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儀式の起源は感染症などの危険回避か、由来抜け落ち伝統に、研究 FC2 Analyzer



FC2 Analyzerなぜ人は儀式を生み出したのか、コロナ禍の新習慣もやがて「儀式」に?

新年のお祝いは、人類最大級の儀式だ。今月の初め、世界中の人々が花火を上げ、キスをし、1年の抱負を立てた。祝い方には、それぞれの文化に特有のものもある。

米国南東部ではササゲ(黒目豆)とコラードグリーン(キャベツやケールの仲間の野菜)を調理し、スペインでは新年を迎えた瞬間にブドウを食べ、中南米では前年を象徴する像が燃やされた。

人類のどの文化にも固有の儀式がある。儀式とは一般的に、何らかの目的のために繰り返し行われる象徴的な行動のことだ。ただし、その行動がどう機能するのかは説明できないことが多い。  

儀式は共同体の意識や共通の信念を強化する一方で、人々を疎外したり分断したりすることもある。ある文化で大切にされる儀式が、別の文化にとっては奇妙に映る場合は特にそうだ。  

儀式を研究する科学者の大半は、起源がはっきりしないことが儀式の典型的な特徴の1つだと考えている。だが最近は、儀式の多くは災害を回避しようとして始まり、やがて純粋に社会的かつ非常に特異なものになったのではないかと考える研究者が増えてきた。  

人々が身の安全のために始めた行動は、儀式化されることによって、本来の理由が忘れ去られた後も文化の中に維持されているのではないか。

英国王立協会の学術誌「Philosophical Transactions of the Royal Society B」の2020年8月17日号(オンライン版は同年6月29日に公開)では、儀式の起源をそのようにとらえる論文が特集されている。  

例えば、儀式的な調理法や体の清め方は、病気の予防手段として始まったのかもしれない。また、多くの儀式は苦難のときに心に慰めを与え、それが一般的な風習になった後は、共同体の感覚を強めることで人々を結びつけるのに役立っている。

 コロナ禍の今、人々は脅威に対応するため、再び新しい行動を取り入れ始めているが、こうした行動が儀式と呼べるものになるかどうかはまだわからない。

儀式は定義上、病気や災害を回避する実践的な方法としてよりも、社会的な意義のほうが重視される行動にしか当てはまらないとオーストラリア、クイーンズランド大学の心理学者マーク・ニールセン氏は言う。

これこそが、儀式を(料理などの)その他の文化的行為と区別する特徴だ。 「特定の料理の作り方を学ぶとき、最初は大抵レシピ通りに作りますが、何度か作っているうちに一人一人違った作り方をするようになります」。

だが儀式化された慣習では通常、このような個別化は起こらないとニールセン氏は説明する。注意深く繰り返されるうちに、そうした行動は「機能的な価値を失い、もっぱら社会的な価値のために行われるようになるのです」

コロナ禍の新習慣はやがて「儀式」化する?
 このパンデミックの時代には、手洗いなどの実用的な医学的助言も、ある種の儀式めいたものになっている。手洗いの方法やかけるべき時間を専門家が事細かにアドバイスしてくれるので、それに従えば、自分はしっかり手を洗うことができたという安心感が得られる。

 手洗い以外にも、肘タッチやエアハグなどの習慣も浸透し始めている。また、マスクの着用は、感染リスクを減らす科学的に有効な方法であるだけでなく、着用すること(または、あえてしないこと)が、特定の社会集団への忠誠心を示す方法にもなっている。

 これらの習慣が繰り返されるうちに、やがて由来が忘れ去られ、真の儀式となることはあるのだろうか? 現時点ではわからない。今回のパンデミックの原因については多くの言説が飛び交っているが、

宗教的に説明しようとする人や、人為的な環境破壊の影響を強調する人もいる。その様子は、厄災に遭った私たちの祖先が、自分たちは報いを受けるようなことをしたのだろうかと自問自答したのとよく似ている。

 幸い、人間がもつ生来の探求心は科学研究にもつながっていて、将来の厄災を防ぐ上で私たちはかつてないほど有利な立場にあるとガルファンド氏は言う。「世界中の人々がこのことを心に留めるようになれば、実際に何かを学ぶことができるかもしれません」
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