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【男性たちが抱える“本音を吐けない”生きづらさ】解消のヒントとなる「感情との向き合い方」とは


「ジェンダー」の議論では女性に関するテーマが注目を集めやすいですが、昨今は「男性の生きづらさ」も世間の関心が高まりつつあるテーマです。

2019年に「一般社団法人Lean In Tokyo」が実施した調査(※1)によると、8割近くの男性が「男だから」という固定観念やプレッシャーにより生きづらさやプレッシャーを感じたことがあると回答しています。

内容としては「力仕事や危険な仕事は男の仕事という考え」「デートで、男性がお金を多く負担したり女性をリードすべきという風潮」「男性は定年までフルタイムで正社員で働くべきという考え」「『一家の大黒柱』でいなければならないというプレッシャー」「男性が弱音を吐いたり、悩みを打ち明けたりすることは恥ずかしいという考え」といったものが票を集めました。

※1:男性が職場や学校、家庭で感じる「生きづらさ」に関する意識調査(https://leanintokyo.org/20191106press-release/)

これまでも男性性に関する書籍を生み出してきた清田隆之さんは、2021年12月『自慢話でも武勇伝でもない「一般男性」の話から見えた生きづらさと男らしさのこと』(扶桑社)にて、一般男性10人から仕事や生活、恋愛やコンプレックスなどのプライベートな話を聞きまとめたインタビュー集を上梓しました。本作では今まであまり明らかにされることがなかった一般男性の考えや思考、本音が露わになっており、男性たちが感じている生きづらさの傾向が見られます。

なぜ男性たちはそのような「生きづらさ」を感じるのか、そして生きづらさの解消のためにできることとは。著者の清田さんにお話を伺いました。

「一般男性」たちに共通する感情や欲望の抑圧

——清田さんは「男性の生きづらさ」をどう定義していますか。

正直に言うと、自分自身それをどう定義していいのかよくわからないんです。ただ、今回「一般男性」たちの話を聞いているなかで、集団の中での他者との競争……例えば「あいつよりは頭が良い・面白い」「自分は上位グループにいる」など常に優位性を考えさせられながら生きているなかで、劣等感を拗らせたり、自分のやりたいことよりもやるべきことを優先したりして、結果的に欲望や感情を抑圧してしまう点や、怒られたり比べられたりしたとき過剰に傷ついて自己否定してしまうといった側面が共通しており、これらは私自身にも身に覚えのある感覚です。

ですが、女性がこういった生きづらさを全く感じないわけではないと思いますし、私自身も女性として生きる経験をしていないので、「男性の生きづらさ」と呼ぶことには迷いもあります。男性に多く見られるものの、「男性の」と明確に線引きしきれない部分がある。けれども、男性が感じる生きづらさの要因になっているだろうとは捉えています。

実は今回タイトルに「生きづらさ」という言葉を入れるかは悩みました。男性が感じやすい生きづらさはあるものの、男性優位社会の中で、男性ゆえに与えられている特権は間違いなく存在すると思いますし、それによって「女性」が被害や損失を被っている構造を無視していないか。本作のテーマのひとつだし、また伝わりやすい言葉でもあるため採用したのですが、男女の二項対立で「どちらの方が生きづらい」と言いたいわけではありません。

——本作で「おしゃべりができる相手が欲しい」と語っている方がいたことが印象的でした。もちろん男性同士で会話や雑談をしている場面は見かけますが「おしゃべり」とは違うのでしょうか。

前提として2つの言葉「human being(以下、being)」「human doing(以下、doing)」の話をします。beingとは「存在」を意味し、自分が感じたことや思ったこと、自分の歴史など、否定しがたく存在する“今ここにいる自分”そのもののことを示します。

doingとは「行為」のことで、年収や学歴、肩書きや資格、他者から見たブランディングのための自分といった、行為や行動の結果として構築してきた自分自身のことというイメージです。もちろんそんなきれいに分類されるわけではありませんが、誰しもこの2つの側面があるはずで、いったんこの区分で考えるみることが大事だと考えています。というのも、現代社会は経歴や肩書き、成果を重視し、感情など内面にあるものを後回しにしてしまう傾向があると感じるためです。

