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【日本の名医】精度の高い“糖尿病治療”に定評!丁寧な説明で効果アップ★聖マリアンナ医科大学病院代謝・内分泌内科・教授田中逸さん(57)

川崎市北部を代表する基幹病院の聖マリアンナ医科大学病院。ここの代謝内分泌内科部長を務める田中逸教授は、大手自動車会社に勤務した経験を持つ、異色の内科医だ。

 「生化学への興味が断ち切れず、医学の道に転身しました。糖尿病というさまざまなタイプの患者さんと接する今、その経験は大いに役立っています」と笑顔で話す。

 「人間が好き、人と話すのが好きだからこの分野を専攻した」と言うとおり、話す内容が理路整然としていて分かりやすい。難しい専門用語は極力使わず、平易な言葉に置き換えて説明するので、患者の理解度も高まる。

 進化する糖尿病治療。しかし、医療技術を成果に結び付けるには、患者自身が治療内容を理解し、納得できるように説明する必要がある。

 「例えば近年は早期インスリン治療といって、比較的早い段階の糖尿病患者にインスリンの自己注射を行うケースが出てきました。しかし、『インスリン注射は最終手段』と考え、治療に否定的な姿勢を示す患者もいる。そんな人には、インスリンは飲み薬にできないこと、まずはインスリンで血糖を正常にして膵臓を休ませることの重要性を説きます。

その上で、何よりインスリンはもともと体内で分泌されるホルモンで、インスリン注射は少なくなったホルモンを補充するだけのことであり、異物を注入するわけではないことを丁寧に説明します。その丁寧さを省いてしまうと理解は得られません」

 そう語り、糖尿病治療を「患者さんに生き方を見つめ直してもらうこと」と表現する。

 長年の実績から培われた対話術を武器に、精度の高い糖尿病治療に取り組む田中医師。その姿は、経験豊富な学校の教師の姿を想起させる。

 糖尿病治療は医師との付き合いも長くなる。田中医師の診察室に漂う信頼感と安心感が、患者の治療への意欲を優しく後押しする。 (長田昭二)

■田中逸(たなか・やすし) 1955年京都府生まれ。
名古屋工業大学を卒業後、大手自動車会社に勤務。その後、滋賀医科大学に進み86年卒業。同大第三内科、東京都済生会中央病院に勤務後、順天堂大学助教授を経て、2006年より現職。日本糖尿病学会専門医・研修指導医、日本内分泌学会専門医・研修指導医ほか。NPO法人「川崎糖尿病スクエア」理事長。

【日本の名医】「睡眠時無呼吸」治療に取り組む女性歯科医 話しやすさが信頼感に★二宮歯科医院(東京・中央区)小國遼子さん(28)

東京都中央区日本橋小舟町。東京がまだ江戸と言われたころ、ここを西堀留川が流れ、水運の物流拠点として重要な役割を果たした場所だ。

ここで4代、107年にわたって歯科診療を続けている「二宮歯科医院」で、若手実力派女性歯科医師が診療に当たっている。

 小國遼子さんは4年前に歯学部を卒業し、大学病院や民間の歯科医院で研鑽(けんさん)を積み、昨年から現在のクリニックに籍を置く。

 「人と関われる仕事に就きたかった」と語る小國さん。一般歯科の診療に当たる一方で、睡眠時無呼吸症候群の治療にも力を入れている。睡眠時にマウスピースを使って下あごを前方に出し、のどの気道を広げて呼吸をサポートする治療法だ。

 「あごを大きく出すほど気道も広がりやすくなりますが、半面それがストレスになることもある。効果と快適性を考慮して微調整するところが難しい点。でも、治療効果が出て、『ゆっくり眠れた』という言葉を聞くと、やっぱりうれしいですね」

 場所柄、サラリーマンが多く受診する。昔から歯医者さんで怖がるのは女より男-と言われるが、今も診察室に入ってからも恐怖で震えている男性患者はいるという。

 「そんな時は、治療に入る前の会話でリラックスしてもらうように心がけています。決して無理強いはせず、コミュニケーションを取りながら、安心感が持てる雰囲気づくりを心掛けています」

 これには二宮健司院長も感心しており、「もともと“話しやすい雰囲気”を持っているので、誰もが安心して相談できる。歯科医師として強力な武器ですね」と信頼を寄せる。

 そんな小國さんから読者諸氏にアドバイス。

 「治療はもちろんですが、それより大事なのが予防です。一度でも痛い目に遭った経験があれば別ですが、そうでない人は歯科健診をおろそかにしがち。長くても半年に一度は、口の中の衛生状態をチェックしに来てください」

 転ばぬ先の杖。痛くなる前の小國先生-だ。

 ■小國遼子(おぐに・りょうこ) 1984年、千葉県出身。
2010年、日本大学歯学部卒業。同大松戸歯学部で研修後、民間歯科医院に勤務。12年4月より現職。趣味は旅行。

【日本の名医】苦痛を取り除いて充実した終末期医療!★神戸アドベンチスト病院院長の山形謙二さん(65)

セブンスデー・アドベンチスト教会(SDA)というキリスト教の一派がある。アメリカ・メリーランド州に本部を置くこの教会は世界250カ国に布教拠点を置き、日本国内の信者は約1万7000人。その最大の特徴は禁酒、禁煙、そして菜食の奨励だ。

 特に菜食に関しては世界的に注目され、肉食中心の欧米型食生活と疾病の関係を調べる疫学調査では、必ずと言っていいほどSDA信徒が対照群に選ばれる。そして有意差を持って長寿や罹患率の低さを示す。

 同教団の日本法人が運営する神戸アドベンチスト病院は、神戸市北区の有馬温泉に近い新興住宅地を見下ろす高台にある。

 院長の山形謙二医師は、日本における緩和ケアの先駆者として知られる存在。アメリカで緩和ケアを学んで帰国したのが1980年のこと。

 「当時の日本で、がん告知は、ほぼ皆無。充実した終末期医療のためには、医師と患者側双方の意識を変えていくところからのスタートでした」

 その後、山形医師らの努力もあり、日本でもがんの告知が一般化。緩和ケアの必要性も認知され、並行してがん性疼痛(とうつう)をコントロールする薬剤の開発も進んだ。

 医療用麻薬の効果と安全性も高まり、「正しい知識の下で薬を使い、医療者と家族が患者に寄り添うことで、がんによる大抵の苦痛は取り除くことが可能」と山形医師は自信を見せる。

 教会の運営する病院だが、患者に信仰の制限はない。がん治療だけでなく、気軽に受診できる地域の中核病院として住民の評価は非常に高い。

 「聖書にある“安息日”にあたる土曜を休診にする代わりに、日曜は平常診療。サラリーマンには喜ばれるんですよ」と笑う山形医師。

 健康管理と疾病治療の両面において、山形医師にかかる期待は一層高まっている。(長田昭二)

 ■山形謙二(やまがた・けんじ) 1946年東京都杉並区生まれ。72年東京大学理学部卒業。76年米・ロマリンダ大学医学部卒業。米・内科学専門医、同内科専門医会フェロー、同ホスピス緩和医療学専門医、日本緩和医療学会暫定指導医、日本スピリチュアルケア学会評議員、兵庫医科大学臨床教育教授。趣味はマリン

【日本の名医】高難度の耳の内視鏡手術で世界的に有名★東京慈恵会医科大学耳鼻咽喉科の小島博己准教授(50)

「真珠腫」という耳鼻咽喉科領域の病気がある。耳の奥、鼓膜付近がへこんで、そのポケットに老廃物などが蓄積し、真珠に似た構成物ができていく病気だ。

 それ自体は良性疾患だが、放置して肥大化すると顔面神経や味覚を司る神経などに影響を及ぼす危険性がある。美しい病名だが、じつに厄介な病気だ。

 この真珠腫に代表される「耳」の疾患治療の世界で知られるのが東京・西新橋にある東京慈恵会医科大学耳鼻咽喉科准教授の小島博己医師だ。

 「子供の頃から細かい作業が得意だったんですよ」と笑う小島医師。なるほどその手術は、まさに針の穴を通すような細かい操作の連続だ。

 小島医師自身、「今やっている作業ではなく、その二手、三手先を頭に描きながら手を動かせるか否かが、手術の出来を大きく左右する」と語るように、1ミリにも満たない範囲での繊細な作業にも関わらず、その指先の動きは滑らか。そこに「躊躇」は感じられない。

 そんな小島医師が昨年から取り組んでいるのが、「耳硬化症」という病気での内視鏡手術。耳硬化症とは、内耳を取り囲むように存在する骨のうち「アブミ骨」という人間の体で最も小さな骨が周囲の骨と癒合してしまい、聴力が低下する病気だ。

 耳の後ろ側を大きく切開して手術をするのが一般的だが、小島医師は国内で唯一、この手術で内視鏡を使い、耳の穴からアプローチする。

 「外国人と比べて日本人の耳の穴は小さく、それだけ内視鏡手術も難度が高くなるのですが、耳の後ろを大きく切開するのは、やはりスマートさに欠けるので…」

 その温和な表情や話し方からは容易に想像できない、医師として常に高みを目指そうとする姿勢の先に、効果と安全性に低侵襲を加えた耳の手術が実現する。

 ■小島博己(こじま・ひろみ) 1962年東京都生まれ。87年東京慈恵会医科大学を卒業。同大耳鼻咽喉科に入局し、同大附属病院、同柏病院、同第三病院、東京共済病院などに勤務。2006年より現職。医学博士。趣味はオーディオ。

【日本の名医】根治性にこだわる肝臓外科手術 彩の国東大宮メディカルセンター外科部長・手術部長 金達浩さん

 肝がんに対する肝切除術に、腹腔鏡が導入されていることは小欄でもたびたび紹介してきた。低侵襲(手術創が小さい)というメリットの半面、一部で医療事故が問題になるなど、その安全性に懐疑的な見方があることも事実だ。

 患者がリスクを理解した上で、なおその術式を求めたとしても、高度な技術と安全への配慮を万全にした上で初めて成り立つ低侵襲手術だけに、医療者側の治療に対する「姿勢」が何より重要になってくる。

 彩の国東大宮メディカルセンター外科部長と手術部長を兼務する金達浩医師は、まさにその「技術」と「安全への配慮」を高いレベルで兼ね備えた消化器外科医だ。日本肝胆膵外科学会の「高度技能専門医」第一期認定医12人の一人。

その技術の高さは誰もが認めるところでありながら、手術に対する謙虚さを忘れることはない。

 「腹腔鏡手術の適用例であっても、利益と危険性を説明し、不安が残るようなら開腹手術を勧めます。患者さんが後悔しない、納得できる治療をしたいので」

 金医師のこだわりはもう一つある。「根治性」だ。手術をする以上、見落とし、取り残しは絶対に避けなければならない。

 「細かいことでも省略せず、決められた手順を踏んで丁寧に進めていくことに尽きます。手術というものは、外科医にとっては毎日のことでも、患者にとっては人生で一度あるかないかの経験。それを任せてもらう以上、どんな状況でも全力を尽くす義務がありますから」

 相手の目を見て、丁寧に言葉を選んで話すその物腰から、誠実な人柄が伝わってくる。そしてそれは、命を預ける臨床の場において、何よりも「安心感」が重要であることを、再認識させてくれるのだ。 

 ■金達浩(きん・たつひろ) 1969年、東京都生まれ。94年、群馬大学医学部卒業。東京女子医科大学東医療センター、国立がん研究センター研究所、国立がん研究センター東病院などを経て、2012年に東大宮総合病院(現・彩の国東大宮メディカルセンター)外科部長兼手術部長。肝胆膵外科高度技能専門医。医学博士。趣味はダイビング。

