あなたの健康はお金で買えますか・・・? 抗がん剤避け放置療法を選んだ乳がん患者 その後、皮膚や筋肉にまで…「がん放置」と「がん患者放置」は違う
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抗がん剤避け放置療法を選んだ乳がん患者 その後、皮膚や筋肉にまで…「がん放置」と「がん患者放置」は違う

Dr.高野の「腫瘍内科医になんでも聞いてみよう」
 
抗がん剤はつらい副作用を伴うことが多く、世の中にネガティブなイメージも広まっていますので、「できればやらないで済ませたい」と思うのは自然なことです。

 医師の近藤誠さんは、手術や抗がん剤などの積極的治療を受けないで、がんを放置する「がん放置療法」を勧めています。「抗がん剤はやらなくてよい」とわかりやすく説明してくれる近藤さんの文章は、多くのがん患者さんの心にしみ込み、実際に、「抗がん剤は絶対にやらない」とおっしゃる患者さんは増えているように思います。

 抗がん剤によって期待される効果と、予測される副作用を十分に理解して、それでも抗がん剤をやらないという選択をするのであれば、その判断は尊重されるべきです。ただ、中には、深く考えることなく、最初から「抗がん剤はやらない」と決めてしまっているような方もおられます。「抗がん剤なんて命を縮めるだけ」「この本には、絶対にやってはいけないと書いてある」と言って、医師の話を聞いてくれないこともあります。

「もう悩まなくていい」…思考停止に陥る患者さん

 これまでも何度か書いたように、抗がん剤というのは、数ある道具の中の一つにすぎません。それが役に立つのかどうかは、それを使う目的、場面、考え方によって違ってきます。ある道具が、自分にとってプラスになると思えるなら使えばよいし、マイナスの方が大きいと思うなら使わなければよく、それは、その時々でよく考えながら決めていくものです。

 単なる道具である抗がん剤について、「絶対に使ってはいけない」とか、「絶対に使うべき」というように、一般論で論争すること自体、不毛なものです。この論争では、一人ひとりの患者さんの状況や、治療を行う目的が度外視されています。その道具がダメなものなのか、素晴らしいものなのかは、書籍や雑誌で言い争うものではなく、診察室で、状況に応じて判断されるべきものです。

 まず考えるべきは、「何のためにその道具を使うのか」「自分にとって大切なものは何か」「これからどのように過ごしていきたいか」という『治療目標』です。一つひとつの道具のプラス面とマイナス面を予測して、マイナスよりもプラスが上回る可能性が高い、すなわち、より目標に近づける道具があれば、それを選ぶことになります。

 がんという病気と向き合いながら、治療方針について悩み、考えていくのは簡単ではありません。「抗がん剤はやらなくてよい」というのは、「やるかどうかについて、これ以上悩む必要はない」というささやきにも聞こえ、思考停止に陥る患者さんもおられるようです。

でも、抗がん剤をやるかやらないかを先に決め、あとは何も考えないようにするのではなく、治療目標を先に決めた上で、抗がん剤を使うかどうかも含め、これからの生き方を考えていくのが、本来の順序です。悩むことも多いでしょうが、ともに悩みながらサポートするために医療者がいますので、うまく頼っていただければ、と思います。

「がん放置療法」で途方に暮れてしまったAさん
 静岡県在住のAさん(71)は、2016年1月、66歳のとき、左乳房とわきの下のしこりに気づきましたが、すぐには病院に行きませんでした。1年半後、しこりが大きくなって、左腕のむくみがひどくなったところで、近くの病院を受診し、進行乳がんと診断されましたが、「抗がん剤は受けたくない」と、病院から離れてしまいました。この頃、近藤さんの本をよく読んでいて、その影響を強く受けていたといいます。近藤さんのセカンドオピニオン外来も受診して相談しましたが、「がん放置療法で大丈夫」と言われたそうです。