本作に書いているような感情的な部分や整理のついていない話、他人に話してこなかったパーソナルな記憶や経験はいわばbeingにまつわる部分で、「おしゃべり」とはそういうものを語り合う行為だと考えています。私自身の経験や、男性たちの話を聞いてきて、男性間のコミュニケーションは圧倒的に「おしゃべり」が少ない。裏を返せば男性同士はイジり・マウント・ボケツッコミ・経歴や成功談などの話、“ネタ化”された失敗談など、「おしゃべり」でない内容が会話のほとんどを占めている印象です。

もう少し「おしゃべり」について深掘りしてみると、自分でもよくわからないけれども、おぼろげながらに見えてくる、起承転結がなく整理されていない感情を気兼ねなく話すことだと考えています。男性同士で趣味や仕事の話を長時間することはありますし、当人に「おしゃべりをしたことがない」という意識はないと思うのですが、自分自身が感じたことそのものを茶化さずに男性同士で話をする機会というのは滅多にないと思います。

なぜ対男性に話すことのハードルが高いかというと、男性同士のコミュニティの中にはイジったり冷やかしたりが多く、コミュニケーションの持ち時間がとても少ないからだと感じます。茶化しやツッコミなどで他人の話を中断させてしまった経験のある男性も少なくないはず。ゆえに自分も「笑われるのではないか」と圧力を感じ、じっくり話をしづらいという背景があるのではないかと思います。

——「おしゃべり」にはどんな力があると感じていますか。

友人や恋愛など親密な関係でも、思ったことをそのまましゃべるというより、ノリや役割に沿ってコミュニケーションしたり、相手を不快にさせないよう言葉を選んでしまったり、不利な言質を取られないよう隙のないよう話してしまったりといったことはあると思うのですが、自分の正直な感情や思っていることを口にして受け止めてもらえたときは、説明できない心地良さや安心感があります。

本作では心療内科に通う中で、先生に対して自分が感じていることを言語化して伝えられるようになり「どんな内容であっても自分が感じていることを正直に言語化するのが気持ちいい」と語ってくださった方もいました。

ただ、「内面の言語化」「正直な気持ち」と言われてもそれ何かイマイチわからない人も少なくないと思います。感情とは先行する身体反応に適切な言葉をラベリングすることで言語化されるものだそうです。例えば「ゾワッとする」「お腹がキューっとなる」「動悸がする」みたいな反応に対し、「怖い」「緊張」「ドキドキ」みたいなラベルを与える、というイメージですね。

目の前の現象に対して身体はなんらかの反応を示しているはずですが、それを言葉で拾う訓練をしていないと埋もれてしまう。現代社会では特に仕事の場では正直な気持ちは求められないどころか、押し殺さないといけない場面もありますよね。そして昔ながらの価値観を変えていく動きも生じていますが、仕事の場では依然として根っこにあるのは男社会。「自分の本音がわからなくなること」と「男性ジェンダーの問題」が何かが繋がっているような気がするんです。

——「イジったり茶化したりせず、しっかりと相手の話を聞く」という前提が共有されていたら、もう少し男性同士でも「おしゃべり」をしやすいと思いますか。

そうですね。本作でも自助グループやカウンセリングを通じ、自身の内面を語って救われたという体験を話してくれた男性が数名いました。何を話してもよく、周囲が否定も邪魔もしないという安心して話せるルールのある場で自分語りをする経験、それと同時に相手や周囲に受け止められる経験を経て、少しずつ自身の内面の言語化が進んだり癒しを得たりという体験談がありました。

もっとも、これにはそれなりの知識や訓練が必要で、友人同士でもそういう空間を作ることは可能だと思うけれども、簡単にできることではないかもしれません。ゆえに、皆かかりつけのカウンセラーがいて気軽にカウンセリングを受ける社会になったらいいなとは思いますが、現状カウンセリングを受けること自体もなかなかハードルの高い行為ですもんね……。

