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【日本の名医】訪問診療で大学病院並み医療を提供したい!★「えびす英クリニック」(東京都渋谷区)院長 松尾英男さん(44)

現在の医療提供体制の中に「在宅医療」「訪問診療」という分野がある。寝たきりなどのため外来通院が困難な患者のため、医師が患者の自宅を訪れて診察を行うもので、高齢社会の進展を背景にそのニーズは高まっている。

 JR恵比寿駅からほど近い住宅街にある「えびす英(ひで)クリニック」は、訪問診療専門の医療機関。院長の松尾英男医師は医学部を卒業後、消化器内科医として大学病院などに勤務していたが、「患者の目線で応じられる医療を提供したい」と考え、都内の訪問診療専門クリニックでの修業を経て開業した。

 「大学病院でやっていることは医学としては間違いではない。でも、医学的に正しいことがすべて患者に受け入れられるかといえば、必ずしもそうとは限らない。そんなことを考え悩む中で、この分野に興味を持つようになったんです」

 現在受け持つ在宅患者は110人ほど。渋谷、目黒、港、世田谷などのエリアを巡り、1日の訪問先は平均16軒に及ぶ。急変時は深夜でも駆け付ける、気の抜けない毎日だ。

 「今も鹿児島で開業医を続ける父の姿を見て育ったので、医者という職業はそういうものだと思い込んでいる部分はあるんでしょうね。とはいえ、大変ですよ(笑)」

 病院でも診療所でもない、「患者の自宅」という限られた医療環境で、大学病院並みの医療を提供したい-と考え、在宅医療に熱心な開業医に呼びかけた勉強会を開催するなど向上心はやまない。その診療を待つ患者にとって松尾医師の存在は“命と心の拠り所”なのだ。 

 ■まつお・ひでお 1967年鹿児島市生まれ。94年杏林大学医学部卒業。関東中央病院、杏林大学附属病院を経て2001年より現職。

【日本の名医】えそした足を完全に切断せず機能残す!★佐賀大医学部附属病院(佐賀県佐賀市)形成外科診療教授 上村哲司さん(50)  

「足救済外科(足病外科)」という診療科目を耳にしたことがあるだろうか。糖尿病の合併症などでおきる足の壊疽(えそ)。これを完全に切断するのではなく、組織と機能を温存することを目的とした形成外科領域の一分野だ。

 佐賀大学形成外科の上村哲司医師は、日本における足救済外科の第一人者として知られる人物。

 一口に「足の病」といっても、対象は皮膚、筋肉、骨、神経、血管、そして元にある糖尿病などの基礎疾患、さらには靴の問題など広範囲にわたる。

そこで「キズの治療を専門とする形成外科医が中心になるべき」と考えた上村医師が旗を振り、内科、血管外科、循環器科、あるいは看護師や装具士らに呼びかけ、壊疽した足を切断せず機能を極力残すにはどうしたらいいのか-を話し合う勉強会が始まった。

 糖尿病から壊疽を招いて下腿切断に移行するのは約1%。推定患者数900万人、予備軍を入れると2000万人を超えるとされる糖尿病患者の数を考えると、そのリスクは決して小さくない。

 「日本では足の治療を総合的に教える学問がなく、臨床現場でも形成外科や整形外科、皮膚科などが個別に対応している。“足病専門医”の存在するアメリカとは大違いです」(上村医師)

 状況的に“切断やむなし”のケースもある。

 「それでも切断面積を最小限にし、機能温存のための皮膚移植などを行うには、形成外科医が中心でマネジメントをするのが理想的」と語る上村医師。

 “足救済”という共通の目的に向けた組織横断的な治療を始めて5年。その成果は徐々に浸透し、全国の医療者から注目されている。(長田昭二)

 ■上村哲司(うえむら・てつじ) 1962年福岡県飯塚市生まれ。87年久留米大学医学部卒業。日本赤十字社医療センターで外科研修。89年昭和大学形成外科に入局し、本院並びに関連病院に勤務。途中2年間、豪ロイヤルアデレードホスピタルに留学。2000年より佐賀大学外科学(整形外科)に勤務。04年同大形成外科新設に伴い現職。趣味は生け花。

【日本の名医】美しく自然な“乳房”再建にこだわる★順天堂大医学部(東京都文京区)形成外科教授 水野博司さん(47)

日本では比較的新しい分野とされる形成外科だが、順天堂大学の形成外科は、日本で3番目の歴史を持つ老舗。水野博司医師は、その第3代教授として2年前に赴任した。

 形成外科が対象とするのは全身の皮膚と筋肉、そして骨。水野医師も、頭から足の先まで、さまざまな病態の治療に取り組んでいるが、中でも得意とするのが「乳房再建術」だ。

乳がん治療は近年、医療技術の進歩で乳房温存手術が普及したが、それでもがんの進行状態によっては、乳房の一部、または全部を切除せざるを得ないケースはある。美しく自然な乳房の再建は、患者にとって切実な望みなのだ。

 「当院ではご自身のお腹や背中からの組織の移植、もしくはインプラント(人工埋設物)を使って乳房を再建しますが、手術中は寝た状態だけでなく、麻酔をかけたまま患者の体を起こして、少し離れた所から見比べて微調整をしていく。

縫合にしても、ほんの僅かな糸のかけ方の違いで仕上がりは大きく変わってくる。形成外科医のこだわりが、患者の満足度を左右するのです」

 アメリカでは、幹細胞移植による再生医療の研究をしていた水野医師。患者自身の脂肪から採取した幹細胞を基に、さまざまな組織を再生するこの治療は、乳房再建だけでなく、慢性の傷の治療や歯周病治療などに応用される可能性を秘めた期待の最新医療だ。

 確かな技術を武器にしつつ、視線は近未来を見据える。次代の形成外科への期待が水野医師の肩にかかっている。

 ■水野博司(みずの・ひろし) 1964年愛知県尾張旭市生まれ。90年防衛医科大学卒業と同時に海上自衛隊任官。防衛医大病院、硫黄島医務官、横須賀海自医務室、呉司令部医務衛生幕僚、米UCLA形成外科、自衛隊舞鶴病院に勤務の後に退官。日本医科大学形成外科を経て2010年より現職。趣味はB級グルメと旅行。


【日本の名医】“統合失調症”で高品質医療を提供!★吉祥寺病院院長の塚本一さん(52

JR中央線の三鷹駅から車で10分。調布市と三鷹市の市境近くにある吉祥寺病院。ヨーロッパ風の瀟洒(しょうしゃ)な佇まいが周辺の環境になじんでいる。

 院長の塚本一医師は、父親の設立した同院の運営を任されて14年。さまざまな改革を繰り返し実践することで、現代の患者ニーズに合った精神科病院の在り方を模索してきた。

 ひと口に精神科といっても認知症や薬物依存、アルコール依存症など診療対象は広範囲に及ぶ。そんな中で同院では「統合失調症に特化した病院」という特色を鮮明に打ち出している。

 「例えば統合失調症と認知症の患者が同じ病棟にいると、トラブルが起きやすい。ならば統合失調症に専門特化することで、より高度な医療を提供したいと考えました」と塚本医師。

 発症形態や治療方針の立て方にも個別性が大きいこの疾患には、医師だけでなく病院全体としての取り組みが何より重要になる。そこで塚本医師は、「看護師や薬剤師はもちろん事務職員に至るまで、すべての職員が統合失調症治療のプロとしての自覚と誇りを持てる環境づくり」が必要と考え、改革を進めてきた。

 「退院後の患者さんが地域で暮らしていくには、ゴミ出し一つにもトレーニングが必要です。そんな時、必要に応じて病院職員が患者さんの自宅に出向いて、一緒にゴミ出しをすることで自信を持たせることもある。そのプロ意識には本当に頭が下がりますよ」

 患者だけでなく、家族との関わりも重要視し、診察室や病棟以外でのサポート体制を充実させることで、理想的な治療環境を整備してきた。その結果として、同院が目指す「早期の社会復帰」が実現する割合も高まっているという。

 患者と家族、そして地域に支持される精神科病院の一つの姿として、塚本医師の取り組みが注目されている。

■つかもと・はじめ 1959年東京都生まれ。84年帝京大学医学部を卒業。同大内科に入局し、社会保険中央総合病院に勤務。後に帝京大精神科学教室を経て87年より吉祥寺病院勤

日本の名医】忘れえぬ母への想い…やさしい医療を★京厚生年金病院(東京都新宿区)緩和ケア科部長 川畑正博さん(58)

JR総武線と地下鉄4線が交差する飯田橋駅から徒歩3分の東京厚生年金病院。ここの緩和ケア科部長を務めるのが川畑正博医師だ。

 取材の前に、川畑医師を知る病院内外の数人に「どんな先生?」と訊ねたら、全員が口をそろえて「穏やかでやさしい先生」という答えを返してきた。会ってみると、なるほどその通り。「人格者」という言葉がそのまま当てはまる、人生の最期を託すにふさわしい雰囲気を持つ内科医だ。

 東大工学部から大学院に進んだが、「人と接する仕事がしたい」と考え、医学部に入り直す。医師になってからは主として肝臓疾患の分野で実績を重ねていく。

 そんな中、勤務する現在の病院に緩和ケア病棟が新設されることを知り、自ら手を挙げてこのポジションに就いた。

 「以前、私の母をがんで亡くしたのですが、その時は私自身に緩和ケアの知識がなかったことから、結果として苦痛を伴う検査などもさせてしまった。そのこともあって、患者さんが人生の最期を、可能な限り安楽に過ごすお手伝いをしたいと思うようになって…」

 現在、同院の緩和ケア病棟は17床。しかし、山手線の内側で同病棟があるのは、ここを含めて4施設だけ。圧倒的に受け皿が不足する中、川畑医師にかかる重圧は半端ではない。

休日返上で病院に詰めることも多いが、「苦しむことなく、ご家族に囲まれて安らかに人生を全うされる患者さんを看取ることができると、この仕事を選んでよかったとしみじみ思います」と笑顔を見せる。

 医学は、がんが引き起こす身体的な痛みや苦しみをほぼ確実に取り除けるまでに進歩した。そんな現代だからこそ、治すだけでなく「理想的な最期」をサポートする医師の存在はきわめて重要だ。

 母にしてあげられなかった“やさしい医療”を目の前の患者に-。川畑医師の思いが、これからのがん医療に与える影響は、決して小さくない。 (長田昭二)

 ■かわばた・まさひろ 1953年鹿児島県生まれ。東京大学工学部から同大学院電子工学専攻修士課程、同医学部を経て同大学病院第一内科入局。米ヴァンダービルト大学に留学した他、癌研究会附属癌研究所、東京厚生年金病院内科に勤務し、2003年から現職。医学博士。日本緩和医療学会暫定指導医。趣味は映画と美術鑑賞。


【日本の名医】患者情報の共有で手厚い医療!“尾道方式”生みの親★片山医院院長の片山壽さん(63)

瀬戸内海に面した「しまなみ海道」の起点として知られる広島県尾道市は、医療界では別の面で高い知名度を持つ。

 病院、開業医、在宅医療が濃密に連携することで、患者が主治医を持たない瞬間のない、「切れ目のない医療」を実践する町としての知名度だ。

 「尾道方式」と呼ばれるこのシステムを考案し、定着させたのが、新幹線・新尾道駅近くにある片山医院の院長・片山壽医師。在宅緩和ケアの第一人者としても知られる片山医師が、この方式を導入したのは、同市医師会の会長時代のこと。

 「医師ではなく、患者の視点で考えていった結果、出来上がったのがこのシステム」と片山医師が言う「尾道方式」とは次のようなもの。

 それまで診療所に通院していた患者が、手術など入院を伴う医療が必要になった時、その後診療所での外来通院が可能になった時、さらには通院不可能になり在宅での医療を希望した時-などに、「それまで」と「その後」の医療に関わる全スタッフが一堂に会してカンファレンスを行い、患者に関する情報を完全に共有化し、極めて高度で濃密な医療を自然な形で継続していく仕組みだ。

 「初めは本当にできるのか-という声もありましたが、工夫を重ねることで定着しました。カンファレンスには患者やその家族にも参加してもらうので、お互いにコミュニケーションを深める上でも役立っています」

 片山医師の言う、数ある“工夫”の中でも「カンファレンスは15分で終わらせる」という強固なルールは逆に参加者の意識を高め、常に緊張感のある会合の実現に寄与している。

 「尾道市は全国水準と比較して高齢化率が高い。それだけに、日本の近未来の医療の姿を示す必要を感じていたので…」

 地域医療のモデル都市を牽引する片山医師の挑戦が、日本の医療の将来像に大きな影響を与えるのは間違いない。(長田昭二)

