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「仕事やお金を失ってもやめられない」性欲の強さと関係なく発症する"セックス依存症"の怖さ


仕事やお金を失っても危険な性行為をやめられない人たちがいる。長年、依存症問題に関わってきた精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳氏は「2000人以上の性依存症の治療に立ち会ったが、性欲が強すぎてセックス依存症になった人はほとんどいなかった」という——。

「セックス依存症」という病名は存在しない

現時点で臨床現場において、「セックス依存症」という診断名は存在しません。病院の診察室で医師が「あなたはセックス依存症ですね」と告げることはあっても、それは正確な診断名ではありません。

類似の診断名として「性嗜好障害」という病名があります。これは、性的満足を得るための手段が偏っていて、一般的な社会通念を逸脱した反復的・強迫的な性行動や衝動を指しています。

必ずしも犯罪に至るわけではなく、性的ファンタジーや強迫的なマスターベーションにとらわれるケースもあります。そして、そのことで生活が破綻する人も多くいます。

性行為に耽溺するケースでいうと、とにかくセックスをしないと落ち着かない、生活に支障をきたしたり不利益を被ったりしてもなお、危険な性行為を繰り返してしまうことを指します。

2017年に佐々木希さんがドラマ『雨が降ると君は優しい』(Hulu)で演じた女性はセックス依存症でしたが、作中での診断名は「性嗜好障害」でした。

そして近年、この分野では、ちょっとした大きな動きがありました。

新たに設けられた6つの診断基準

2018年、WHO(世界保健機関)が定めたさまざまな精神疾患の分類であるICD(国際疾病分類)が約30年ぶりに改訂されたのですが、そのICD-11(第11回改訂版)ではいわゆるセックス依存症を「強迫的性行動症(Compulsive sexual behaviour disorder)」という精神疾患であると認定したのです。

翻訳されて日本で適用されるにはまだ少し時間がかかりそうですが、それによって新たに「強迫的性行動症」という病名が加わることになります。

強迫的性行動症の診断基準には、次のような6つの項目があります。

(1)強烈かつ反復的な性的衝動または渇望の抑制の失敗
(2)反復的な性行動が生活の中心となり、他の関心、活動、責任がおろそかになる
(3)性行動の反復を減らす努力がたびたび失敗に終わっている
(4)望ましくない結果が生じているにもかかわらず、またそこから満足が得られていないにもかかわらず、性行動を継続している
(5)この状態が、少なくとも6カ月以上の期間にわたって継続している
(6)重大な苦悩、および個人、家族、社会、教育、職業、および他の重要な領域での機能に重大な問題が生じている

過剰なセックス、マスターベーション、ポルノ視聴、性風俗店の利用など、日常生活に大きな支障が出てもその行為をやめられない人は、この強迫的性行動症に該当すると考えられています。

しかし現時点では、WHOは強迫的性行動症そのものを「依存症」というカテゴリーに分類していません。いまだ研究の歴史が浅く、データ不足や議論が尽くされていないのが現状です。

「性欲が強いから発症する」というのは間違い

性依存症は、犯罪性のあるものとないもの、「非合法タイプ」と「合法タイプ」に分けられます。

犯罪性のある「非合法タイプ」はさらに痴漢や小児性愛障害(ペドフィリア)、強制性交などの「接触型」と、盗撮やのぞき、露出など、直接他人には触れない「非接触型」に分類されます。

犯罪性のない「合法タイプ」には、不倫や風俗通いがやめられない、自慰行為がやめられない、サイバーセックス(インターネットを介して性的興奮を得る行為)に耽溺する、服装倒錯(下着窃盗などを伴わないもの)など、倫理的には問題があるとしても犯罪性のない行為が挙げられます。セックス依存症は、基本的にこの犯罪にならない合法タイプの性依存症を指します。

本書では、セックス依存症を広義での「性依存症」の一部と捉えて解説していきます。

セックス依存症と聞くと、どんなときでもセックスのことを考えていて、セックスをしたくてたまらない、性欲が人一倍強い人がなる病気……そんなイメージを抱く人も多いかもしれません。