——本作で実施されているインタビューはまさにありのままの気持ちを聴いてもらう状況だと思うのですが、協力者のみなさんの反応はいかがでしたか。

みなさん本のコンセプトを理解した上でインタビューに応じてくださったのですが、それでも序盤は積極的に話を聴いてほしいという感じではなく、むしろ「何を話せばいいですかね……」「こんな話で大丈夫ですか?」と戸惑っている様子でした。ただ、話ながらどんどん饒舌になっていく感じはあって、インタビュー後も「おもしろかった」「初めてこんな話をしたけどいい振り返りになった」「考えが整理された」など、概ねポジティブな反応が返ってきました。

一方、原稿確認をしていただく際には「こうして文章化されると僕って嫌な奴ですね」「過去の傷を直視するのって怖いですね」といった声もあって。もちろん最終的には掲載許可をいただいていますが、自分を客観視したときの困惑のようなものを感じました。

「正直な感情」と向き合うのは地道な作業

——今までのお話を伺っていて、多くの男性にとって「自分の内面を正直に言語化する」ことはハードルが高いのかもしれないと感じました。清田さんはどのような過程で言語化していますか。

確かに簡単なことではないですよね。自分も常にそうしているわけでは決してないのですが、思いついたことや感じたことはできるだけ言語化するよう意識しています。今、自分がどういう気持ちなのか、なぜそういう気持ちになったのか、そこにはどんな背景があるのかなど、ひとつひとつ振り返りながらしっくりくる言葉を探し、違和感があれば違う言葉を探す……といったことの繰り返しです。プロセスとしては本当に地道ですが、そうすることでしか感情の言語化ってできないと思うので。

——整理する方法として、人と話しながら整理したり、ひたすら一人で考えたりなど色々とあると思うのですが、清田さんはどのような方法をとっていますか。

自分自身の中で整理することもありますし、妻や友人との「おしゃべり」のなかで見えてくることもあります。本を読んだりTwitterを見たりするインプットの過程で「最近自分が感じたことと近い」と思うこともありますし、「しっくりくる表現を探す」というのは書く仕事そのものでもあって。

思ったことの断片を紙に書き出し、パズルのように繋げて言語化を試みることもありますし、Twitterに断片を書くなどして頭の片隅に置いておくとのちのち輪郭が見えてくる、なんてこともあります。方法はさまざまですが、最初から文章化するというよりは、欠片を繋ぎ合わせる中で整理していき、言葉としてまとまっていく過程で自己理解が深まったり新たな発見があったりという流れでしょうか。

——本作はメイン読者層として男性を意識されていると思うのですが、読者さんからの反響はいかがですか。

男性に手に取ってもらっている実感は思ったよりもありまして、先日開催したイベントでは参加者の約6割が男性でした。これまでジェンダー関連のイベントというと、女性の参加者が圧倒的に多かったので、過半数を男性が占めていたことに確かな変化を感じました。

イベントではサインの時間に直接読者さんと話す機会もあり、「ジェンダーの問題を考えたい」「男同士の関係に息苦しさを感じていたけれども(本作を読んだことで)改めて認識できた」「学生の頃、イジりやマウントといった“男子ノリ”が苦手だと思っていたことを思い出しました」といった感想を伺いました。一方、「目を背けていた自分が見えてくるようで読むのが辛かった」といった反応も。

また、男性たちの話は一人称の語り下ろしでまとめており、途中で私が質問や意見を差し挟むことはしていません。これは語りのリアリティをなるべく損なわず、また自分自身の偏見やジャッジをできるだけ排除するために採用したスタイルなのですが、この形式について「いったんそこにある感情や考えを良し悪しは別として認め、存在を確認する作業になっている。それが言語化の一形態であり、読みながら共感することで忖度ないありのままの存在を実感することになっていて、不思議な癒しとなっている」といった分析をしてくださった方もいました。

