イライラする夫に話しかけても拒絶され…ストレス過剰に「そばにいるだけ」が有効な理由
産業医・夏目誠の「ストレスとの付き合い方」
精神科医をしていますと、「夫がイライラして、話しかけてもムッとしたまま。こんな時はどうすれば良いのでしょうか?」という相談を受けることがあります。心配して話しかけると、「うるさい」「何でもない」と拒絶され、どうしていいか途方に暮れるというお話です。どう接すればよいのでしょうか?
35歳の夫、硬い表情で無口
メーカーの店舗営業課長代理で35歳の加山太郎さん(仮名)は妻と子どもの3人家族です。昨年マンションを購入。妻も契約社員として働いています。最近、店舗の売り上げが低下し、会議を開いては対策を検討していますが、良い案がでません。さらに悪いことに、もともと相性の悪い上司との関係も悪化しています。
イライラすることも多く、帰宅しても不安や緊張が解けず、硬い表情で、無口です。妻は仕事が大変なのだろうと思っています。 「最近、疲れているように見えるけど……」と心配して問いかけると、「うるさい」とどなられ、夫は「すまん」とぶっきらぼうに言って部屋を出ていきました。
心配して話しかけるのは、実は自分の不安解消
家族など身近な人がイライラしていたり、不安な様子を見せたりすると、「何とかしてあげたい」という気持ちになるでしょう。ところが反射的に「どうしたの?」と質問しても、感情的な言葉で反応されることがあります。「悪いことをしたみたい」「踏み込んではいけない領域かな」という気持ちになります。
心配する側の気持ちを一歩踏み込んで考えると、つらそうな人と接している自分自身の不安を解消しようと、無意識のうちに話しかけている場合も多いのです。そこで「あなたのことが心配」という気持ちの伝え方が重要になります。それには、言葉以外の方法が役に立つことがあります。
見守りこそ、サポートに
事例の妻のように「悩みを私に話してほしい。一緒に考えようよ」と思いますね。しかし、しんどくてイライラしている場合には、本人は心を閉ざして、堅くガードしています。自分の心が、どのような状態になっているのかが、自分でもわかっていないことも多いのです。
考えも気持ちも整理がついていないところに、「どうしたの?」と問いかけられても、反発を感じてしまうのです。 そういう時は、そばにいて、見守るのが良いのです。そばに信頼できる人がいるというだけで、「一人ではない」ことを実感して悩んでいる心が支えられますから。黙って見守り続けるのもサポートです。
身近な人は、つながりや安心感を提供できる
私は多くの過剰ストレス者、病者に対し、カウンセリングを行ってきましたが、そこで精神医療で経験的に受け継がれてきた「あなたが、彼らのそばにいるだけで、いいのです。
温かいまなざしで見守ってあげてください」というアドバイスをしてきました。この対応法は有効で、多くの家族から、「話しかけるより、夫の負担にならず、数日続けたら彼の表情が変わってきた」などと感謝されてきました。
なぜそうなるかですが、心理的には「大事な人が身近に居てくれる」「独りボッチではない」「頼れる人がいるんだ」といった、大切な人とつながっている安心感が得られるからです。
セロトニンとオキシトシンの働き
これには、脳内神経伝達物質であるセロトニンと、ホルモンであるオキシトシンの関与が指摘されています。セロトニン研究の第一人者である東邦大の有田秀穂名誉教授は、脳の前頭前野に共感に関わるセロトニン神経があり、分泌されることで愛情交流や共感が高まると報告しています。
私は、大事な人がそばにいる、見守ってくれたなら、それらが刺激となり、前頭前野からセロトニンは分泌されるのではないかと考えています。心理的な安心感とセロトニン分泌により、安らげます。
脳の下垂体後葉から分泌されるホルモン、オキシトシンには、抗ストレス作用、摂食抑制作用があり、子どもを産み、育てる上で重要とされています。精神科医で、ユーチューブで情報を発信している樺沢紫苑さんは寄り添う(そばにいること)ことでオキシトシンの作用により、
「愛され感」「癒やされ感」「やすらぎ」にひたれる、そうなればストレスホルモンであるコルチゾールの分泌が下がり、脳にある恐怖や不安に深くかかわるへんとう体の興奮が抑えられ、不安が減少し、副交感神経優位になり、大きなリラックス効果が生みだされるとしています。
イヌにも寄り添う効果が
ちょっと話はそれますが、「飼い主とイヌが触れ合うことで互いのオキシトシンが分泌される」という麻布大学の研究論文が国際的な主要科学誌「サイエンス」誌に掲載されて話題をよびました。動物にも寄り添う効果が実証されたのです。 言葉がなくても愛情交流がある人がそばにいるだけで、セロトニンだけでなく、オキシトシンも分泌され、リラックスしやすらぐということです。
ストレスの原因は、誰の課題?
別の角度から考えてみます。ベストセラーになった名著「嫌われる勇気」(岸見一郎、古賀史健著)で知られる精神分析家のアドラー博士は「課題の分離」を提唱しています。ストレス源になっている課題が自分でコントロールできる課題か、できないものか分離して考えて、自己の課題以外は対応しないというものです。夫の悩みは職場ストレスなので、彼の課題です。妻に直接かかわる課題ではありません。夫の課題に直接、入り込んでいくのは慎重にしなければいけません。
寄り添い方を工夫する
このコラムで、「妻に会社の話ができない男たち…話をするだけでストレスは軽くなる」(https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20210901-OYTET50013/)という話を紹介しました。「課題の分離」とは一見矛盾するようですが、ここでもやはり課題を分離した対応をしていたのです。まっすぐに夫の課題に迫ろうとするのではなく、妻がさりげなく夫を散歩に誘い出して、回数を重ねて自然の移り変わりなどを語らううちに、夫は少しずつ会社のストレスを妻に語るようになったという内容です。妻がしぶる夫を散歩に誘い出すという寄り添い方をしたのが重要なポイントでした。 見守ると言っても、ただ、横にいるわけではなく、自然な形で一緒にいられる状況を作るというのも大切ですね。大切な家族をサポートするには、そこが工夫のしどころです。(