あなたの健康はお金で買えますか・・・? 【最新「死に方」事典】連鎖する「死の10年問題」
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【最新「死に方」事典】連鎖する「死の10年問題」

「死」について考えるとき、今後10年ごとにやって来る大問題を避けて通れない。「2015年問題」「2025年問題」「2035年問題」と、この問題は続く。

 まず、2015年問題は、団塊世代のほとんどが高齢者(65歳)となり、支給年金額が膨らむという問題だ。

すでに年金の受給バランスは崩れ、年金財政は大幅な赤字。税金から赤字を補填(ほてん)している状態だ。だから、消費税も増税され、その分社会保障費に回すとされた。

 しかし、消費税の増税程度では、この状態を解消できない。

今後もずっと年金を受け取る側の高齢者が増え、将来年金を支払う側になる子供が少子化でどんどん減っていくのだから、どうしようもない。いずれ、年金がもらえなくなることも覚悟して、私たちは「死期」をイメージしなければならない。

 問題はまだある。現在、年金は国民年金で月に約6万円、厚生年金で月に約24万円である。これで暮らしながら、年金受給世代は、高齢化した親の面倒を見続ける必要がある。

「老老介護」である。現在、介護政策は財政負担の大きい施設介護から在宅介護へと転換されつつあるので、これは相当な負担だ。

 次に、日本社会を揺るがす大問題「2025年問題」がやって来る。2025年を前後して親を看取った団塊世代は、今度は自分たちが死ぬ時期に入る。2025年、団塊世代の中核は75歳を超えた後期高齢者となり、男の平均寿命79歳から見て、次々に病院や介護施設に入る必要が出る。

 そこで、政府は今年度の診療報酬の改定(4月1日実施)と併せ、「入院を減らし在宅を重視する」方針を明確に打ち出した。簡単にいうと、「病院では看取れない。家族が自宅で看取れ」ということだ。

 こうなると当然だが、介護産業は、団塊世代がこの世から去った後の需要減も見越して、設備投資を減らすだろう。つまり、あなたが死期を迎えるころには、面倒を見てくれる病院も介護施設もないことになる。もちろん、富裕層はこの問題を乗り越えられる。年金で暮らす一般層は無理だ。

 つまり、団塊世代は病院からも介護施設からも見放され、頼れるのは家族だけというのが、2025年問題である。

 「死ぬときは自宅で」と願う団塊世代は多いが、実際は「自宅死」は金銭的にも家族にとっても最悪の選択だ。しかし、病床も介護施設も足りなければ他に選択がないわけだから、2025年を待たず自宅死は激増する。

 最後の「2035年問題」は、医療界では早くからささやかれていた問題だ。認知症患者がこの年に450万人に達するとみられているからだ。現在、全国の認知症患者は約230万人とされる。これが倍増するわけだ。

すると、先の老老介護から見て、もっとも困るのが、「親1人子1人」という世帯。こうした世帯は現在どんどん増えている。となると、親の認知症が進んだ場合、自宅介護となれば、子供の生活は成り立たなくなるだろう。

 このように見ると、私たちの老後は圧倒的に暗いのがわかる。もはや、リタイア後の悠々自適生活は一部の富裕層の話で、高齢庶民にとっての最大の社会貢献、家族貢献は、「早死」(平均寿命まで生きないこと)であると言うしかない。

 ■富家孝(ふけたかし) 医師・ジャーナリスト。1947年大阪生まれ1972年慈恵医大卒。著書「医者しか知らない危険な話」(文芸春秋)ほか60冊以上。

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