雇用保険値上げ「年収800万円世帯」に負担感 止まらない“サイレント増税”
消費税や所得税の税率を引き上げるというストレートな手段とは違う、別の策が講じられ、国民負担が増加している。なぜかお金が足りない原因はこれだ。AERA 2022年1月31日号の記事を紹介。
コロナ禍でさまざまな支援策が打たれる陰で、ひそかに国民の金銭的負担が増えている。
消費税引き上げ、所得税の税率アップのようなストレートな手法だと国民の反発が大きいため、社会保障の負担を増やす方向に舵を切っているのだ。
“社会保障の負担”とは、健康保険や介護保険、公的年金などの保険料のこと。それらの引き上げは増税と比べれば地味な話題だし、1カ月あたりの負担増は少ないので目立ちにくい。だが、会社員の給与から天引きできるので、徴収する側には“好都合”なのである。社会「保険料」とはいえ会社員に拒否できないお金を国が取るわけで、税金と構図は似ているような──サイレント増税だ。
財務省によれば、2021年度の国民負担率(税負担率+社会保障負担率)は44.3%の見込みで、9年連続の40%超え。そして厚生労働省は今秋、雇用保険料の引き上げを実施する方針を固めた。
雇用保険は俗に“失業保険”とも呼ばれる通り、職を失った場合の「失業等給付」などを行う社会保障の一つだ。雇用保険料のうち「失業等給付」と「育児休業給付」の財源に充てる分については会社と従業員が折半して負担。現状「失業等給付」にかかる分として、賃金の0.2%相当が天引きされている。
■原因は雇用調整助成金
今回、国は「失業等給付」にかかる保険料率を0.6%に引き上げる予定だ。当初は今年4月からの実施を計画していたが、今夏に参議院選挙を控えることを意識してか、自民党内でも難色を示す声が飛び交った。結局、10月からの実施に先送りする格好で決着している。
雇用保険料引き上げに踏み切った理由は、コロナ禍で雇用調整助成金の支出が膨らみ、雇用保険の財政が悪化したから。雇用調整助成金とは、経営難に伴う従業員の失業を防ぐため、事業主に対して給付される。
厚労省は雇用調整助成金に関する特例措置を、1月以降は助成額を減らしつつ22年3月末まで実施中。20年3月以降、これまで5兆円超を支給した。困窮する企業へ支給を増やすのはいいが、労働者に負担増を強いるのは妥当か。社会保険労務士の佐藤麻衣子さんに聞いた。
「雇用調整助成金により雇用が守られた側面はありますが、現役世代の負担が増える結果となっています。助成金の恩恵を受けていない企業もたくさんありますから、一律の負担増に不満を感じる人も多いようです」
では今回の料率引き上げによって労働者の負担はどのくらい増すのか。「失業等給付」にかかる分が現行の0.2%から0.6%となることは前述した。
■介護保険も定期値上げ
「育児休業給付」にかかる分は0.4%のまま据え置かれる。その結果、平均すると労働者負担分の料率は0.3%から0.5%に引き上げられる=右の表。
まず「税負担+社会保険料負担」が収入に占める割合は、当然ながら高所得者ほど大きくなる。だが「社会保険料負担」が収入に占める割合は「年収800万円まで」のほうが高くなる。社会保険料は収入×料率で計算されるので、ボーダーラインの年収800万円世帯は金額的に最も重く感じられる。
「この試算の場合、年収800万円で厚生年金の保険料は上限71万3700円に達し=表内の赤枠部分、それ以上の収入があっても負担は増えません。また、年収800万~1千万円世帯は市区町村の児童手当や国の『高等学校等就学支援金制度』、雇用保険の『育児休業給付金』で支給上限基準に該当しそう」
なお、社会保険の負担増は雇用保険料に限った話ではない。21年4月から介護保険の保険料も引き上げられており、それまで5869円だった全国平均が6014円になっている。介護保険料は24年にも引き上げられる予定だ。厚労省が算出した予測値は6856円。これら社会保険料引き上げによるサイレント増税は、じわじわと家計を弱らせていく。
■国保も上限102万円
会社員以外の人たちにとっても他人ごとではない。自営業者等が加入する国民健康保険の保険料の上限も、22年度から年間102万円(現在は99万円)に引き上げられる方針なのだ。
「財政の安定や格差の是正で、お金持ちから取る──つまり上限の引き上げは仕方ないかもしれません。高い保険料を納めている現役世代の納得感を高めるためにも、高齢者の負担割合を増やす一方で過剰な病院通いを減らし、給付を抑制することにも注力してほしいものです」
せっかく保険料を払っているのだから、内容を知ってもっと活用するのもいい。
「高額療養費や傷病手当金など、会社員や公務員の健康保険には民間保険より頼りになる制度があることも知っておきましょう。そのうえで、現在加入している民間保険の加入内容を見直せば、出費を抑えられます」
雇用保険では大臣の認可済みの講座を受講・修了すると「教育訓練給付」として受講料の一部を補助してもらえる。その対象は「教育訓練講座検索システム」で検索できる。大型自動車免許や英検、医療関係、営業・販売関係、IT関係など意外なほど多彩に揃っている。(金融ジャーナリスト・大西洋平、編集部・中島晶子)
