荷物を減らして、必要最低限のものだけが残された簡素な部屋にしておきましょう。「発つ鳥は跡を濁さず」と言い習わされているではありませんか。

 ある程度の年齢(たとえば60歳)を越えたら、食料のように短期間のうちに消費してしまう物だけ買うようにして、家具や衣服やその他もろもろの身の回りの品は買わないで、今あるものを使い尽くす。壊れたり、すり切れたりして使えなくなったら順次捨てていく。そうして物を減らしていくのです。
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最新流行の生き方「ミニマリズム」がいい切実な理由

 必要最小限の物だけで生活するという生き方が「ミニマリズム」として最近話題になっているようですが、きれいに死ぬための準備が結果として最新流行の生き方になるとは、すばらしいことです。これは末期(まつご)の行動の美学、死に際のダンディズムだけではないのです。もっと切実な理由があります。老いを生きるための準備なのです。

 年を取れば身体機能は確実に低下します。若い頃は何でもなかった階段の上り下りが難事になり、あわてると転んでケガをする。ケガで済めばいいけれど、骨折して入院したまま寝たきりにもなりかねません。転ぶのは階段だけとは限りません。床に無造作に置いた物につまずいて転ぶこともあります。さらにこんな悲劇もあります。寝室からトイレまでが遠い広い家に住んでいて、夜中にトイレに行こうとして、若い頃のようにサッサと歩けずもたもたしているうちに失禁する。これは自尊心を非常に傷つけます。

 こうしたことを考えると、年を取ったら、必要最少限の物しかない小さな部屋でシンプル・ライフを心がけるべきです。

かかりつけ医を作る重要性

 そんなシンプル・ライフの果てに死んだら、役所に死亡届が出されます。その際、死亡診断書か死体検案書を添付しないといけません。そして、死亡診断書や死体検案書を書けるのは、医師(例外的な場合には歯科医師も)だけです。

 だから、自分のかかりつけ医を作っておきましょう。孤独死が現実味を帯びるくらいの年頃になれば、年に何回かはちょっとした体の不調は起こるものだし、慢性疾患の1つや2つもあるでしょう。受診した折に自分の健康状態や生活状況をきちんと伝えておく方がいい。そして、大家さんなど、自分の死体の第一発見者となりそうな人に、その医者の連絡先を教えておくこと。そうすれば、死亡診断書あるいは死体検案書を書いてくれるでしょう。そうでないと、警察が呼ばれ、監察医による解剖に回されることもあります。

 ともかく、無事に死亡届を提出したら、役所から火葬許可証(または埋葬許可証)が交付され、火葬から葬式という段取りになります。どんな葬式を望むのか、きちんと遺言を残しておきましょう。もちろん、式の費用についても。

 葬式を望まないという遺言も可能です。わたしはそうするつもりです。遺骨を残さないよう焼ききって灰だけにするゼロ葬です。遺骨がないから,納骨の手間もなく、お墓も要らない。シンプル・ライフの果ての究極のシンプル・デス。これぞ、孤独死にふさわしい遺骸の始末。

 もちろん、わたしの趣味をほかの人に押しつけるつもりはありません。孤独死であっても、生前に多少の交友関係があり、友人、知人たちが葬式をしてあげようと申し出てくれるなら、その時は親切をありがたく受取ればいいでしょう。

(心療内科医・松田ゆたか)

【連載】不幸ではない「孤独死」から、老いと人生を考える

「孤独死」は怖くない 「老後破産」も気にならなくなる幸せな生き方とは?


この数年、「老後破産」とか「下流老人」ということがメディアで取り上げられるようになりましたが、わたしは常々その取り上げられ方に違和感を覚えます。より正確に言えば、「老後破産しないためには何歳までに何千万の貯蓄が要る」というような論じ方に違和感を覚えます。

 「なぜ、今の生活レベルを維持することを前提にして、貯蓄に励めというのだろう? なぜ、収入が減ったなりのつつましい暮らしの中での満足を得るよう気持ちを切り替えよう、とは言わないだろう?」という違和感です。 これまで2回の連載で死に方について書きました。最後に死ぬまでの生き方についても書いておきます。ここでのキーワードは、前回にも出てきた「シンプル・ライフ」に加えて「足るを知る」です。

「あれ」「これ」はほんとうに必要なものなのか?

