高血圧の基準値への疑問 『年齢+90』以下なら問題ないとの医師見解も
コロナが落ち着いたことでこれまで控えてきた検査を久々に受ける人が増えているという。検査のなかでもっとも頭を悩ませている人が多いのが血圧だろう。基準値を超え、「高血圧」とされる人は全国に4300万人と推定され、国民の3人に1人の割合だ。生活習慣病のなかではもっとも多く、「国民病」と呼ばれている。
その状況に疑義を唱えているのが、サン松本クリニック院長の松本光正医師。50年間で10万人以上を診てきた経験から、こう断言する。
「心臓病の既往歴がある人や、上の血圧が200mmHgを超えている人以外は、過度に血圧を気にする必要はありません。患者さんには『年齢+90』で収まるなら問題ないと伝えています」(以下、松本医師)
一昔前までは、高血圧の基準は「年齢+90」が基準とされ、70歳なら160だった。それが2000年代から徐々に引き下げられ、最新の「高血圧治療ガイドライン」(2019年版)では、家庭血圧で135を超えると高血圧と診断され、治療目標は75歳未満なら125未満、75歳以上なら135未満とされている。
「2000年前後に、高血圧のリスクに対する認識を改めるのに十分なエビデンスが出たわけではないのに、なぜかごく短期間のうちにどんどん基準が下げられてきたのです。基準値が10下がるたびに、およそ1000万人が新たに“患者”になっています」
高血圧は自覚症状がないことが大半のため、「ある日突然、脳卒中になるかもしれない」という不安から、気にする人は多い。
確かに脳卒中は日本人の死因の第4位で、年間約112万人(厚生労働省「2017年患者調査」)が罹患する恐ろしい病気だ。医師も「脳卒中で半身不随になるのが嫌なら、高血圧を治療しましょう」と伝えてくる。
松本医師も、以前は「血圧は基準値内に収めるべき」という方針で診療をしていた。しかし、ある時疑問を抱いたという。
「2000年以降になると、引き下げられた基準で血圧をコントロールしてきたのに、脳卒中になる患者が相次いで、『あれ?』と思ったんです。そこで、むしろ血圧を下げたから脳卒中になったのではないかと考え、さまざまな研究論文を調べたところ、疑念はますます強まりました」
昭和の時代の思考
血圧を下げると脳卒中になるとは、どういうことか。「脳卒中」には、「脳梗塞」と「脳出血」、「くも膜下出血」の3つがあり、発症のしくみが異なる。
「脳出血やくも膜下出血は血圧が上がって細い血管が破れることで起きますが、脳梗塞は、血管が詰まって起きます。血管が詰まりかけてくると、体は血圧を上げて血流を良くし、血栓を押し流そうとします。そこで血圧を下げてしまうと、ますます詰まりやすくなる。血圧を下げれば脳出血やくも膜下出血は防げますが、今の脳卒中患者の8割近くが脳梗塞です」
松本医師によると、多くの医師は「高血圧だから脳梗塞になる」と勘違いしたまま、患者の血圧を下げて脳梗塞を引き起こしているため、「医師が脳卒中にしているようなもの」だという。
このような齟齬が起きた背景には、食生活の変化があるという。
「戦後すぐの世代は栄養状態が悪かったため、血管がもろく、破れやすかった。だから、脳出血、くも膜下出血が多く、『高血圧で脳卒中になる』というイメージが広まった。しかし、今は栄養状態が良くなったため、血管が高血圧に耐え、破れにくくなった。それなのに無理に血圧を下げるのは昭和の時代で思考が停止しているのではないかと思います」
松本医師は、むしろ高齢者は血圧を下げすぎることに注意すべきだという。通院患者のなかには、こんな症例があった。
長年、松本医師が診ていた80歳の女性は、足腰が弱ったため近所の病院に転院。転院先で減圧治療を始めたところ、娘から「母が一日中ぼーっとしている」と、相談が寄せられ、認知症の初期症状が窺えた。治療をやめたら、しばらくして元気な姿に戻ったという。
「顔にシワが増えるのと同じで、血管も老化して細く硬くなるので、血流で体の隅々まで栄養や酸素を行き渡らすには高い圧力が必要です。年齢が上がると血圧が上がるのは当然のことです。私は老人ホームで嘱託医をしていますが、医師が無理に下げるので頭がふらふらしている入居者が多い」
今の高血圧の基準では年齢ごとの基準はなく、成人は一括りに140以上は高血圧と診断され、下げることとされている。
「加齢による薄毛を『薄毛症』とは呼ばないのに、高血圧は『高血圧症』という病名をつけて治療対象にするのはおかしい。高血圧は合併症の兆候が窺えれば治療をする方針で問題ありません。かかりつけ医が診ていれば初期で気づけるはずです」