■片山壽(かたやま・ひさし) 1949年広島県尾道市生まれ。東京医科大学を卒業後、同大第三内科入局。済生会川口総合病院勤務を経て、84年より現職。尾道市医師会前会長。岡山大学医学部大学院臨床教授。医学博士。趣味はサックス演奏。

【日本の名医】最高水準の内視鏡治療を後進に 「ESD」の名手★東京医科大学消化器内科准教授・後藤田卓志さん(47)

「もし私が外科手術を受けるなら、自分の病院で受けるだろう。しかし、内視鏡治療を受けるなら、後藤田先生にお願いする」と語るのは、さる一流病院の著名外科医。同業者からこれほど高い信頼を持つ東京医科大学消化器内科の後藤田卓志医師は、日本を代表する内視鏡治療医の一人だ。

 従来、不可能とされた“比較的大きな早期胃がん”を、特殊な電気メスを用いて、分割することなく一括切除する「ESD」とよばれる術式の開発から普及に携わり、その名手としても世界的に知られる。

 国内最高水準のがん治療施設で身に付けた先端技術を引っ提げて母校に凱旋(がいせん)。今度は後輩たちを、より高いステージに上げるための指導と環境作りに力を入れている。

 「僕の期待が彼らに伝われば、それに応えようとして努力する。初めは上司や組織のためであっても、最終的には自分に戻ってきて、自然に伸びるもの」

 その理念の背景には、J・F・ケネディ氏が大統領就任演説で述べた言葉がある。

 「祖国があなたに何をしてくれるのかを訊ねてはならない。あなたが祖国のために何ができるのかを考えてほしい」

 一方で今、大きな興味を持っているのが、医療制度だ。子供たちの世代にツケを払わさないためにも、皆に公平で、無駄のない、そして時代ごとに妥当性のある医療のために、制度上の改善点を臨床医の立場から洗い出していきたいと語る。

 「胃がん検診ひとつとっても無駄が多い。受診者全員にバリウムを飲ませるより、ピロリ菌感染率が低い現代では、血液検査でピロリ菌の有無を調べ、保菌者だけに集中的に胃がん検診を提供したほうが効率的。

現在の日本の医療制度は、祖父母が孫のクレジットカードを無断で使いまくっているのに等しい状態。財政の健全化や次世代にツケをまわさないためにも、医療の費用対効果も避けずに議論していくべき時期にきている」

 高度な医療技術に加えて、研ぎ澄まされたバランス感覚と、国の将来を思う強い気持ちが、日本の医療を、技術と制度の両面から改革していく。(長田昭二)

■後藤田卓志(ごとうだ・たくじ) 1965年東京都生まれ。
92年東京医科大学を卒業し、同内科学第三講座入局。東京慈恵会医科大学消化器内視鏡科研修医を経て、国立がんセンター中央病院消化器内科に勤務。2010年国立国際医療研究センター消化器科医長・内視鏡科長。12年より現職。日本消化器病学会や日本胃癌学会など評議員。医学博士。趣味はテニス。

【同業者が選ぶゴッドハンド医師:心臓編】難手術600回経験

自分が病いを患っても、あるいは家族が病気にかかっても、最高の医師にめぐり会いたいというのが誰しもの本音だ。しかし、医療の素人には誰が名医であるかの情報は極めて乏しい。

「神の手(ゴッドハンド)」を持つ天才外科医は誰なのか。それを知るのは、同業者である外科医だけなのである。今回は【心臓外科医】について聞いた。

 執刀医の手術の技量が最も問われるのが心臓外科医だ。代表的な冠動脈バイパス手術は、心臓の表面にある冠状動脈の根本の血管に別の血管をつなげて血流を改善する手術だが、直径2ミリの血管をつなぐ技術は職人技といわれる。

「どんな細かい血管でもバイパスを繋げる技術の持ち主と評判なのが東京ハートセンターの南淵明宏先生です。天皇陛下の心臓手術の執刀をした天野篤先生も“流れるように美しい手術をする”と絶賛しているほど」(都内大学病院の心臓外科医)

 バイパス手術は中高年男性の突然死の多くを占める狭心症や心筋梗塞の治療として行なわれるが、南淵医師の独壇場といわれているのが、「小切開冠状動脈バイパス手術=midCABG(ミッドキャブ)」。

 わずか8センチ程度の切開により、冠状動脈で一番重要な左前下行枝という部分にバイパスを縫い付ける低侵襲(痛みや出血などが少ない)手術だ。

小さな傷口から心臓が動いたまま行なうため、難しい手術とされる。南淵医師は、この難手術を16年間で600件近く行なっている。

「手術は2時間程度で終了します。患者さんにとっては安全で輸血も必要ない手術ですが、外科医にとってはリスクのある難しい手術で、やっている人は少ないと思います」(南淵医師)

 その南淵医師が尊敬する名医の一人が岡山大学医学部血管外科の佐野俊二教授だ。小児心臓外科医として世界的に知られ、他の病院で見放された患者を数多く救ってきた。

若い時から国内外で修業を積み、特にメルボルン小児病院では世界的に名高い心臓外科医について師事し、毎日4例の心臓手術を3~4時間で次々とこなしていたという。

【日本の名医】“心臓守る”若きエース  大動脈弁狭窄症の“新技術”普及に邁進★慶應義塾大学病院 循環器内科特任講師 林田健太郎さん(37)

「大動脈弁狭窄(きょうさく)症」という病気がある。心臓には4つの部屋があり、この中を血液が通って全身に送り出されるが、その際に逆流しないように「弁」が設けられている。

ところが、動脈硬化などにより、この弁が石灰化し、機能不全に陥ることがある。これが大動脈狭窄症だ。

 慶應義塾大学医学部循環器内科特任講師の林田健太郎医師は、日本における大動脈弁狭窄症に対する「血管内治療」の分野の第一人者。

 本来この疾患は、外科的手術によって弁置換術が行われるのだが、高齢や過去に胸部の手術を経験したなどの理由から、手術ができないケースもある。

その場合、これまでは手の出しようがなかったが、このほど新しい医療技術が健康保険で承認された。血管内からカテーテルを使って人工弁を挿入し、機能不全の弁の内側から装着する技術だ。

 「経カテーテル大動脈弁留置術(TAVI)」とよばれるこの治療は、きわめて高度な技術が求められる。そのため人工弁を開発した企業が制定する指導医によるトレーニングが義務付けられているが、林田医師は日本でただ一人、この「指導医」の資格を持つ。

 「手術が不可能という理由で、命を落としていく人を何人も見てきただけに、うれしいですね」と笑顔で語る林田医師。

 今後は自ら行う血管内治療と、指導医としてのトレーニングの両面での活躍が期待されることになるが、その自覚はある。

 「せっかく承認された技術が、未熟な医療技術のために闇に葬られることだけはしたくない。単に技術を広めるのではなく、安全性を担保した普及に力を注ぎたい」

 37歳の若きエースに、日本人の心臓の未来がかかっている。

■林田健太郎(はやしだ・けんたろう) 1975年、東京都生まれ。2000年、
慶應義塾大学医学部卒業。同大学院進学。04年、足利赤十字病院循環器内科。07年、慶大医学部循環器内科助教。09年、杏林大学医学部第二内科助教。仏・ICPS(パリ南心臓血管研究所)留学。12年、慶大医学部循環器内科特任講師。日本心血管インターベンション治療学会専門医。医学博士。

【日本の名医】“夢の治療法”サイバーナイフの第一人者 ★日本赤十字社医療センター(東京都渋谷区)サイバーナイフセンター医師 野村竜太郎さん(35)

サイバーナイフとは、最新型の定位放射線治療(目標とする病巣のみに放射線を集中照射する治療法)装置の一つ。1990年代前半にアメリカで開発され、97年に日本に初上陸。現在日本各地で導入が進んでいる。

 高度なコンピューター制御によって、周辺の正常組織にはほとんど影響を及ぼさないまま、脳腫瘍などの病変部だけに高線量のエックス線を集中照射できることから、「夢の治療法」として期待される、きわめて画期的な医療技術だ。

 日赤医療センターの野村竜太郎医師は、同院のサイバーナイフ治療における中心的存在。以前は大学病院で血管障害や下垂体腫瘍など、脳外科の手術全般で実績を積んできたが、現在の病院に移ってからは、サイバーナイフ一本で勝負している。

 「脳外科医が放射線治療を行うことを不思議に思う人もいるが、サイバーナイフは従来の放射線治療と違って、極めて手術に近いアプローチで行われる治療。病変を取り巻く周囲の解剖を熟知し、それに応じた繊細な作業が求められ、そこに脳外科での経験が役立つことが少なくない」

 対象としては転移性脳腫瘍が最も多い。歩けなかった人が歩けるようになる、使えなかった利き腕が使えるようになる-など、神経学的な症状をなくして、生活の質を劇的に改善することに、野村医師は少なからぬ自信を見せる。

 そもそも痛みを伴うことなく、短期間の入院(通院)でできるサイバーナイフへの医療ニーズは、超高齢化を背景に急速に高まっている。

 「今後は脳腫瘍だけでなく、頭頚部や全身の腫瘍にも適応範囲を広げていく予定で、すでにその動きは始まっています」

 身体に及ぼすダメージの小さい治療を「低侵襲治療」とよぶが、サイバーナイフはまさに「究極の低侵襲治療」。その普及は医療消費者共通の願いであり、野村医師の挑戦にかかる期待はきわめて大きい。(長田昭二)

 ■のむら・りゅうたろう 1976年東京都生まれ。2003年日本医科大学を卒業後、同大脳神経外科に入局し、関連病院に勤務。10年より現職。脳神経外科専門医、がん治療認定医。医学博士。普段は日赤医療センターにて、毎週土曜日のみ山梨県笛吹市の春日居リハビリテーション病院でサイバーナイフ治療を担当。趣味は「子供と遊ぶこと」。

【日本の名医】うつ病も診られる外科医 吉田勝明さん

がんと認知症。まったく別の疾患だし、診療科も異なるが、この二つの病気をともに背負い込んでいる患者は多い。

 「がんの患者でも認知症があるとがんの治療医から面倒がられる。また認知症を専門に診る精神科病院では高度ながん治療はできない。

そんな行き場所のない患者の受け皿を作りたかった」と語る吉田勝明医師は、元は胸部外科が専門。博士号も胸部外科で取得している。それがなぜ、認知症治療に興味を持ったのか。

 「地方勤務がきっかけ。都心と違って田舎の病院では、何でも診られなければなら

ない。特にがん患者で精神的な悩みを持つ人のウエートは高く、“ジェネラリスト”の必要性を感じたんです」

 あらためて精神科の勉強を始め、“うつ病も診られる外科医”が誕生した。

 「外科と精神科は意外に似ている。外科医はウデで治すが、精神科医は口(言葉)で治す。どちらも医師の体で治す診療科。決して薬がメーンではないんです」

 がんなどの外科治療を終えた認知症患者の受け入れ体制を整える一方、吉田医師がもう一つ力を入れるのがビジネスマンや学生のうつ病治療だ。産業医や学校医として出張カウンセリングを行い、休養が必要な患者は入院治療までカバーする。

 「うつと診断されてしばらく休んでも、復職、復学の状況次第では再発の危険性もある。医師が会社との連携を密にしなければ、理想的な治療はできない」(吉田医師)

 産業医として出向く企業では、単に吉田医師の顔を見るだけで安心するという“元患者”も多い。

 高齢社会とストレス社会-。現代を取り巻く二つの問題点が求める医師像を、吉田医師の柔和な笑顔に見ることができる。(長田昭二)

■よしだ・かつあき 1956年福岡県筑後市生まれ。82年金沢医科大学卒業。88年東京医科大学大学院修了。ナカジマ病院(長野県)、国立がんセンター研究所、会田病院(福島県)、上尾中央総合病院等を経て93年、横浜相原病院を設立し院長。趣味はスポーツ全般と俳句。

【日本の名医】西洋と東洋の融合…患者を苦痛から解放★たくみ内科(東京都板橋区)院長 太組由貴さん(46)  

西洋医学と東洋医学の両面から「症状」を見つめ、どうすれば患者が苦痛から解放されるのかを考えていく-。

 そんな患者本位のプライマリケア(初期診療)をテーマに昨年オープンしたのが、東京・板橋区にある「たくみ内科」。

院長の太組由貴医師は、「医療の窓口役になりたくて、漢方、鍼灸、アロマテラピーなど、人の体に関係のあるあらゆることを学んできました」と語る。“総合医”としての自らの立場を鮮明に打ち出す。