 今の60代あるいはそれ以上の世代は、高度成長前の貧しかった時代を実体験しているはずですし、あの時代、貧しければ貧しいなりに、生活の中でささやかな喜びや幸せを見つけていたはずなのに、何をそんなに恐れなければならないのでしょう? 老後の収入が今より減るとして、それは子どもの頃に返るだけのことではないでしょうか、と腹をくくればずっと気楽に生きられるのに……。この種の議論を目にすると、わたしはいつもそう思います。

 一歩身を引いて、落ち着いて考えてみませんか?

 「あれがほしい」、「これがほしい」と思っている「あれ」や「これ」は、ほんとうに必要なものなのでしょうか? 「あれ」がなくても、「これ」がなくても人は生きていけるのではないでしょうか?  「あれがほしい」、「これがほしい」と思う欲求は、本当の自分の自然な欲求ではなくて、マーケティングによって操られ、吹き込まれた偽りの欲望ではないのでしょうか?

 マーケティングの手練手管に操られ、「あれも欲しい、これも欲しい」という欲望に身を任せ、毎月何十万もの生活費が要ると信じ込んだあげくに、老後の生活資金が足りないと不安におびえるのは、冷静に振り返ると滑稽なことではないでしょうか。人はもっとシンプルに生きていけるのです。これはわたしのオリジナルな意見でも何でもありません。2000年以上も前から、エピクロスやブッダや老子、荘子といった人たちが語ってきたことです。

残されたさほど長くない年月を「好きなように生きる」知恵とは?

 「禍(わざわい)の最たるは足るを知らざるなり」……。最大の不幸は「これでいい」と満足できないこと。逆から言えば、「足るを知る」、「これでいい」と満足できることが幸せの基本なのです。

 そんなシンプル・ライフにあっても、日々の暮らしのいろいろな場面で、ささやかな喜びは感じられます。たとえば、あかね色に染まる夕焼け空を眺めるとき、家のそばの路地で野良猫と遊ぶとき、道路の舗装のすきまから「雑草」と十把一絡げにされる草が名も知れない可憐な花を咲かせているのに気付くとき、喫茶店やファミレスの窓から桜の花が咲いて、やがては散り、若葉が芽生え濃緑に移りゆくさまを眺めているとき、内容の深い本に出合ったとき、部屋でお茶を飲みながら聴き慣れた音楽を聴いているときなど……。

人生の幸せはこんなささやかなものの積み重ねかもしれない、「足るを知る」とはこういう心境かもしれない。こんなふうに思えるのも年を取ったからこそであるなら、老いるのも悪くはありません。 「足るを知る」とは、何もかもじっと我慢する生き方ではありません。むしろ逆に、人生に残されたさほど長くない年月を「好きなように生きる」ための知恵でもあります。

 たとえば、事業の発展のため、収入を増やすために、好きでもない人とにこやかに付き合い、無理して人脈を広げる必要はないのです。付き合って楽しい人とだけ付き合えばいい。スキルアップのため、出世のため、知名度を上げるために、好きでもない仕事に打ち込む必要もないのです。心からやりがいのある仕事だけすればいいのです。

 社会の反応を気にして、世間の空気を読んで、言いたいことも言わずに我慢する必要もありません。正しいと思うことは正しいと、間違っていると思うことは間違っていると、心おきなく発言していいのです。 こんなふうに好きなように生きて、そのために収入が減ったなら、減った収入の中の「足るを知る」工夫をすればいいのです。まして、孤独死を意識するほどの年齢になれば、未来への投資のために現在を犠牲にする必要はないのです。

