健康寿命最前線 あなたは「ニワトリ歩き」? 介護予防へ歩行姿勢をデジタル診断
歩くことは、日常の最も基本的な動作だ。ウオーキングを趣味にしている人も多いだろう。ただし誤った歩行姿勢は膝関節などの痛みを招き、場合によっては筋力や生活の質の低下にもつながる。2025年大阪・関西万博でも追求する健康寿命延伸に向け、要介護や要支援になるのを防ぐために自治体と企業がデジタル技術を活用して歩行姿勢をチェックし、アドバイスする事業が行われている。
ウオーキングは年齢や性別、場所を問わず気軽にできる運動だ。スポーツ庁の令和4年度世論調査によると、同年12月までの1年間に行った運動・スポーツのうち、ウオーキングは最多の62%。次点の体操を50ポイント近く上回る。
高齢になってもウオーキングを楽しむためには、どのような点に留意すればよいのだろうか。
平成18年から膝の治療を専門とし、約1万4千人の患者を診察してきたという一宮西病院(愛知県一宮市)の巽一郎・整形外科部長によると、人体にある約260の関節のうち、歩行時に最も大きな負荷がかかるのが膝の関節という。
その負荷は平地を歩く際に体重(キログラム)の5倍、階段を下りる際は8倍となり、誤った姿勢で歩き続ければ、膝に強い痛みを感じる「変形性膝関節症」に至ることもある。
厚生労働省は変形性膝関節症の患者数を約1千万人、潜在的な患者数は約3千万人と推定。多くの人が患うこの症状の大きな要因に急な体重の増加がある。さらに巽氏が挙げるのが、「ニワトリ歩き」という歩行姿勢だ。
ニワトリのように頭を前に振る歩き方で、この姿勢を続けると、バランスをとるために背中が丸まる▽骨盤が後ろに傾き、股関節が外側に開く▽膝が外側に曲がりO脚になる-などと負の影響が連鎖する。
O脚は膝関節の内側に負荷が集中し、大腿骨(だいたいこつ、太ももの骨)と脛骨(けいこつ、すねの内側の骨)の間にある軟骨がすり減る。軟骨がなくなれば骨同士がこすれ合い、微細な骨折が起きて強い痛みを発する。悪化すれば骨の形が変わり、人工関節手術などの治療が必要になる。
高齢でも症状改善
巽氏は、膝の違和感や痛みを訴える患者を診療する際、症状の程度にもよるが、まずは「足放(ほう)り体操」を薦める。歩く前に椅子に座り、太ももを両手で持ち上げて膝下を振り子のように前に出す。膝に関節液を巡らせて動きをスムーズにし、軟骨を保護する効果があるという。
さらに膝への負荷を軽減するため、体重の減少や太ももの筋肉の強化、足の親指側に重心を乗せた歩き方などを3カ月間続けるよう指導。高齢でも症状が改善し、手術を回避できるケースがみられるという。
巽氏は「高齢者が寝たきりになるのは主に外出する動機が弱いことや姿勢の悪さ、関節の痛みに起因する。年を取れば筋力が落ち、寝たきりになるという考え方は間違い」と指摘する。「健康寿命の延伸には寝たきりになる本当の原因を取り除くことが重要。その上で山登りなどの楽しみを見つけ、体を動かしながら筋力を付けるべきだ」
厚労省の令和4年国民生活基礎調査で、要介護・要支援者計約7千人に介護が必要となった原因を尋ねたところ「骨折・転倒」が13・9%、「関節疾患」が10・2%だった。要介護の前段階とされるフレイル(心身の虚弱状態)や介護状態になるのを予防するには、正しい歩行姿勢を意識することがポイントのようだ。
運動意欲の向上も
こうした点を踏まえ大阪府豊中市は今年4月、デジタル技術を活用して高齢者の歩行姿勢を測定し、指導する事業を始めた。
地域ごとに月1回ペースで開く体力測定会で、NECが独自開発した「歩行姿勢測定システム」を使う。高齢者は、3Dセンサーに向かって6メートル歩くだけで前方と側面、後方の姿勢を確認できるほか、歩行速度や体のバランス、足の運びなど30以上の項目について5段階の評価を得られる。
その上で年齢と性別に応じた「推定歩行年齢」を算出し、問診や体力測定の結果と合わせ、正しく歩くための筋力トレーニングやストレッチも提案する。
市長寿安心課の担当者は「これまで目視で観察していた歩行姿勢を科学的に分析し、その人に合ったオンリーワンの指導ができるようになった。過去の結果と比較できるため、利用者の運動意欲向上にもつながっている」と意義を語った。(山本考志)
開幕まで2年を切った2025年大阪・関西万博。毎月1回、万博の重要テーマである健康寿命に関連した特集記事を掲載します。