【日本の名医】見た目損なわない「裏側矯正」注力 渋谷矯正歯科院長・東海林貴大さん

歯科矯正というと、歯の表面に取り付けられたワイヤを思い浮かべる人は多い。咬合不全から生じるさまざまな不具合の解消のために重要な治療だが、それによって一定期間、審美面が損なわれるのも事実。そこで、見た目には治療中であることが分からない「歯の裏側」からアプローチする歯科矯正に取り組む歯科医師がいる。

 東京・渋谷、宮益坂の途中にある渋谷矯正歯科は、3年前に青山から移転してきた矯正歯科専門クリニック。院長の東海林貴大(たかひろ)歯科医師は、祖父から続く歯科医家系の3代目。

歯学部卒業後は、父から「歯科の中でも最も難しい領域」と言われていた矯正歯科を専門に選び、大学病院などで実績を積んできた。中でも高度な技術を必要とする「裏側矯正」では国内屈指の症例数を誇り、ネットなどでその情報を得た患者が全国から集まってくる。

 「3Dプリンターでその人ごとの歯の模型を作り、その人にとって最も理想的な歯並びを描いていく。それを見ることで、患者さんも矯正後の自分の歯の姿が分かり、治療に積極的になれるのです」

 積極的に歯を見せて笑う欧米人と違って、「歯並び」に重要性を置かない時代が長かった日本人。しかし近年、審美性だけでなく、歯並びやかみ合わせが全身の健康状態と密接な関係を持つことが解明されるに従い、矯正歯科へのニーズは急速に高まりつつある。

 「患者満足度の高い治療を実践するのはもちろんですが、一方で技術力の高い矯正歯科を普及させていく必要を感じています」と東海林院長は言う。矯正歯科をベースにした高品質の一般歯科をめざす若い歯科医師の育成に力を入れるべく、渋谷の本院の他に今月には横浜に、今年夏をめどに池袋にもサテライトクリニックの開設を予定している。

 「日本人の歯並びを欧米人並みに美しくするのが目標です」と笑う東海林院長。その実現に向けた取り組みは、確実に前進している。 (長田昭二)

 ■東海林貴大(しょうじ・たかひろ) 1975年、神奈川県川崎市生まれ。
北海道医療大学歯学部を卒業し、同大歯科矯正科入局。札幌医科大学口腔(こうくう)外科に勤務ののち、2007年、青山通り矯正歯科を開業し院長。13年、現在地に移転し施設名を渋谷矯正歯科に変更。16年3月、横浜駅前歯科・矯正歯科を開業し同院総院長を兼務。日本矯正歯科学会認定医、日本成人矯正歯科学会認定医、日本舌側矯正歯科学会認定医他。趣味は旅行。

【日本の名医】あらゆる疾患に取り組む 地域医療の充実に力 冨塚メディカルクリニック院長・冨塚浩さん

 宇都宮市北西部の郊外に12年前にオープンした冨塚メディカルクリニック。診療所ながら19床の入院ベッドを持ち、救急にも積極的に対応する、地域に根差した医療拠点として機能している。

 院長の冨塚浩医師の専門は血液内科。自身が9歳の時に4つ下の弟を白血病で亡くしたことから、「将来は白血病患者の命を救う医者になる」と心に決め、その目標に向けて邁進(まいしん)してきた。

 「私が医師としてデビューした当時、白血病はようやく骨髄移植が始まったあたりで、まだ手の付けられない病気でした。それが治療薬の進歩で、今では治すことが当たり前の時代になった。隔世の感があります」と目を細めるが、院長としての現在は、さらに広範囲に目を向ける毎日だ。

 「大学病院では血液疾患だけを診ていればよかったけれど、ここではそうはいかない。開業医は病気を選んでいられませんから」と笑うように、あらゆる疾患、症状のプライマリケア(初期診療)に取り組む毎日。人工透析や健診に対応したMRIなどの設備も持ち、トータルな地域医療の充実に力を入れている。

 こうした姿勢の背景には、冨塚医師自身の「僻地(へきち)医療」の経験が大きく関係している。出身大学である自治医大は、卒業後に一定期間、出身県内で僻地医療に従事することが義務付けられている。そこで経験した「患者とのふれあいの大切さ」が、現在のクリニックの方向性を示しているのだ。

 「一つハッキリしていることは、僕が“人と接することが好きだ”ということ。だから過疎地や山間部の医療機関に勤めていても、患者さんと話していれば不満がなかったんです」

 当時から冨塚医師を慕う多くの患者が、今も県内全域から集まってくる。理想的な地域医療の一つの姿が、そこにある。 

 ■冨塚浩(とみづか・ひろし) 1961年、栃木県生まれ。86年、自治医科大学卒業。栗山村立湯西川診療所に勤務の後、96年、同大学院修了。栃木県医師会温泉研究所附属塩原病院内科医長、黒須病院内科部長、自治医科大学内科講師を経て99年、日光市民病院院長。2003年、菅間記念病院副院長を経て04年から現職。日本内科学会認定医・総合内科専門医、日本血液学会血液専門医他。現在、自治医科大学非常勤講師。医学博士。趣味はギターとゴルフ

【日本の名医】心臓と呼吸器に関する急患はすべて受け入れる かわぐち心臓呼吸器病院理事長・院長 竹田晋浩さん

JR京浜東北線・蕨駅と埼玉高速鉄道・鳩ケ谷駅からそれぞれバスで10分。閑静な住宅地に昨年11月にオープンしたかわぐち心臓呼吸器病院は、その名の通り「循環器」と「呼吸器」の疾患の診断と治療に特化した病床数88の専門病院だ。

 院長の竹田晋浩医師は、長年にわたって母校の日本医科大学付属病院に勤務し、集中治療部門のトップとして活躍してきたICU治療における日本の第一人者。

 「医者になって25年が過ぎたとき、ふと考えたんです。あと25年は臨床に携われるだろう。ということは、今が折り返し地点。ならば医師としての後半の人生は、自分の考える“理想の医療”の実現に挑戦してみよう-と」

 自身の専門である循環器と呼吸器に対象を絞り込み、「重篤な症状の患者を助けること」を命題とした医療機関の設立を決意する。

 医師としての後半生を賭けた船出だけに妥協はない。医師やスタッフは自分と同じ思いを持つ精鋭だけで組織した。導入した医療技術や院内設備も、療養環境を最優先した細かな設計にこだわり抜き、中規模民間病院としては他に類を見ない医療提供体制を実現している。

 高度な技術と高品質の療養空間は、オープン直後からクチコミで地域に浸透し、当初見込んでいた病床稼働率を大幅に上回る受診者を受け入れている。

 「心臓と呼吸器に関する急患はすべて受け入れます」と話す竹田医師の言葉には、長年にわたって心血を注いできた高度な重症管理と救急管理への自信がうかがえる。

 取材中も頻繁に鳴る救急搬送の連絡の一つひとつに、竹田医師は丁寧に指示を出す。緊急事態にあって、あえて穏やかに話すその口調が、常在戦場の臨床現場に冷静さをもたらす。

 県南部に誕生した世界標準の専門病院。その先頭に立つ竹田医師に掛かる地域の期待は大きい。 

 ■竹田晋浩(たけだ・しんひろ) 1960年、京都府生まれ。86年、日本医科大学卒業。92年、同大学院修了。同大医学部麻酔科入局。講師、准教授、教授を歴任。96年から1年間、スウェーデン・カロリンスカ大学に留学。2015年から現職。日本医大特任教授、徳島大学客員教授、日本呼吸療法学会副理事長、厚生労働省ECMO研究班代表他。趣味は「2人の娘(ともに英国在住)とのメールのやりとり」。

【日本の名医】睡眠中に視力回復治療 眼科領域で最先端の技術を提供★吉野眼科クリニック院長 吉野健一さん(53)

毎年暮れになるとテレビで映し出される東京・上野の“アメヤ横丁”。そのすぐ近く、上野広小路に建つビルの6階にあるのが「吉野眼科クリニック」だ。

 院長の吉野健一医師は、およそ20年前、当時の日本ではまだ認知されていなかった「ドライアイ」を米国で学び、その病態を日本に伝えたチームの一人。帰国後に開業してからも大学の研究室に籍を置き、最先端の知識と技術を臨床の場で提供し続けてきた。

 現在もドライアイの診断と治療を柱に、白内障やレーシック手術など、眼科領域の中でも特に高い専門性が求められる診療に力を入れる。

 吉野医師が今、熱心に取り組んでいるのが「オルソケラトロジー」という治療法。

 「睡眠中に専用のコンタクトレンズを装着することで、角膜のカーブを変え、視力を矯正する治療法です。アメリカで開発され、2009年に日本でも厚生労働省の認可が下りました。

海外では、特に小児の近視進行抑制効果が認められていて、日本でも今後、眼科治療の一つの柱になる可能性があります」

 レーシックや、このオルソケラトロジーもそうだが、吉野医師には先駆者ならではの悩みもあるという。

 「新しい技術が注目されると、不勉強な医師が手を出して事故を起こす。これが一番つらいところ」と苦笑いする。その苦悩があるからこそ、患者がその治療を求めて来ても、適応から外れる時には毅然と断り、その患者にとって最適の治療法を考えていく姿勢だけは絶対に崩さない。

 屈託のない笑顔で話す姿は、深い信頼感を醸成する。高い技術力だけでない、人間としての魅力が患者はもちろん、同業者の信頼をも得るのだ。 

 ■吉野健一(よしの・けんいち) 1960年、東京都生まれ。81年、日本医科大学を卒業し、慶應義塾大学眼科学教室に入局。同大関連病院に勤務後、米・マイアミ大学に留学。帰国後の95年、吉野眼科クリニックを開設し院長。現在、東京歯科大学眼科学教室ならびに日本医科大学眼科学教室講師。医学博士。趣味は硬式テニス、海釣り、マラソン。

【日本の名医】精度の高い“糖尿病治療”に定評!丁寧な説明で効果アップ★聖マリアンナ医科大学病院代謝・内分泌内科・教授田中逸さん(57)

川崎市北部を代表する基幹病院の聖マリアンナ医科大学病院。ここの代謝内分泌内科部長を務める田中逸教授は、大手自動車会社に勤務した経験を持つ、異色の内科医だ。

 「生化学への興味が断ち切れず、医学の道に転身しました。糖尿病というさまざまなタイプの患者さんと接する今、その経験は大いに役立っています」と笑顔で話す。

 「人間が好き、人と話すのが好きだからこの分野を専攻した」と言うとおり、話す内容が理路整然としていて分かりやすい。難しい専門用語は極力使わず、平易な言葉に置き換えて説明するので、患者の理解度も高まる。

 進化する糖尿病治療。しかし、医療技術を成果に結び付けるには、患者自身が治療内容を理解し、納得できるように説明する必要がある。

 「例えば近年は早期インスリン治療といって、比較的早い段階の糖尿病患者にインスリンの自己注射を行うケースが出てきました。しかし、『インスリン注射は最終手段』と考え、治療に否定的な姿勢を示す患者もいる。

そんな人には、インスリンは飲み薬にできないこと、まずはインスリンで血糖を正常にして膵臓を休ませることの重要性を説きます。

その上で、何よりインスリンはもともと体内で分泌されるホルモンで、インスリン注射は少なくなったホルモンを補充するだけのことであり、異物を注入するわけではないことを丁寧に説明します。その丁寧さを省いてしまうと理解は得られません」

 そう語り、糖尿病治療を「患者さんに生き方を見つめ直してもらうこと」と表現する。

 長年の実績から培われた対話術を武器に、精度の高い糖尿病治療に取り組む田中医師。その姿は、経験豊富な学校の教師の姿を想起させる。

 糖尿病治療は医師との付き合いも長くなる。田中医師の診察室に漂う信頼感と安心感が、患者の治療への意欲を優しく後押しする。 (長田昭二)