 あるいはまた、孤独死を意識するほどの年齢になってまで、健康のために好きなことを我慢する必要もありません。

 人生の楽しみの中には、健康に良くないものもたくさんあります。タバコ、酒、美食などがその代表でしょうか。しかし、今さら健康に気を配る必要はないでしょう。好きなことをして寿命が1年くらい縮むか、好きなことを我慢して寿命が1年くらい伸びるか、どちらを選んでもいいのです。ましてや孤独死予備軍である一人暮らしの身であれば、「そんなこと、体に毒よ」とお節介なことを言う家族もいないのですから。

 3回にわたり孤独死について、そして老後の一人暮らしについて語りました。いかがでしょう? 孤独死も少しばかりは良いものだと分かっていただけたでしょうか?……いや、人が死ぬ話だから「良い」とは言えませんね。それでも孤独死もけっして悪くはない、と思えたのではないかと思います。(心療内科医師・松田ゆたか)

ウソツキはピノキオの始まり!?/森田豊の健康連載


<ドクター森田の「健康になりなさい!」(10)>

 男性と恋愛をする時には、その男性がウソをついていないかどうかを見極める能力をもっていることが大切。医学的に検証されている、相手のウソを見抜く方法をお教えしましょう。

 ◆まばたきの回数を測れ!

 回数が多い人は、ウソをついている。ウソをついている人は、まばたきの回数が多い。カナダ、ウオータールー大学からの研究で平均1分間15~20回で、それ以上、まばたきする人はうそつき。

 ◆鼻を触る回数を数えよう

 ウソをつくと、鼻の温度が上がるんですね。スペイン・グラナダ大学の研究報告(2012年)では、サーモグラフィーを用いて研究したところ「うそをついた時、鼻周辺の温度が上がる」と報告しています。

 ウソをつくと、脳の「島(とう)皮質」と呼ばれる部位が活性化して、鼻の温度を高めているということです。これを「ピノキオ効果」と呼んでいます。

 また、ウソと鼻の関連性について、こんな研究結果もあるんです。1999年の米国の「嗅覚・味覚研究所」などの研究によると、「ウソをつくと、鼻がふくらみ、触る回数が増える」と報告しています。

 これは、「ウソが引き起こすホルモン様作用で、充血して鼻がふくらみ、むずがゆくなるため、鼻を触り罪悪感を表に出してしまう」ということだそうです。

 ピノキオは、ウソをつくと、鼻が伸びますが、人はウソをつくと、鼻がふくらむのですね。

 ◆森田豊(もりた・ゆたか)1963年(昭38)6月18日、東京都生まれ。秋田大医学部、東大大学院医学系研究科修了。米ハーバード大専任講師を歴任。現役医師として活躍すると同時に、テレビではコメンテーターのほか、「ドクターX~外科医・大門未知子~」(テレビ朝日系)など人気番組の医療監修も数多く務める。著書は「今すぐ『それ』をやめなさい!」(すばる舎)「ダイエットはオーダーメイドしなさい!」(幻冬舎)「ねぎを首に巻くと風邪が治るか?」(角川SSC新書)など。気分転換は週2回のヨガ。

ゴルフで突然死 相対危険率はなんとランニングの8倍も


 タレントの松村邦洋(50)が心肺停止の状態になったのは、2009年の東京マラソンだった。スタートから15キロ地点に差し掛かるところで急性心筋梗塞を発症、AED(自動体外式除細動器)を使った緊急処置で一命を取り留めている。

 当時はでっぷりとした体格でマラソンは負荷が大きすぎると思われたが、本人は事前にトレーニングを積んでいてコンディションも悪くなかったという。

 もっともマラソンは、必ずしも突然死をしやすいスポーツというわけではない。少し古いデータになるが、東京都監察医務院が1984~88年にかけてスポーツ中の突然死について調べたところ、60歳以上で最も多かったのは、死亡者44人のゲートボールだった。2位は40人のゴルフで、ランニングは18人の3位となっている。

 一方で、ランニングを1としたときの相対危険率を見ると、ゲートボールは1.6で、ゴルフはなんと7.9。中高年にとっては止まってボールを打つ方が、走るよりも死亡のリスクが高いのだ。

