マルハニチロ社長が語る冷食と水産業「日本の未来は魚食が支えます」
「サバ缶」ブームを牽引した水産メーカーのマルハニチロ。近年では巣ごもり消費を追い風に冷凍食品も伸びており、さらなる領域拡大を図っている。池見賢社長(63)に戦略を訊いた。
──平成元年(1989年)当時は何をされていましたか。
池見:当時は南太平洋のソロモン諸島に赴任していました。
そもそも私が1981年に大洋漁業(現マルハニチロ)に入社したのは、「海外で働きたい」という強い思いがあったからでした。32年間ほど海外事業部に在籍しましたが、そのうち16年はソロモン諸島やタイなど海外で過ごしました。
ソロモン諸島は最初の海外駐在先で、1986年からの4年間、1993年から1996年の2度赴任しています。
──ソロモン諸島ではどんな仕事を?
池見:ソロモン海は非常に良質な漁場で、現地の政府と合弁会社を作ったんです。沖縄から船員を100人ぐらい連れてカツオの一本釣りをやり、ジャングルを切り開いて缶詰工場や鰹節工場を立ち上げました。
日本から遠く離れて水産加工業を展開した背景には、1970年代に取り決められた200海里水域制限がありました。
自国の海岸線から約370kmの範囲を排他的経済水域とするこのルールができて、それまでのように遠洋漁業を行なうことが難しくなった。そのため、世界各地に水産加工業の拠点を設ける必要があったのです。
ソロモン諸島では主にイギリスに向けて缶詰を生産していました。コストの高い一本釣り漁法は徐々に国際競争力を失っていき、2000年には撤退を余儀なくされましたが、ソロモン諸島での経験は、世界の水産貿易のあり方を知る上で大きな経験となりました。
冷凍食品なのに“おこげ”
──マルハ(大洋漁業)は2007年にニチロ(日魯漁業)と経営統合、マルハニチロとなりました。現在は水産事業に加え、冷凍食品や加工食品も事業の柱です。コロナ禍の影響で、家庭向け冷凍食品は堅調が続いているそうですね。
池見:昨春の最初の緊急事態宣言の時は、先行きの不透明感から「食料を確保したい」という需要が高まったようで、缶詰やレトルト食品がよく売れました。2度目の宣言からは冷凍食品、とくにお総菜や中華料理のおかずなど「家族みんなで食べられるもの」が人気を集めています。
──人気商品は?
池見:やはりサバ缶ですね。とくに「月花さば水煮」は、サバの脂が一番乗っている10~12月に獲れるものを主に使っているため、味と品質には自信を持っています。
数年前のサバ缶ブームをきっかけに、100円前後の安価なものがたくさん出回りましたが、消費者の皆さんは「美味しいもの」と「そうでないもの」を見分けてくださった。だからこそ、295円(税抜き)という価格でも売れ続けているのだと思います。
冷凍食品では「ガブッと!シリーズ」という、文字通りガッツリ大ぶりなフライ商品もいい。白身魚フライはアラスカ産のスケトウダラを使用しており、環境・資源に配慮した「持続可能な漁業」の証であるMSC認証を得ています。
私自身がハマっているのが「石焼風ビビンバ炒飯」。冷凍食品なのにおこげができるところがポイントで、売れ行きも好調です。缶詰の「さばのカレー煮」もいいですね。子供の頃に食べたような懐かしいカレーの味わいがあるサバ缶です。
日本の魚消費量は減少中
──その他の注力分野は?
池見:特に力を入れているのが介護食です。高齢化社会が進んで在宅介護が増え、病院や介護施設でも人手不足で介護食を手作りすることが難しくなっている。そのため介護食を冷凍食品で賄うニーズは大きい。
我々は食材を酵素分解したり、適度なやわらかさのムースやゼリーを製造することができますので、高齢者の咀嚼力に合わせて商品をお選びいただくことができます。
日本の健康と長寿を支えてきたのは、紛れもなく魚食です。それを事業の中心とする我々が、高齢者の食事を支えることは非常に重要だと考えています。
──柱である水産事業の未来をどう考える?
