あなたの健康はお金で買えますか・・・? 【女医ドル】私が外科医になった理由は「命を預かっている自覚」
1

【女医ドル】私が外科医になった理由は「命を預かっている自覚」

私が医者になった理由は、たまたま試験勉強が得意だったからです。自分の適性もわからず、将来やりたいことも特になく、「選択肢の幅を狭めない」ことを優先した結果が、東大医学部でした。

 入学してからは、「積極的に医者になりたくない理由が見つからない、それ以外に進みたい道があるわけでもない」ことを盾に、ずるずると6年間を過ごし、24歳で研修医となりました。

 研修医2年間を終えると、多くの場合は3年目からそれぞれが専門を選び、各診療科のスタッフとして働いていくことになります。私は、一般外科に進む決断をしました。

一口に外科といっても、上部消化管(食道・胃)、下部消化管(大腸)、肝胆膵、呼吸器、乳腺など、臓器別に細分化されており、どの外科に進むかは、あと1-2年後に決めることになっています。

 体力的にも精神的にもハードすぎるあまり、すっかり人気が落ち、人手不足にあえいでいる一般外科。必然的に、女性医師がもっとも少ない科のひとつでもあります。このいばらの道を進む決断をした理由について、お話ししてみたいと思います。

 数ある診療科のなかには、「基本的には死なない病気」を診ることを常とする科も多く存在します。つまり、「もともとある程度元気な人を、より健康的にしてあげる」のがゴールとなります。

 もちろんどんな患者にも急変のリスクはあるわけで、どんな医師も、「命を預かっている自覚」を失ってはなりません。でも、日常的にそういった恐怖と隣り合わせでやっているかというと、毎日誰かのおなかを切って、臓器を切り刻んでいる外科医は、やはり特殊だと思います。

 それぞれの科に、それぞれのやりがいがあると思います。

でも自分は研修医時代の外科ローテート(研修医が病院で各科を順に回って研修すること)で、口からまともに食べられなかった担当患者が手術をして、ごはんが食べられるようになって帰っていくのをみたとき、ほんの少しの達成感と充実感がこみ上げてくるのを感じました。

なんとなく医者になり、そしてなんとなく続けていたなかで、久しぶりにわいた直感。

 その後、いくつもの科で研修しましたが、それに勝る感情とは出合えず、結果的にその直感に導かれて、私は外科医になりました。

 ■安川佳美(やすかわ・よしみ) 1987年、北海道稚内市生まれ。2011年3月、東京大学医学部医学科卒業。同年4月より医師臨床研修開始。13年7月より、多摩総合医療センター外科に赴任。東大在学中に書き下ろした「東大脳の作り方」はベストセラー。その他著書に「東大医学部」「東大病院研修医」がある。(株)カロスエンターテイメント協力。

関連記事
カテゴリ
最新記事
★★互助会推薦★★
ホテル最安値の簡単検索
比較サイト【トリバゴ】