「生活習慣病」という言葉が定着して久しい。食べ過ぎず飲み過ぎず、適度に運動をして十分な睡眠を心がけ、タバコも吸わないのに、健康診断でBMIや血圧、血糖値の数字がよくないと、「何が悪かったのだろうか」と自らの生活習慣を振り返る人も多いのではないだろうか。あるいは、「生活習慣病」といわれる病気になった人を見たら「悪い生活を続けたせいだ」と考えたりしていないだろうか。
そんな「生活習慣病」の一つとされるのが糖尿病だ。しかし実は糖尿病は、生活習慣の他に、遺伝素因や環境要因が複雑に関与して発症する病気だ。それが、いつのまにか「乱れた生活習慣によって発症する病気」と誤解され、病気の当事者が差別や偏見の対象になっているケースが多い。
糖尿病臨床を専門とする内科医の杉本正毅氏が言う。
「生活習慣が悪いから病気になるというのは、科学的根拠に基づかない思い込みです。『生活習慣病』という呼称そのものが『病気の原因は個人の生活習慣で自己責任だ』という誤解を広く浸透させ、社会的スティグマとなって患者さんを深く傷つけ、苦しめています」
なぜ糖尿病患者は生活習慣病という呼称に苦しめられているのか、社会はどのような眼差しを向けてしまっているのか、杉本医師に詳しく話を聞いた。
糖尿病は生活習慣だけでは発症しないのに
――糖尿病患者のアドボカシー*1活動として「生活習慣病を死語にする会(SSB45)」を2020年に立ち上げられましたが、なぜこの呼称を死語にしたいと思われたのでしょうか。
杉本正毅(以下、杉本) 糖尿病は定期的な通院と適切な生活管理、投薬を継続していれば、決して怖い病気ではありませんが、適切な管理ができなかったり、治療中断などがあると深刻な合併症を起こしたり、時には命に関わることもある病気です。その管理は医療従事者によるものだけでなく、患者さん本人も行わなければなりません。多くの人が飲み薬やインスリン注射、食事や運動の管理を必要とするので、ライフスタイルに大きな影響があります。
そもそも糖尿病は遺伝素因・環境要因・個人の生活習慣が複雑に関与して発症するもので、その中でも遺伝素因が発症の一次的要因です。しかし、長きにわたって贅沢病だとか、怠惰によるものだという誤解がありました。さらに「生活習慣病」という呼称が定着するにつれて「悪い生活習慣を続けている人が発症する」「太っていると糖尿病になる」という誤解も広がっています。多くは遺伝的な要素で発症するので、太っている人が必ず発症するわけではありませんし、痩せている人がならないわけでもない。「生活習慣病」という言葉には元々は「生活習慣に注意することで予防に繋げよう」という意図があったのですが、現在では「悪い生活習慣による自己責任の病気だ」というレッテルになって社会に広まっています。
私は50歳の時にナラティヴ・アプローチ(相手の語る「物語」を通して解決法を見出していく方法)と出会って、病の体験や意味を尊重するという医療があると知り、そこからチームスタッフと共に患者さんのライフスタイル、価値観、健康信念、食文化などを尊重した診療をめざしています。
患者さんたちの体験や語りをじっくりと聞く中で「悪い生活習慣による自己責任の病気である」というレッテル、すなわち社会的スティグマがいかに患者さんたちを苦しめているかを痛感しています。社会的スティグマとは、社会の偏見や誤解によって特定の人たちを差別、卑下し、批判することです。多くの患者さんがそうした社会的スティグマに苦しみ、中には社会からの批判をそのまま内面化して、自分で自分を価値のない存在として卑下するセルフスティグマと呼ばれる深刻な心理状態に追い込まれている人もいます。
*1 医療においては、自分の意思をうまく伝えることのできない患者や高齢者、障がい者に代わって、代理人や支援者が意思や権利を伝えること
糖尿病患者の「生きづらさ」の元になる言葉が生む偏見
――社会的スティグマは新型コロナウイルス感染症においても話題になりました*2。糖尿病患者さんの生きづらさとは、どのようなものでしょうか。
杉本 社会的スティグマの受け止め方は人によりさまざまですが、健診で糖尿病を指摘されてもすぐに受診しない人や、医師から投薬が必要と言われても辞退する人の中には糖尿病に対するステレオタイプを受け入れられない人たちがかなり含まれていると、私はみています。そして、あまり知られていないことですが、医師から糖尿病と診断された、インスリン注射が必要と言われた患者さんの中には、社会から自分は「身体的に不完全で不健康である」とみなされ、保険や結婚、就職、出世などさまざまな面で大きな差別を受けることになるのではないかと不安に駆られる人がいます。私は、こうした社会的スティグマが、患者さんがインスリン注射の提案を辞退するひとつの要因となっていると考えています。