——読者の感想やイベントでの反応を見ていて、男性のジェンダー問題への関心が高まっている実感はありますか。

「男性にフェミニズムが広まっている」とまで言えるかはわかりませんが、ジェンダーバイアスへの違和感や問題意識の広がりは確実に感じます。「おじさん社会」的なものや男性同士の張り合い、イジりや罵りといったコミュニケーションに違和感を覚えたり疲れたりしている人が「無理しなくていいんだ」と思ったり、自分も「男性社会のノリ」に無理して合わせてきた結果、女性に嫌な思いをさせてしまったことを見つめ直したり……

そういったものを男性から感じることが増えました。そこには「男性優位社会に加担している部分」と「男性優位社会から抑圧されている部分」の両側面があって、それが難しいところでもあるのですが、揺れ動きながらもジェンダーを見つめ直していこうという気運は広がっているように感じます。

——最後に清田さんが本作を通じて伝えたいメッセージをお話いただけますか。

抽象的な表現で恐縮ですが、男性が自分で自分を抱きしめられるようになったらいいなって思っています。本作に登場する男性の多くには、「他者から見える自分=doingとしての自分」を優先するあまり、自分の感情(=being)を無視してきたようなところが見受けられ、それがしんどさの遠因になっていた。それは自分にも身に覚えのあるものです。

本作を通じて男性の中にある様々な感情に触れ、刺激された感情があればそれを言葉にして取り出し、自分自身と仲良くするためのきっかけにしていただければと思いますし、願わくば男性同士での心理的安全性を確保しながらのコミュニケーションに繋がったらいいなとも思います。相手に自己開示でき、かつ自分も相手が安心して自己開示できるような聞き手となれたら理想だなって。

ただ、そもそも性別関係なく現代社会にはコミュニケーションの持ち時間が短すぎるという問題があると感じています。時間に余裕がないため、混沌とした部分をそのまま口に出せず、「伝わりやすさ」「共有しやすさ」「ウケやすさ」が優先される。元々自分自身そのものだった言葉や感情が、人に伝えるための加工を施す中で、共感しやすい部分や面白いと思ってもらえそうな部分を強調し、それ以外を切り捨ててしまう傾向があるように思うんです。

ですが「一般男性」たちの話を読んでいただければわかるように、人間誰しも内面の扉を開けてみると複雑な事情や感情があり(といっても本作でもその人のほんの一部ではありますが……)、それを言語化して理解するのは、決して“効率良く”できるようなものではないはず。

性別問わず、家族や友人など近しい人ほど相手を理解している気になり、話を聞いているときについ口を挟んでしまったり、「あなたはこういうところもあるよね」など勝手に解釈してしまったりということもあると思うのですが、他者の身の上話を聞くというのは時間も労力もかかることですよね。コミュニケーションの速度を落とし、「おしゃべり」を通じて内面を豊かに語り合えるような方向にこの本が役立ったらいいなと思います。

プロフィール

清田隆之(きよた・たかゆき)

1980年、東京都生まれ。文筆業、恋バナ収集ユニット「桃山商事」代表。これまで1200人以上の恋バナを聞き集め、「恋愛とジェンダー」をテーマにコラムやラジオで発信している。幅広いメディアに寄稿するほか、朝日新聞beの人生相談「悩みのるつぼ」では回答者を務める。桃山商事名義の著書に『二軍男子が恋バナはじめました。』(原書房)、『生き抜くための恋愛相談』(イースト・プレス)、『モテとか愛され以外の恋愛のすべて』(イースト・プレス)、トミヤマユキコさんとの共著に『大学1年生の歩き方』(左右社)、個人名義では『よかれと思ってやったのに──男たちの「失敗学」入門』(晶文社)、『さよなら、俺たち』(スタンド・ブックス)、『自慢話でも武勇伝でもない「一般男性」の話から見えた生きづらさと男らしさのこと』(扶桑社)がある。

雪代すみれ フリーライター。企画・取材・執筆をしています。関心のあるジャンルは、ジェンダー/フェミニズム/女性のキャリアなど。趣味はヘルシオホットクックでの自炊。

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