若い世代が亡くなる新型コロナ第5波 その陰に「無自覚の糖尿病」が存在……五輪開会式聖火ランナー・大橋博樹医師が語る
昨年2月から新型コロナに対応してきた
新型コロナウィルス第5波は最大の感染者数となったが、死亡者数は相対的に少ない。ただ、若い世代が亡くなっている。多摩ファミリークリニック(川崎市)院長の大橋博樹さんは昨年2月にダイヤモンド・プリンセス号に乗り込み、それ以来、新型コロナ感染症に対応。
オリンピックの開会式では、コロナと闘う医療者の代表として、長嶋茂雄・巨人軍終身名誉監督らから聖火を受け取った。その大橋さんは、若い世代で重症化する人の中に、「基礎疾患なし」と報告されていても、実は、日頃、健診を受けず、糖尿病の自覚のないケースがあると指摘する。聖火ランナーの医師はどのように第5波に立ち向かっているのか、大橋さんに聞いた。(聞き手・渡辺勝敏)
半日は通常診療をストップ、発熱外来に集中
――診療所では医師4人が働き、当初から発熱外来を開設して、新型コロナ患者の診療に当たってきました。第5波での診療はどのような状態ですか。
元々、発熱外来は午前中の診療の最後の時間を使ってやってきましたが、8月になると、それでは間に合わなくなってきました。午前は通常診療をやめ、発熱外来だけにして、診ることができるのが1日30~40人。お盆明けごろには、陽性率が50%を超える日が続きました。保健所の手が回らないので、私たちが陽性者に問い合わせて、濃厚接触者を聞き出して検査をしています。9月に入っても診療所のキャパシティーの上限に達する状況が続いていて、陽性率が3割を切ることはありません。気が抜けない状態が続いています。
――感染者数が急増して、本来入院が必要なのに病床が見つからず、自宅療養のまま死亡するといった悲惨な事例が報告されていますが、川崎市ではいかがでしょうか。
通常の医療なら医師が病院と交渉して入院先を見つけるのですが、新型コロナは法律上「2類感染症」の扱いなので、入院の可否は医師ではなく保健所が判断しています。僕らは緊急の対応が必要な患者さんいれば、「この患者さんは危ない状況なので、入院の順位を上げてください」という話を保健所にしています。
川崎市の場合は、市が保健所を設置しているので、市の調整本部が入院のやりくりをして、市内で病床が見つからなければ、県に連絡して県全域で病院を探しています。それで、鎌倉市など他市町にもご迷惑をかけて、なんとか調整してもらってきました。
ただ、8月のお盆ごろからは、本来なら入院が必要だけど、ベッドがなくて自宅にとどまっているという患者さんが、川崎市でも1日数名ずつ出るようになりました。災害のような状態ですね。
若い人は自分が糖尿病と知らず悪化するケースも
――自宅にいる患者さんの訪問診療もされていますね。
もともと2百数十人の在宅の患者さんを診ているんですが、それに加えて、保健所から「ベッドがないから入院するまでお願いします」と依頼されるようになりました。在宅で酸素吸入をすれば数日しのげる方もいますが、それだけじゃまずいとなると、入院の調整をお願いします。
――自宅療養では厳しいと判断するのはどのような患者ですか。
肺炎のため呼吸状態が悪くて即入院が必要という人のほかに、基礎疾患が悪くなって多臓器不全を起こして危ないという人も出てきています。基礎疾患で問題なのは、一番が糖尿病。基礎疾患のない若い人が重症化したという報道を見るんですけど、実は基礎疾患がないのではなくて、見つかっていないのかなと個人的には思います。
高齢の方と違って、30、40歳代では健診を受けていない方もいて、ご本人も糖尿病だと知らない。食事が取れなくて意識がもうろうとしている人がいて、診療すると隠れ糖尿病が悪化した状態でした。
「基礎疾患なし」と保健所に伝わると、入院順位は下がります。糖尿病と気付かずに普通に生活していて、たまたまコロナにかかって亡くなったというケースが出てきています。若い方の場合、そこが難しい。第5波は、感染者数が多い割には死亡者が少ないですが、失われなくてもいい命が失われているのは、とてもまずい事態だと思います。
多くのコロナ患者を診ているのに抗体カクテル療法が使えない
――重症化を防ぐ治療法として、1回の点滴で行う抗体カクテル療法が外来でも使えるようになりました。どのように受け止めていますか。
軽症の時に使うと悪化が防げるというデータが出ています。積極的に使いたいのですが、「外来で使える」と言っても、入院施設がある医療機関限定なので、うちでは使えません。自宅療養の患者さんには使えるのですが、僕らが訪問する方はすでに重症化しているので対象になりません。
うちのように発熱外来で多くの新型コロナ患者さんを診ているところでは、ベッドがなくても外来で使えるようにしていただきたいですね。軽症で見つけ、糖尿病など基礎疾患のある方には、その場で投与できるようにする必要があります。