 ■田中逸(たなか・やすし) 1955年京都府生まれ。
名古屋工業大学を卒業後、大手自動車会社に勤務。その後、滋賀医科大学に進み86年卒業。同大第三内科、東京都済生会中央病院に勤務後、順天堂大学助教授を経て、2006年より現職。日本糖尿病学会専門医・研修指導医、日本内分泌学会専門医・研修指導医ほか。NPO法人「川崎糖尿病スクエア」理事長。

【日本の名医】リウマチ、痛風、膠原病…最新の治療法を同業者にも発信★名古屋膠原病リウマチ痛風クリニック院長玉置繁憲さん(54)

名古屋駅桜通口から徒歩5分。ビジネスビルの3階にある「名古屋膠原(こうげん)病リウマチ痛風クリニック」は、名前からも分かる通り、リウマチと膠原病、痛風や骨粗鬆(こつそしょう)症の診断と治療に特化した専門クリニック。

 開業は2年前。すでに中部地方全域のみならず、大阪や東京など遠方から通院する患者も増えている。

 院長の玉置繁憲医師は、三重県内の中核病院で、これらの疾患を専門に診てきた経歴を持つ内科医だ。

 「病院の勤務医だと、経歴が長くなるとどうしても管理職としての業務のウエートが大きくなってくる。それよりもっと患者と向き合える時間を取りたかった」と開業の背景を語る。

 大学卒業後は消化器内科に進んだ。

 「当時は免疫学が劇的に発展した時期。医師としての成長とともに免疫学の発展を肌身で感じました。その後、自己免疫性疾患である膠原病を専門にしたのも自然の成り行きでした」

 よく産科や小児科、救急などの医師が少ないことから医療崩壊が叫ばれるが、玉置医師によると膠原病内科も目立たないだけで、実は医療崩壊が深刻なだという。

 「複雑な免疫疾患は若い医師からも『難病』として敬遠されます」

 そんな中で、「管理より臨床」との思いから、通院に便利な都市部に専門クリニックができたことは、患者にとっては大きな朗報となった。

 「この領域に詳しい医師が少ないことは、単に診てくれる医師が少ないだけでなく、有効な治療法が開発されても、それが普及しにくい問題にもつながっている。ここでは新しい治療法を積極的に導入し、患者だけでなく、同業者である医療者にも広く発信していきたい」

 そう語る玉置医師の口調は穏やかだが、一言ひとことに込められた思いの熱さは確実に伝わって来る。多くの患者から支持される理由がよくわかる。 

 ■玉置繁憲(たまき・しげのり) 1958年大阪府生まれ。
85年、三重大学医学部卒業。同大学院修了。同大附属病院、公立紀南病院、国立三重中央病院(現・三重中央医療センター)勤務後、2011年より現職。現在、三重大学医学部臨床講師を兼任。日本リウマチ学会認定リウマチ専門医ほか。医学博士。

【日本の名医】世界に通用する歯科診療を実践 高度な技術をシステム化★いのうえ歯科医院院長・井上裕之さん(50)

 「自分で奇跡を起こす方法」(フォレスト出版)などの著書で知られる井上裕之氏。

ベストセラーの著者であり、講演会を開けば1000人を超える聴衆を集めることもある人気講師。経営コンサルトとしても高い知名度を持つが、本業は、北海道の帯広市で歯科医院を経営する歯科医師だ。

 知識と技術に確固たる自信を持ち、その高度な技術をみじんの無駄もなく提供するためのシステムを構築。患者は国内はもとより、海外からもやって来る。

 「世界に通用する診療をしたかった。そのためには何が必要かを考え、追求した結果がこのクリニックです」と胸を張る。その組織は、「安心、安全な医療機関」という井上氏の理念に基づき、国際標準化機構の規格ISO9001と14001を取得している。

 「私が自信を持つだけでは意味がない。医療は客観的な評価の上に成り立つもの。そう考えれば国際標準での評価を求めるのは当然のこと」

 徹底的にシステム化された環境で、高度に教育されたスタッフによって実践される診療は高い品質と効率性をもたらす。

 「無駄がないから手術が早い。2日間で12人のインプラント治療をパーフェクトな形で遂行できるのは、私の技術だけでなくパワーパートナーとしてのスタッフの力量にもよるもの。私はそのリーダーとしてのマネジメントに力を入れるべきです。このクリニックはその実践の場なんです」

 自己満足ではない、社会が求める医療を提供すべき-という理念を後進に伝えるため、忙しい臨床の合間を縫って大学でも教鞭(きょうべん)をとる。

 「どんなに忙しくても、仕事が楽しいから疲れない。次の仕事へのビジョンを考えることが、趣味と言えば趣味ですかね(笑)」

 北の大地から世界に向けて、真の医療のあるべき姿を発信する。 (長田昭二)

■井上裕之(いのうえ・ひろゆき) 1963年、北海道生まれ。東京歯科大学大学院修了。米・ニューヨーク大学ほかで学ぶ。現在、医療法人社団いのうえ歯科医院理事長のほか、島根大学医学部臨床教授、東京歯科大学と北海道医療大学非常勤講師、ブカレスト大学とインディアナ大学歯学部の客員講師、ニューヨーク大学歯学部インプラントプログラムリーダー。歯学博士、経営学博士。最新著書は「人もお金もついてくるリーダーの哲学」(すばる舎、1470円)

【日本の名医】口腔内から健康アシストする歯科医 歯周病予防で全身疾患のリスク低減★武内歯科医院院長 武内博朗さん(51)

 神奈川県・相鉄線さがみ野駅からバスで5分。閑静な住宅地に建つ「武内歯科医院」の武内博朗院長は、地域医療で“予防と健康づくり”に力を入れる著名な歯科医師。

 歯周病に対する徹底した予防処置を講じることで、全身疾患を未然に防ぎ、口腔(こうくう)内だけでなく全身のアンチエイジングの実現をめざす。中でも特徴的なのが、軽度歯周病への取り組みだ。

 「歯科に限らず一般に定期健診は、病気を見つけることが目的です。しかしこの施設では、病気になるプロセスの変化を察知して、口腔疾患やその先にある全身疾患を未然に防ぐことを目的としたリスク低減治療を行っています。定期検診ではなく、まさに“定期予防処置”です」

 近年、口腔疾患、特に歯周病と全身疾患の関連が指摘され始めた。開業前は、研究者として免疫システムの解明に取り組んでいた武内院長にとって、この分野に対する思い入れは大きい。

 「歯周病が進行すると、歯周ポケットの細菌や毒素が歯茎の血管から血液に入り込む“菌血症”という病態に移行する。これは糖尿病や動脈硬化、さらには心筋梗塞や脳梗塞などの原因になると分かっています。これを丁寧に説明し、口腔環境の衛生を保つ重要性を理解してもらうことが、定期予防処置の第一歩なのです」

 歯の表面から除去した歯垢を電子顕微鏡で患者に見せて、悪玉菌の多さや活性度を知らせ、事の重大さを理解させる。

 「患者も、歯周病と全身疾患の関係を正しく理解すれば、3カ月に一度の定期予防処置が“面倒なこと”ではなくなる。ここが定期検診とは違います」と笑う武内院長。

 こうした武内院長の取り組みが、口腔環境の向上のみならず、健康寿命の上昇をアシストする。 

 ■武内博朗(たけうち・ひろあき) 1962年、神奈川県横須賀市生まれ。87年、日本大学歯学部卒業。91年、横浜市立大学医学研究科大学院修了。同大医学部附属病院歯科・口腔外科常勤特別職診療医。93年より独・マックスブランク研究所、同ハイデルベルク大学留学。帰国後、横浜市大非常勤講師、国立予防衛生研究所口腔科学部研究員を経て、99年、武内歯科医院を継承し院長。現在、鶴見大学歯学部臨床教授、日本大学歯学部兼任講師。医学博士。趣味はスキー、登山、日本拳法。

【日本の名医】前立腺治療に豊富な実績を持つ泌尿器科医 「患者の状況に応じて」高精度の診断★重城泌尿器科クリニック院長重城裕さん(57)

埼玉県久喜市菖蒲町。緑豊かな田園風景も残る静かな町に、今春、一軒のクリニックがオープンした。重城泌尿器科クリニックがそれだ。

 院長の重城裕医師は、大学病院、泌尿器科専門病院、そして地域密着型病院という、あらゆるタイプの医療機関で実績を積んできた泌尿器科医。その豊富な経験を生かして、泌尿器科領域のプライマリケア(初期診療)の充実を目指し、このクリニックを立ち上げた。

 「実は今でも隔週手術をしに埼玉県央病院に行っているんです」と話すように、自身のクリニックで手術の適応があり、患者が希望すれば、開業前まで勤務していた病院に出向いて執刀する。まさにオールラウンドの泌尿器科医だ。

 特に力を入れているのが、前立腺肥大症の治療。状況に応じて侵襲が小さく、しかも効果の大きい治療を選択することで、患者満足度を高めている。

 「薬で症状を抑えられる場合は、α1ブロッカーが第一選択。前立腺の筋肉を緩めて排尿しやすくする効果があります。副作用が少ないので、非常に使いやすい薬です」

 他にも5α還元酵素阻害薬や黄体ホルモンなど、内科的治療には幅があるが、重城医師は「その人にとって最善の治療法を選ぶ事が重要」と、精度の高い診断に力を入れる。

 一方、手術も、内視鏡手術で2500例以上の症例数を持つ。また症例を選べば、経尿道的前立腺高温度治療や、ホルミウムレーザー前立腺蒸散術のような出血量の少ない技術で好成績を残す。

 「このあたりは医療機関が少ないエリア。そんな中で、地域に役立つ存在となり、大学病院と同等の治療ができれば」と語る重城医師。

 これまで培ってきた経験と実績を、真新しいクリニックで還元する。 

■重城裕(じゅうじょう・ゆたか) 1956年、京都府生まれ。甲南大学理学部から聖マリアンナ医科大学へ進み、87年、卒業。同大泌尿器科に入局。同大学病院、同横浜市西部病院、平田病院(函館市)、埼玉県央病院に勤務。2013年、重城泌尿器科クリニックを開設し院長。日本泌尿器科学会泌尿器科専門医・指導医。趣味は、剣道とミュージカル鑑賞。

【日本の名医】耳の内視鏡手術で世界に先駆け!山形で“最先端”医療を提供★山形大学医学部教授・欠畑誠治さん(55)

「たとえ有効性と安全性に優れた技術であっても、その医者にしかできない技術では意味がない。私たちが目指すのは、この技術が広く、正しく普及して、世界中の誰もがこの治療の恩恵を受けられるようになること」

 そう語るのは、山形大学医学部耳鼻咽喉・頭頸部外科の欠畑(かけはた)誠治教授。内視鏡を用いた耳の手術で、世界的知名度を持つ医師だ。

 先天性奇形や外傷による耳の障害、また中耳真珠腫のように、聴力に影響を及ぼす危険性のある疾患に対し、低侵襲(患者の受けるダメージが小さい)治療の開発に取り組み、臨床に導入してきた。

 「他の診療科同様、耳の手術も以前は“大きく切る”のが一般的でした。しかし、それは患者本位の治療ではない。顕微鏡を用いた手術もありますが、より安全で確実性の高い手術が内視鏡ならできるのでは-と考えたのが始まりです」

 切除部を細切れにすることなく“連続して取る”ことで、取り残しや再発を防ぐ。器具の改良や手技の工夫で、従来不可能とされていた部分にも、内視鏡でのアプローチを可能にした。

 まさにゼロからのスタート。

 「初めは異端視されましたよ」と苦笑。だが、その取り組みは国際的に評価され、一躍世界中の耳鼻咽喉科医が注目する存在となっていく。

 現在はイタリアやフランスなどの耳鼻咽喉科医らと組織するワーキンググループの代表の1人として忙しい毎日だ。

 冒頭の発言通り、耳の内視鏡手術に興味を持つ医師の育成に向けて、すべての資料を公開し、講演や指導に出向くことも多い。

 「日本の中で山形は一地方都市に過ぎないかもしれないけれど、“耳の内視鏡手術”においては世界のトップを走っている自負があります。東京や大阪ではなく、山形に世界の最先端があるなんて、ちょっと夢があるじゃないですか(笑)」