 その後もがんは悪化し、しこりの痛みも強くなり、途方に暮れていたところで、私の書いた本に出会ったそうです。それまで信じていた近藤さんの考え方とは違うのに、すんなりと受け止められたということで、それをきっかけに、18年1月、私の外来を受診されました。検査をしてみると、左乳房のしこりは皮膚や筋肉まで広がり、反対側の乳房や全身のリンパ節、肝臓、骨などにも多数の転移が認められました。

 ご本人とよく相談し、症状を和らげて穏やかに過ごしていくことを目標に、それまで毛嫌いしていた抗がん剤を始めたところ、これがよく効いて、しこりもわからなくなり、痛みやむくみなどの症状も改善しました。特別なことをしたわけではなく、標準的な抗がん剤を使用しただけです。抗がん剤は4か月行い、それ以降、現在までの3年間、静岡から東京へ通院して、分子標的治療薬の投与を3週に1回受けています。病気は落ち着いていて、元気に過ごしながら、週2回はプールで楽しく泳いでいるそうです。「がん患者とは思えないって、みんなから言われるのよ。あのまま『がん放置療法』を続けていなくて本当によかった」と、診察のたびにたくさんお話をしてくれます。

「がん放置」と「がん患者放置」は違う
 かつてのAさんのように「がん放置療法」を信じて病院にかからず、でも、がんの症状に不安になりながら一人思い悩んでいる方は、結構、おられるのではないかと思います。かなり厳しい状態になって救急車で搬送されるような方も、ときどきいます。Aさんのように、何かのきっかけで病院にかかることができればよいのですが、きっかけをつかめないまま、引きこもってしまっている方もおられると思います。もし心当たりのある方がこのコラムを読んでいるとしたら、お近くの医療機関にご相談されることを強くお勧めします。

 がんに対する積極的な治療を行わずに経過を見ることを「がん放置療法」と呼ぶのであれば、私自身も、「がん放置療法」をよくやっています。でも、がんを放置することはあっても、がん患者さんを放置したり、患者さんを苦しめている症状を放置したりすることはありません。抗がん剤という道具を使っていても、使っていなくても、患者さんとともに目標に向かって進んでいることに変わりはなく、どんな場面でも、緩和ケアは必ず行います。

 病院にかかることや、緩和ケアを受けることについても否定するなら、それは、「がん放置療法」というよりも、「がん患者放置」です。がんの症状がつらくなったら、放置するのではなく、きちんと緩和ケアを受けた方がよいと思います。「

抗がん剤治療はやりたくない」というご希望をお持ちであれば、そのお考えは尊重しますので、お困りのことを一人で抱え込まずに、医療機関に頼りましょう。抗がん剤を使うかどうかはいったん置いておき、これからどのように過ごしていきたいかをまず考えましょう。それまでの考え方をとがめたりはしません。前を向いて、この先の道をともに進んでいきましょう。

高野 利実 (たかの・としみ)
がん研有明病院 乳腺内科部長
 1972年東京生まれ。98年、東京大学医学部卒業。腫瘍内科医を志し、同大付属病院で研修後、2000年より東京共済病院呼吸器科医員、02年より国立がんセンター中央病院内科レジデントとして経験を積んだ。05年に東京共済病院に戻り、「腫瘍内科」を開設。08年、帝京大学医学部付属病院腫瘍内科開設に伴い講師として赴任。10年、虎の門病院臨床腫瘍科に最年少部長として赴任し、「日本一の腫瘍内科」を目標に掲げた。10年間の虎の門時代は、様々ながんの薬物療法と緩和ケアを行い、幅広く臨床研究に取り組むとともに、多くの若手腫瘍内科医を育成した。20年には、がん研有明病院に乳腺内科部長として赴任し、新たなチャレンジを続けている。西日本がん研究機構(WJOG)乳腺委員長も務め、乳がんに関する全国規模の臨床試験や医師主導治験に取り組んでいる。著書に、かつてのヨミドクターの連載「がんと向き合う ~腫瘍内科医・高野利実の診察室~」をまとめた、「がんとともに、自分らしく生きる―希望をもって、がんと向き合う『HBM』のすすめ―」(きずな出版)がある。
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