 「医療には色々な部門や役割がある中で、私が担当するのは入り口の部分。診療科のカベを取り払い、患者さんがいま苦しんでいる症状から診断を進め、必要に応じて専門家に紹介するという役割です」

 アメリカでは一般的なホームドクターとしての位置付けだが、日本でこの分野が注目され始めたのは最近のこと。しかし太組医師は学生時代から一貫して総合医をめざして取り組んできた。

 診療の柱になっている漢方もそのひとつ。

 「西洋医学が“病気”から入るのに対して、漢方は“体を見る”ことから診断につなげていく。これは初期診療において、とても役立つアプローチなんです」

 しかし、すべてを漢方で片づけるわけではなく、西洋医学のほうが適していると判断すれば、ちゅうちょせずそちらを選ぶ。要は「西洋と東洋のいいとこ取り」を日々の診療の中で実践しているのだ。

 「生活習慣病の患者には、かなり口うるさく指導しますよ」と笑う太組医師。「頼りになるかかりつけ医」として、その存在感はいま確実に、地域に浸透し始めている。

 ■たくみ・ゆき 1965年東京都世田谷区生まれ。90年日本医科大学卒業。同大付属第一病院(当時)、昭和大学医学部病理学教室、横浜新緑総合病院、横浜市立大学附属市民総合医療センター総合診療科勤務を経て、2011年より現職。現在も毎週水曜日は横浜市大での外来を継続。医学博士。趣味は「年に1度のダイビング」。

【日本の名医】“顔と頭部”修復術のスペシャリスト!★日本医科大学千葉北総病院(千葉県印西市)形成外科部長・教授 秋元正宇さん(50)

事故やケガで病院に運び込まれ、幸いにも一命は取り留めた。当人も周囲もまずは一安心だが、安心は次の欲求を生む。「見た目」だ。

 形成外科とは、ケガや手術によってできた外観上の“異常”を極限まで元の状態に戻すための治療を行う診療科。日本医科大学千葉北総病院の秋元正宇教授は、全身の中でも特に「顔と頭部領域」の修復術で高い実績を持つ形成外科医だ。

 「人の顔は、シワ一本できただけで見た目の表情が違ってくる。そこに生じる苦悩は、時に当人を社会生活から隔絶させることさえある。せっかく命が助かっても、見た目を気にして引きこもったのではもったいないですからね」

 皮膚と骨の複雑な構造を熟知し、その特性を最大限に生かした、きわめて専門性の高い形成外科手術を追求する。

たとえば「切開」ひとつとっても、単にまっすぐに切るのではなく、あえてジグザグに切除してから縫い合わせ方を工夫することで、引きつれのない美しい仕上がりが完成する。秋元医師の指先が織り成すその技は、医療における芸術だ。

 「形成外科医には、『俺がやればひと味もふた味もキレイに仕上げられる』という自負があるものなんです(笑)。だから他科の医師から『助けてくれないか?』なんて頼まれると、頑張っちゃいますね」

 すべての治療が終わった時に、「いい先生に会えてよかったな」と思ってもらえれば満足だという。医師と芸術家の2つの顔を持つ形成外科医は、人一倍の“人情家”でもあるのだ。 

 ■あきもと・まさたか 1961年水戸市生まれ。87年日本医科大学卒業。豪ロイヤルアデレードホスピタル留学を経て、95年日本医大形成外科講師。96年同大千葉北総病院形成外科部長、99年同大形成外科助教授、2002年同教授。03年より同院医療情報室長を兼務し現在に至る。趣味は電気工作とサックス。

【日本の名医】効果的で安全性高い“てんかん”治療に心血★日本医科大学武蔵小杉病院(川崎市中原区)脳神経外科講師 太組一朗さん(46)

「てんかん」の国内患者数は約100万人。対して、てんかん専門医の数は全国で400人ほど。医療提供体制の充実が急務だ。その中で、脳神経外科医の立場から積極的なてんかん治療に力を入れるのが、日本医大武蔵小杉病院の太組一朗医師。

 「効果と安全性に優れた治療法はあるのに、日本では専門知識を持つ医師の少なさから、本来の成果が出しきれていないのが実情。手術で治るてんかんがあることさえ知られていない。

これを改善すれば、てんかん患者を巡る環境は大きく改善するはず」と語気を強める。

 特に太組医師がいま力を入れているのが、「てんかん医療過疎地」における医療技術向上に向けた取り組みだ。2カ月に1度、沖縄赤十字病院で行う「てんかん専門医外来」では、同院の脳神経外科医と神経内科医に、川崎から出張する太組医師が加わり、3人の医師が合同で1人の患者を診察。各自の専門性を生かした問診を行い、3人の意見交換の上で治療計画を立てる。

 「沖縄はてんかん専門医が特に少なく、かといって簡単に患者を本土に呼ぶわけにもいかない。この取り組みで、沖縄県内の患者の利便性向上だけでなく、沖縄の地域医療に従事する国内すべての医師にてんかん治療に興味を持ってもらうきっかけになれば」と抱負を語る。

 本拠地の武蔵小杉でも、難治てんかんに対する外科本業の手術で実績を上げる一方、てんかん診断用の24時間ビデオ脳波計付き病室など設備の充実を図り、首都圏におけるてんかん治療の中核病院としての整備を進める。

 てんかんについての正しい啓蒙活動と、医療者に向けた治療技術の普及をめざして心血を注ぐ太組医師。患者と家族にとって、これほど心強い存在はいない。 (長田昭二)

 ■たくみ・いちろう 1965年東京都武蔵野市生まれ。92年日本医科大学を卒業し、同大脳神経外科入局。同大付属病院、海老名総合病院、松江病院(東京・江戸川区)、米メイヨークリニック、同シーダーズサイナイメディカルセンター等を経て2009年より現職。脳神経外科専門医、てんかん専門医。医学博士。趣味はウッドベース演奏と水泳。

【日本の名医】豊富な症例と高度技術もつ心臓血管外科医★JR東京総合病院(東京都渋谷区)心臓血管外科部長 鎌田聡さん(53)  

JR新宿駅と代々木駅のほぼ中間にあるJR東京総合病院。ここの心臓血管外科部長としてこの1月から赴任した鎌田聡医師は、冠動脈バイパス手術だけでも1000例以上という豊富な症例を持つ心臓血管外科医だ。

 内科医を父に持ち、自身も循環器内科医を志望していた。しかし医学部卒業前に「一番厳しいところを経験しておいたほうが将来役に立つだろう」と考え、心臓血管外科の門を叩いた。

 「想像はしていましたが、あまりの厳しさに眠れない日が何日も続きました。10年間は戦争のような日々でしたね」と当時を振り返るが、その10年でしっかりと基礎を叩き込んでいた。

 心臓外科の名門として知られる榊原記念病院から声をかけられ、ここで症例数を一気に増やした。

 年功序列を旨とする大学では、若手にはなかなか執刀するチャンスが回ってこないが、鎌田医師は外に出て修行したことで、一番の伸び盛りに経験を増やすことができた。

 「1年間の手術件数は一般的な病院の10-20倍。ここで7年間、術者として手術を経験できたことが自信になったのは間違いないですね」

 もう1つ、鎌田医師のスペシャリティがある。大学院では、人工心肺の手術前に抗凝固剤を使うことで術後の血栓発生を防ぐ研究で学位を取った。そのため、日頃から抗凝固剤を使っている患者の緊急手術などでも、比較的出血量を少なく済ますテクニックが身に付いているのだ。

 現在の病院では、心臓血管外科のスタッフがそろう3月頃から、本格的に手術を始める予定。第一線で鍛えた高度な技術が、この春、代々木で花開く。(長田昭二)

 ■かまた・さとし 1958年北海道生まれ。84年聖マリアンナ医科大学を卒業し、同大第三外科入局。86年同大学院に進み90年修了。同大学病院、国立小児病院(現・国立成育医療研究センター)、湘南中央病院、横浜市西部病院、榊原記念病院、関東中央病院等に勤務し、2012年より現職。医学博士。趣味はゴルフ(シングル)。

【日本の名医】呼吸器疾患に立ち向かう岩田医師 胸腔鏡で地方に最先端医療を★岐阜大学医学部附属病院呼吸器外科・臨床教授岩田尚さん(47)

「なぜ呼吸器外科を選んだかと聞かれても、カッコイイ答えはないんです。ただ地方の医療のレベルアップに、少しでも貢献したい気持ちはありました」

 と語るのは、岐阜大学大学院医学系研究科高度先進外科学分野准教授で同大附属病院呼吸器外科・臨床教授の岩田尚医師。

 肺がんに代表される呼吸器疾患に、侵襲(患者の受ける身体的ダメージ)が小さく、効果と安全性の高い医療技術で立ち向かう外科医だ。

 生まれてから現在まで、大阪とアメリカに留学していた数年間を除き、すべての時間を故郷の岐阜で過ごしてきた。

 「病院の数が多い大都市であれば、それぞれが専門性や特性を打ち出せる。しかし、地方は病院が少ない。だからといって、医療水準が低くていいという理由にはならない。その地域で暮らす人たちが安心して受けられる最先端医療を、地域内で提供するのが本来の地域医療。地方大学はその役割を果たさなくてはならない」

 学会などを通じて知り合った他大学の医師との情報交換を密に、最新情報の収集を怠らない。

 そんな岩田医師が取り組むのは、胸腔鏡や手術支援ロボットを使った低侵襲の外科手術。胸に開けた数カ所の小さな穴からカメラと手術器具を挿入し、カメラが映し出す映像を見ながら行うため、開胸手術と比べてダメージが小さく、術後の回復も格段に早い。

 ホームグラウンドの大学病院だけでなく、要請があれば県内各地の病院に出向き、出張手術も行う。まさに”ブラックジャック”だ。ただ、こうも言う。

 「胸腔鏡手術が目的になってはいけない。医師が無理をして、デメリットを被るのは患者。そう考えれば決して背伸びはできないし、すべきではない」

 岩田医師の患者に、91歳で肺がんの手術をした男性がいる。元気に回復して現在97歳。近く岩田医師の外来を訪れる予定だ。

 「久しぶりに顔を見るのが楽しみなんです(笑)」

 心の通う高度医療。その真の姿が岐阜にある。

■岩田尚(いわた・ひさし) 1964年岐阜県生まれ。89年岐阜大学医学部を卒業し、同第一外科入局。
93年同大学院修了後、岐阜赤十字病院に勤務。94年岐阜大学医学部第一外科帰局。同年米・南カリフォルニア大学留学。97年岐阜大に戻り、2009年より現職。日本胸部外科学会、日本呼吸器外科学会評議員。日本外科学会代議員。医学博士。趣味は水泳とダイビング。

【日本の名医】「痛風」治療法を国内外に発信 尿酸代謝を管理し発作予防

健診を受けるたび、あるいは酒飲みの間では、たびたび話題にあがる病気「痛風」。血中尿酸値が高いまま放置された、成れの果ての病態だ。その名の通り「風が吹いただけでも関節が痛む」ことは知っていても、どこに行けば、どんな治療が行われるかを詳しく知る人は意外に少ない。

 藤田保健衛生大学医学部講師の田中郁子医師は、この痛風をはじめ、リウマチや骨粗鬆(こつそしょう)症など、膠原(こうげん)病や“骨・関節”に関係する疾患治療に取り組む医師として、国内外に知られる存在だ。

 「痛風を放置した結果、痛風腎となり人工透析が必要になることもあります。しかし痛風・高尿酸血症の治療の進め方を、患者サイドが知らないだけでなく、医療側にも熟知した医師が少ないんです」と田中医師。

 医学部を卒業後、複数の大規模病院で内科医として臨床経験を積み、満を持して大学院に進んだ。かねてから興味のあった“骨・関節疾患”を中心に研究を開始。多くの業績を残し、診療の基準とされる学会のガイドライン策定などにも関わった。近年では痛風治療に対する思いも強い。

 「健診で尿酸値が高いと指摘されても、多くの方が無症状を理由に放置しているのが実情です」

 加えて、関節痛などの発作時だけの対処法に終わっているケースも少なくないと指摘する。

 「尿酸が沈着して起きる痛風発作は、日頃から尿酸代謝を管理し、発作予防をしながら治療していきます。近年、新薬も開発されており、正しい治療を続ければ、十分コントロールできます」