 銀色に輝く蔵王連峰を望む研究室から、欠畑医師は世界を見つめている。 (長田昭二)

■欠畑誠治(かけはた・せいじ) 1957年青森県七戸町生まれ。
東大理科I類から東北大医学部に進み、87年卒業。93年同大学院修了。東北大医学部助手、米・エール大研究員、弘前大講師、同准教授などを経て、2011年より現職。日本耳科学会理事・評議員、日本聴覚医学会並びに日本耳鼻咽喉科免疫アレルギー学会評議員ほか。医学博士。趣味はサッカー観戦とフットサル。

【日本の名医】地元で治す“街角がん診療” 地域と連携、外来化学療法に対応★渡辺医院・浜松オンコロジーセンター院長 渡辺亨さん(58)

高齢社会、超高齢社会への進展は、いや応なく「がん」を身近な存在に引き寄せる。自分や家族が、がんになった時のことを、真剣に考えないわけにはいかない時代だ。

 日本人は「生死に直結する病気は大病院で」と考えがちだが、命に関わるからこそ、自分の住む町で治療を受けるべき-と考える医師がいる。

 静岡県浜松市中区の渡辺医院・浜松オンコロジーセンターは、入院ベッドを持たない診療所。ここで、外来のみの化学療法が行われている。

 院長の渡辺亨医師は、国立がん研究センターなど、日本のがん治療の中枢で活躍していた腫瘍内科医。

 大規模病院で外来化学療法を担当していた当時、「せっかく外来でできる治療なのに、遠方の患者は泊まりがけで治療を受けに来る。これでは入院治療と変わらない」との思いを強くし、自身の故郷・浜松で、外来化学療法に対応した診療所を立ち上げた。

 「“街角がん診療”と呼んでいます。都会に行かなくても、居住地域で、東京や大阪と同じ水準のがん治療を行えばいいだけのこと。それを実証することが、このクリニックの目的です」

 がんという病気をトータルで診るためには、手術や検査設備を持つ医療機関との連携が不可欠。

 そうした連携病院とも同じ意識、同じ認識で診療に当たれるよう、渡辺医師が旗振り役となり、浜松エリアのがん治療医や医療従事者との勉強会組織を立ち上げ、情報の共有化にも力を入れる。

 「こうしたシステムは浜松だけにあっても意味がない。コンビニのように、全国に点在して初めて“街角がん診療”は成り立つんです。そのためにも、ここでの失敗は許されませんからね」という渡辺医師。

 地域完結型がん治療の芽が、浜松から育ち始めている。 (長田昭二)

 ■渡辺亨(わたなべ・とおる) 1955年、静岡県生まれ。80年、北海道大学医学部卒業。米国留学を経て、国立がんセンター(現・国立がん研究センター)中央病院内科医長。国際医療福祉大学臨床医学センター教授、山王メディカルプラザ・オンコロジーセンター長を歴任し、2005年より現職。趣味はシーカヤック。

【日本の名医】秋葉原のスーパー開業医 神経内科の領域からメタボにメス!★秋葉原駅クリニック院長大和田潔さん(47)

JR秋葉原駅を降りて目の前のビルにある「秋葉原駅クリニック」。院長の大和田潔医師は、夕刊フジの僚紙SANKEI EXPRESSで医療コラムの連載を持つほか、「副作用-その薬が危ない」など話題の本の著者としても知られる気鋭の神経内科医。

 得意の頭痛治療をはじめ、脳卒中やアルツハイマー、パーキンソン病などの診断でも豊富な実績を持つ。

 「神経内科は、患者と一緒に粘り強く病気と闘っていく診療科。そこに医療の本質があると思うし、自分の性格にも合っているので」と笑う。

 基幹病院で救急医療の実績を重ね、満を持しての開業となったが、特に強い開業志向があったわけではないという。

 「患者さんから『先生に診てもらえてよかった』と言ってもらえる医療が提供できるなら、病院でもクリニックでもどっちでもいいんです」

 しかし、大規模病院と違って、クリニックなら必ずお目当ての医師に診てもらえる。著書や新聞を読んで大和田医師の診察を希望する患者が、遠方からもやって来る。

 現在のクリニックでは、神経内科領域だけでなく、内科全般のプライマリケア(初期診療)を対象としている。特に力を入れるのが、メタボリックシンドローム対策だ。

 「運動をすると脳が活性化されて、その影響で内臓脂肪が燃焼されていくことがわかってきた。これにより、メタボは脳の病気かもしれない-という神経内科的な仮説が立つのです。単に“運動すれば痩せる”という各論ではなく、メタボという現象の全体像を明らかにした上で、生理学に立脚した指導をしていくことが現在の目標です」

 臨床で積み重ねた実績を元に病態解明を進め、それを新聞や著書で解説していく。まさに八面六臂(ろっぴ)の活躍を続けるスーパー開業医が、有名電気街のど真ん中にいる事実を、まずは知っておくべきだろう。 (長田昭二)

 ■大和田潔(おおわだ・きよし) 1965年東京都生まれ。福島県立医科大学卒業、東京医科歯科大学大学院修了。東京都立広尾病院、武蔵野赤十字病院などに勤務後、2007年、秋葉原駅クリニックを開業し院長。現在、東京医科歯科大学臨床教授を兼任。医学博士。趣味は水泳と走ること。最新著書は「糖尿病になる人 痛風になる人」(祥伝社新書、819円)。

【日本の名医】目に負担をかけない手術」心がけ 昭和大学江東豊洲病院眼科准教授・笹元威宏さん

なぜ医師という職業を選んだのですか-という問いに、「“病気を治す”という社会的ミッションがハッキリしていてわかりやすい職業だから」と明解に答える。昭和大学江東豊洲病院眼科准教授の笹元威宏(たけひろ)医師の診療姿勢が、この一言に現れている。

 「感覚器に興味があった」との理由から眼科を専攻し、白内障や糖尿病性網膜症、網膜剥離(はくり)などの手術を中心に治療実績を重ねてきた。

 「若い頃に見た上司の手術から、『美しく終わる手術は、視力もよくなる』ということを学びました」と語るように、安全で精度の高い手術へのこだわりは大きい。特に心がけるのは、「目に負担をかけない手術」だ。

 「人の目には、大きな違いはない半面、百人いれば百通りの目があるのも事実。手術時間を短くすることに興味はありません。それよりも、危ない操作をすることなく、自分のベストパフォーマンスを発揮できて初めて、手術を美しく終えることができると信じています」

 そのモットーを実践するため、日頃のコンディショニングにも注意を注ぎ、出張先の病院でも、普段通りの手術ができる“応用力”も身に付けた。

 手術の手技を高める一方で、患者の心のケアにも力を入れる。

 「眼科には、完全に視力を失ってしまった患者も訪れます。そんな方の心に寄り添うことで、『目は見えないけれど、不幸ではない』と思えるような診療をしたいんです」

 2014年に現在の場所に病院が新築移転した際には、新病院立ち上げの準備チームの中核的存在として活躍した。その経験から、チームとしての団結力の大切さを学んだという笹元医師。

 高度な技術と豊富な実績、そして患者に寄り添う心-。笹元医師の目は、患者と地域住民の健康を、つねに捉えている。 (長田昭二)

 ■笹元威宏(ささもと・たけひろ) 1973年、横浜市生まれ。99年、昭和大学医学部卒業。同大眼科学講座入局後、同大学病院、山近記念総合病院(神奈川県小田原市)、三友堂病院(山形県米沢市)などに勤務。2014年より現職。医学博士。趣味はゴルフ。

【日本の名医】患者本位の「前立腺」診療 最新機器で出血少ない手術を実現★国立長寿医療健康センター手術・集中治療部長 吉田正貴さん(58)

名古屋市中心部から車で40分。愛知県大府市にある国立長寿医療健康センターは、日本で唯一「長寿科学」「老年医学」に関する専門的な研究に取り組む独立行政法人。ここで手術・集中治療部長を務める吉田正貴医師は、泌尿器科医として高い実績を持つ。

 長年にわたり故郷熊本で臨床と研究に携わってきたが、昨年請われて現在の病院にやってきた。

 前立腺がんや前立腺肥大症、さらには腎臓疾患と、泌尿器科領域を広範囲にカバーする。

 「もともと研究が好きだったので」と語る通り、臨床に対する姿勢も理論的。エビデンス(証拠)に基づく診療姿勢を崩さないが、その合間合間に、豊富な経験が生み出す柔軟な対応に、温かい人間味があふれ出る。

 例えば前立腺肥大症の治療。単に症状を改善するだけではなく、患者が求める優先順位に応じ、薬を選ぶようにしているという。

 「薬物療法ではα1ブロッカーという薬が第一選択ですが、特に尿の勢いをよくしたいならシドロシン、副作用の射精障害を回避したいならタムスロシン…と、微妙に薬を使い分けるだけでも、患者の生活の質は違ってきます」

 前立腺肥大症の手術においても、高い専門性を発揮する。吉田医師の診療科では今年、最新のレーザー機器を導入し、出血の少ない手術を実現している。

 「前立腺肥大症の患者の中には、医師に相談することを恥ずかしがって受診をためらう人も少なくない。でも、肥大症の検査の過程で前立腺がんが見つかることもあります。60歳を過ぎて、排尿障害や夜間頻尿などの症状があるなら、まず一度検査を受けてほしい」と呼びかける。

 優しい笑顔と温厚な語り口が、緊張をほぐしてくれる。同じ相談するなら、こういう医師にしたいものだ。 (長田昭二)

■吉田正貴(よしだ・まさき) 1955年、熊本県生まれ。
81年、熊本大学医学部卒業。同大医学部泌尿器科入局。同大学病院、熊本労災病院などに勤務。熊本大准教授などを経て、2012年から現職。日本泌尿器科学会、ならびに日本腎臓学会専門医・指導医。日本排尿機能学会理事ほか。医学博士。

【日本の名医】目に負担をかけない手術」心がけ 昭和大学江東豊洲病院眼科准教授・笹元威宏さん

なぜ医師という職業を選んだのですか-という問いに、「“病気を治す”という社会的ミッションがハッキリしていてわかりやすい職業だから」と明解に答える。昭和大学江東豊洲病院眼科准教授の笹元威宏(たけひろ)医師の診療姿勢が、この一言に現れている。

 「感覚器に興味があった」との理由から眼科を専攻し、白内障や糖尿病性網膜症、網膜剥離(はくり)などの手術を中心に治療実績を重ねてきた。

 「若い頃に見た上司の手術から、『美しく終わる手術は、視力もよくなる』ということを学びました」と語るように、安全で精度の高い手術へのこだわりは大きい。特に心がけるのは、「目に負担をかけない手術」だ。

 「人の目には、大きな違いはない半面、百人いれば百通りの目があるのも事実。手術時間を短くすることに興味はありません。それよりも、危ない操作をすることなく、自分のベストパフォーマンスを発揮できて初めて、手術を美しく終えることができると信じています」

 そのモットーを実践するため、日頃のコンディショニングにも注意を注ぎ、出張先の病院でも、普段通りの手術ができる“応用力”も身に付けた。

 手術の手技を高める一方で、患者の心のケアにも力を入れる。

 「眼科には、完全に視力を失ってしまった患者も訪れます。そんな方の心に寄り添うことで、『目は見えないけれど、不幸ではない』と思えるような診療をしたいんです」

 2014年に現在の場所に病院が新築移転した際には、新病院立ち上げの準備チームの中核的存在として活躍した。その経験から、チームとしての団結力の大切さを学んだという笹元医師。

 高度な技術と豊富な実績、そして患者に寄り添う心-。笹元医師の目は、患者と地域住民の健康を、つねに捉えている。 (長田昭二)