健診の数字は正しいのか
これから本格的な冬を迎え、血圧が上がりやすくなる。松本医師のもとにも「昨日の血圧より10も高いけど大丈夫か」といった心配の声が届くが、「体は今の自分にとって最適な血圧に調整しているので、200を超えたりしない限り、過度な心配をする必要はない」と伝えているという。
「血圧は一日のうちでコロコロ変わり、数歩歩いただけでも上がります。よく健康診断の数値が本来の血圧と思われている患者さんも多いですが、病院で医者や看護師の白衣を診たり、血圧を測る時に『大丈夫かな?』と思っただけで普通の人でも20?30、緊張しがちの人は50以上上がります。
ある時の血圧だけを見て『高い』『低い』ということ自体おかしいのです。『年齢+90』の範囲内なら、気にしすぎる必要はありません」
高血圧の治療で、医師から「塩分は一日に6グラム未満」と、減塩指導を受けている人も多いが、これも松本医師は「過度な制限は不要」という。
「食塩摂取に関する国際的調査『インターソルト・スタディ』では、食塩摂取量と高血圧に因果関係が認められないとする結果が出ています。減塩によって血圧が下がるかどうかは個人差が大きい。
国民健康・栄養調査(令和1年)によると、日本人の食塩摂取量の平均は10.1グラムとされているので、このくらいなら問題ない。減塩への意識は大事だが、意識しすぎてストレスになるなら逆効果になります」
唯一、気をつけるべきとするのは、体重管理だ。
「肥満は、軽トラに砂利を満載しているのと同じで、ちょっと坂を上るだけでも、目一杯アクセルをふかして心臓を回さないといけなくなる。BMI22が理想ですが、25以下を目指したい」
BMIは「体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)」で算出できる。
そして、なによりも高血圧治療で大切にしているのが、ストレスとの向き合い方だという。
「病は気からとも言うが、ストレスほど血圧に悪影響を与えるものはありません。通院している60歳女性は、甥が居候することになり、急激に血圧が上昇し、甥が出て行ったら元に戻りました。定年後の生活が不安だった会社員は、嘱託で会社に残れたら、急に下がりました。心の状態はそれほど血圧に影響を与えます」
血圧を気にしすぎてストレスになると、それでまた血圧が上がるという悪循環に陥る。数値を絶対視せずに、上手に付き合っていきたい。
その状況に疑義を唱えているのが、サン松本クリニック院長の松本光正医師。50年間で10万人以上を診てきた経験から、こう断言する。
「心臓病の既往歴がある人や、上の血圧が200mmHgを超えている人以外は、過度に血圧を気にする必要はありません。患者さんには『年齢+90』で収まるなら問題ないと伝えています」(以下、松本医師)
一昔前までは、高血圧の基準は「年齢+90」が基準とされ、70歳なら160だった。それが2000年代から徐々に引き下げられ、最新の「高血圧治療ガイドライン」(2019年版)では、家庭血圧で135を超えると高血圧と診断され、治療目標は75歳未満なら125未満、75歳以上なら135未満とされている。
「2000年前後に、高血圧のリスクに対する認識を改めるのに十分なエビデンスが出たわけではないのに、なぜかごく短期間のうちにどんどん基準が下げられてきたのです。基準値が10下がるたびに、およそ1000万人が新たに“患者”になっています」
高血圧は自覚症状がないことが大半のため、「ある日突然、脳卒中になるかもしれない」という不安から、気にする人は多い。
確かに脳卒中は日本人の死因の第4位で、年間約112万人(厚生労働省「2017年患者調査」)が罹患する恐ろしい病気だ。医師も「脳卒中で半身不随になるのが嫌なら、高血圧を治療しましょう」と伝えてくる。
松本医師も、以前は「血圧は基準値内に収めるべき」という方針で診療をしていた。しかし、ある時疑問を抱いたという。
「2000年以降になると、引き下げられた基準で血圧をコントロールしてきたのに、脳卒中になる患者が相次いで、『あれ?』と思ったんです。そこで、むしろ血圧を下げたから脳卒中になったのではないかと考え、さまざまな研究論文を調べたところ、疑念はますます強まりました」
昭和の時代の思考
血圧を下げると脳卒中になるとは、どういうことか。「脳卒中」には、「脳梗塞」と「脳出血」、「くも膜下出血」の3つがあり、発症のしくみが異なる。