※AERA 2022年1月31日号より抜粋
コロナ禍でさまざまな支援策が打たれる陰で、ひそかに国民の金銭的負担が増えている。
消費税引き上げ、所得税の税率アップのようなストレートな手法だと国民の反発が大きいため、社会保障の負担を増やす方向に舵を切っているのだ。
“社会保障の負担”とは、健康保険や介護保険、公的年金などの保険料のこと。それらの引き上げは増税と比べれば地味な話題だし、1カ月あたりの負担増は少ないので目立ちにくい。だが、会社員の給与から天引きできるので、徴収する側には“好都合”なのである。社会「保険料」とはいえ会社員に拒否できないお金を国が取るわけで、税金と構図は似ているような──サイレント増税だ。
財務省によれば、2021年度の国民負担率(税負担率+社会保障負担率)は44.3%の見込みで、9年連続の40%超え。そして厚生労働省は今秋、雇用保険料の引き上げを実施する方針を固めた。
雇用保険は俗に“失業保険”とも呼ばれる通り、職を失った場合の「失業等給付」などを行う社会保障の一つだ。雇用保険料のうち「失業等給付」と「育児休業給付」の財源に充てる分については会社と従業員が折半して負担。現状「失業等給付」にかかる分として、賃金の0.2%相当が天引きされている。
■原因は雇用調整助成金
今回、国は「失業等給付」にかかる保険料率を0.6%に引き上げる予定だ。当初は今年4月からの実施を計画していたが、今夏に参議院選挙を控えることを意識してか、自民党内でも難色を示す声が飛び交った。結局、10月からの実施に先送りする格好で決着している。
雇用保険料引き上げに踏み切った理由は、コロナ禍で雇用調整助成金の支出が膨らみ、雇用保険の財政が悪化したから。雇用調整助成金とは、経営難に伴う従業員の失業を防ぐため、事業主に対して給付される。
厚労省は雇用調整助成金に関する特例措置を、1月以降は助成額を減らしつつ22年3月末まで実施中。20年3月以降、これまで5兆円超を支給した。困窮する企業へ支給を増やすのはいいが、労働者に負担増を強いるのは妥当か。社会保険労務士の佐藤麻衣子さんに聞いた。
「雇用調整助成金により雇用が守られた側面はありますが、現役世代の負担が増える結果となっています。助成金の恩恵を受けていない企業もたくさんありますから、一律の負担増に不満を感じる人も多いようです」
では今回の料率引き上げによって労働者の負担はどのくらい増すのか。「失業等給付」にかかる分が現行の0.2%から0.6%となることは前述した。
■介護保険も定期値上げ
「育児休業給付」にかかる分は0.4%のまま据え置かれる。その結果、平均すると労働者負担分の料率は0.3%から0.5%に引き上げられる=右の表。
まず「税負担+社会保険料負担」が収入に占める割合は、当然ながら高所得者ほど大きくなる。だが「社会保険料負担」が収入に占める割合は「年収800万円まで」のほうが高くなる。社会保険料は収入×料率で計算されるので、ボーダーラインの年収800万円世帯は金額的に最も重く感じられる。
「この試算の場合、年収800万円で厚生年金の保険料は上限71万3700円に達し=表内の赤枠部分、それ以上の収入があっても負担は増えません。また、年収800万~1千万円世帯は市区町村の児童手当や国の『高等学校等就学支援金制度』、雇用保険の『育児休業給付金』で支給上限基準に該当しそう」
なお、社会保険の負担増は雇用保険料に限った話ではない。21年4月から介護保険の保険料も引き上げられており、それまで5869円だった全国平均が6014円になっている。介護保険料は24年にも引き上げられる予定だ。厚労省が算出した予測値は6856円。これら社会保険料引き上げによるサイレント増税は、じわじわと家計を弱らせていく。
■国保も上限102万円
会社員以外の人たちにとっても他人ごとではない。自営業者等が加入する国民健康保険の保険料の上限も、22年度から年間102万円(現在は99万円)に引き上げられる方針なのだ。
「財政の安定や格差の是正で、お金持ちから取る──つまり上限の引き上げは仕方ないかもしれません。高い保険料を納めている現役世代の納得感を高めるためにも、高齢者の負担割合を増やす一方で過剰な病院通いを減らし、給付を抑制することにも注力してほしいものです」
せっかく保険料を払っているのだから、内容を知ってもっと活用するのもいい。
「高額療養費や傷病手当金など、会社員や公務員の健康保険には民間保険より頼りになる制度があることも知っておきましょう。そのうえで、現在加入している民間保険の加入内容を見直せば、出費を抑えられます」
雇用保険では大臣の認可済みの講座を受講・修了すると「教育訓練給付」として受講料の一部を補助してもらえる。その対象は「教育訓練講座検索システム」で検索できる。大型自動車免許や英検、医療関係、営業・販売関係、IT関係など意外なほど多彩に揃っている。(金融ジャーナリスト・大西洋平、編集部・中島晶子)
※AERA 2022年1月31日号より抜粋