 現在は、大学で後進の指導にあたる一方、名古屋市内の専門クリニックで臨床医として活躍。国内外の学会にも出席し、最新情報の発信と収集に余念がない。

 臨床医、研究者、教育者の3つの顔を効果的に融合し、痛風治療の新しい風を、名古屋から全国に送り込む。 (長田昭二)

■田中郁子(たなか・いくこ) 1963年、愛知県生まれ。藤田保健衛生大学医学部を卒業。東京済生会中央病院などに勤務後、藤田保健衛生大学大学院修了。医学博士。現在、同大医学部臨床検査科講師の一方、名古屋市中村区の「名古屋膠原病リウマチ痛風クリニック」(http://nr-clinic.com)顧問として外来診療にあたっている(要予約)。趣味はバイオリン演奏。


【日本の名医】顔面けいれん専門の希少な脳神経外科医★日本医科大学千葉北総病院脳神経外科の講師、梅岡克哉さん(42)

顔面に突如として電気を流されたような激痛が走る「三叉(さんさ)神経痛」。顔の表面が自分の意思とは無関係にピクンピクンと動き出す「顔面けいれん」。

千葉県印西市にある日本医科大学千葉北総病院の梅岡克哉医師は、この二つの疾患治療を専門とする、国内でも数少ない脳神経外科医だ。

 「顔面けいれんや三叉神経痛は生命に関わる病気でないため、外来などでも意外と軽視されやすいんです。でも患者さんの症状はとてもつらい。それを理解し、治療してあげたい。生活の質を改善させてあげたいと思うようになって…」

 人間の脳は、構造こそ同じでも、微妙な個人差がある。本来離れているはずの血管と神経が当たっていると、それだけで神経が刺激を受けてしまうことがある。これが三叉神経痛や顔面けいれんを引き起こす原因だ。梅岡医師の得意とする手術は、その位置を外科的に修正するもの。

 「このあたりは重要な神経が集中しているので、わずかなミスで聴力を失うなどの重大な合併症を招きかねない。脳外科医の本音としては、命に関わる病気でないため、積極的に手を付けたいとは思わない場所なんです」

 それだけに、この病気を専門とする梅岡医師にかかる患者の期待は大きい。最も遠方の通院患者は沖縄から来る。

 この病気を専門とする医師が少ないことは、正確な診断を困難にもする。群発頭痛や額関節症と誤診されて苦しんでいる人も少なくない。たとえ正しい診断がされても、数ある治療法の中から最適の治療を選択するためには、高度な医療判断が求められる。

 「自分自身の勉強と並行して、後進の指導にも力を入れたいんです」

 梅岡医師の言葉は、この病気で苦しむ全国の患者の願いでもあるのだ。(長田昭二)

 ■梅岡克哉(うめおか・かつや) 1970年山口県周南市生まれ。96年日本医科大学を卒業し、同大脳神経外科入局。同大附属病院、虎の門病院、三井記念病院などを経て2000年より現職。脳神経外科専門医、脳卒中専門医、医学博士。趣味は海釣りと草野球。

【日本の名医】救急銀座を支える“コンビニ医療” 日本人向けインプラント基盤作りも★筑波メディカルセンター病院リハビリテーション科診療科長 上杉雅文さん(48)

筑波研究学園都市のほぼ中央に位置する筑波メディカルセンター病院は病床数413、25の診療科と24時間対応型の救命救急センターを備え、県南部を代表する基幹病院として地域医療に貢献している。

ここのリハビリテーション科長を務める上杉雅文医師は、「患者の求めに応じて何でも診る」をモットーに掲げる整形外科医。

 専門性重視の日本の医療界では、同じ整形外科の中でも細分化が進んでいる。

しかし、患者は医師の専門に合わせてケガするわけではない。上杉医師はそこでの柔軟性を重視し、脊髄損傷、骨盤骨折、血行再建という、救急に求められる領域をカバーすべく実績を重ねてきた。

 「これらの外傷は、短時間で医師が決断し、手を下さないと命に関わるもの。僕のような“何でも屋”が必要な場面は確実にあるし、特にここはそうした症例が多く集まる病院なんです」

 そう語るように、同院は年間5000件を超える救急車を受け入れ、ドクターヘリも週平均3~4回は飛来する救急銀座。上杉医師の存在感は当然、大きくなる。

 そんな超多忙な一方で、学究肌の一面もある。整形外科領域で用いられる医療材料は欧米人の骨格を元にして作られており、日本人をはじめとするアジア人の体格とは微妙に異なる。

そこで上杉医師は、日本人向けのインプラント作りに向けて、基盤開発に向けたデータ収集にも取り組んでいる。

 自らの医療を“コンビニ医療”と謙遜する上杉医師。しかし、医療に対する患者の需要も、一般消費者同様、百貨店からコンビニへとシフトしているのも事実なのだ。 (長田昭二)

■上杉雅文(うえすぎ・まさふみ) 1965年、千葉県生まれ。
92年、筑波大学卒業。同大整形外科に入局。筑波大学大学院、米・ブリガムアンドウイメンズ病院、高萩協同病院を経て、2002年から現職。日本整形外科学会整形外科専門医、同脊椎脊髄病医、日本体育協会スポーツ医。医学博士。趣味はトライアスロン。

三つ星精神科はどこ? 「見える化計画」医師選びに指標

 精神科医療機関の中には、患者をきちんと治すところもあれば、かえって悪化させるところもある。治療技術が劣る精神科を受診してしまったがために、不適切な治療で病状が悪化し、自殺に至ったと思われるケースさえある。

 確かな検査法があり、診断や治療の指針が整った外科、内科などの一般診療科と比べ、精神科は明らかに医師の技術差が大きい。受診する医療機関によって、回復度が大きく変わってしまうのだ。

では、どこを受診すればいいのか。NPO法人地域精神保健福祉機構が進める「精神科医療機関の見える化計画」は、医師選びに悩む患者、家族にとって有益な指標になるかもしれない。

◇患者が精神科を評価する

 この計画は、精神科に通院する患者たちが、各医療機関(対象約3500施設)の診療内容を25項目(医師の態度、治療の見通しや副作用の説明、薬の種類など)にわたって評価し、結果を一覧表にしてインターネットサイトに掲示する取り組みが中心となっている。

星の数で評価を示し、多くの項目で平均点よりも高い評価を得た医療機関は、病院名の横に三つ星が付く。大規模な患者アンケート調査と集計作業を経て、2015年11月に公開に至った。

取り組みの経緯などは、8月25日の朝刊連載・医療ルネサンス「心の健康を守る」などでいち早く記事にしているのでご覧いただきたい。

 私は、患者アンケート作成前から、評価項目などについての意見を求められ、「精神医療を良くしたい」という関係者の熱意と努力を直(じか)に感じることができた。今後は患者アンケート調査を継続するほか、評価に対する意見などもサイトに掲載し、情報を充実させていくという。

 2015年12月以降、各医療機関の項目ごとの詳しい評価を見るには、有料会員登録(賛助会員年会費5000円。月刊誌「こころの元気+」も郵送される)が必要になったのは残念だが、データ集計や管理にかかる費用を考えると、仕方がないのだろう。

アンケートの回答やサイトへの書き込みも、身元が分かる会員に限る(個人情報は公開されない)ことで、医療機関の自作自演など、ヤラセ情報を防ぐ狙いもある。ただ、現状では困難でも、将来は閲覧のみの月額会員などを設け、より多くの人が詳細な結果を見られる仕組みを期待したい。

◇再診の3割が診察5分未満?

 アンケート調査の回答から、精神科診療の問題点も明瞭になった。例えば診察時間。11月上旬までに集まった1214人分の回答集計で、再診患者の29%は、平均5分未満の診察しか受けていないと感じていることが分かった。

診察時間をその都度、正確に計る患者が多いとは考えにくく、あくまで感覚的な時間ではあるが、5分未満と答えた患者の多くは、その短さに不満を抱いている可能性がある。

 精神科の外来診察(通院精神療法)は精神科治療の基本で、対話によって患者の症状や生活上の問題を探り、回復に導く。通院精神療法の診療報酬は、30分未満3300円、30分以上4000円。条件による加算もある。

精神科医療機関のほとんどが請求しているとみられるが、あまりにも短い診察では患者の現状すら把握できないので、費やした時間が5分未満だと算定できない。ところが、3割もの患者が「5分未満」と回答しているのはどうしたことか。5分未満の診察で、通院精神療法の診療報酬を請求している医療機関がかなりあるのだろうか。

 この調査では、1か所の医療機関で薬を4種類以上処方される患者が54%に上ることも分かった。また、精神科の診断は、抑うつなどの症状を引き起こす体の病気がないことを確認した上で行うのが原則だが、初診時に、そうした身体疾患に関する質問をされていない患者が84%に上ることも分かった。

 地域精神保健福祉機構専務理事の島田豊彰さんは「極端に短い診察は、過剰投薬や誤診を招きやすい。不正な請求の可能性もあるため、厚生労働省にデータを持参し、調査を求めたい」としている。

 以前から指摘されつつも、放置され続けた精神科外来の様々な問題が、患者視点の「見える化計画」によって具体的な数値として浮かび上がってきた。患者の声が、精神医療を変える日は近いのかもしれない。

三つ星精神科はどこ? 「見える化計画」医師選びに指標

 精神科医療機関の中には、患者をきちんと治すところもあれば、かえって悪化させるところもある。治療技術が劣る精神科を受診してしまったがために、不適切な治療で病状が悪化し、自殺に至ったと思われるケースさえある。

 確かな検査法があり、診断や治療の指針が整った外科、内科などの一般診療科と比べ、精神科は明らかに医師の技術差が大きい。受診する医療機関によって、回復度が大きく変わってしまうのだ。

では、どこを受診すればいいのか。NPO法人地域精神保健福祉機構が進める「精神科医療機関の見える化計画」は、医師選びに悩む患者、家族にとって有益な指標になるかもしれない。

◇患者が精神科を評価する

 この計画は、精神科に通院する患者たちが、各医療機関(対象約3500施設)の診療内容を25項目(医師の態度、治療の見通しや副作用の説明、薬の種類など)にわたって評価し、結果を一覧表にしてインターネットサイトに掲示する取り組みが中心となっている。

星の数で評価を示し、多くの項目で平均点よりも高い評価を得た医療機関は、病院名の横に三つ星が付く。大規模な患者アンケート調査と集計作業を経て、2015年11月に公開に至った。

取り組みの経緯などは、8月25日の朝刊連載・医療ルネサンス「心の健康を守る」などでいち早く記事にしているのでご覧いただきたい。

 私は、患者アンケート作成前から、評価項目などについての意見を求められ、「精神医療を良くしたい」という関係者の熱意と努力を直(じか)に感じることができた。今後は患者アンケート調査を継続するほか、評価に対する意見などもサイトに掲載し、情報を充実させていくという。

 2015年12月以降、各医療機関の項目ごとの詳しい評価を見るには、有料会員登録(賛助会員年会費5000円。月刊誌「こころの元気+」も郵送される)が必要になったのは残念だが、データ集計や管理にかかる費用を考えると、仕方がないのだろう。

アンケートの回答やサイトへの書き込みも、身元が分かる会員に限る(個人情報は公開されない)ことで、医療機関の自作自演など、ヤラセ情報を防ぐ狙いもある。ただ、現状では困難でも、将来は閲覧のみの月額会員などを設け、より多くの人が詳細な結果を見られる仕組みを期待したい。

◇再診の3割が診察5分未満?