 寺田病院名誉院長で、日本循環器学会認定循環器専門医の澤井廣量氏が言う。

「スポーツ中の急死は、心室性の細動が原因であることが多いですね。心室は、大動脈に血液を送り出すところ。そこが突然、重度の不整脈などによっておかしくなり、血液を送る機能が正常に働かなくなってしまうのです。不整脈を引き起こすのは、急激なストレスによるドキドキ。ゴルフで亡くなる人が多いのは、ティーアップして構えたときやパッティングのときに“失敗するのではないか”“外したくない”とドキドキするからです。ゲートボールも、狙いを定めて打つときに緊張するもの。運動量は少なくても危険はあるのです」

■運動量の少ないゲートボールも心臓にストレス

 ゴルフの場合は、寝不足や前夜の酒が残った状態でラウンドすることもめずらしくない。これも心臓にとってはストレスだ。賭けゴルフも、法律的な問題は別にして、オススメできない。

 高血圧や糖尿病の持病はもちろん、尿酸値が高いこともリスクファクターといわれている。少なくとも、日頃からまったく運動をしていない人が久しぶりにゴルフをするときは、練習場でボールを打ったり、準備体操で体を動かしたりしてからティーインググラウンドに立つようにした方が賢明だ。

 すでにジョギングやウオーキングをしている人は、運動中の脈拍チェックも忘れずに。

「1分間で120回以上になると危険です。100回ぐらいにとどまるようにコントロールしましょう。脈拍は15秒間ぶんを4倍して割り出します。これなら運動中でも数えやすい。安全の目安は、15秒で25回程度になります。また、冬は寒さで血管が収縮しやすいですし、夏は脱水症状で血が濃くなって梗塞を起こしやすい。季節的な要因を頭に入れて対策を考えることも重要ですね」(澤井廣量氏)

 健康のためにやる運動で命を落としては元も子もない。

ゴルフはあらゆるスポーツの中で突然死が多い


 気持ちいい青空の下、緑豊かな芝生の上で思いきりスイング! 昔はおじさんのスポーツのように思われて一時は下火だったゴルフも、最近では若い女性人気を獲得して再び盛り上がりを見せている。読者の中にも仕事の付き合いに日頃のストレス解消にと、ゴルフに出かける事が多いという方もいることだろう。だが、実はこのゴルフが年間200人もの突然死を呼び起こす危険なスポーツだということはご存知だろうか? そのリスクは、あらゆるスポーツの中で一番高いともいわれている。

 しかし、そんなに激しい運動も要さないゴルフがそんなにも危険なスポーツだというのには納得がいかない読者も多いだろう。ゴルフの突然死はなぜ起きるのか?

 ひとつの原因として、ゴルフをプレーする時間帯が挙げられる。ゴルフで起きる突然死の8割以上が心筋梗塞によるものといわれているが、心筋梗塞は起床後2~3時間ほどの間に起きることが多いといわれており、時間帯にして午前8~10時が最も危険な時間帯。朝から始めることの多いゴルフは、その危険な時間帯にプレーしている可能性が高いスポーツなのだ。

 さらには、パットなどミスのできない状況での緊張感も要因といわれている。緊張するとアドレナリンなどのホルモンが分泌されて血圧が上昇するため、心拍数も高くなり心臓もドキドキしてくる。さらにはパットに至るまでの過程でボールを追って山を上り下りしているため、ただでさえ心拍数は上がっている。そこに緊張による心拍数の上昇が加わり、心筋梗塞につながってしまうというわけだ。事実、時間帯と緊張感の重なり合う“第1ホールのパット”が特に危険だとする報告もある。

 また、夏のゴルフで起こりがちな脱水状態も大きな要因のひとつだ。日差しを遮るものが少ないゴルフ場では、汗をたくさんかくことで脱水状態に陥りやすくなる。さらに、ゴルフ場では昼食などでお酒を飲む人も多いため、アルコールの利尿作用でさらに脱水状態を深刻にしてしまう。その結果、7~8月には脳梗塞や心筋梗塞などの突然死リスクが集中するのだそうだ。

 週末のゴルフが唯一の楽しみ、というあなたは、ゴルフだから…とあまり油断しない方がいいかもしれない。

がんの余命”人間は3か月の目標求められると非日常を追求すると南雲医師


50代を超えても30代に見えるドクター・南雲吉則先生が“がんの余命”について解説します。南雲先生が探求、体現する“アンチエイジング”にとっていちばん必要なものとは?