 ■笹元威宏(ささもと・たけひろ) 1973年、横浜市生まれ。99年、昭和大学医学部卒業。同大眼科学講座入局後、同大学病院、山近記念総合病院(神奈川県小田原市)、三友堂病院(山形県米沢市)などに勤務。2014年より現職。医学博士。趣味はゴルフ。

【日本の名医】糖尿病”に立ち向かう若きリーダー★糖尿病治療のサラブレッド池田病院院長の池田弘毅さん(40)

患者数1170万人。予備軍を含めると、その数は2210万人にも上るとされる糖尿病。国民病とも言えるこの病気に立ち向かう若きリーダーが兵庫県尼崎市にいる。

 阪急神戸線「塚口駅」からすぐの池田病院は、開院40年の歴史を持つ糖尿病専門病院。創業者である父を継ぎ、今春から院長として病院運営の舵を取る池田弘毅医師は、「医者になるなら糖尿病と決めていた」と言う、糖尿病治療のサラブレッドだ。

 初期には症状がなく、出た時には進行している糖尿病。症状がないうちにどこまで治療ができるかが勝負となるのだが、無症状の人がそう簡単に治療に向き合えるものでもない。

 「まずは糖尿病を放置したらどんな恐ろしい結末が待っているのかを正しく理解してもらい、その上で“できる範囲”のことから取り組んでもらうようサポートしていきます。できないことを言ったところで続きませんからね(笑)」

 病気が進んでいく時は“悪い連鎖”に陥っているが、その鎖を断ち切ることで、“良い連鎖”に向かわせることは可能だと池田医師はいう。

 「早期でのインスリン治療の導入などは、まさに悪い連鎖を断ち切る上で重要な手段。断ち切ることができれば、後にインスリンから離脱できることも多い。食事療法も型通りの制限食にこだわらず、個人の好みも取り入れ、今より少しでも良い内容になるよう、具体的に指導します。

そうすることで積極性が出るし、治療の成果が数値となって出てくれば、患者自身もうれしくなる。治療に前向きになれるものなんです」

 遠方に転勤した患者が、その後も池田医師の治療を求めて通ってくるケースも珍しくない。糖尿病治療は長い付き合いになるからこそ、名医、良医との関係は重要なのだ。(長田昭二)

■いけだ・ひろき 1971年兵庫県生まれ。
98年長崎大学医学部を卒業後、京都大学医学部附属病院内科研修医。国立姫路医療センター勤務の後、2001年京大大学院医学研究科進学。05年同修了。北野病院糖尿病内分泌センター副部長を経て、09年池田病院内科部長。今年4月より現職。日本内科学会認定医。日本糖尿病学会専門医・学術評議員。医学博士。趣味は料理。

【日本の名医】ドライアイ治療に定評のある眼科専門医 検査、投薬…無駄なく地域に貢献★みさき眼科クリニック院長 石岡みさきさん(49)

小田急線と地下鉄千代田線の代々木上原駅から徒歩5分。閑静な住宅地に建つ「みさき眼科クリニック」は、地域密着型の眼科診療所。地元出身の石岡みさき医師は、「生まれ育った渋谷に貢献したい」との思いで、5年前、現在の地で開業した。

 開業前はぶどう膜炎、ドライアイ、アレルギーなどを研究テーマとし、現在は眼科領域の初期診療全般を網羅した診療体制を敷く。中でもドライアイとアレルギーの診断と治療の精度の高さには定評があり、噂を聞きつけた患者は広く関東全域から通ってくる。

 そんな石岡医師のモットーは「無駄のない医療」。必要のない検査や投薬は行わず、無駄に治療が長期化しないよう心がけている。

 「経営的に見れば何度も通ってもらったほうがいいのかもしれないですが、それじゃ地元貢献にならないし…」と苦笑い。

 そんな診療姿勢は地域に浸透し、「気軽に相談できる目医者さん」として信頼も厚い。

 治療の一方で予防医学にも力を入れる。

 「例えば“ドルーゼン”という病態があります。目の老廃物がたまったもので、これ自体は病気ではないものの、将来、黄斑変性症に進展する危険性が高い。この場合には専用の抗酸化作用を持つサプリメントで予防効果が得られることが分かっています」

 病気になってから治すだけでない。病気にならないようにするのも、かかりつけ医の大きな役割なのだ。

 最近はスマートフォンの普及による疲れ目やドライアイを訴えて受診する患者が急増している。目を酷使する現代人にとって、眼科医の重要性は増すばかりだ。

 「受診した時に、その人の目の情報がすべてそろっているクリニックでありたい」と語る石岡医師。“目のかかりつけ医”としての誇りがそこにある。 

 ■いしおか・みさき 1989年、横浜市立大学医学部卒業。同大学病院、同大学院を経て米・ハーバード大学に留学。帰国後、東京歯科大学市川総合病院に勤務。98年、両国眼科クリニック院長。2008年より現職。医学博士、眼科専門医。横浜市立大学医学部眼科講師。趣味は刺繍(ししゅう)、文章を書くこと、新しい企画を立てること。

飲み方と食べ方にコツ 忘年会の“血糖値スパイク”こう防ぐ

 忘年会は今がピーク。仕事の合間を縫って「今日で3回目」「今年の忘年会はあと2回」という人もいるだろうが、血糖値スパイクに気をつけた方がいい。糖尿病を発症させたり、老化が早まるばかりでなく、心筋梗塞や脳梗塞などによる突然死の危険を高める。糖尿病専門医で「AGE牧田クリニック」(東京・銀座)の牧田善二院長に聞いた。

「忘年会などの酒席には、ただでさえ血糖を上げやすいお酒や食べ物がたくさんあります。ここぞとばかりに飲食すると、糖分を大量かつ一遍に体内に吸収することになり、血糖値スパイクが起きやすくなります」

 血糖値スパイクとは食後の短時間に血糖値が急上昇し、やがて正常値に戻ることをいう。糖尿病の人に見られる現象だが、最近の研究では一見糖尿病でない人の中にも同じような現象が起きていることがわかったという。空腹時血糖値だけを調べる通常の健康診断では見つからないためで、日本人の1400万人以上に血糖値スパイクが生じているともいわれる。

「血糖値スパイクが怖いのは、放っておくと本格的な糖尿病を発症するだけでなく、心筋梗塞や脳梗塞、認知症などの引き金となる動脈硬化を起こすことです。血糖値の急上昇・急降下を繰り返すと、血管の内壁の細胞から有害物質である活性酸素が大量に発生します。それが血管の内壁を傷つけ、修復するために集まった免疫細胞が血管の内壁に潜り込んで血管を硬く、狭くするのです」

 動脈硬化は血管の老化だ。それが進むというのは、それだけ早く老けることでもある。

「動脈は心臓から送り出される血液とともに、酸素や栄養を全身に運ぶパイプの役割を担っています。しかも、動脈自ら収縮や弛緩することで、血液がスムーズに流れるよう手助けをしています。ところが、動脈の弾力性が失われ、血管内が狭くなると血液が流れにくくなり、全身の細胞が酸素不足・栄養不足となって衰えていくのです」

■いかに糖質をゆっくり少しずつ腸に入れるか

 では、忘年会ではどんなことに気をつければいいのか?

「お酒はできたらワインや焼酎を選びましょう。血糖値を下げてくれます。日本酒や紹興酒などには糖質が含まれているので極力控えましょう。危険なのはジュースなどで割ったサワーやカクテル。糖分が多く、避けた方が無難です」

 お酒を飲み過ぎると、肝臓に脂肪がたまり、インスリンの効き目が悪くなる。結果、血糖値スパイクにつながる。

 おつまみは、おかきやチーズ類などは血糖を上げるが、食べ物で特に気をつけたいのが、お好み焼き。特に専用ソースには糖質が多く入っている。頭に入れておこう。

「血糖値を抑えるのに重要なのは、いかに糖質をゆっくり少しずつ腸に入れるかです。そのためには食べる順番が大切。野菜や肉を先に食べるようにして、糖質の多いものは後から食べるようにしましょう」

 また、“今日は忘年会でしっかり食べるから”と朝食や昼食を抜くのもダメ。ドカ食いにつながる。食べ方もちびちび食べるのがいい。寝不足、ストレスを抱えたままだと、インスリンの出や効き目が悪くなり、血糖値スパイクが起きやすくなる。忘年会にはしっかり寝て、仕事の憂いをなくして出席することに努めるべきだ。

「ひとつの所に座り続けてお酒を飲むのもよくありません。おしゃくをするなど、体をちょこちょこ動かして、胃腸に集まった血液を分散させることが、結果的に血糖値の上昇を抑えることにつながるのです」

 あくまでも忘年会はおしゃべりを楽しむもの。過度の飲食は慎むことだ。

【日本の名医】「きれいな手術」こそ安全の証明 ★大森赤十字病院 消化器内科副部長 内視鏡室長 千葉秀幸さん(37)

 いま、医療界で「大圃(おおはた)組」とよばれるエリート集団が話題になっている。内視鏡治療の名手として国際的な知名度を誇るNTT東日本関東病院内視鏡部長の大圃研医師が率いるスペシャリストの集まりだ。

 大圃医師の下で指導を受けた内視鏡医たちが各地に散り、たたき込まれた高度な技術をそれぞれの地域で存分に発揮する-。今回紹介する千葉秀幸医師は、まさにそんな大圃一門の中核的存在だ。

 「僕のアピールポイントですか…。あきらめの悪さですね(笑)」

 内視鏡手術に入る前、患者とその家族に向かって「全力を尽くします」と必ず宣言する。医師から見れば毎日の仕事でも、患者にとっては一生に一度あるかないかの経験。簡単にあきらめるものではないし、性格的にもあきらめられないのだ。

 「窮地に立ったとき、大圃先生ならどうするか…って考えます。そして患者、家族の顔を思い出すと、答えは簡単で『手がもげるまで頑張れ』なんですよ」

 それでいて「安全性」には人一倍のこだわりを持つ。そのために千葉医師が手術のモットーとしているのが「きれいな手術」。

 「切除した標本が美しいときは、手術が安全に成功したことを意味します。単に切るだけでなく、美しく仕上げてこそのプロだと思うし、そこだけは忘れないようにしたい」

千葉医師の勤務する大森赤十字病院は、東邦大学医療センター大森病院や昭和大学病院など、大規模病院の競合エリア。しかし、千葉医師が来てから確実に内視鏡治療の実績は高まっている。

 「トリッキーなことをするのではなく、地道に全体の底上げをしていけばいいと思っています。地域の診療所との連携を密にし、地域医療に貢献したい」と千葉医師。

 大森に国内屈指の技術を持つ内視鏡医がいるということを、まずは覚えておきたい。 

 ■千葉秀幸(ちば・ひでゆき) 1979年、東京都生まれ。2004年、金沢大学医学部卒業。横浜市立大学医学部消化器内科入局。平塚市民病院、NTT東日本関東病院に勤務の後、12年から現職。日本消化器内視鏡学会専門医・指導医他。医学博士。趣味はプロ野球観戦と読書。

【日本の名医】“膵がん”撲滅に情熱ささげる外科医★東京医科大学病院(東京都新宿区)消化器外科講師 外来医長永川裕一さん

がんの中で最も「たちの悪いがん」とされ、治療法の難しさや予後の悪さもあって医療者からも嫌われる存在の「膵(すい)がん」。この膵がん撲滅を目指して医師になり、日々その目的達成に向けて努力を重ねる外科医がいる。

 東京医大病院の永川裕一医師は、やはり膵臓外科医の父を持ち、子供の頃から人間と医学の前に立ちはだかる膵がんの手ごわさを感じて育った。

 「医学部に進んだ時点で、膵がん以外の分野は考えていなかった」と言うだけあり、医師になってからもめざす方向性がブレることはなかった。

 途中2年間、病理学教室に学んだのも同じ理由によるもの。

 「膵臓でがんが進んでいくメカニズム、そして治療によって起き得る合併症を知っておきたかった。敵(がん)の生態を熟知しなければ、戦略的な手術はできませんからね」と、徹底した専門性の高さを追求する。

