“受給すべき年金”の年齢をあとで知った76歳男性が絶句…「繰下げ受給をやめることはできないか」と心底後悔したワケ
想定される年金額はわずか…
先にみたように、男性の平均寿命はおおよそ81歳。75歳から年金を受け取っても平均寿命までは6年。山村さんがこの後平均的な寿命で余生を過ごしたとして、想定される年金の総受取額はわずか1584万円ほどとなる。
もし、繰下げせずに65歳から受け取っていれば、年金を受け取れる期間は16年。総受取額は2304万円となっていたのだ。平均寿命で亡くなると10年我慢したにもかかわらず、700万円近く損をすることになる。
「将来のためと思って節約までして繰下げをしていたのは何だったのだろう……」と山村さんは現実を知って後悔していた。
繰下げ受給は一度選択すると取り消すことができない
山村さんは私に「繰下げ受給をやめることはできないか。」と問うもそれは不可能だ。繰下げ受給によって一度増加した金額で年金の受取を始めてしまうと、その後は変更することができない。
繰下げ受給による待機中であれば、遡って繰下げ受給を行わないものとして年金を受け取ることができる。だが、一度繰下げ受給によって増加した額で年金を受け取ってしまえばそれもできなくなる。
「テレビでは“繰下げ受給で年金増額”と言っていたのに、まさか受け取れる総額が減ってしまうなんて…」と山村さんは悔しさをにじませる。
テレビでの報道も間違いではない。繰下げ受給をすれば月々の年金額は確かに増える。ただ、総受取額で考えると、その分長生きすることが前提になる。
山村さんは受給額が増加するというところだけに着目しており、何年間年金を受け取れるか、総受取額はどのくらいになるかという点には着目していなかった。
75歳まで繰り下げることで生涯の受取額を最大とするには、96歳頃まで生きる必要がある。平均寿命を考えると、男女ともに75歳まで繰り下げることの恩恵を最大限受けるのは現実的とはいえない。
「65歳で定年してから年金が増えると信じた10年間。何のために繰下げ受給をして耐えてきたのか…」
大きなため息とともに事実を受け入れた山村さん。だが、強い後悔の念が消えていないことは私に痛いほど伝わってきた。
山村さんの行く末
その後、山村さんは80歳で亡くなった。平均寿命よりも1年ほど早い死だった。私が彼の死を知ったのは別件で依頼をいただいていた息子さんを通じてのことだ。結局山村さんの年金総受取額は1320万円ほどだった。
結果論になるが、年金の総受取額が最も低くなるタイミングで亡くなられた。80歳で亡くなる場合、最も年金額が多くなるのは62歳から受給したときである。およそ2200万円以上受け取れる。皮肉にも、繰下げ受給どころか、繰上げ受給をした方がよかったというわけだ。
息子さんによれば、山村さんはことあるごとに年金の繰下げを行ったことについて後悔の念を漏らしていたようだ。
息子さんは現在65歳。父である山村さんの一件もあり、自身は年金の繰下げを行わずに年金の受取を開始している。
「長い目で見て繰り下げるべきかと思っていましたが、下手に繰り下げると損をすることを知って、65歳から受け取ることにしました。」
息子さんは年金の受取時期についてそう語った。
年金の繰下げには十分な検討と妥協が必要
年金の繰下げで後悔しないようにするためには、自分が何歳頃まで生きるか、十分な検討が必要である。毎月の受取額が増額となったとしても、受け取り期間が短ければ総受取額は小さくなり思うような結果とはいかなくなる。
今はまだ実際に繰下げ受給をしているという人は少数派だが、これから老後を迎える方の中には年金額の増加を目当てに繰下げ受給を検討している方も存在しているだろう。
今はかつてないほど老後不安が高まっている。それゆえ、20代のうちからiDeCoやNISAで老後に向けた資産形成を行っている方も少なくない。その中には「iDeCoやNISAで老後資金は十分。年金は備えとして最大限繰り下げしておこう」と考えている方もいるかもしれない。
そういう方にこそ、自分がいつ生涯を終えるのかはその時になってみなければ分からないことを知っておいて欲しい。
長生きすることを見込んで繰下げ受給をしても想定より早期に亡くなってしまったり、逆に長生きしないだろうと踏んで繰上げをしても、予想外に長生きして損をしてしまうこともある。
年金の繰下げをするかどうかは、十分な検討とある程度の妥協が必要だ。100点満点で最大の受給額を狙うのではなく、80点くらいを狙いに行く感覚が大切だろう。
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