しかし、実はセックス依存症の本質は「性欲の問題」ではありません。実際はもっと複雑で、さまざまな複合的要因が絡み合った問題なのです。

どれだけ傷ついてもセックスをやめられない

なによりセックス依存症は、さまざまな損失を繰り返してもなお、この行為がやめられなくなります。

スキャンダルによって仕事や家庭、世間体や信頼関係を失う「社会的損失」や、不特定多数との性行為による性感染症やHIVのリスク、女性ならば望まない妊娠や人工妊娠中絶などの「身体的損失」があります。また、風俗通いがやめられず借金を重ねてしまうような「経済的損失」も考えられるでしょう。

社会生活を送る上で多くの損失が発生しているのに、脳の報酬系と呼ばれる神経回路に機能不全が生じると、「やめたいと思っているのにやめられない」状態に陥ります。そこではアルコールや薬物など、物質依存と似たメカニズムが働いているといわれていますが、まだ科学的には明らかになっていません。

また、近年の京都大学の研究グループの報告では、行為・プロセス依存の背景にこの報酬系が形成する「条件付け」が関係しており、それを抑制する前頭前皮質の活動が弱まっているせいで行動の制御ができなくなるという仮説が発表されました。

この仮説の研究結果から、行為・プロセス依存では前頭前皮質の活動に依存する確率判断の障害が関連しており、社会的リスクの高い問題行動がどのような結果につながるかを認識できず、その結果、行動の抑制ができなくなると考えられると結論づけられました。

さらに、数々の損失と苦痛に加えて、強迫性や衝動性も依存症の大きな特徴です。「セックスをしないと落ち着かない」「一度自慰をしたいと思うと、せずにはいられない」など、自分の中で「スイッチ」が入ったら、その行為を達成しない限り落ち着かなくて仕方ないという状態です。

これだけでも、世間一般の人が抱く「セックス依存症」のイメージと実態には、かなりの乖離があることがわかります。

本人をかばうことで症状を悪化させる場合も

また、社会的、身体的、経済的な損失に対して当事者が病気であるという意識を持てず、無自覚な状態に陥るケースもあります。

とくに男性の場合、本人が強い権限や経済力を持っていると、周囲の人間が口止めや「尻拭い」をしてしまうため、本人が本来感じるべき痛みに無自覚のまま、問題行動を繰り返してしまうパターンが見受けられます。

依存症の世界では、問題のある人の症状を支えてしまう行動のことをイネーブリング(Enabling)、その支え手となる人をイネーブラー(Enabler)と呼びます。

典型的な例では、アルコール依存症の夫が泥酔してなんらかのトラブルを起こした際に、妻が本人に代わって頭を下げて問題をなかったことにすることで、ますます夫が自身のアルコール問題に気づくことができずに否認を強化するというケースがあります。

そして妻は妻で、「この人はやっぱり私がいないとダメなんだ」という救世主的役割を担うことで、アルコール依存症の夫と共依存関係に陥っていきます。

またギャンブル依存症の家族では、当事者の借金を親が「私が払ってあげないと息子がかわいそう。世間体もあるし……」と肩代わりして、子どもは性懲りもなく再びギャンブルを続ける……というケースも数多く見られます。

回復をさまたげる「共依存」という落とし穴

ここで、当事者の家族や援助者が陥りやすい「共依存」のパターンを3つ紹介しておきたいと思います。

(1)否定的エンメッシュ(否定的コントロール)
他人の世話を焼き、他人に頼られることで自分の存在を認めさせよう、それによって自分の安全も得ようとする態度のことをいいます。

(2)救世主願望(メサイアコンプレックス)
「困っている人を自分が助けたい」「人の役に立ちたい」という考え自体は否定されるものではありませんが、その背景に劣等感や自己肯定感の低さがあると、「満たされない自分を満たすために人を利用する」という関係性になります。

つまり、自分の自己肯定感を高める道具として他者を利用するということになります。

(3)治療中断に対する恐怖心
当事者が自分(援助者)を見捨てて離れていってしまうことへの恐怖心から、伝えるべきことが伝えられず、間延びした関係性を続けてしまうことをいいます。

本来、当事者が援助者から離れて自立していくことは「自分の力でなんとかやっていける目途がついた」というサインでもあるため、援助者自身の「見捨てられ不安」についても自覚的になる必要があります。