重症度を効率よく判断できる野戦病院が必要
――コロナ患者をたくさん診ていて、ほかにどのような課題がありますか。
これからのことを考えたら、野戦病院のような施設が必要です。すぐに入院しなければいけない人を見つける目的に特化した施設。訪問して自宅療養者を診られるのは、どんなに頑張っても半日で4、5人。病状が急変する場合もあるので、緊急の入院が必要な重症者を往診で選別するのは限界があります。患者さんを1か所に集めて、管理できる場所が必要です。
病院の先生に聞くと、もうひとつの問題があります。保健所の判断で入院させるわけですが、中等症と言われたけど、実際には軽症だったという話もあって、それでも既定の入院観察期間は入院させる方針の病院が多いので、無駄にベッドを使っている面があります。若い人などは、よくなったら自宅に帰して訪問診療につなぎ、中等症用のベッドを空ける流れも重要です。
――先生も含め、「災害のような状態」という言葉を、コロナ診療を担う医師から聞きます。しかし、街はいつもよりも人が少ないものの、一般にはピンときていないようにも見えます。
僕たちは、この診療所から見えるマンションや裏のお宅に危険な状態の患者さんがいるけど、入院できないということを知っています。うちの診療所も、通常診療を減らして発熱外来をやっている緊急体制ですから、この川崎も被災地という感覚です。でも、市民の方にはそれが伝わりません。
俺は病人なのになんで診てくれないんだ」と文句を言われたりして、心が折れてしまった職員もいます。東日本大震災や熊本地震で、診療所を休診にして現地で医療支援をした時には、患者さんから差し入れをいただくこともあって、ご理解いただいたのですが、コロナの感染拡大では、災害を実感しにくいようです。
日本のコロナ対応病床は数%「これはあり得ない状態」
――コロナ患者を受け入れている病院はごく一部で、発熱患者を診ない開業の医師も多く、日本の医療界が総力を上げて、危機に対応してはいません。限られた医療機関が災害時のような対応をしているのが、日本の状況ということもあるのでしょうか。
この地区で言うと、30、40歳代の開業の先生が増えたので、積極的に診ていただいています。でも、開業医は一般に年齢が高い人が多く、60歳以上で基礎疾患がある医師には、ワクチン接種で頑張っていただくしかありません。高齢者の長期入院患者が多い中小病院でも、半年から1年かけて今の患者さんに転院してもらってワンフロアを空ければ、コロ
ナ対応はできると思います。現在の数%の病床しかコロナ患者を受け入れていないという状態は、本来、あり得ないことです。知事の権限できちんと政策的な医療体制を作ることができる、そういう文化を作らなければいけません。今はその岐路にあるのではないでしょうか。
オリンピック開会式の聖火ランナー かかりつけ医の代表として
――ところで、オリンピックの開会式をテレビで見ていたら、読売新聞の医療健康サイト「ヨミドクター」でコラム「かかりつけ医のお仕事」を連載していただいている大橋さんが登場したのでとても驚きました。
7月の初めに組織委員会から連絡が来て、開会式で何かをやってほしいという話でした。「なんで私ですか」ときくと、コロナの診療を頑張られているかかりつけの医師ということですと言われました。
守秘義務に関する書類がたくさん送られてきて、本番の7月23日の10日前に「聖火に決まりました」と電話を受けて、長嶋さんたちの後と聞いたのは3日前。前日の通しの練習で、車いすの長嶋さんとお目にかかった時には失神しそうになりました(笑)。あの時、第5波がこんなにすごいことになるのを想定していたら、お断りしていたかもしれません。
――第5波の収束に向けて、気がかりなことはありますか。
小学生や中学生は、僕らのデータでも親からうつるケースがほとんどだったんですが、夏休みの後半ぐらいから、中学生では部活だったり、感染源がわからなかったり、という人が出てきました。
学校が始まってどうなるのか、それを一番心配しています。そして、ワクチンを2回打った後に、コロナ感染で亡くなったり、重症化したりする人はごく少ないので、本気でワクチンをやることが大事です。ワクチン接種率は7割でなく、8割、9割を目指して頑張る必要があると思っています。
大橋博樹(おおはし・ひろき)
多摩ファミリークリニック院長、日本プライマリ・ケア連合学会副理事長
1974年東京都中野区生まれ。獨協医大卒、武蔵野赤十字病院で臨床研修後、聖マリアンナ医大病院総合診療内科・救命救急センター、筑波大病院総合診療科、亀田総合病院家庭医診療科勤務の後、2006年川崎市立多摩病院総合診療科医長、2010年、多摩ファミリークリニック開業。