 アンケート調査の回答から、精神科診療の問題点も明瞭になった。例えば診察時間。11月上旬までに集まった1214人分の回答集計で、再診患者の29%は、平均5分未満の診察しか受けていないと感じていることが分かった。

診察時間をその都度、正確に計る患者が多いとは考えにくく、あくまで感覚的な時間ではあるが、5分未満と答えた患者の多くは、その短さに不満を抱いている可能性がある。

 精神科の外来診察(通院精神療法)は精神科治療の基本で、対話によって患者の症状や生活上の問題を探り、回復に導く。通院精神療法の診療報酬は、30分未満3300円、30分以上4000円。条件による加算もある。

精神科医療機関のほとんどが請求しているとみられるが、あまりにも短い診察では患者の現状すら把握できないので、費やした時間が5分未満だと算定できない。ところが、3割もの患者が「5分未満」と回答しているのはどうしたことか。5分未満の診察で、通院精神療法の診療報酬を請求している医療機関がかなりあるのだろうか。

 この調査では、1か所の医療機関で薬を4種類以上処方される患者が54%に上ることも分かった。また、精神科の診断は、抑うつなどの症状を引き起こす体の病気がないことを確認した上で行うのが原則だが、初診時に、そうした身体疾患に関する質問をされていない患者が84%に上ることも分かった。

 地域精神保健福祉機構専務理事の島田豊彰さんは「極端に短い診察は、過剰投薬や誤診を招きやすい。不正な請求の可能性もあるため、厚生労働省にデータを持参し、調査を求めたい」としている。

 以前から指摘されつつも、放置され続けた精神科外来の様々な問題が、患者視点の「見える化計画」によって具体的な数値として浮かび上がってきた。患者の声が、精神医療を変える日は近いのかもしれない。

女性が好きな水はこれだ!1位「ボルヴィック」―軟水の方が人気

ミネラルウオーターもずいぶん普及して、最近ではウオーターサーバーを自宅に設置している人も増えているとか。水の好みもいろいろありますよね。今回は、女性523人に好きなミネラルウオーターについて聞きました。

■女性が好きなミネラルウオーターブランドTop5

第1位 ボルヴィック 73人(14.0%)
第2位 い・ろ・は・す 65人(12.4%)
第3位 エビアン 64人(12.2%)
第4位 南アルプスの天然水 25人(4.8%)
第5位 クリスタルガイザー 23人(4.4%)
同5位 アサヒ おいしい水 六甲 23人(4.4%)
以下順位略

1位はヨーロッパ産のボルヴィックでした。6ブランドのうち、3本が海外産です。

ところで、水のタイプには「硬水」と「軟水」がありますね。

●硬水
カルシウムイオンやマグネシウムイオンが多量に含まれている、硬度の高い水です。ミネラル分が多いため、癖のある味になるといわれます。

●軟水
硬水とは逆に、カルシウムイオンやマグネシウムイオンがあまり含まれていません。まろやかな味なのが特徴とされます。

それぞれ上記のような特徴がありますが、女性は硬水と軟水、どちらが好きなのでしょうか?

■Q.女性に質問です。あなたは「硬水」「軟水」のどちらが好きですか?

硬水 38人(7.3%)
軟水 205人(39.2%)
どちらでも良い 280人(53.5%)

硬水が好きな人はとても少なく約7%しかいません。比べて軟水は約4割の人が支持しています。まろやかな味が女性にアピールするのでしょうか。ちなみに、人気第1位のボルヴィックは、ヨーロッパ産の水にしては珍しい軟水です。人気の理由は軟水のためかもしれません。

硬水、軟水、それぞれを支持する理由を聞きましたので、回答をご紹介します。

●硬水を飲む理由は「ダイエット」
飲みやすいのは軟水だけど、ダイエットしているので硬水を多く飲むようにしています。(東京都/女性/40歳)

硬水はダイエットに効果がある、といわれますものね。

●硬水を飲む理由は「ミネラル」
ミネラルなどが軟水より多く含まれているから。(東京都/女性/29歳)

ミネラル分を豊富に含んでいるのが魅力です。

●軟水を飲む理由は「飲みやすさ」
硬水は飲みにくい。体にはいいかもしれないが、続かない。(大阪府/女性/31歳)

まろやかな飲み口が軟水を支持する理由という人は他にも多数でした。

●軟水を飲む理由は「調理のしやすさ」
やっぱり日本人の口に合うと思うから。あと、料理に使いやすい。(埼玉県/女性/25歳)

軟水の方が調理に向いているといわれます。

ミネラルウオーターにもそれそれ好きな味があることが分かりました。あなたは、どんなミネラルウオーターが好きですか? 「硬水」「軟水」では、どちらを飲みますか?

【日本の名医】健康&ビジネスに美しい口元を 全身症状との関連視野に診療★トルナーレデンタルクリニック歯科・矯正歯科院長 龍信之助さん(43)

東京メトロ・半蔵門線水天宮前駅から徒歩5分。超高層ビル「トルナーレ日本橋浜町」の2階にある「トルナーレデンタルクリニック」は、欧米型の最新の歯科技術を導入し、徹底した患者目線の診療にこだわる歯科クリニック。

 龍信之助院長は、歯学部を出る前に法学部を卒業したという異色の歯科医師。それだけに、従来の歯科医にはない“消費者感覚”に強いこだわりを見せる。

 「例えば“審美歯科”というと、多くの人は見た目だけをキレイにする治療というイメージを持ちがちですが、これは全くの誤り。歯並びを整えることで歯の清掃効率を高めることができる。総合的な口腔(こうくう)衛生の向上を目指した治療なんです」

 このような“歯科”に対する日本人の誤解は少なくない。それを解き、歯科に対する正しい認識を持ってもらうことが、開業の最大の目的だという。

 特に小紙読者の大半を占めるサラリーマンには、強い思いがある。

 「口元が汚いだけでビジネスの範囲が大幅に狭められる欧米人は、歯のメンテナンスを欠かしません。一方、日本人はここが非常に無頓着。“歯医者は痛くなってから行くところ”というイメージでしかない点で、国際的に大きく遅れていると言わざるを得ない。

“歯医者を上手に使う”意識を持てれば、80歳で20本どころか、すべての歯を健康に保たせることだって可能なのです」

 口腔外科、麻酔科で実績を重ねてきたことから、歯科診療だけでなく、その先にある全身症状との関連を視野に入れた診療に力を入れる龍院長。

 2020年五輪を開催する国際都市に暮らす者として、恥ずかしくない口元を持ちたいものだ。 (長田昭二)

■龍信之助(りゅう・しんのすけ) 1970年、東京都生まれ。
日本大学法学部を卒業後、同大歯学部に入学。2001年、卒業。慶應義塾大学医学部歯科口腔外科研修を経て同大医学部麻酔科学大学院。06年、医療法人社団RMDCCトルナーレデンタルクリニック歯科・矯正歯科(http://www.rmdcc.com/)を開設し院長に就任。現在、神奈川歯科大学非常勤講師などを兼務。趣味はゴルフ、旅行、ダイビング。

【日本の名医】膀胱がん治療のスーパードクター 鳶巣賢一先生

鳶巣賢一先生のプロフィール・実績等の紹介

(プロフィール)
1982年京都大学医学部卒
1982年京都大学医学部付属病院泌尿器科研修医
1983年滋賀成人病センター泌尿器科医員
1985年国立がんセンター病院泌尿器科医員
1988年国立がんセンター病院泌尿器科医長
1999年国立がんセンター中央病院総合病棟部長
2002年静岡県立静岡がんセンター院長

(所属学会)
日本泌尿器科学会
日本癌治療学会
日本癌学会 
日本内視鏡外科学会

(実績その他)
がんのエキスパートと言われる、国立がんセンター名誉院長「海老原敏」氏をして、‘患者と徹底的に話をし、納得のいく治療を提供する。手術がうまく、人格的にも優れた立派な医者’と言わしめた、泌尿器がん治療のスペシャリストです。

QOLを考慮した代用膀胱(尿道を残すことができた人に行える方法で、腸の一部で代用(新)膀胱を作り、ここに尿管と尿道をつなぐ)の開発で注目されています。早期発見・早期治療がかなわず、根治が不可能な場合でも、病気をただの疾患として捉えるのではなく、病気を患ったその人の人生の問題と捉えて診療を行っています。

(治療に関する考え方・ポリシー)
~共同通信社「健康ワンポイント」ホームページより抜粋~
前立腺がんには、さまざまな治療法があります。特に最近増えたといわれる、病巣がまだ小さい、早期の前立腺がんの場合にはさまざまな治療法があり得るんですね。
 
例えば、全部前立腺を取り出してしまう全摘手術ですね。
これが第一に普通はお医者さんが提案してくると思うんです。しかしそれ以外に、最近は放射線治療といって切らずに直す。そういう治療法がかなり進歩してきています。

それから昔からあるホルモン療法というんですが、お薬を使って前立腺がんを抑えていく。さらにですね、もしも病巣が非常に小さくて、そういう場合にはしばらくは何もしないで様子を見てみましょうかという選択肢すら出てくるんですね。

また、ホルモン療法の場合、もし、お薬でうまく人生を渡り切ろうと思って考えていても、お薬を飲み続けるということは体のホルモンバランスを完全に崩してしまった状態を何年も続けるということですから、それが原因で別の例えば、心筋梗塞(こうそく)とか脳梗塞のような、そういう病気が増えるという傾向もありますから、治療するということは常に何らかのリスクをしょい込むということになるんですね。

かたや、がんは、もしかしたら非常にゆっくり進行してなかなかそのがんでは亡くならないかもしれないという状況でもしあるとしたら、何もしないというのは、もしかしたらそれが一番得をする選択枝かもしれないということもあり得るわけですね。

ただし、その場合には、先日もお話ししたPSAの数値を定期的に追い掛けて病状の変化を確認しておくことが非常に重要です。

(科学理論に基づいて開発された抗がん漢方薬について)
がんの治療技術は日進月歩の勢いで進歩していますが、それでも引き続き、がんは命にかかわる重大な病気であり続けています。

がんと闘う多くの方々は、手術治療・放射線治療・抗がん剤治療の3大療法の他、第4の治療法とも言われる免疫療法など、完治に向けた様々な努力を行っています。こうした中、世界の医学界が「新しいがん治療」と注目しているのが「中西医結合医療」です。

「中西医結合医療」とは、西洋医学の診断や手法、治療も取り入れ、中医学(漢方医学)の治療を中心として施すという新しい医療モデルです。「中西医結合医療」は、特効薬を見出せないでいるがん治療の分野において、近年新しい治療戦略として、中国のみならず、 欧米や日本でも注目されています。


【日本の名医】腎臓がん治療のスーパードクター 木原和徳先生

木原和徳先生のプロフィール・実績等の紹介

(プロフィール)
1977年年東京医科歯科大学医学部卒

(専門)
泌尿器科、特に泌尿器がん、ミニマム創内視鏡下手術

(実績その他)
腎臓がんの手術術式は「開放手術(開腹手術)」「腹腔(ふくくう)鏡手術」「ミニマム創内視鏡下手術」の3通りありますが、この中のミニマム創手術を開発したのが東京医科歯科大学医学部付属病院(東京・文京区)泌尿器科の木原和徳教授です。

ミニマム創手術は、腹部を5~6センチ程度、1カ所切開し、摘出した臓器を取り出す切開創のみで、ガスを使わない体に優しい手術です。

切開創から内視鏡を患部に挿入し、モニターと肉眼を併用しながら安全に手術を行います。患者への負担を最小限におさえるための画期的な手術法を開発した木原先生は、、国内外から高い評価を得ています。

(腎臓がん治療に関する考え方・ポリシー)
~「東京医科歯科大学医学部付属病院」ホームページより抜粋~東京医科歯科大学泌尿器科学教室では、泌尿器科の世界的な重要課題に対して、「目の前の患者さんと社会に、直接役立つ、実践的な新医療を開発すること」を目指しています。

泌尿器科の各領域において世界標準の泌尿器科診療を、患者さん中心に行ないつつ、世界に貢献できる新医療の開発・改良に向けて努力しています。

(科学理論に基づいて開発された抗がん漢方薬について)
がんの治療技術は日進月歩の勢いで進歩していますが、それでも引き続き、がんは命にかかわる重大な病気であり続けています。

がんと闘う多くの方々は、手術治療・放射線治療・抗がん剤治療の3大療法の他、第4の治療法とも言われる免疫療法など、完治に向けた様々な努力を行っています。

こうした中、世界の医学界が「新しいがん治療」と注目しているのが「中西医結合医療」です。「中西医結合医療」とは、西洋医学の診断や手法、治療も取り入れ、中医学(漢方医学)の治療を中心として施すという新しい医療モデルです。

「中西医結合医療」は、特効薬を見出せないでいるがん治療の分野において、近年新しい治療戦略として、中国のみならず、 欧米や日本でも注目されています。

【日本の名医】舌癌(舌がん)治療のスーパードクター 鎌田信悦先生

鎌田信悦先生のプロフィール・実績等の紹介

(プロフィール)
1970年北海道大学医学部卒
北海道大学非常勤講師
東邦大学医学部客員教授
韓国高麗大学客員教授
2005年国際医療福祉大学三田病院副院長

(実績その他)
鎌田信悦先生は早くから頭蓋底手術に取り組み、鼻副鼻腔癌の頭蓋底浸潤症例や嗅神経芽細胞腫などの進行がんに対し、頭蓋底手術を積極的に行っています。1982年以来、多数の頭蓋底手術を経験する中で、手術手技に様々な工夫をこらし、安全な術式に育て上げてきました。

