熱中症予防の最新理論! 首筋やワキより即効で体を冷やせる“意外な部位”とは?
手のひらで冷却された血液が素早く体を巡る
ゴルフのラウンド中、熱中症予防のために首筋や脇の下を冷やすと有効であることが知られています。しかし、もっと簡単に冷やすことができて、頸動脈と同等か、それ以上に深部体温を下げられる部位があることをご存じでしょうか。
その部位とは「手のひら」です。
実は今、スポーツ医学の知識を有する指導者は、手のひらを冷却することによって上昇した体内深部温を下げ、より良いパフォーマンスをするための暑熱対策をさまざまな競技のアスリートにアドバイスしています。
7月25日に閉幕した世界陸上。20キロ競歩で日本の山西利和選手、池田向希選手がワンツーフィニッシュを果たしたのは記憶に新しいことと思います。
両選手はレース中ずっと深部体温を冷却するジェル状のツールを握り、手のひらを冷やしていたのです。タレントの“みちょぱ”こと池田美優さんの“はとこ”だという池田選手がレース直後にテレビ局のインタビューを受けたとき、イヤホンを耳に当てる右手には白いサポーター状のものが装着されていました。
手のひらは、心臓や脳にそれほど近くはなく、どちらかといえば体の末端のひとつです。どういうメカニズムで深部体温が冷えるのでしょうか。医学博士の末武信宏氏(愛知県名古屋市・さかえクリニック院長)に教えていただきました。
末武先生は、五輪選手をはじめとするさまざまな競技選手への治療および指導に定評があり、先端医科学ウエルネスアカデミー副代表理事もつとめる、トレーニング・コンディショニングの第一人者として知られています。
「手のひらには動脈と静脈がつながっている特殊な血管(動静脈咬合血管)があります。そのため手のひらで冷やされた血液は、静脈を通って即座に心臓へ戻り、さらに体中を巡って深部体温を素早く冷却するのです。車にたとえるとラジエーターの役目ですね。暑いときは拡張して血流を増やすことで体の熱を外に放出する。寒いときは収縮して血流量を絞ることで体幹の熱が外に逃げるのを防ぐ。真冬の寒いとき無意識に手のひらをストーブや暖炉の熱源に向けることで深部体温を高めようとするのはそのためです。反対に猛暑のラウンドで深部体温が上昇した場合は、手のひらを冷却することで冷やされた血液が素早く体を巡り、深部体温を急速に元の体温に戻します」
末武先生によると、動静脈咬合血管はおもに手のひらや足裏、足の指、首などにあり、いずれも熱交換の役割を果たしています。
首筋も冷却効果は高いが筋肉も冷えてスイングに悪影響
ラウンド中シューズを脱いで足の裏や足の指を冷やすのは現実的ではありませんが、首にも熱交換のための特殊な血管があるなら、今まで通り首筋を冷やすのでいいのでは?
「もちろん頸動脈を冷やすことも熱中症予防には有効です。ただ、注意していただきたいのは、首の前側や大腿部の動脈は深いところにあり、冷却するのに時間がかかることです。また、冷えすぎると交感神経が優位になり、筋肉が拘縮してしまいます。熱中症を防ぐことはできても、スイングが乱れてパフォーマンスが低下してしまうのです」
「一方、手のひらの動静脈咬合血管は動脈に比べれば圧倒的に細いため、冷えすぎにくい。それでも毛細血管の約10倍の太さと1万倍の血流量を持っているし、浅いところを通っているため皮膚からダイレクトに冷やせます。そのため冷やされた血液が即座に体を巡り、早く冷却できるのです。しかも手のひらは、体のどこよりも簡単に冷やせるので、こまめに継続しやすいでしょう」
手指を少しでも切ると出血します。それだけ浅いところに無数の血管が張り巡らされているから、手のひらを冷やすと深部体温を下げる効果が高いのですね。
インターバルでは必ず手のひらを冷やすことを習慣に
では、どのように冷やせば熱中症に対してより有効になるのでしょうか。
「濡れタオルに氷を挟んだのをジップロックのようなファスナー付き袋に入れて、保冷バッグで持ち歩くのがオススメです。カートに乗っているときやちょっとした待ち時間にタオルを握って手のひらを冷やしてください。グローブをしていないほうの手だけ冷やしても十分効果が得られますよ。世界陸上の競歩でメダルを取った選手が装着していたツールも一般販売されています」
このツールは「リカバリーパーム」といい、もともとオリンピックの陸上日本代表選手の暑さ対策として、6年間の開発期間を経て製品化されました。暑熱や運動で上昇した体内深部や筋肉の熱を下げることによって筋力の低下や疲労感が取り除かれ、集中力やパフォーマンスが向上するというデータがあるそうです。
伸縮性のあるメッシュカバーの中にジェルが入っていて、サポーターのような見た目です。冷凍庫に平置きして2時間以上ジェルを冷やし、手のひらに着けて使います。
ジェルは保冷剤のようにも見えますが、一般家庭の冷凍庫でよく保存されている保冷剤で代用はできないのでしょうか。
「このジェルはただの保冷剤ではなく、特殊技術によって7度になるよう設定されています。先程もお話ししましたが、一般的な保冷剤や氷では冷えすぎて血管が収縮するので、血流量が減ってしまいます。それだとかえって冷却効率が悪く、スポーツパフォーマンスにとっても逆効果になりかねません。保冷剤を使用する際は、直接使わずガーゼに巻いて調整するなど冷たくなりすぎないように注意しましょう。また一般的な保冷剤はすぐ溶けて温まってしまいますが、このジェルは冷たさが約3倍長持ちします」
冷たければ冷たいほどいいわけではなく、ほどよい冷却を長く持続させられるのが理想のようです。では、ラウンド中はどのように活用すればいいのか、ゴルファーのコンディショニングを指導する柴田晃伺トレーナーに聞いてみました。
「ゴルフは激しいスポーツではないため、疲労していても自覚がなく、気づかないうちに熱中症になってしまう人が多いのです。そうなる前から手のひらを冷やし、予防を習慣づけることが重要です。ドリンクと一緒にグリーン脇に置いておき、ホールアウトしたら手に巻いたり握ったりして次のホールのティーイングエリアへ移動する。これを毎ホールのルーティーンにするといいでしょう」
末武先生は「深部体温が下がると、オーバーワーク気味で働き続けていた自律神経が安定します。それによって集中力が高まる、発汗が抑えられる、疲労が軽減する。これらの効果はしっかり証明されています」と付け加えました。
手のひらを冷やす熱中症予防によってプレーのパフォーマンスも上がれば、ゴルファーにとっては一石二鳥といえるでしょう。
【解説】末武信宏
医学博士。さかえクリニック院長、先端医科学ウエルネスアカデミー副代表理事、順天堂大学医学部非常勤講師、トップアスリート株式会社代表取締役、日本美容外科学会認定専門医。アンチエイジング診療を行なうかたわら順天堂大学医学部でスポーツ医学の研究に従事。陸上の五輪選手をはじめ、ゴルフ、サッカー、野球、キックボクシングなど、さまざまな競技のトップアスリートへの治療およびトレーニング、コンディショニング指導で日本有数の実績と定評をもつ。テレビや雑誌、講演会でも活躍中。監修をつとめる『スポーツのパフォーマンスを最強にする超肺活』(カンゼン)など著書多数。
野上雅子
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