 * * *

 ぼくは乳がんの専門医なので、がんの患者さんたちと余命についてお話ししなければならないこともあるんだけど、もしみなさんがあと3日の命と言われたら、何をしたい?

「おいしいものを食べたい」、「お酒をたくさん飲んで、とことん遊びたい」とか言うんじゃないかな。

 実は人間って、3日間くらいの短期間の目標を問われたときには、快楽を求めるんだ。現実から目を背けて、何もかも忘れて快楽に浸りたくなるんだよね。

 では次の質問。もし、あと3か月の命だと言われたら何をしたいと思う?

「海外旅行に行きたい」、「温泉に行きたい」、「しばらく会わなかった親戚や友達とも会ってみたい」…。

 人間は3か月くらいの中期の目標を求められると、非日常を追求するようになるんだ。日常から逃避して、行ったことのないところで、見たことのないものを見たいと思うんだね。

 じゃあ、3番目の質問。もし、あと3年の命と言われたらどうする? 3年間も毎日暴飲暴食したら飽きちゃうよね。3年間、温泉旅行や海外旅行も続かないよね。

 そういうのは、たまにあるからいいもので、長期間続けたい“真の目標”ではないんだ。

 ぼくが出会った患者さんたちの中で、余命3年と言われた人のほとんどが、こう答えた。

「家族との時間を大切にしたい」、「今の仕事をこのまま続けて、やり遂げたい」。

 もっときれいになりたいとか、肌のシミを消したいとかいう人はほとんどいなかったんだ。人間は3年くらいの長期の目標を聞かれると、日常に人生の目標を見いだすんだ。

 命が限りないものだと思っていたときには愚痴をこぼしていた家族や仕事が、実はかけがえのないものだったことに、気づくんだね。今のこの人生のためにあなたは今、生きているんだよ。

 そう考えたら、家族と一緒に過ごせることに幸せを感じるだろうし、働けることにも幸せを感じられるよね。

死の直前に思うこと


ロサンゼルスに住む写真家、アンドリュー・ジョージは彼の著書、『Right Before I Die 』で、死を目の前にする人々最期に語る人々を紹介しています。

若くして末期癌のサラは、病室のベッドでカメラに向かって微笑みながら、こう語ります。

「時間は重要なものです。人生は間違いなく無限ではない。先に何が起こるか分かり得ないし、危険と遭遇しなければならないかもしれない。私は『公平』というものが何なのか考えることができないのです。

公平なんて何の意味も持たない。物事は公平でも不公平でもなく、ただの事実なんです。」

死を恐れていないジョセフィーナ、「私は輪廻転生はないと思ってるの。人間は死んだら終わり。それだけよ。否定したくないけど、私は信じない。塵に変わるだけ」

ルネの最も後悔していることは、娘と絶縁状態にあり、最期に会うことができないことだと言います。

「私が彼女を拒絶してしまったんです。私たちが幸せと呼ぶものとは貢献のことなのではないでしょうか。

その瞬間与えられている現状、今持っているもの全てだと思うのです」

ジョーは筆談で、「私は自分がこの世で一番幸運な男だと思っています。家族に恵まれ、ひ孫にも会えた。これ以上のことを誰が望みますか」と。

自分の癌が進行しているとき、病気の兄と姉を看病していたサリーは、愛の中にいることは最大の幸せである、と述べています。

ジョージ氏は、このように彼らの最期の言葉と写真を集めることで、他の人への助言になるのではないかと考えています。

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