共依存のバリエーションは豊富で、援助者も気づかないうちにその関係性に酔ってしまうことがあります。

支援者も自分自身と向き合わなければいけない

知らない間に当事者と共依存関係に陥り、「本人のため」と思ってしたことが実は自分自身の不安をケアするためで、本質的には当事者の自立のサポートにつながらない行為を繰り返している援助者のことを「プロフェッショナル・イネーブラー」といいます。

こういう名刺は持ちたくないですが、案外気づいたらこのような膠着した二者関係に陥っている援助者は多く、だからこそ援助者自身の健康性や対人関係のパターンをチェックしておく必要があると思います。

依存症者が自身の問題と向き合い、適切な治療と回復につながるには、その問題や失ったものをきちんとオープンにして、勇気を持ってイネーブラーが支えている手を離し、関係者が足並みを揃えることが不可欠です。

セックス依存症も他の依存症と同様、単に本人の問題行動だけに注目するのではなく、周囲に潜在するイネーブラーの存在も視野に入れて治療戦略を立てていく必要があるでしょう。

やがて、イネーブラーは家族会や自助グループに参加し、そこで仲間とつながって自身の回復に取り組むことで、当事者への対応や距離の取り方を学び、当事者の回復の伴走者となるキーパーソンに成長していくのです。

「男は性欲をコントロールできない生き物だ」という偏見

男性と女性では、セックス依存症の原因や傾向に違いがあります。

現在の日本において、男性に対してはいまだに「たくさんの女性と肉体関係を持っているほうが男らしい」という社会的バイアスが存在します。

とくに男同士の絆や結びつきを重視するホモソーシャルな世界では、女性蔑視(ミソジニー)を介して絆を深めることが起こりやすいため、女性をモノとして扱い、ナンパした数や経験人数の多さを競うことで同性の仲間から認めてもらうという風潮もあります。

つまり、自身の歪んだ承認欲求を満たすための道具として女性を使っているのです。

また、「男は性欲をコントロールできない生き物だ」という歪んだ価値観がいまだ信じられていることにも違和感を覚えます。これは、被害者が存在する性犯罪の場面でもしばしば見られます。

たとえばある男性が痴漢で逮捕されたときに、「妻とはセックスレスだったため、性欲を持て余して痴漢行為に及んだのだ」と、性欲解消のために痴漢行為に至ったと考える人がいます。

当然ながら、セックスレスと痴漢の間にはなんら相関関係はないものの、「抑えきれない性欲が暴走して、性犯罪を犯してしまった」というステレオタイプがいまだ根強く社会にはびこっている事実は明らかです。

犯罪化しなければ治療に結びつかいない現状

私はこれまで2000人以上の性依存症者の治療に関わってきましたが、「性欲が強く、それが抑えきれなくて性犯罪に走った」という人はごくわずかです。

そもそも多くの男性は、性欲をちゃんとコントロールできます。「男は性欲をコントロールできない」という価値観は、冷静に考えると男性を侮辱するものです。

性依存症の治療が必要な当事者であっても交番の前では痴漢はしませんし、友人との会話中、急に自慰行為をしたりはしません。それなのに、いまだその価値観が根強く残っているということは、それによって都合の悪い事実を隠蔽でき、周囲を思考停止に陥れられると学習している男性が多くいるからです。

著書『男が痴漢になる理由』(イースト・プレス)にも書きましたが、反復的な性的逸脱行動を性欲の問題にのみ矮小化して捉えてしまうと、問題の本質を見誤ります。

同調圧力ともいえるような「男らしさ」を強いる価値観が社会にはびこっているため、犯罪化しない限り、男性の性依存症の問題は臨床の場に出てこないのが現実です。

アルコール依存症の場合は、問題飲酒を続けていると身体がボロボロになるといった健康被害や、仕事の無断欠勤、離婚、飲酒運転、ケンカからの傷害事件などの社会的影響が表面化する可能性が高いのに対して、性の問題はデリケートな性質があるために、「自分にはなにかしらの問題がある」とわかっていながらも当人がなかなかオープンしにくく、治療に結びつかない現状があります。
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