 早期発見が難しいこのがんは、見つかった時点で「手術不可」と判断されることが多い。

しかし、積極的な姿勢を崩さない永川医師は、抗がん剤や放射線を組み合わせた術前治療を行うことで、「手術に持ち込める方法」を模索し、実践する。他院で「手術不可」と診断された患者でも、永川医師の治療によって手術が実現したケースも少なくない。

 消化器がんの中で手術の難易度の高さはトップクラス。手術時間が6時間以上に及ぶことも珍しくない膵がんだが、「不思議と疲れないんですよ」と笑顔で語る永川医師。その豊富な経験と知識が編み出す出血量の少ない手術が、「あきらめない膵がん治療」の根底にあることは間違いない。

 ■ながかわ・ゆういち 1969年金沢市生まれ。94年東京医科大学を卒業し、同大消化器外科入局。東京医大八王子医療センター、同大病理学教室、米ジョーンズホプキンス大学、戸田中央総合病院を経て、2006年より現職。医学博士。趣味は「たまに映画を観に行くこと」。

【日本の名医】胸腔鏡手術で高い実績!体へのダメージ軽く★群馬大学医学部附属病院呼吸器外科講師・清水公裕さん(43)

前橋市にある群馬大学医学部附属病院呼吸器外科の清水公裕医師は、肺の手術、とりわけ胸腔鏡という内視鏡を使った低侵襲・機能温存手術で高い実績を持つ外科医だ。

 「開胸術と開腹術を体の受けるダメージで比べると、前者で体が受けるダメージは後者の5倍にも及ぶ、という動物実験の結果がある。それだけ肺の手術において、開胸せずに小さな傷で行う低侵襲手術を行う意味は大きい」

 肺がん、縦隔腫瘍、転移性肺腫瘍など、呼吸器に発生する重大疾患を一手に引き受ける。大きく開胸することなく、胸腔鏡で行う手術は、全体の8割に及ぶ。

 こうした“攻めの手術”を実現する背景には、「3D-CT」という画像解析装置が存在する。

 「CTの画像データを3D処理して立体的かつ多角的に見ることができる装置で、病変の位置や大きさ、血管のバリエーションが正確に把握できる。限られた視野で行う胸腔鏡手術の場合 “正確な全体像”が得られる3D-CTの存在は大きな強みです。

進行肺がんの進み具合も正確に評価でき、手術計画にも役立つ。3D-CTが今後の呼吸器手術を大きく変える可能性があります」

 正確性と安全性に優れ、しかも患者個別の微細な違いにも対応できる、まさに究極のテーラーメード手術が行えるのだ。

 確かな手術テクニックと、それを支える高度な医療技術-。この最強のコンビネーションは、従来の手術の適用範囲を拡大した。他院で「胸腔鏡手術は不可」または「開胸手術でも難しい」と言われた症例でも、清水医師による胸腔鏡と3D-CTを用いたテーラーメード手術で救われるケースは数多い。

 「高校まで認知症の祖母と暮らしていたので、本当はアルツハイマーの研究をしたかったんですよ」と笑顔を見せる。その優しさが今、低侵襲の肺がん手術への熱意となって、救いを求める肺がん患者に向けられている。 (長田昭二)

 ■清水公裕(しみず・きみひろ) 1968年山梨県生まれ。93年群馬大学医学部卒業。同大関連病院に勤務後、97年より国立がんセンター研究所で肺がんの研究に携わる。2000年国立がんセンター東病院。02年群馬大学に戻り現職。趣味は読書とスポーツクラブ通い。

【日本の名医】“白内障治療”で世界を飛び回る!親子3代の眼科医★金沢医科大学眼科学主任教授の佐々木洋さん(49)

金沢駅から車で15分。日本海を見下ろす高台にある金沢医科大学病院の眼科科長を務める佐々木洋主任教授は、祖父の代から三代続いた眼科医家系。「白内障治療」と「紫外線と目の病気」の二つの専門性を柱に据えて、臨床と研究で世界中を飛び回る毎日だ。

 本来の研究テーマは白内障だった。現在、国内だけで年間120万件の手術が行われている白内障だが、その中でも佐々木医師は通算2万5000件の執刀実績を持つ。

 「白内障は詳しく見ていけば80以上のタイプがあり、それぞれ原因や見え方も違う。正しい診断、適切な進行予防の指導や治療が必要だが、現状では必ずしも正しい診断がされていない。そのため必要がない人が手術を受けたり、治療が必要な人が放置されたりしているケースも見られる」と語る佐々木医師は現在、白内障の新しい診断基準作りに力を入れている。

 「日本だけでなく海外の眼科医も使えるガイドラインを作ることで、世界的な治療水準の底上げに貢献するのが夢です」

 もう一方のテーマである「紫外線と目の病気」は、世界的にも研究者の少ない領域だ。

 「子供の頃から目が紫外線を長時間浴び続けると、瞼裂斑(けんれつはん)という白目にシミができる病気になり、進行すると翼状片という結膜組織が角膜に入り、これが瞳を覆うと失明に至ることもある。

また、紫外線により早く老眼になったり、50代で進行した白内障になることがあり、それを防ぐためには、適切な紫外線対策が重要なのです」

 治療法や予防法など、メディアを通じた啓蒙活動に力を注ぐ佐々木医師。2009年にはWHO(世界保健機関)が、紫外線や喫煙と失明との関係解明の必要性を指摘している。この分野の研究者として国際的知名度を持つ佐々木医師の取り組みに、世界中の“目”が集まっている。(長田昭二)

 ■ささき・ひろし 1962年宮城県塩釜市生まれ。87年金沢大学医学部を卒業し、自治医科大学眼科入局。91年、米オークランド大学眼科研究所フェロー。2005年より金沢医科大学眼科教授。現在、中国医科大学、東北文化学園大学で客員教授を兼任。趣味はワインとジャズ鑑賞。

【日本の名医】患者と生涯にわたりお付き合いしたい!★小林医院(大阪市鶴見区)院長 小林経宏さん(44)

大阪市営地下鉄・長堀鶴見緑地線「今福鶴見」駅から徒歩5分の場所に、真新しいシャレた建物がある。2011年春に開院した小林医院(大阪市鶴見区)だ。院長の小林経宏医師は消化器外科出身。満を持しての開業の背景を、こう語る。

 「病院の外科医は、手術の場面では患者さんに深く関われるけれども、そこだけで関係が終わってしまう。それよりも、患者さんの生涯全般にわたってお付き合いができる医者になりたかったんです」

 その思いを強く持って設立した同院では「何でも診る」のがモットー。カゼ、頭痛、高血圧や糖尿病はもちろん、腰痛などの整形外科的疾患や小児科や皮膚科領域もカバーする。

 「基本的な医療対応はここで請け負い、必要があればより専門性の高い医療機関に紹介する。『どこに行けばいいのかわからない』という患者さんの窓口でありたい」。時には病気とは関係のない悩みごと相談に耳を傾けることもある。

 22年前に開催された「国際花と緑の博覧会」を境に宅地化が進んだこの地区。古くから住む高齢者と、新しく流入してきた若い家族が混在し、医療ニーズも多様だ。鶴見区出身の小林医師は、そうした地域特性を熟知している。そこで外来診療と並行して力を入れるのが、在宅診療だ。

 「在宅診療というとがんの末期の患者さんを思い浮かべる人が少なくないが、実際には色々なケースがある。積極的治療が可能な段階でも、足腰が悪くて通院できないお年寄りもいる。超高齢社会に突入した今、在宅診療なしで地域医療の充実はあり得ない」と、その必要性を説く。

 専門家でありながら、あえて「ジェネラリスト」であることにこだわるその姿勢が、時代と地域のニーズに支持されている。(長田昭二)

 ■こばやし・つねひろ 1968年大阪市鶴見区生まれ。奈良県立医科大学卒業後、同大消化器総合外科に所属。奈良県立奈良病院救命救急センター、済生会中和病院、加・アルバータ州立大学、松原市立松原病院、貴島病院本院などを経て2011年小林医院を開業し院長。日本消化器病学会専門医、日本外科学会指導医ほか。趣味は「子供と遊ぶこと」

【日本の名医】“元気で長生き”予防医学の第一人者!テレビでも有名★順天堂大学大学院加齢制御医学講座(東京都文京区)教授 白澤卓二さん(54)

<「100歳までボケない101の方法~実践編」という本(文春新書)が話題だ。

中曽根康弘元首相をはじめ、作家の瀬戸内寂聴氏、漫画家のやなせたかし氏、女優の森光子ら9人の著名人を取材し、それぞれの食生活や生きがい、ストレス発散法などを詳細に検証し、そこで導き出された「元気で長生きのための方法」を解き明かしている。

 著者の白澤卓二医師は、日本におけるアンチエイジング、予防医学の第一人者として知られ、テレビや雑誌などで、この笑顔を見ないことがないほどの著名人。しかし、その忙しい中、日々の外来診療にも余念がない。

 「現在、大学では研究のみを行い、外来診療は東京西徳洲会病院、下北沢病院、前橋温泉クリニック、長野県立須坂病院、飯山赤十字病院で行っています。病院によって“糖尿病外来”や“ダイエット外来”など専門外来の名前は異なるけれど、アンチエイジングにつなげる診療という意味では共通しています」

 そもそも呼吸器内科医としてデビューした白澤医師が、アンチエイジングに興味を持ったのは、アルツハイマーの研究に携わったことがきっかけだった。脳の老化を見つめる中で、その対象が全身の老化に拡大し、アンチエイジングの世界にのめり込んでいく。

 「医者としての僕の変遷を辿れば『長い道のりだった』と思うけれども、それは時代の流れ。もっと言えば社会学的時代背景がそうさせたと思うんです。そして僕が、いろんな人と会って話をするのが好きだった-ということじゃないですか?(笑)」

 忙しい中でも情報発信は続けたいという。

 「仕事が好きなんです。だから忙しくてもストレスにならない。今でも月に1、2回は当直だってこなしてますよ」

 屈託のないその笑顔から、多くの長寿者が生まれていくのだろう。(長田昭二)

 ■しらさわ・たくじ 1958年横浜市生まれ。千葉大学医学部卒業。同大学院修了。90年東京都老人総合研究所研究員。2006年同研究部長。07年より現職。医学博士。趣味は仕事。特技はフルート演奏。

【日本の名医】レーザー治療のスペシャリスト 痛みなくあざ・しみを除去★医療法人社団天祐会理事長 伊丹彰さん(53

顔の一部に青いあざのような色素沈着が広がる「太田母斑」。比較的日本人に多い皮膚疾患とされるが、患者本人はもちろん、特に子供に発症した場合、親にとっての悩みは計り知れない。

 この太田母斑だけでなく、あざやしみなどの除去治療のスペシャリストとして知られるのが、皮膚科医の伊丹彰医師。現在は札幌市内に3つの皮膚科・形成外科クリニックを擁する医療法人社団天祐会皮膚科形成外科グループの代表として、忙しい毎日を送っている。

 あざやしみの除去治療にはいくつかの方法があるが、伊丹医師が特に得意とするのがレーザー治療。黒や赤など、対象の色に選択的に反応する波長のレーザーを当てると、光線が組織に吸収されて熱に変わる。この熱でダメージを受けた組織は剥がれ落ち、その後には新しい正常な組織が再生してくる-というもの。