© JBpress 提供 杉本正毅氏「糖尿病は生活習慣が悪い人間がなる病気だ、厄介な病気だ」とみなす社会的スティグマによって、健康診断後の受診勧奨を無視したり、服薬を辞退したり、あるいは血糖値が非常に高くてインスリン自己注射が必要な状態であるにもかかわらず、それを拒否する患者さんたちのことを「病識がない=病気を理解できない愚かな人」のように考える医療従事者がいるのも事実です。しかし、医療従事者が社会的スティグマに苦しむ当事者の気持ちを理解し、受け止めていくことがとても重要だと考えています。医療従事者の社会的スティグマに対する理解を推進すると同時に、「糖尿病になるのは生活習慣が悪い、自己責任だ」という社会に蔓延する誤解を解くことも必要だと思っていました。
そんな折、生きづらさを訴える若年発症2型糖尿病の青年から、同じように感じている患者と体験を共有し合う場をつくりたいという提案を受けました。そこで同じ想いを抱くもう1人の若年発症2型当事者と共に、患者さんたちが経験を語り、共有する場を提供したり、社会に正しい知識を発信していこうとする活動を始めたのです。3人で会の名称を話し合う中で、糖尿病患者にこうした生きづらさを与えている最上流にあるのが「生活習慣病」という呼称ではないか、それなら会の名称を「生活習慣病を死語にする会」にしようと決まったのです。
*2 2020年2月に「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関する社会的スティグマの防止と対応のガイド」国際赤十字連盟、UNICEF、WHO合同作成
https://www.unicef.or.jp/jcu-cms/media-contents/2020/04/Social-stigma-associated-with-the-coronavirus-disease-2019_COVID-19_JP.pdf
患者同士を分断させる社会的スティグマの恐ろしさ
――糖尿病の患者さんはさまざまな状況の方がおられるでしょうが、大きく分けて1型と2型がありますね。
杉本 一般的に1型はウイルス感染などを引き金とする自己免疫で発症するもので、小児が多いですが、成人にも発症します。これに対して、2型は生活習慣からくる自己責任の病と思われているのではないでしょうか。ある若年発症2型糖尿病の患者さんが言った「1型は生活習慣は関係ないという鎧があるけれど、私たち2型には鎧がない」という言葉はとても印象的で、今も忘れられません。
2つのタイプの大きな違いは
・1型:自己免疫現象によって、膵臓でインスリンを作るβ細胞が壊れてしまうため、インスリンが膵臓からほとんど出なくなり、適正な血糖値を維持するため、終生インスリン注射が必要である
・2型:環境や生活習慣、遺伝的な影響により、インスリンが出にくくなったり、インスリンが効きにくくなったりして血糖値が高くなる
という点です。
どちらの当事者も不便や苦痛はたくさんあります。思春期を含む若年者では体重管理がうまくいかなかったり、食事療法がうまくいかずに食べたものを吐いて摂取カロリーをコントロールしようとしたりする方も少なくありません。厳格な血糖管理を目指す中で低血糖リスクに晒されたり、インスリン注射による体重増加で悩んだり、食欲との葛藤、逆に糖質制限による痩せ過ぎで苦しむなど、糖尿病を抱えて生きることには多種多様な困難があります。こうした彼ら彼女らの現実を知れば、「生活習慣が悪い人たち」というステレオタイプは到底受け入れられないことがわかるでしょう。2型の患者さんは常に社会から非難の矢面に立たされて、1型の患者さんはそうした社会的非難を怖れて「生活習慣病の2型と一緒にされたくない」と悩む。その結果、1型当事者と2型当事者の間に分断、対立が生まれることもありますが、どちらも生活習慣病という呼称によって生まれた社会的スティグマの被害者なのです。
こうした生きづらさや苦難の経験、感情が患者さん本人によって語られると、非常に心を揺さぶられますし、説得力があります。多くの人に現状を知ってもらうために「生活習慣病を死語にする会」では12月にシンポジウムを開催することにしました(詳細は記事の最後に)。
「生活習慣病」がバッシングにお墨付きを与える
――自民党副総裁の麻生太郎氏は、財務大臣時代に「食いたいだけ食って、飲みたいだけ飲んで、糖尿病になって病院に入っているやつの医療費はおれたちが払っている。公平ではない、無性に腹が立つ」と発言しましたね*3。
杉本 実際には、日本の糖尿病患者を対象とした研究でカロリー摂取量とBMIには相関がみられないと報告されていますし*4、肥満に関する最新の科学的エビデンスにおいても、生物学的、遺伝的、環境的因子が肥満に強く影響していることを示しています*5。糖尿病をはじめ、生活習慣病と括られるさまざまな病気や症状を有する人々は、決して身体的に不完全で不健康な落伍者でも怠惰な人間でもないのに、この呼称がバッシングや差別をする加害者にお墨付きを与えているのです。
*3 https://mainichi.jp/articles/20181111/ddm/041/040/068000c