顔面・頭部の最も深い部分を扱う頭蓋底手術は、当然ながら大変難しく、脳・神経を保護しつつ頭蓋底骨に食い込んだ頭頸部がんを切除するには繊細な手術技術が求められます。

鎌田先生によれば、「舌がんは2センチ以下だと治療可能なことが多いが、患者の7割はそれ以上に大きくなって来院する。咽頭がんはのどの異物感、喉頭がんは声のかすれなど兆候がある場合も多く、早く気付いて診察を受けてほしい」ということのようです。

この数年進めているのは、サイバーナイフによる治療で、さまざまな方向から放射線を腫瘍に集中させ、従来より大量の放射線を当てる一方、正常な部分への副作用は少なくできます。

舌がん等の頭頸部がんは、抗がん剤による治療も増えていますが「最終的には患者の約半数は手術が必要になる」と言います。

鎌田教授は癌研究会の病院などで治療に当たり、手術による機能低下や外見の変化を補うため、手足の皮膚やあばら骨などを使い切除した部分を代替する再建手術を取り入れています。

例えば舌癌で舌の半分を切除した場合、おなかや腕の組織を持ってきて血管をつなぎ、切除した舌の代わりに移植(再建)しています。

(治療に関する考え方・ポリシー)
~「私ががんなら、この医者に行く 」(小学館)より抜粋~私たちは、患者さんが“社会復帰”あるいは“職場復帰”できることを目的とすべきだと思っています。

機能障害を持ったことで、患者さんの社会生活が制限されたり、そえまでの環境が変わったりすることがないように、私たち医者は最善を尽くし、機能を残す努力をすべきです。

(科学理論に基づいて開発された抗がん漢方薬について)
がんの治療技術は日進月歩の勢いで進歩していますが、それでも引き続き、がんは命にかかわる重大な病気であり続けています。

がんと闘う多くの方々は、手術治療・放射線治療・抗がん剤治療の3大療法の他、第4の治療法とも言われる免疫療法など、完治に向けた様々な努力を行っています。

こうした中、世界の医学界が「新しいがん治療」と注目しているのが「中西医結合医療」です。「中西医結合医療」とは、西洋医学の診断や手法、治療も取り入れ、中医学(漢方医学)の治療を中心として施すという新しい医療モデルです。

「中西医結合医療」は、特効薬を見出せないでいるがん治療の分野において、近年新しい治療戦略として、中国のみならず、 欧米や日本でも注目されています。

【日本の名医】難しい脊柱側彎症治療で最小限の切開手術を確立 湘南藤沢徳洲会病院 副院長・江原宗平さん

 脊柱、つまり背骨がねじれたり曲がったりする「脊柱側彎(そくわん)症」。見た目の問題もさることながら、背骨が極端に曲がったまま成長することで、内臓の位置取りに影響がおよび、機能不全を引き起こすこともある。

 この脊柱側彎症に対して、最小限の切開で、体にダメージの小さな手術を行っているのが、湘南藤沢徳洲会病院副院長で、同院に設置された「脊椎センター・脊柱側彎症センター」のセンター長を務める江原宗平医師。

 アメリカの医療ドラマ「ベン・ケーシー」の主人公に触発されて医学の道に進んだ。整形外科医としての実績を重ねる中、「リスクのある分野」「人がやりたがらない分野」で技術を磨きたい、と考えるようになった。

 「側彎症の手術がまさにそう。直接的に命に関わる病気ではないけれど、手術で神経を傷つければ大きな麻痺を引き起こす危険性がある。しかも、内臓と違って手術の成否を、患者さん自身が見て判断できる。ある意味リスクの高い分野です」

 ただでさえ難度の高い手術を、低侵襲手術(患者の体におよぶダメージの小さい手術)で挑む江原医師。世界初の多軸型CT様装置を据え付けた専用の手術室を構え、内視鏡を使った小切開手術の手法を確立した。そうした情報をメディアなどで得た患者が全国から集まってくる。

 「多軸型CT様装置を心臓や脳の血管内治療に利用する病院はいくつかあるが、脊柱側彎症の手術専用として設置しているのは世界でもここだけ。おかげで月曜から土曜までびっしり手術が入っています。ただ、疲れることはあってもいやになることはない。ベン・ケーシーに憧れてるから(笑)」

 小児に多いとされていた側彎症だが、近年高齢者の患者が増えている。高齢になるほど骨も弱く、手術には高い精度が求められるが、江原医師の積極姿勢は変わらない。

 危険と隣り合わせの難手術に挑み続ける江原医師に、休息が訪れるのはしばらく先になりそうだ。 

 ■江原宗平(えばら・そうへい) 大阪府生まれ。1978年、大阪大学医学部を卒業。92年、米・コロンビア大学留学。94年に帰国し、大阪大学医学部整形外科講師、信州大学医学部整形外科助教授などを経て、2004年より現職。日本内視鏡低侵襲脊椎外科学会幹事、日本脊椎脊髄病学会指導医・評議員他。医学博士。趣味は読書。

【日本の名医】難聴から認知症進展もピタッと合う補聴器精査 山川耳鼻咽喉科医院院長・山川卓也さん

視力や記憶力の低下など、小紙読者の中にも、年齢的な衰えを感じている人は少なくないと思われる。「耳」もそうだ。以前なら何の問題もなく聞き取れていた人の声がよく聞こえずに聞き返す、あるいは適当に相づちを打ってごまかすことが増えていないだろうか。

 東京メトロ・銀座線の外苑前駅から徒歩1分のビルにある「山川耳鼻咽喉科医院」の院長・山川卓也医師は、そんな難聴の診断と治療に力を入れている。

 耳、鼻、のど-の耳鼻科一般を広範囲に診ており、これからの季節はスギ花粉のアレルギー患者で混雑するが、その中で今、山川医師が取り組んでいるのが「難聴治療」なのだ。

 「高齢者の難聴が増えています。65歳以上の多くは老人性難聴とよばれる加齢性の聞こえの悪さを持っています。昔と違って今の65歳は労働年齢。なのに聴力の衰えを理由に仕事を辞める人もいれば、難聴からコミュニケーション能力が低下して、鬱病や認知症へと進展していく人もいる」と警鐘を鳴らす。

 聴力を補うには、補聴器の装着が基本だが、山川医師はこうアドバイスする。

 「眼鏡と違って、補聴器は付けた瞬間からピタッと合う-という性質のものではありません。また、高価な補聴器が必ずしもその人に合っているというわけでもない。当院では聴力検査で難聴のレベルを精査し、その結果を元に補聴器認定技能者が常勤する販売店と連携して、“試聴体験”を経てからの購入を推奨しています」

 難聴と思い込んで受診したら、耳垢がたまっていただけ-というケースもあるとのこと。

 片耳10万円以上の買い物だけに、山川医師の高度な診断とアドバイスで、快適な聴力を取り戻したい。 (長田昭二)

 ■山川卓也(やまかわ・たくや) 1960年、東京都生まれ。86年、順天堂大学医学部を卒業し、同大医学部耳鼻咽喉科入局。96年、同講師。2000年、山川耳鼻咽喉科医院を開設し院長。日本耳鼻咽喉科学会認定専門医・代議員・東京都補聴器キーパーソン。医学博士。趣味はゴルフと車。

【日本の名医】腰椎疾患の内視鏡手術で高い知名度 稲波脊椎・関節病院理事長・院長 稲波弘彦さん

腰や背骨の痛みに悩む人は多い。一口に「腰痛」といっても、どうにか折り合いのつけられる痛みもあれば、一歩も動けないほど深刻な痛みもある。その症状はさまざまだ。

 そんな「背骨と腰と関節」の高度で専門性の高い治療を目的として2015年に開院したのが、稲波脊椎・関節病院(東京都品川区)。理事長の稲波弘彦医師は、脊柱管狭窄症や椎間板ヘルニアに対する内視鏡手術の分野で高い知名度を持つ整形外科医だ。

 2001年から稲波医師が手掛ける腰椎疾患の内視鏡手術は、稲波医師自身の改良を加えて進化を続け、現在は「内視鏡下腰椎椎体間固定術(ME-PLIF)」という最先端の術式を開発するに至った。

 「痛みや出血量の少なさで非常に優れた術式。ある大学病院が行った調査でも、従来の術式と比べて術後の腰痛の少なさや社会復帰率の高さなど、あらゆる面で高い優位性が示されています」と稲波医師。

 しかし、彼のこだわりは「手術の件数」ではない。高度な技術を持つ専門医の目で見て、その患者にとって最適な治療を選択し、安全、確実に提供すること-に尽きる。

 「治療法を選ぶときに、唯一の判断基準とするのが“自分が患者なら受けたい治療”という点」と断言する。痛みや出血の少ない治療にこだわるのもそのあらわれ。それどころか、手術を覚悟してきた患者に、「手術をしない」という選択肢を提示することも珍しいことではない。

 「手術は患者のためにするもの。医師が経験を積むために行うものではありませんよ(笑)」

 患者本位の診療姿勢は、診療データの取り扱いにもあらわれる。手術映像などの資料を「社会的共通資本」と捉える稲波医師は、それを教則として利用することで、同じ症例の治療に取り組むすべての整形外科医のスキルアップにつなげる仕組みづくりに力を入れている。

 「一部の“名医”の勘に頼る医療から、正しい診断と治療の手順を可視化することが重要」と語る稲波医師。その取り組みに、内外から熱い視線が集まっている。 (長田昭二)

 ■稲波弘彦(いななみ・ひろひこ) 79年、東京大学医学部を卒業し、同大医学部整形外科学教室入局。東京都立墨東病院、三井記念病院、虎の門病院などに勤務。90年、岩井医療財団岩井整形外科内科病院院長。2015年より現職。日本整形外科学会専門医、同認定脊椎脊髄病医、同認定脊椎内視鏡下外科技術認定医。趣味はゴルフ。

名医が語る「名医の条件」 最初の5年で決まる理由とは

患者にとって執刀医とは命を預ける存在である。できるなら“神の手”を持つ「名医」に任せたいが、残念ながらそうした医師はとにかく数が少ない。そもそもなぜ手術の上手い医師と下手な医師の差が生まれるのか。

「手術の上手さは最初の5年で決まってしまう」と指摘するのは、胃がん「ダヴィンチ手術」の第一人者、藤田保健衛生大学病院総合消化器外科学教授の宇山一朗氏だ。

 ダヴィンチ手術とは、最新鋭の手術支援ロボットを使い、内視鏡の視野を10倍以上に拡大し、3D立体映像を見ながら遠隔操作で行なう手術のこと。これにより腹腔鏡の使用が困難だった前立腺がんの手術が容易になり、開腹手術に比べて患者の体への負担も大幅に軽減できるようになった。

「私の手の動きを再現してくれる関節機能があり、手元が震えても補正してくれるので、機械の先端はブレません。人間の手でやるよりも精密な手術が可能です。でも、ダヴィンチには利点もあるが欠点もある。その特徴を十分に理解して使いこなすことが必要です」(宇山氏)

 ある程度経験を積んだ外科医が、ダヴィンチ手術の勉強のために宇山氏の元を訪れることが多いが、

「最初に染みついた癖はなかなか取れません。初期教育の大切さを痛感します。極論すれば、スキルがつくかどうかは、外科医になった最初の5年で決まってしまう。もちろん一例一例を大事にし、次のケースに生かしていく努力を続けていけばかなりの領域に到達できると思いますが……」

 と宇山氏。自身も新人時代は名医に鍛えられたという。岐阜大学医学部を卒業後、慶應大学の外科学教室で1年間学んだ後、関連の民間病院で手術の勉強に励んだ。

「2つの病院に行きましたが、それぞれの恩師が非常に厳しい先生で、手術では名医といえる方たちでした。最初の病院では『カルテに書く手術記録は簡単でいい。それとは別に自分用のノートをつくり、一例一例こと細かに記録しておけ』といわれました。ハサミの向きがどうだったとか、どういうことを注意されたとか。1年間でルーズリーフ数冊分になった」(宇山氏)

【日本の名医】前立腺がん治療のスーパードクター 伊藤一人先生

伊藤一人先生のプロフィール・実績等の紹介

(プロフィール)
1990年群馬大学医学部卒
1990年群馬大学医学部附属病院 医員(研修医)
2002年オランダ・エラスムスメディカルセンター前立腺科研究員
2004年群馬大学大学院医学系研究科前立腺科学講師
2005年群馬大学大学院医学系研究科前立腺科学助教授
2007年群馬大学大学院医学系研究科前立腺科学准教授
日本前立腺科学会専門医・指導医
2004年北関東医学界奨励賞
2006年日本前立腺科学会学会賞受賞
2008年前立腺がん検診ガイドライン作成委員会委員

