あなたの健康はお金で買えますか・・・? がん看護専門の看護師がいるって知っていますか?
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がん看護専門の看護師がいるって知っていますか?

入院しているとき、頼りになるのは医師よりも看護師かもしれない。病気を治療するのは医師だが、ベッドサイドに常にいてくれるのは看護師で、いい看護師が担当になれば患者たちは時に癒され、時に勇気をもらうことができるからだ。幸い、私は健康で、入院経験といったら39歳のとき高齢出産のため帝王切開を受けた1回。公立の総合病院だったが、そこでとても素敵なひとりの看護師と出会うことができた。

看護師には何でも話せる

もう20年も前のことだが、何でも100%知りたがりの私は、自分の体の変化や胎児の様子についての質問が多く、産婦人科の担当医をかなり困らせていた。検査や処置に対し、いちいち聞く私に医師は「あんまり聞かないでよ」と呟いたこともあった。その傍らでいつもニコニコしていたのが看護師の直子さんだった。彼女は私の性格を見抜いて、入院中はベッドサイドでいろんな話をしてくれ、また私が知りたいと思っている情報は可能な限り伝えてくれた。さらに退院前には「友だちとして」と自宅の連絡先まで教えてくれたので、慣れない育児で困ったとき、私は直子さんに連絡してアドバイスをもらうことができたのだ。

時にはがん患者といっしょに泣く

直子さんは、学生時代にがんで他界した親友のナースになるという夢を叶えるべく看護師になったと話してくれた。親友のベッドサイドで「私があなたの代わりにナースの帽子を被るから」と約束したのだそう。そして、そういう辛い経験があったからこそ彼女は患者とその家族に寄り添う看護師になれたのだとも思う。末期がんの患者と夜の病室で、時にはいっしょに涙を流すときもあるそうだ。「ひとりひとりの患者が、どんなときも、これがいい人生だと思えるように、そして、最期はとにかく安らかであるように寄り添うのが私の仕事」と直子さんは言っている。

がん看護の夜明け

『看護職プロフェッションの誕生』(関口恵子・著/学研プラス・刊)は、国立がんセンターの創成期の看護師たちが語った現場の話をまとめた貴重な一冊だ。国立がんセンターは1962年に創設され、そのとき同時に“がん看護”という概念も初めて示されたという。

初代総婦長の石本茂さんはこう言っていたそうだ。

「がんは伝染病ではなく、がん細胞が転移する病気であり、絶対安静とする結核患者の看護とは違う。したがって病態をしっかりと知って、そして患者の活動能力、容態看護に重点をおくことが必要である。患者さんの『患』は医師、『者』は看護婦がみる」

(『看護職プロフェッションの誕生』から引用)

石本さんは主体的な看護実践と患者の身体的、精神的苦痛の軽減という看護理念を掲げ、ベッドサイドケアを重視した。その後、国立がんセンターの婦長たちは、全国的な研修会の講師となり「がん看護」を広めていったのだそうだ。こういった先駆者たちの努力があり、1996年にはがん看護専門看護師が誕生した。さらに、1999年からは、がん化学療法看護、緩和ケア、がん性疼痛看護、乳がん看護、がん放射線療法看護などの認定看護師たちが続々と誕生してきている。

看護とは何かを問い続け

著者の関口さんは看護学校を卒業後の1969年から1975年まで国立がんセンターに看護師として勤務。その現場は苦しむ患者や死亡する患者も多く、辛いことが多かったそうだ。しかし、側にいる人間のもつ力の意味を意識し、体験し、味わうという看護の仕事の充実感も実感できたいう。この本では関口さんが国立がんセンター創成期に活躍した看護師たち、そして看護職を取り巻く医師や事務職員からも、それぞれの体験談を聞き出し、それらを克明に綴っている。

看護職が体験したことを語り、記述することは、客観視でき自分を見つめることである。また様々な気づきが生じ、それが患者を見る眼、患者への接し方、ひいては人間を見る眼を成熟させる。がん患者・家族は特に感性が鋭くなっている。がん看護において看護師自身の内面の成長、成熟度が、患者・家族との信頼関係に直結する。

(『看護職プロフェッションの誕生』から引用)

患者の思いを知り、援助する

がんは日本人の死因の第1位で、その割合は年々増している。が、早期発見で治療を受ければ、その8割は完治できる言われている。とはいえ、「がんは怖い病気」という患者の思いは変わらない。その時、苦しみ、恐怖、孤独、寂しさなどを感じ取ってくれるのはベッドサイドにいる看護師たちだ。もしも、がんになってしまったら、その思いをプロフェッショナルであるがん看護師たちにぶつけてみよう。彼らはきっと、ひとりひとりに適したケアをしてくれるはずだ。

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