*4 Diabetes Res Clin Pract 2007;77 Supple1,S23
*5 NATURE MEDICINE VOL.26 APRIL 2020 485–497 www.nature.com/naturemedicine(「肥満のスティグマを終わらせるための共同国際合意声明」が発表された論文)
――BMI値的には肥満の人でも健康に問題ない人はいますし、ルッキズムにもつながりますね。「デブ」と言うと差別的な悪口ですが、「生活習慣病になるよ」はOKという印象があります。
杉本 2019年10月に日本糖尿病学会・日本糖尿病協会がアドボカシー委員会を立ち上げ、糖尿病に対するスティグマの弊害と患者さんが受ける不利益について、社会の意識や仕組みを変革しようと宣言しました*6。残念ながら、医療従事者の中にも偏見的な意識を持つ人はまだいらっしゃいます。世の中には「太っていたらダメ、糖尿病になったら終わりだ」というような空気が存在していて、患者さんはいつもそうした無言の非難に晒されていることを医療従事者が配慮できるようになったら医師-患者関係は大きく変わると思います。患者さんの苦痛は減り、幸福感の増加にも繋がるでしょう。そして、おそらく血糖管理や体重管理などのアウトカムの改善にも繋がると思うのですね。
生活習慣を切り口にして「良い/悪い」と言うこと自体が非常にジャッジメンタルです。運動不足やカロリー摂取の過剰・不足はファクトであって、価値付けではありません。人それぞれに必要なカロリーも運動量も違います。数値的にはカロリーオーバーでも太らない人もいるし、逆もある。統計的にみれば普遍的な真実ではないはずなのに、総じて病気の原因になると一般化することが問題なのです。「生活習慣を改善する」は、科学で人の生き様を数値化して守らせるという個体差を認めないやり方で、医師としても実行可能な治療法とは思えません。ブリストル大学のEdwin Gale教授は、こう教えてくれました。
「“One size fits all(すべてに当てはまる)”勧告は集団に対しては適応しても良い。しかし、診察に訪れる患者はいずれもユニークな存在であることを忘れてはならない」
これは糖尿病診療を考える時に、忘れてはならない格言だと思っています。
*6 「日本糖尿病学会・日本糖尿病協会 アドボカシー委員会設立 ~糖尿病であることを隠さずにいられる社会づくりを目指して~」https://www.nittokyo.or.jp/uploads/files/PR54_advocacy.pdf
スティグマを知り、多様性を認められる社会を目指す
――病院でもよく言われる「生活習慣を改善する」は、制限を設けることでもありますね。コロナ禍で「新しい生活様式」と提唱されたのと似ているような気がします。
杉本 糖尿病の当事者は食べることを筆頭として、日常生活に多くの制限があります。コロナ禍で外食ができない、人と会えないなどの制限は多くの人にとってつらい経験だったでしょう。もちろん苦にならない人もいるでしょうが、できない人や苦しむ人のことを一方的に否定しバッシングするのは、多様性を認めないことに繋がりかねません。「生活習慣を改善しなさい」という指示も、多様性を認めないことになっていないでしょうか。
「生活習慣病を死語にしよう」という私たちの目標は、糖尿病を持ちながら生きる人たちの多様性を尊重することです。そして、多様性を認める社会へと進む第一歩になり得る活動だとも考えています。
知らず知らずのうちにバッシングや加害に加担しているかもしれない、一般の人にも糖尿病当事者が受けている社会的スティグマについて、まずは知ってもらいたい。そしてすっかり定着した生活習慣病という呼称についても、一度立ち止まって考えてみていただければと思います。12月12日(日)の市民公開シンポジウムでは糖尿病当事者の人も、そうでない人も、ぜひ多くの方のご参加をお待ちしています。
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「市民公開シンポジウム:糖尿病患者の“生きづらさ”について考える〜医学、社会学、文化人類学、臨床心理学、そして当事者の立場から〜」
2021年12月12日(日)、10:00〜15:00 オンライン開催
https://peatix.com/event/3051955/view
【杉本正毅氏】
バイオ・サイコ・ソーシャル糖尿病研究所代表、東京衛生アドベンチスト病院糖尿病内科勤務。著書に『医師と栄養士と患者のためのカーボカウンティング実践ガイド』(医薬ジャーナル社、2008)、『糖尿病でもおいしく食べる―専門医による美食の提案』(中外医学社、2009)、『2型糖尿病のためのカーボカウント実践ガイド―食品交換表とカーボカウントの連携促進をめざす』(医薬ジャーナル社、2014)がある。