 「沈着した色素を除去するには、最初の診断が重要。正確な診断に対して最も適した治療法を選択できるか否かで、治療効果は大きく違ってきます」

 その伊丹医師がこだわるのが「痛みのないレーザー治療」だ。

 レーザー治療には、個人差はあるものの“痛み”を伴う。しかし近年、この痛みを消す麻酔効果のあるクリームが保険適用されたことで、レーザー治療の汎用(はんよう)性が広がった。リドカイン・プロピトカイン配合薬という塗り薬を使うことで、レーザー照射に伴う痛みを大幅に軽減することができるのだ。

 「太田母斑のようにレーザー治療が保険適用されている疾患の治療には、この薬も保険がききます。また自由診療でも、タトゥー除去のような治療にレーザーは効果が大きいので、今後“痛みのない皮膚治療”の幅は広がるはず」と自信を見せる。

 レーザー治療は痛いもの、と思い込んでいる人は多い。伊丹医師による治療効果の高い、そして痛みのより小さいレーザー治療に向けた挑戦は続く。 

■伊丹彰(いたみ・あきら) 1960年、東京都生まれ。東京医科大学卒業。帝京大学溝口病院で皮膚悪性腫瘍、アトピー性皮膚炎などの臨床経験を重ね、2000年、医療法人社団天祐会を開設し理事長。現在、札幌東皮膚科形成外科院長、琴似タワー皮膚科形成外科総院長を兼務。日本皮膚科学会認定皮膚科専門医。趣味はスキーとフライフィッシング。

【日本の名医】ペイン、スポーツ、漢方を取り入れ診療★寺田クリニック(東京都豊島区)院長 寺田壮治さん(55)

池袋から西武池袋線各駅停車に乗って一駅。椎名町駅から徒歩3分の、昔ながらの商店街の先にある寺田クリニックは、「町の診療所」といった風情が漂う地域密着型診療所。一般内科のクリニックとして、周辺住民の健康管理に貢献する一方で、ペインクリニック、スポーツクリニック、そして東洋医学の側面からも複合的に医療展開するという特徴をもった医療機関だ。

 「自分の興味のある分野を追求していったらこうなったんです。勉強はあまり好きではないんですが、自分の興味のあることなら継続して勉強しますからね」と笑いながら話す寺田壮治院長。

 医学部でも「全身管理と救急蘇生を身に付けたかった」と麻酔科を専攻し、大学病院の勤務医時代には手術麻酔の他にあらゆる診療科で経験を積んだ。もともと開業するつもりだった寺田医師にとって、その「広く浅く」の経験は今も大いに役立っている。

 寺田医師が展開するスポーツクリニックは、アスリートだけを対象とするものではなく、受診者に占める割合は「一般の人のほうがはるかに多い」という。

 寺田医師の診察に基づいて作成される「運動処方箋」から、運動の強度、種類、時間、頻度を患者個別のニーズに合わせて設定し、運動療法士の指導の下でエクササイズをしていく。

 「例えば、さまざまな要因で関節の可動域が狭まってしまったケースなどは、個人差はあるものの、ご本人が驚くほど可動域を広げることも可能。日常生活で感じていた不便が一気に解消することも珍しくありません」

 そう語る寺田医師のもう一つの売りが、東洋医学からのアプローチだ。症状を“気”の状態から分析し、その人に合った漢方薬を併用することで、治療やエクササイズの効果を高める取り組みを実践する。

 「一人の医師がペインクリニック、スポーツクリニック、漢方の3つを複合的に取り入れているケースは少ないようです」と語る通り、その診療を求めて遠くは北海道や北陸、関西からも患者がやって来る。寺田院長の“興味”が多くの患者の医療ニーズと重なることは間違いない。

■てらだ・しょうじ 1957年東京都豊島区生まれ。83年獨協医科大学を卒業。日本大学医学部附属板橋病院麻酔科勤務後、94年に寺田クリニックを開設。日本医師会認定健康スポーツ医、日本体育協会公認スポーツドクター、日本エアロビック協会公認スポーツドクター。医学博士。趣味はフラメンコ、タンゴ、モータースポーツ。

日本の名医】“夢の治療法”サイバーナイフの第一人者★日本赤十字社医療センター(東京都渋谷区)サイバーナイフセンター医師 野村竜太郎さん(35)

サイバーナイフとは、最新型の定位放射線治療(目標とする病巣のみに放射線を集中照射する治療法)装置の一つ。1990年代前半にアメリカで開発され、97年に日本に初上陸。現在日本各地で導入が進んでいる。

 高度なコンピューター制御によって、周辺の正常組織にはほとんど影響を及ぼさないまま、脳腫瘍などの病変部だけに高線量のエックス線を集中照射できることから、「夢の治療法」として期待される、きわめて画期的な医療技術だ。

 日赤医療センターの野村竜太郎医師は、同院のサイバーナイフ治療における中心的存在。以前は大学病院で血管障害や下垂体腫瘍など、脳外科の手術全般で実績を積んできたが、現在の病院に移ってからは、サイバーナイフ一本で勝負している。

 「脳外科医が放射線治療を行うことを不思議に思う人もいるが、サイバーナイフは従来の放射線治療と違って、極めて手術に近いアプローチで行われる治療。病変を取り巻く周囲の解剖を熟知し、それに応じた繊細な作業が求められ、そこに脳外科での経験が役立つことが少なくない」

 対象としては転移性脳腫瘍が最も多い。歩けなかった人が歩けるようになる、使えなかった利き腕が使えるようになる-など、神経学的な症状をなくして、生活の質を劇的に改善することに、野村医師は少なからぬ自信を見せる。

 そもそも痛みを伴うことなく、短期間の入院(通院)でできるサイバーナイフへの医療ニーズは、超高齢化を背景に急速に高まっている。

 「今後は脳腫瘍だけでなく、頭頚部や全身の腫瘍にも適応範囲を広げていく予定で、すでにその動きは始まっています」

 身体に及ぼすダメージの小さい治療を「低侵襲治療」とよぶが、サイバーナイフはまさに「究極の低侵襲治療」。その普及は医療消費者共通の願いであり、野村医師の挑戦にかかる期待はきわめて大きい。

■のむら・りゅうたろう 1976年東京都生まれ。
2003年日本医科大学を卒業後、同大脳神経外科に入局し、関連病院に勤務。10年より現職。脳神経外科専門医、がん治療認定医。医学博士。普段は日赤医療センターにて、毎週土曜日のみ山梨県笛吹市の春日居リハビリテーション病院でサイバーナイフ治療を担当。趣味は「子供と遊ぶこと」。

【日本の名医】美しく自然な“乳房”再建にこだわる★順天堂大医学部(東京都文京区)形成外科教授 水野博司さん(47)

日本では比較的新しい分野とされる形成外科だが、順天堂大学の形成外科は、日本で3番目の歴史を持つ老舗。水野博司医師は、その第3代教授として2年前に赴任した。

 形成外科が対象とするのは全身の皮膚と筋肉、そして骨。水野医師も、頭から足の先まで、さまざまな病態の治療に取り組んでいるが、中でも得意とするのが「乳房再建術」だ。乳がん治療は近年、医療技術の進歩で乳房温存手術が普及したが、それでもがんの進行状態によっては、乳房の一部、または全部を切除せざるを得ないケースはある。美しく自然な乳房の再建は、患者にとって切実な望みなのだ。

 「当院ではご自身のお腹や背中からの組織の移植、もしくはインプラント(人工埋設物)を使って乳房を再建しますが、手術中は寝た状態だけでなく、麻酔をかけたまま患者の体を起こして、少し離れた所から見比べて微調整をしていく。縫合にしても、ほんの僅かな糸のかけ方の違いで仕上がりは大きく変わってくる。形成外科医のこだわりが、患者の満足度を左右するのです」

 アメリカでは、幹細胞移植による再生医療の研究をしていた水野医師。患者自身の脂肪から採取した幹細胞を基に、さまざまな組織を再生するこの治療は、乳房再建だけでなく、慢性の傷の治療や歯周病治療などに応用される可能性を秘めた期待の最新医療だ。

 確かな技術を武器にしつつ、視線は近未来を見据える。次代の形成外科への期待が水野医師の肩にかかっている。

■水野博司(みずの・ひろし) 1964年愛知県尾張旭市生まれ。
90年防衛医科大学卒業と同時に海上自衛隊任官。防衛医大病院、硫黄島医務官、横須賀海自医務室、呉司令部医務衛生幕僚、米UCLA形成外科、自衛隊舞鶴病院に勤務の後に退官。日本医科大学形成外科を経て2010年より現職。趣味はB級グルメと旅行。

【日本の名医】“膝”治療を得意とする若き整形外科医★総合新川橋病院(川崎市川崎区)整形外科 平出敦夫さん(37)

高齢社会の進展とともに、日本人の病気も多様化が進んでいる。中でも整形外科領域で増加傾向にあるのが“膝”の疾患だ。総合新川橋病院整形外科の平出敦夫医師は「変形性膝関節症」に代表される膝の病気の診断と治療を得意とする若き整形外科医。

大学院では「軟骨再生」をテーマに研究し、その研究成果が国際学会で高く評価されるなど研究者としても高い実績を持つ臨床医だ。

 変形性膝関節症は、加齢などで膝の関節の軟骨がすり減り、骨同士が直接接触するなどして、痛みが出たり、関節機能を低下させる病態。

投薬や手術などいくつかのアプローチがあるが、平出医師は患者の年齢やライフスタイルを十分に考慮したうえで治療方針を立てることの重要性を説く。

 「人工関節には耐用年数があり、あまり若い人に手術をすると、後に再手術の可能性も出てくる。といって手術を回避ばかりしているとQOL(生活の質)にも影響が出てくる。

関節の状態だけで一律に治療法を決められないという点で、オーダーメードの治療が求められる分野です」

 薬物療法にあたっても、海外の論文を詳細に検証し、単に痛みを止めるだけではなく、積極的な治療効果の期待できる薬を選択するなど、患者本位の診療姿勢を貫く。

 小中高と英国で過ごし、ネイティブな英会話能力を持つ。「整形外科領域の症状で苦しんでいる外国人の診療にも力を入れたい」と抱負を語る平出医師。

 高齢化と国際化が進む日本において、貴重な存在の整形外科医が川崎にいることを、まず覚えておきたい。(長田昭二)

■ひらいで・あつお 1974年横浜市生まれ。2001年徳島大学医学部卒業。04年横浜市立大学大学院修了。浦賀病院、大和市立病院、横須賀市立うわまち病院、横浜船員保険病院等勤務を経て、11年より現職。趣味はダイビング。1月30日午後3時より同院1階ライブラリーで平出医師による公開講座「骨折予防教室」が開催される。予約不要、参加無料

日本の名医】手術は優しく“胃がん一筋”の外科医 職人的な技術で「全国4位」の治療実績★新潟県立がんセンター新潟病院副院長 梨本篤さん(64)

新潟市中央区にある新潟県立がんセンター新潟病院は、52年前に全国で初めて「がんセンター」を名乗った、日本海側を代表するがん拠点病院。

急性期病院の治療実績を紹介するサイト「病院情報局」(http://hospia.jp/)によると、同院は胃がんの治療実績で堂々の「全国4位」の実績を誇る。

 そんな同院副院長を務める梨本篤医師は、まさに胃がん手術領域で全国的に知られる外科医だ。

 新潟生まれ、新潟高校、新潟大学と地元の名門ルートを進んだ生粋の新潟人。「代々が医師の家系だったので」と、当然のように医学を志す。

当初は乳腺と消化器を担当していたが、現在の病院に来てからの四半世紀は“胃一筋”。その職人的な高い技術で、多くのがん患者を救ってきた。

 早期がんに対する腹腔鏡手術は若い医師に任せて、自らは比較的、病気の進行度が高い症例に対する開腹手術を担当する。

 「“丁寧で、体に優しい手術”にはこだわってきました」と語る梨本医師の技術は、手術時間の短さ、出血量の少なさ、生存率の高さというデータとなってあらわれる。他の病院で「手術は不可能」と宣告された患者が、梨本医師の治療によって生還を果たす例は珍しくない。

