相続税の節税対策をきちんと行うことは重要だ。しかし、それだけでは不十分である。相続税を申告した後にやってくる「税務調査」の怖さを、多くの人は知らない。「税務調査は大金持ちや、脱税をしている人だけが気を付ければいい」という考えでは、突然の税務調査に慌ててしまい、結果として余計に税金を払わされる可能性も出てくる。年間1000件の相続税申告・相談に携わる筆者が、あまり知られていない税務調査の実態を明かす。(税理士・OAG税理士法人資産トータルサービス部部長 奥田周年)
相続税で「マルサ」はやってこない
税務調査で気を付けておくべきポイントは?
そもそも「税務調査」とは、納税者から提出された申告内容が正しいかどうかを税務署がチェックし、不明点や誤っている点などについて確認や是正を求めることを指す。
相続税の税務調査の場合は、被相続人(=亡くなった人)の自宅を税務調査官が訪問し、相続人(遺族)への質問を通じて申告内容が適正だったかを確認することになる。
税務調査というと、多くの人がイメージするのは、「マルサ」と呼ばれる国税局査察部による強制調査ではないだろうか。令状を手にした国税調査官が、早朝5時に突然、自宅にやってきて家の中のあちこちを捜索される……。映画やドラマでこんなシーンを目にしたことがある人もいるだろう。
だが安心してほしい。相続税の税務調査でこのような強制調査になる可能性はほぼない。
税務調査には大きく分けて強制調査と任意調査の2種類がある。強制捜査は、国税犯則取締法に基づき、裁判所の令状交付を受けて国税局査察部が実施するものであり、悪質な脱税などが疑われる場合に行われる。一方、任意調査は国税通則法に基づいて税務調査官が実施するものであり、対象となる納税者の同意を得た上で行われる。
相続税で税務調査が発生しても、基本的には任意調査となる。相続税とは被相続人の財産にかかる税であるため、当事者である被相続人が亡くなっている状態での調査はあくまでも推測の域を出ず、性質的に強制調査はそぐわないからだ。
ただし任意調査といっても、相続人には調査の受忍義務があると法律で定められているため、調査自体を拒否することはできない。
税務調査官が来ても
玄関のドアを開けてはいけない
任意調査は、(1)税務署から申告を担当した税理士事務所へ連絡が入る→(2)相続人と日程の調整→(3)税務調査の立ち合いという流れで行われることになる。
しかしごくまれに、税理士事務所への連絡をすっ飛ばして、相続人のところへ税務調査官が直接訪問してしまうケースがある。
「ピンポン」とチャイムが鳴ったと思ったら「税務署です。税務調査に来ました」と告げられる。すると、多くの人は焦って玄関のドアを開けてしまうのだ。ドアを開けたら最後、調査官はあなたの自宅に入ってきて、一応了解は取るものの調査を始めてしまう。
だが、ここで覚えておいてほしいのは、「突然、税務調査官が訪ねてきても、玄関のドアを開けてはいけない」ということだ。
任意調査である以上、玄関のドアを開けずに、一呼吸おいてこう伝えればよい。
「うちは税理士さんにお願いしていますので、税理士に連絡をしてください」
すると税務調査官といえども強制調査ではないので帰るしかないのだ。国税庁のホームページでも、税務調査の事前通知に関して「調査開始日までに納税者の方が調査を受ける準備などをできるよう、調査までに相当の時間的余裕を置いて行うこととしています」と記載されている。
だが、相続財産に現金が多い場合に、現金を移動されるのを嫌って突然訪問してくる調査官がまれにいるのだ。しかし、そうした行為には応じなくてよい。
「しつこい税務調査」に根負けして
修正申告に応じる人も
相続税の申告は、被相続人の死亡によって相続開始となってから10カ月後までに行わなければならないと定められている。そして、相続税の税務調査は申告後1~2年のうちに税務署から連絡が来るパターンが多い。
税務調査などによってすでに申告した納税額に誤りが判明した場合、申告の誤りを税務当局が正して変更する「更正」か、あるいは申告の誤りを納税者が自主的に訂正する「修正申告」の2通りの対応がある。
更正は税務署の判断による処分なので、課税する根拠が明らかでなければならない。ただ相続税の場合は被相続人が亡くなっているため、現金の行き先が不明なケースなども多くある。本来なら、その現金がどこかに存在するか、あるいは相続人に流れていることが証明できなければ、税務署として更正の処分はできない。
すると税務署はどういう手段に出るか。
相続人などへのヒアリングが何度も行われ、調査が長期戦となるのだ。
相続人は当初、現金の行方に心当たりがないと言っていても、税務調査があまりにも長引いてくると「このくらいの金額で済むのだったら修正申告して終わらせよう」という心境になってしまう。本来、行き先が分からないお金には課税できないのが筋だが、しつこい税務調査に相続人が根負けして、修正申告に応じてしまうことも多い。
こうした「修正申告の慫慂(しょうよう:そうするように誘って勧めること、現在では勧奨という)」と呼ばれる手段を税務署が取ってくるようになったのだ。
税務調査官もその道のプロなので、素人の相続人では対応が難しい。税務調査には税理士を同席させるのがベターだといえるだろう。
余談だが、税務署には管轄エリアがあるため何度も同じ調査官の税務調査を受けることもある。時には、調査官の性格や特徴を踏まえて相手の考え方を先読みした対応も必要だ。
加算税という重いペナルティー
税務調査にどう備えるか
国税庁が発表している相続税の税務調査の統計によると、1件当たりの否認額(申告漏れ財産)の平均は約3000万円になるという。申告漏れの相続財産があると判断された場合には、相続税の追加納付が必要となる。また本来の申告期限から遅れて払うので、その分の延滞税もかかってしまう。
だがそれだけではない。税務調査で指摘された申告漏れ財産については、ペナルティーとして加算税が課せられてしまうのだ。加算税は大きく以下の2種類に分けられる。
(1)過少申告加算税……故意ではないが申告が漏れていた場合。追加納付税額×10%
(2)重加算税……故意に税額を少なく申告した場合。追加納付税額×35%
4000万円の申告漏れがあった場合を例に取ってみよう。
相続税率は条件によって異なるが仮に30%とすると、4000 万円×30%=1200万円で、この1200万円が追加納付税額となる。さらにここに加算税がかかる。
過少申告加算税の場合は1200万円×10%=120万円、重加算税の場合だと1200万円×35%=420万円もかかってしまう(実際には延滞税も加わるが、延滞日数によって税率が異なるため省略)。
こうして見ると、誰しもが税務調査で追徴課税を受ける事態は避けたいと思うのではないだろうか。
近年、相続税への課税の網は強化される傾向にある。従来なら「うっかり漏れていたようなので過少申告加算税ですね」と言われていたケースでも、税務調査官が最初から「重加算税です」と言ってくることが時折見受けられるようになった。
重加算税を課すには、相続人による「財産から除外しました」という一文が根拠として必要だった。だが、そんな一文は誰もが書きたくはない。そのため最近は、税務調査の際に調査官が作成する質疑応答記録書の中に、根拠となるような相続人の発言を記録することで重加算税を課そうとするやり方が増えている。
相続税への課税が強化される中で、税務調査も一段と厳しくなっている。申告の段階から、相続税に精通した税理士と事実を共有して調査に臨むことが、防衛策として今後さらに重要になってくるだろう。