「脳出血やくも膜下出血は血圧が上がって細い血管が破れることで起きますが、脳梗塞は、血管が詰まって起きます。血管が詰まりかけてくると、体は血圧を上げて血流を良くし、血栓を押し流そうとします。そこで血圧を下げてしまうと、ますます詰まりやすくなる。血圧を下げれば脳出血やくも膜下出血は防げますが、今の脳卒中患者の8割近くが脳梗塞です」
松本医師によると、多くの医師は「高血圧だから脳梗塞になる」と勘違いしたまま、患者の血圧を下げて脳梗塞を引き起こしているため、「医師が脳卒中にしているようなもの」だという。
このような齟齬が起きた背景には、食生活の変化があるという。
「戦後すぐの世代は栄養状態が悪かったため、血管がもろく、破れやすかった。だから、脳出血、くも膜下出血が多く、『高血圧で脳卒中になる』というイメージが広まった。しかし、今は栄養状態が良くなったため、血管が高血圧に耐え、破れにくくなった。それなのに無理に血圧を下げるのは昭和の時代で思考が停止しているのではないかと思います」
松本医師は、むしろ高齢者は血圧を下げすぎることに注意すべきだという。通院患者のなかには、こんな症例があった。
長年、松本医師が診ていた80歳の女性は、足腰が弱ったため近所の病院に転院。転院先で減圧治療を始めたところ、娘から「母が一日中ぼーっとしている」と、相談が寄せられ、認知症の初期症状が窺えた。治療をやめたら、しばらくして元気な姿に戻ったという。
「顔にシワが増えるのと同じで、血管も老化して細く硬くなるので、血流で体の隅々まで栄養や酸素を行き渡らすには高い圧力が必要です。年齢が上がると血圧が上がるのは当然のことです。私は老人ホームで嘱託医をしていますが、医師が無理に下げるので頭がふらふらしている入居者が多い」
今の高血圧の基準では年齢ごとの基準はなく、成人は一括りに140以上は高血圧と診断され、下げることとされている。
「加齢による薄毛を『薄毛症』とは呼ばないのに、高血圧は『高血圧症』という病名をつけて治療対象にするのはおかしい。高血圧は合併症の兆候が窺えれば治療をする方針で問題ありません。かかりつけ医が診ていれば初期で気づけるはずです」
健診の数字は正しいのか
これから本格的な冬を迎え、血圧が上がりやすくなる。松本医師のもとにも「昨日の血圧より10も高いけど大丈夫か」といった心配の声が届くが、「体は今の自分にとって最適な血圧に調整しているので、200を超えたりしない限り、過度な心配をする必要はない」と伝えているという。
「血圧は一日のうちでコロコロ変わり、数歩歩いただけでも上がります。よく健康診断の数値が本来の血圧と思われている患者さんも多いですが、病院で医者や看護師の白衣を診たり、血圧を測る時に『大丈夫かな?』と思っただけで普通の人でも20?30、緊張しがちの人は50以上上がります。
ある時の血圧だけを見て『高い』『低い』ということ自体おかしいのです。『年齢+90』の範囲内なら、気にしすぎる必要はありません」
高血圧の治療で、医師から「塩分は一日に6グラム未満」と、減塩指導を受けている人も多いが、これも松本医師は「過度な制限は不要」という。
「食塩摂取に関する国際的調査『インターソルト・スタディ』では、食塩摂取量と高血圧に因果関係が認められないとする結果が出ています。減塩によって血圧が下がるかどうかは個人差が大きい。
国民健康・栄養調査(令和1年)によると、日本人の食塩摂取量の平均は10.1グラムとされているので、このくらいなら問題ない。減塩への意識は大事だが、意識しすぎてストレスになるなら逆効果になります」
唯一、気をつけるべきとするのは、体重管理だ。
「肥満は、軽トラに砂利を満載しているのと同じで、ちょっと坂を上るだけでも、目一杯アクセルをふかして心臓を回さないといけなくなる。BMI22が理想ですが、25以下を目指したい」
BMIは「体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)」で算出できる。
そして、なによりも高血圧治療で大切にしているのが、ストレスとの向き合い方だという。
「病は気からとも言うが、ストレスほど血圧に悪影響を与えるものはありません。通院している60歳女性は、甥が居候することになり、急激に血圧が上昇し、甥が出て行ったら元に戻りました。定年後の生活が不安だった会社員は、嘱託で会社に残れたら、急に下がりました。心の状態はそれほど血圧に影響を与えます」
血圧を気にしすぎてストレスになると、それでまた血圧が上がるという悪循環に陥る。数値を絶対視せずに、上手に付き合っていきたい。