 本来の医療圏をはるかに超えたエリアから患者が集まる。それが「全国4位」という評価を生み出す。

 東京への憧れは-。「たまに遊びに行くならいいけれど(笑)」と、興味を示す素振りもない。新潟のがんは新潟で治す-という強い信念と郷土愛が、全国水準の治療成績の土台にある。

 新潟のブラックジャックは、中央集権的な色彩の濃い日本の医療界に、日本海側から大きな一石を投じる。 

■梨本篤(なしもと・あつし) 1949年、新潟県生まれ。
75年、新潟大学医学部卒業。同大医学部第一外科入局。81年、米ロズウェル・パーク癌研究所留学などを経て87年、県立がんセンター新潟病院外科医長。同外科部長、臨床部長、手術部長を経て2012年から現職。日本消化器外科学会評議員、日本胃癌学会監事・評議員、新潟消化器病研究会会長ほか。医学博士。趣味はサッカー観戦。

職場の“ストレス”が糖尿病のリスクを高める! 「働きすぎ」は病気になりやすくなると研究で明らかに

「仕事をし過ぎると、疲労、イライラ、ストレスを引き起こす上、たとえ太りすぎでなくても、2型糖尿病のリスクを高める可能性がある」ことが、ミュンヘンの疫学研究所の研究で明らかになったと、英国のメディアが報じました。

ストレスホルモンの上昇が、体内のブドウ糖のバランスを崩す

この研究は、フルタイムの仕事についている29~66歳の男女5,337人を対象に行われました。職場で最も重い負担を抱えている人は、心臓病、脳卒中、失明や切断のリスクの高い病気になりやすく、その値は45%も上昇するという結果が出ています。

研究者は、ボランティアたちの肥満指数(BMI)と家族の病歴を測定すると同時に、職場でのストレスレベルを調べたところ、比較的健全なBMI値を示している労働者にとっても、職場でのストレスが依然として重要な危険因子であるという結果が出たそうです。

担当した研究者は次のように述べています。

「私たちのデータによると、およそ5人中1人は職場で高いレベルのストレスの影響を受けています。どのくらいのレベルのストレスが糖尿病を引き起こすかははっきりしませんが、一定のストレスホルモンの上昇が、体内のブドウ糖のバランスを崩していると考えられます。血中のブドウ糖が高いレベルになると、身体の循環および主要な器官を損傷する可能性があります」

バランスの良い食事、適度な運動、そしてストレスの管理

2型糖尿病は、疲労、口の渇き、頻尿および治癒が遅い傷など、症状を認識しないまま、知らず知らずのうちにかかっている場合が少なくないのが特徴。かつては、中年以降にかかる「遅発性」糖尿病として知られていましたが、今では十代や二十代の人にも増えています。

英国糖尿病学会のリサーチディレクター、アラスデア・ランキン博士によると、科学者たちは、ストレスや長時間労働が病気の進行に及ぼす役割を調査し始めているそうです。

ランキン博士は「職場でのストレスを管理することは、賢明かつ重要です。2型糖尿病のリスクを軽減する最善の方法は、バランスの取れた健康的な食事をとり、定期的な運動を行い、体重を管理することです」と述べています。

日本では、糖尿病患者は全国に2,210万人いると推定されています(平成19年国民健康・栄養調査)。そのうち95%以上が2型糖尿病。自覚症状がないため、いつ発症したのか、わからないまま、健康診断などで発見されることがよくあるそうです。

ランキン博士の話のように、食事に気をつけ、適度な運動を心がけ、ストレスを溜めない生活ができれば、糖尿病に限らず、他の病気の予防にもなりそうですね。

【日本の名医】訪問診療で大学病院並み医療を提供したい!★「えびす英クリニック」(東京都渋谷区)院長 松尾英男さん(44)

現在の医療提供体制の中に「在宅医療」「訪問診療」という分野がある。寝たきりなどのため外来通院が困難な患者のため、医師が患者の自宅を訪れて診察を行うもので、高齢社会の進展を背景にそのニーズは高まっている。

 JR恵比寿駅からほど近い住宅街にある「えびす英(ひで)クリニック」は、訪問診療専門の医療機関。院長の松尾英男医師は医学部を卒業後、消化器内科医として大学病院などに勤務していたが、「患者の目線で応じられる医療を提供したい」と考え、都内の訪問診療専門クリニックでの修業を経て開業した。

 「大学病院でやっていることは医学としては間違いではない。でも、医学的に正しいことがすべて患者に受け入れられるかといえば、必ずしもそうとは限らない。そんなことを考え悩む中で、この分野に興味を持つようになったんです」

 現在受け持つ在宅患者は110人ほど。渋谷、目黒、港、世田谷などのエリアを巡り、1日の訪問先は平均16軒に及ぶ。急変時は深夜でも駆け付ける、気の抜けない毎日だ。

 「今も鹿児島で開業医を続ける父の姿を見て育ったので、医者という職業はそういうものだと思い込んでいる部分はあるんでしょうね。とはいえ、大変ですよ(笑)」

 病院でも診療所でもない、「患者の自宅」という限られた医療環境で、大学病院並みの医療を提供したい-と考え、在宅医療に熱心な開業医に呼びかけた勉強会を開催するなど向上心はやまない。その診療を待つ患者にとって松尾医師の存在は“命と心の拠り所”なのだ。 

 ■まつお・ひでお 1967年鹿児島市生まれ。94年杏林大学医学部卒業。関東中央病院、杏林大学附属病院を経て2001年より現職。

【日本の名医】えそした足を完全に切断せず機能残す!★佐賀大医学部附属病院(佐賀県佐賀市)形成外科診療教授 上村哲司さん(50)  

「足救済外科(足病外科)」という診療科目を耳にしたことがあるだろうか。糖尿病の合併症などでおきる足の壊疽(えそ)。これを完全に切断するのではなく、組織と機能を温存することを目的とした形成外科領域の一分野だ。

 佐賀大学形成外科の上村哲司医師は、日本における足救済外科の第一人者として知られる人物。

 一口に「足の病」といっても、対象は皮膚、筋肉、骨、神経、血管、そして元にある糖尿病などの基礎疾患、さらには靴の問題など広範囲にわたる。

そこで「キズの治療を専門とする形成外科医が中心になるべき」と考えた上村医師が旗を振り、内科、血管外科、循環器科、あるいは看護師や装具士らに呼びかけ、壊疽した足を切断せず機能を極力残すにはどうしたらいいのか-を話し合う勉強会が始まった。

 糖尿病から壊疽を招いて下腿切断に移行するのは約1%。推定患者数900万人、予備軍を入れると2000万人を超えるとされる糖尿病患者の数を考えると、そのリスクは決して小さくない。

 「日本では足の治療を総合的に教える学問がなく、臨床現場でも形成外科や整形外科、皮膚科などが個別に対応している。“足病専門医”の存在するアメリカとは大違いです」(上村医師)

 状況的に“切断やむなし”のケースもある。

 「それでも切断面積を最小限にし、機能温存のための皮膚移植などを行うには、形成外科医が中心でマネジメントをするのが理想的」と語る上村医師。

 “足救済”という共通の目的に向けた組織横断的な治療を始めて5年。その成果は徐々に浸透し、全国の医療者から注目されている。(長田昭二)

 ■上村哲司(うえむら・てつじ) 1962年福岡県飯塚市生まれ。87年久留米大学医学部卒業。日本赤十字社医療センターで外科研修。89年昭和大学形成外科に入局し、本院並びに関連病院に勤務。途中2年間、豪ロイヤルアデレードホスピタルに留学。2000年より佐賀大学外科学(整形外科)に勤務。04年同大形成外科新設に伴い現職。趣味は生け花。

【日本の名医】美しく自然な“乳房”再建にこだわる★順天堂大医学部(東京都文京区)形成外科教授 水野博司さん(47)

日本では比較的新しい分野とされる形成外科だが、順天堂大学の形成外科は、日本で3番目の歴史を持つ老舗。水野博司医師は、その第3代教授として2年前に赴任した。

 形成外科が対象とするのは全身の皮膚と筋肉、そして骨。水野医師も、頭から足の先まで、さまざまな病態の治療に取り組んでいるが、中でも得意とするのが「乳房再建術」だ。

乳がん治療は近年、医療技術の進歩で乳房温存手術が普及したが、それでもがんの進行状態によっては、乳房の一部、または全部を切除せざるを得ないケースはある。美しく自然な乳房の再建は、患者にとって切実な望みなのだ。

 「当院ではご自身のお腹や背中からの組織の移植、もしくはインプラント(人工埋設物)を使って乳房を再建しますが、手術中は寝た状態だけでなく、麻酔をかけたまま患者の体を起こして、少し離れた所から見比べて微調整をしていく。

縫合にしても、ほんの僅かな糸のかけ方の違いで仕上がりは大きく変わってくる。形成外科医のこだわりが、患者の満足度を左右するのです」

 アメリカでは、幹細胞移植による再生医療の研究をしていた水野医師。患者自身の脂肪から採取した幹細胞を基に、さまざまな組織を再生するこの治療は、乳房再建だけでなく、慢性の傷の治療や歯周病治療などに応用される可能性を秘めた期待の最新医療だ。

 確かな技術を武器にしつつ、視線は近未来を見据える。次代の形成外科への期待が水野医師の肩にかかっている。

 ■水野博司(みずの・ひろし) 1964年愛知県尾張旭市生まれ。90年防衛医科大学卒業と同時に海上自衛隊任官。防衛医大病院、硫黄島医務官、横須賀海自医務室、呉司令部医務衛生幕僚、米UCLA形成外科、自衛隊舞鶴病院に勤務の後に退官。日本医科大学形成外科を経て2010年より現職。趣味はB級グルメと旅行。


【日本の名医】“統合失調症”で高品質医療を提供!★吉祥寺病院院長の塚本一さん(52

JR中央線の三鷹駅から車で10分。調布市と三鷹市の市境近くにある吉祥寺病院。ヨーロッパ風の瀟洒(しょうしゃ)な佇まいが周辺の環境になじんでいる。

 院長の塚本一医師は、父親の設立した同院の運営を任されて14年。さまざまな改革を繰り返し実践することで、現代の患者ニーズに合った精神科病院の在り方を模索してきた。

 ひと口に精神科といっても認知症や薬物依存、アルコール依存症など診療対象は広範囲に及ぶ。そんな中で同院では「統合失調症に特化した病院」という特色を鮮明に打ち出している。

 「例えば統合失調症と認知症の患者が同じ病棟にいると、トラブルが起きやすい。ならば統合失調症に専門特化することで、より高度な医療を提供したいと考えました」と塚本医師。

 発症形態や治療方針の立て方にも個別性が大きいこの疾患には、医師だけでなく病院全体としての取り組みが何より重要になる。そこで塚本医師は、「看護師や薬剤師はもちろん事務職員に至るまで、すべての職員が統合失調症治療のプロとしての自覚と誇りを持てる環境づくり」が必要と考え、改革を進めてきた。

 「退院後の患者さんが地域で暮らしていくには、ゴミ出し一つにもトレーニングが必要です。そんな時、必要に応じて病院職員が患者さんの自宅に出向いて、一緒にゴミ出しをすることで自信を持たせることもある。そのプロ意識には本当に頭が下がりますよ」

 患者だけでなく、家族との関わりも重要視し、診察室や病棟以外でのサポート体制を充実させることで、理想的な治療環境を整備してきた。その結果として、同院が目指す「早期の社会復帰」が実現する割合も高まっているという。

 患者と家族、そして地域に支持される精神科病院の一つの姿として、塚本医師の取り組みが注目されている。

■つかもと・はじめ 1959年東京都生まれ。84年帝京大学医学部を卒業。同大内科に入局し、社会保険中央総合病院に勤務。後に帝京大精神科学教室を経て87年より吉祥寺病院勤

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