(実績その他)
前立腺のスペシャリストとして知られており、2008年9月22日のテレビ東京系列「主治医が見つかる診療所」で紹介され、その名前が一層知られるようになりました。

当サイト内では、泌尿器がんの名医としても紹介していますが、中でも前立腺の名医としての知名度が大変高いため、このページでも取り上げることにしました。

伊藤先生の勤務する群馬大学医学部付属病院では、前立腺がんをはじめとして、前立腺肥大症、前立腺炎の診断・治療をおこなっています。前立腺がん診断については、前立腺特異抗原(PSA)値・超音波検査・直腸診所見をもとに、年齢と前立腺重量を加味した多数箇所生検によってがんの診断を行っています。

がんが発見された場合には、MRS(新しい画像診断技術を併用)してより正確な病期診断を行い、個々の病状に合わせて、ホルモン療法、手術、放射線療法を単独、あるいは組み合わせておこなっています。

同病院には年間約300名の新規前立腺癌患者さんが来院し、患者と医療者で適した治療を検討の上、治療を行います。

前立腺全摘術は尿失禁の少ない、10日以内での短期間入院での治療を目指しています。放射線療法は、組織内照射療法(ヨード125密封小線源療法、高線量率小線源療法)が可能な施設であり、今後、重粒子線治療も導入が予定されています。

切らない治療として、直腸出血などの少ないQOLを保つ治療を目指しており、全身療法としてホルモン療法に加えてタキソテールを中心とした化学療法も積極的に行っています。前立腺肥大症治療ではレーザーによる前立腺核出術(HoLEP)を導入しました。(参考:群馬大学医学部付属病院ホームページ)

(治療に関する考え方・ポリシー)
~前立腺がん健診-現状と今後の課題(セミナー)-より抜粋~
日本のPSA検診の普及率は低く、前立腺がんの20~30%は主に骨への転移を伴った状態で発見されます。2020年の前立腺がんによる推定死亡率は、2000年の前立腺がん死亡率に対して2.8倍になると予測されています。

その対策として最も重要なのがPSA検診であり、欧州の無作為化比較対照試験で、PSA検診の前立腺がん死亡率低下効果が証明されたことから、今後はより強く推奨されるがん検診となります。

(科学理論に基づいて開発された抗がん漢方薬について)
がんの治療技術は日進月歩の勢いで進歩していますが、それでも引き続き、がんは命にかかわる重大な病気であり続けています。

がんと闘う多くの方々は、手術治療・放射線治療・抗がん剤治療の3大療法の他、第4の治療法とも言われる免疫療法など、完治に向けた様々な努力を行っています。

こうした中、世界の医学界が「新しいがん治療」と注目しているのが「中西医結合医療」です。「中西医結合医療」とは、西洋医学の診断や手法、治療も取り入れ、中医学(漢方医学)の治療を中心として施すという新しい医療モデルです。

【日本の名医】抗がん剤治療のスーパードクター 畠清彦先生

畠清彦先生のプロフィール・実績等の紹介

(プロフィール)
1978年自治医科大学卒業
福井県立病院研修医、自治医科大学助手を経て
1994年自治医科大学血液学助教授
2001年癌研究会附属病院化学療法科部長・癌化学療法センター臨床部部長を兼任
2005年癌研究会附属病院化学療法科・血液腫瘍科部長
新薬開発臨床センター長と外来治療センター長を兼任

(実績その他)
畠清彦先生は、抗がん剤治療の名医として知られており、数々のマスメディアで紹介されたほか、研究発表等も多数行っています。

がんは手術と抗がん剤、放射線が治療の柱ですが、これまでは手術が中心で、薬による化学療法も外科医が行うことが多く、内科医の影は薄いというのが実情でした。

しかし今日では白血病や乳がんなど、薬で治癒が期待できるがんも増えました。
また薬の種類も増え、投与法も経口薬や長時間の持続点滴など多様化しており、それらを組み合わせた、科学的根拠に基づく標準治療も次々と登場しています。

畠先生が所属する癌研究会附属病院は、抗がん剤の外来治療では国内最大規模で、月に1000人単位の患者が治療を受けています。

広々として、静かな音楽が流れる落ち着いた室内には、カーテンで仕切られたリクライニングシートが34席並んでおり、ゆったり座って点滴を受けながら、テレビを見たり雑誌を読んだり、あるいはソファで点滴の順番を待つ人の姿が見受けられます。いずれも副作用の激しい抗がん剤治療を受けている患者との印象は全くありません。

外来治療が普及したのは、制吐剤や白血球減少を抑えるG―CSFなどで副作用の予防と軽減が可能になったことが大きいと言われています。同病院では高齢者や合併症がある人などを除き、化学療法は全員外来です。

(科学理論に基づいて開発された抗がん漢方薬について)
がんの治療技術は日進月歩の勢いで進歩していますが、それでも引き続き、がんは命にかかわる重大な病気であり続けています。

がんと闘う多くの方々は、手術治療・放射線治療・抗がん剤治療の3大療法の他、第4の治療法とも言われる免疫療法など、完治に向けた様々な努力を行っています。こうした中、世界の医学界が「新しいがん治療」と注目しているのが「中西医結合医療」です。

「中西医結合医療」とは、西洋医学の診断や手法、治療も取り入れ、中医学(漢方医学)の治療を中心として施すという新しい医療モデルです。「中西医結合医療」は、特効薬を見出せないでいるがん治療の分野において、近年新しい治療戦略として、中国のみならず、 欧米や日本でも注目されています。


【日本の名医】頭頸部がん治療のスーパードクター 岸本誠司先生

岸本誠司先生のプロフィール・実績等の紹介

(プロフィール)
1973年京都大学医学部卒
京都大学附属病院、天理よろず相談所病院勤務の後、チューリヒ大学に留学。
帰国後は静岡県立総合病院、高知医科大学、国立がんセンター東病院を経て、
1999年東京医科歯科大学頭頸部外科教授
日本頭頸部癌学会理事長。

(実績その他)
岸本先生は、鎖骨から上で脳と眼球以外にできた腫瘍に対する高度な医療を実践する「頭頸部外科」の名医として知られています。

1999年、頭頸部領域疾患の治療水準向上を進めていた東京医科歯科大学では、当時国立がんセンター東病院で頭頸部外科部長だった岸本先生を初代教授として招聘して、頭頸部外科講座を設立しました。

従来のアレルギー性疾患や副鼻腔炎などとは異なり、専門性の高い知識と技術、また相応の設備を必要とする頭頸部領域の腫瘍の治療を中心に取り組んでいます。

岸本が所属する頭頸部外科の特徴は「総合力の強さ」と言われています。この「総合力」とは二つの側面を持っていますが、その一つは“内部的な総合力”、もう一つは“他科との連携能力”です。

科の名前に「外科」と付いているように、基本的には手術を柱とした治療を考えていきますが、疾患や発症部位の状況に応じて、手術以外にも抗がん剤治療や放射線治療など、複合的な治療法を組み合わせていく必要があります。同大ではそうした内科的治療についても、頭頸部外科としてフォローしていく包括的な能力を備えています。
 
岸本先生が最も力を入れて取り組んでいる疾患の一つに「頭蓋底腫瘍」がありますが、これはその名が示す通り、頭蓋骨の底にあたる部分にできる腫瘍で、鼻やのどのがんが転移しておきることの多い腫瘍です。

この腫瘍の手術を、日本で最も多く行っているのが岸本先生で、これまで症例数は200を超えています。2009年6月30日にテレビ朝日系列たけしの本当は怖い家庭の医学」で頭頸部腫瘍の高度な医療の名医として紹介され、その名前が一躍知られるようになりました。
(治療に関する考え方・ポリシー)

~「週刊がん もっといい日」より抜粋~
 「決まった形がない分、毎回新しいことへの挑戦ができる。これは外科医にとっては大きな魅力でもあります。頭頸部外科の治療は、医師にとっても決してやさしいものではなく、どちらかといえばきつい仕事ですが、それだけに大きなやりがいも得られます。

今は一人でも多くの優秀な後継者を育成し、彼らが全国で腕をふるえるような体制を築くことが急務ですね」。

【日本の名医】“超早期発見”で認知症を治療 プリペイドカード使ったチェッカー導入★番町診療所表参道院長・山田正文さん(55)

東京・原宿の表参道に面したビルの地下にある「番町診療所表参道」は“早期発見”に力を入れる都市型クリニック。

 院長の山田正文医師は大学勤務時代、ほぼすべての診療科と接点を持つ麻酔科医の強みを生かし、広範囲な知識を身に付けて開業した、プライマリー(初期診療)・ドクターだ。

 無床のクリニックながら、早くからMRIなどの画像診断装置を導入。精度の高い診断実績を重ねてきた。現在も、関節リウマチや膠原(こうげん)病、頭痛、睡眠時無呼吸症候群など各種専門外来を開設。専門性の高い診断と治療を行っている。

 特に今、力を入れているのが「物忘れ外来」だ。

 「認知症は進んでしまうと治療が難しいが、日常生活にまったく影響の出ない“前段階”で見つけられれば、生活習慣の改善で発病が回避できるケースがあるんです」

 そう語る山田医師は、このほど医療関連企業と組んだ新しいサービスをスタートさせた。

 「あたまの健康チェックカード」というプリペイドカードを使って、超早期の認知障害を見つけ出すというもの。

 まず同クリニックやネットで、カード(3500円)を購入し、フリーダイヤルでサポートセンターに電話をする。カードに書かれているPIN番号を伝えると、オペレーターから約10分間の口頭質問による簡単なテストが行われる。その結果から認知症の可能性が判定され、詳細なリポートが自宅に届く-という流れ。

 万一、認知障害の可能性が指摘された場合は、山田医師の出番だ。精密検査を受けてもらい、状況に応じて治療や生活指導が行われる。

 「これはアメリカで開発され、多く用いられているテストで、早期認知障害の発見率は97%。毎回問題が違うので、暗記したり正解が出回る心配もない」と山田医師。

 “前段階”で見つかるか否かで、その後の生活の質は大きく違ってくる。超高齢化が進む日本にあって、山田医師の取り組みは大いに注目されている。 

■山田正文(やまだ・まさふみ) 1958年、東京都生まれ。北里大学医学部卒業。
慶應大学医学部麻酔学教室入局。94年東京都千代田区に番町診療所を開設し院長就任。2008年、現在の場所に移転し、診療所名を「番町診療所表参道」として現在に至る。医学博士、慶大医学部麻酔科非常勤講師、日本ペインクリニック学会認定専門医、日本医師会認定産業医。

【日本の名医】あらゆる「手と腕の外科」に対応 “上肢”の治療専門の整形外科医★整形外科学講座教授 池上博泰さん(53

東邦大学医療センター大橋病院整形外科の池上博泰医師は、手から肘を経て肩に至る“上肢”の治療を専門とする整形外科医。関節リウマチで変形した関節の改善や、スポーツや外傷による関節障害、また先天異常など、あらゆる“手と腕の外科”に対応している。

 整形外科は全身の運動器を対象とするが、部位ごとに高い専門性が求められる。特に「手」の分野は奥が深い。通常、手の専門医は手のみ、あるいは手と肘のみを対象とするのが一般的だが、池上医師は肩までを専門領域に含んでいる。

 「手、肘、肩は、それぞれが連動して機能を補完し合う関係。これら上肢を一つの運動ユニットとして診ることで、治療によってもたらされる患者の満足度を大幅に高めることができるのです」と池上医師。

 人間の手は、あらゆる動物の運動器の中でも繊細の限りを尽くした器官。それだけに、その治療を担当する医師には「機能維持」に対する強い意志が求められる。

池上医師も、「この程度でいいだろう-という妥協が許されない世界にいる。手術の仕上がりにどこまで執着できるかが、成果を大きく左右することになる」と指摘する。

 しかも、手は顔と同様、誰もが目にする部位。そこに“美しさ”を求めるのは、手の外科医として譲れないところでもある。

 「関節リウマチで手が曲がったまま固まった女性が、『孫がこの手を怖がって、手をつないでくれない』と悩みを打ち明けられたこともある。そう考えると、単に機能が戻ればいいという話ではなくなってくる。キレイに治してあげたいじゃないですか」(池上医師)

 クールに見えて、実は人情に篤い池上医師。世界に名立たる器用さを誇る“日本人の手”を守るための挑戦は続く。 

 ■池上博泰(いけがみ・ひろやす) 1960年、東京都品川区生まれ。
85年、慶應義塾大学医学部卒業。大田原赤十字病院、平塚市民病院、東京都済生会中央病院などに勤務後、94年から米ハーバード大学留学。帰国後は慶大整形外科専任講師、同准教授を経て2011年、東邦大学医学部整形外科准教授。12年から現職。日本整形外科学会専門医、日本手外科学会代議員、日本肘関節学会、ならびに日本肩関節学会評議員など。医学博士。

【日本の名医】最高難度の脳外科手術を専門 国内有数の脳外科医★東京医科大学病院 脳神経外科主任教授 河野道宏さん(51)


ひと口に「脳神経外科」といっても、その対象範囲は広い。

今回、紹介する東京医大脳神経外科主任教授の河野道宏医師は、聴神経腫瘍、小脳橋角部腫瘍、頭蓋底髄膜腫など、最も手術難度の高い領域を専門とする、国内有数の脳外科医だ。

 「せっかく生まれてきたんだから、人と同じことをしても仕方ない。子供の頃から集中力と執着心には自信があったので、どうせなら難度の高いことに挑戦しようと考えたんです」

 いずれも、単に腫瘍を取り除けばOKというわけではない。その腫瘍が圧迫していた神経が支配する機能を温存することが至上命題なのだ。

 わずかな狂いも許されない慎重さが求められるが、河野医師は「術者の腰が引けていたらまともに腫瘍は取れない。きちんと取れない手術ならしないほうがいい」と、積極的に、しかも安全に、手術を進めていく。

 評判を聞きつけた患者が全国から集まって来るが、実際に診察をしてみると、すぐに手術が必要なケースは全体の6割ほどという。

 「それでも増えたほうなんです。以前は半分以上が“手術の必要なし”か“経過観察”でした」と語る河野医師。外科医に見られがちな「一例でも症例数を増やしたい」という野心は持ち合わせていないようだ。

あくまで“患者第一”の基本姿勢は崩さない。そこに患者や同業者からの信頼が蓄積されていく。

 「ここ(東京医大病院)に来て5カ月。ようやく手術もコンスタントにできる体制が整いました」

 そう語る河野医師が、これから取り組むのは“後進の指導”という。

 「私を超えるレベルの医師を4~5人は育てたい。それが私の使命と考えているからです」

 臨床だけでなく教育にも本腰。持ち前の集中力が遺憾なく発揮されている。 

■河野道宏(こうの・みちひろ) 1961年、神奈川県藤沢市生まれ。
87年、浜松医科大学を卒業し、東京大学脳神経外科入局。国立病院医療センター(現・国立国際医療研究センター)、東大医学部附属病院、茨城県立中央病院、富士脳障害研究所附属病院、都立神経病院等に勤務後、2004年から、東京警察病院脳神経外科部長。

同脳卒中センター長、副院長を経て13年から、現職。日本脳神経外科学会専門医、日本頭蓋底外科学会評議員ほか。医学博士。趣味はゴルフ。

【日本の名医】マウスピースで睡眠時の無呼吸を改善!患者本位の治療を重視★JR東京総合病院 歯科口腔外科・医長 田賀仁さん(43)

JR新宿駅新南口、代々木駅北口より徒歩5分。JR東京総合病院は名前からも分かる通り、JR東日本が開設主体の企業立病院だ。もちろん職員以外の一般患者も受診できる。

新宿・渋谷エリアにおける基幹病院の1つとして、地域医療に貢献している。

 ここの歯科口腔(こうくう)外科に所属する田賀仁歯科医師は、歯科医の両親を持つサラブレッド。しかし、専門は一般歯科とは、やや趣を異にする。

 「大学院生の時、大学病院の麻酔科のペインクリニックで、咬合不全から生じる頭痛や肩こりなどを、マウスピースで改善させる治療と研究に取り組んでいました。

ちょうどその時期に、睡眠時無呼吸症候群(SAS)がマウスピースで改善する-という研究報告が出たことから、周囲に押される形で睡眠障害の分野に移行していきました」

 手探りで始めた治療だったが、症例数を重ねるごとに効果も実証され、今ではマウスピースによるSAS治療の第一人者として知られる存在だ。

 「ここはJRの職員が多く受診します。SAS治療の成果は安全運行に直結するだけに神経を使います」と言う。

 だが、麻酔科時代に呼吸管理の技術を徹底的に学んできただけに、“呼吸”を構造学的に捉える技術は一級品。気道を確保し、しかも苦痛を伴わない微妙なあごの位置を探し出す。

その人にとって最高のマウスピースを作る技術は、経験に裏打ちされたもの。

 通常の歯科診療やインプラント治療なども行うが、病院の性格上、開業医から紹介されて来る重症患者を診る機会が多い。そのため、あらゆる面で高い専門性が要求される。

それには「何でも自分の枠に収めるのではなく、他科の医師や地域の開業医とも連携を密にし、患者にとって最適な治療を提供していきたい」と、患者本位の姿勢を崩さない。

 歯科口腔外科領域において、医療連携とチーム医療の構築をめざす田賀氏。医科と歯科の壁を超えた、その取り組みにかかる期待は大きい。 (長田昭二)

 ■田賀仁(たが・ひとし) 1969年新潟県生まれ。94年日本大学歯学部を卒業。その後新潟大学大学院を修了し、昭和大学藤が丘病院麻酔科に勤務。今年1月より現職。歯学博士。趣味は「家族サービス」。

日本の名医】痛みと“うつ”を総合的に治療!生活の質を維持★氏家病院ペインクリニック科・松村浩道医師(45)  

東北本線で宇都宮から北に向かって3つ目の氏家駅から車で10分。緑豊かな田園地帯に建つ氏家病院は、精神疾患の診断と治療を中心に、地域医療に貢献する民間病院。

ここでペインクリニックを担当する松村浩道医師は、難治性疼痛(とうつう)や神経障害性疼痛など、命に直接影響しないものの、生活の質を大幅に低下させる危険性のある痛みを取り除く治療に力を入れる麻酔科医だ。

 出身は麻酔科だが、その後、精神科治療の研鑽も積み、現在はペインと精神科の双方で診療に当たる。

 「長年、痛みの治療に取り組む中で、痛みから派生する抑うつ傾向に悩む患者さんを多く診てきました。

統計を取ったわけではありませんが、痛みから精神症状を引き起こし、自殺に追い込まれる人も決して少なくないと思われます。それほど“痛み”と“うつ”は関連性の強い疾患。ならば総合的に診断、治療していくべきだろうと考えて…」

 西洋医学の枠にとらわれず、東洋医学や瞑想法などを積極的に取り入れ、患者に合った最適なアプローチを探っていく。

 「痛みの治療に瞑想法を用いると言っても、決して非科学的なものではないんです。

以前からうつ病治療に用いられてきた考え方で、意識を過去や未来に向けるのではなく、現在、この瞬間を見つめることで、ストレスを低減させていく取り組みです」

 痛みの治療もそうだが、うつ病のような精神疾患の診断や治療も、マニュアルに押し込めるのではなく、個別性を重視した柔軟な対応が不可欠だという。

特に痛みとうつは、医師が患者の訴えを聞き、認めることが大前提で、「医学的にはこう」と理詰めで押さえつけるのは御法度だ。

 松村医師の多角的な診療姿勢が多くの患者に支持される理由が、そこにある。 (長田昭二)

 ■松村浩道(まつむら・ひろみち) 1966年栃木県さくら市生まれ。
93年日本医科大学を卒業後、同大麻酔科に入局。同大関連病院、関東逓信病院(現NTT東日本関東病院)などを経て現職。国際和合医療学会常任理事。特技は大東流合気柔術。

【日本の名医】「メンズヘルス」の旗手 ED、前立腺がん…予防と対策★順天堂大学附属順天堂医院泌尿器外科主任教授 堀江重郎さん(52)に尽力

『ヤル気が出る! 最強の男性医療』(文春新書)という本がある。内容は男性更年期やED、さらには前立腺がんに至る「男性にのみ起こる疾患」の予防や対策を解説するもの。著者は順天堂大学泌尿器外科主任教授の堀江重郎医師だ。

 「この本では、テストステロンという男性ホルモンの重要性について解説しています。女性は閉経で女性ホルモンが低下することで更年期障害が出ますが、その後、男性ホルモンの値が高まってホルモンは補充されます。

ところが男性の場合は、20代をピークにテストステロンが下がるだけ。これを補うホルモンは出てきません」

 こうして男性ホルモンが低下することで起きるさまざまな不定愁訴を、かつては「男性更年期」と呼んでいたが、近年の医学会では「LOH(ロー)症候群」と呼び、対策構築に力を注いでいる。その先頭に立ち、旗を振るのが堀江医師だ。

 「LOH症候群の影響は、鬱やED、さらには前立腺肥大症や男性不妊など広範囲に及びます。しかし、これをテストステロンとの関係から診断、治療をする医療機関がなかったことから“年のせい”とあきらめていた人が大勢いるのです」

 そう語る堀江医師は、5年前に男性医療専門の「メンズヘルス外来」を開設。現在も順天堂医院で、LOH症候群に悩む男性の相談に乗っている。

 一方で、外科医としても知名度は高い。遠隔操作型手術支援ロボット「ダ・ヴィンチ」を駆使して、前立腺がんや腎臓がんの腹腔鏡手術の普及に取り組んでいる。

 「泌尿器科というと、マイナーなイメージで見られがちですが、実は医学の中でも最も成長の度合いが大きい分野。気になる症状があるなら、恥ずかしがらずに受診してほしい」と堀江医師。

 前述の本を読むと、確かに泌尿器科やメンズヘルスが身近なものに感じられてくる。 (長田昭二)

 ■堀江重郎(ほりえ・しげお) 1960年、東京都生まれ。85年、東京大学医学部卒業。同泌尿器科入局。同大学医学部附属病院、武蔵野赤十字病院、都立墨東病院に勤務。88年から、米テキサス州のパークランド・メモリアル・ホスピタル、ならびにメソジスト・ホスピタルで腎移植などに従事。帰国後、95年から、国立がんセンター(現国立がん研究センター)中央病院勤務を経て98年、東大医学部講師。杏林大学医学部助教授、帝京大学医学部主任教授を経て、2012年より現職。医学博士。

【日本の名医】あらゆる心臓血管手術に対応 都内トップ級の救急搬送受け入れ実績 綾瀬循環器病院院長・丁毅文さん

東京メトロ千代田線の東の終点、北綾瀬駅から徒歩3分の場所に、今年9月リニューアルオープンした綾瀬循環器病院。1986年の開院以来、約30年にわたって地域の心臓を守り続けてきた同院の、新しい歴史が始まった。

 院長の丁毅文医師は、先代院長で現在は理事長を務める丁栄市医師の次男。父が宣言し、実践してきた「救急要請はすべて受け入れる」という理念を引き継ぎ、地域医療のさらなる充実に力を入れる。

 「現状で救急応受率は99%。5人の心臓外科医と8人の循環器内科医によるチーム医療の提供体制が組めているので、365日24時間の受け入れが可能です」と丁毅文医師。

事実、急性心筋梗塞、急性大動脈疾患の救急搬送受け入れ実績では、この数年つねに都内のトップ4以内にランクインしてきた。国の増床規制がかかる中、今回のリニューアルで病床数を増やすことが認められたのも、そうした実績があってのものだ。

 病院運営の一方、自身の専門である心臓外科でも手腕を発揮する。冠動脈バイパス手術を中心に、あらゆる心

臓血管手術に対応。最近は指導的な立場となることが多いが、それでも同院で年間200を超える心臓手術のほとんどは、丁医師自身が手術室に入ることで、手術のクオリティーを高めている。

 「自分でいうのも変ですが、ソツなくこなすタイプなんですよ。一カ所だけをじっと見つめるのではなく、つねに広く視野を取り、トータルで物事を考えていく。そんな性格が、心臓外科という仕事には向いていたのかもしれませんね」

 来年には、急性期を脱した患者の「心臓リハビリ」を専門に行う新病院の開設も予定している。その先頭に立つ丁医師の、地域における存在感は大きい。心臓外科医として、また病院経営者としても、忙しい日が続いていく。 

 ■丁毅文(てい・いむん) 1967年、名古屋市で生まれ、すぐに東京に移る。92年、山形大学医学部卒業。東京女子医科大学病院、日本心臓血圧研究所、聖路加国際病院、京都第二赤十字病院などに勤務の後、2000年、綾瀬循環器病院入職。副院長を経て08年から院長。心臓血管外科専門医・修練指導者、日本循環器学会専門医、心臓リハビリテーション指導士。趣味はロードバイク。

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