池見:当社はグループ企業も含めると海外での売上高が全体の2割。利益ベースでは3割以上を占めています。世界の1人当たりの魚の年間消費量は現在約20kgで、過去半世紀で2倍に増えました。世界の人口が今後も増えていくことを考えれば、水産事業は「成長産業」といえます。
しかし、国内に目を向けると楽観視できません。日本人1人当たりの魚の年間消費量は年間45kg。世界と比較して多いように見えますが、国内の魚の消費量は年々減っているんです。食生活が洋風化していることもあり、10年ほど前には魚介類の消費を畜肉消費が上回りました。
そのため海外産の美味しい魚はなかなか日本に入ってこなくなり、ほとんどが中国やアメリカなどの大消費地に流れてしまっています。
やはり日本は我々のマザーマーケットですから、魚の消費量の減少を食い止めることは大きな課題だと思っています。
魚は高タンパクで、特に青魚にはEPA(エイコサペンタエン酸)やDHA(ドコサヘキサエン酸)が豊富に含まれている。美味しい健康食としての魚の魅力を、より身近なかたちで伝えていきたいですね。
【プロフィール】
池見賢(いけみ・まさる)/1957年、兵庫県生まれ。京都大学農学部卒業後、1981年大洋漁業(現マルハニチロ)入社。2017年常務執行役員、2020年4月から現職。
【聞き手】
河野圭祐(かわの・けいすけ)/1963年、静岡県生まれ。経済誌編集長を経て、2018年4月よりフリーとして活動。流通、食品、ホテル、不動産など幅広く取材
──平成元年(1989年)当時は何をされていましたか。
池見:当時は南太平洋のソロモン諸島に赴任していました。
そもそも私が1981年に大洋漁業(現マルハニチロ)に入社したのは、「海外で働きたい」という強い思いがあったからでした。32年間ほど海外事業部に在籍しましたが、そのうち16年はソロモン諸島やタイなど海外で過ごしました。
ソロモン諸島は最初の海外駐在先で、1986年からの4年間、1993年から1996年の2度赴任しています。
──ソロモン諸島ではどんな仕事を?
池見:ソロモン海は非常に良質な漁場で、現地の政府と合弁会社を作ったんです。沖縄から船員を100人ぐらい連れてカツオの一本釣りをやり、ジャングルを切り開いて缶詰工場や鰹節工場を立ち上げました。
日本から遠く離れて水産加工業を展開した背景には、1970年代に取り決められた200海里水域制限がありました。
自国の海岸線から約370kmの範囲を排他的経済水域とするこのルールができて、それまでのように遠洋漁業を行なうことが難しくなった。そのため、世界各地に水産加工業の拠点を設ける必要があったのです。
ソロモン諸島では主にイギリスに向けて缶詰を生産していました。コストの高い一本釣り漁法は徐々に国際競争力を失っていき、2000年には撤退を余儀なくされましたが、ソロモン諸島での経験は、世界の水産貿易のあり方を知る上で大きな経験となりました。
冷凍食品なのに“おこげ”
──マルハ(大洋漁業)は2007年にニチロ(日魯漁業)と経営統合、マルハニチロとなりました。現在は水産事業に加え、冷凍食品や加工食品も事業の柱です。コロナ禍の影響で、家庭向け冷凍食品は堅調が続いているそうですね。
池見:昨春の最初の緊急事態宣言の時は、先行きの不透明感から「食料を確保したい」という需要が高まったようで、缶詰やレトルト食品がよく売れました。2度目の宣言からは冷凍食品、とくにお総菜や中華料理のおかずなど「家族みんなで食べられるもの」が人気を集めています。
──人気商品は?
池見:やはりサバ缶ですね。とくに「月花さば水煮」は、サバの脂が一番乗っている10~12月に獲れるものを主に使っているため、味と品質には自信を持っています。
数年前のサバ缶ブームをきっかけに、100円前後の安価なものがたくさん出回りましたが、消費者の皆さんは「美味しいもの」と「そうでないもの」を見分けてくださった。だからこそ、295円(税抜き)という価格でも売れ続けているのだと思います。
冷凍食品では「ガブッと!シリーズ」という、文字通りガッツリ大ぶりなフライ商品もいい。白身魚フライはアラスカ産のスケトウダラを使用しており、環境・資源に配慮した「持続可能な漁業」の証であるMSC認証を得ています。
私自身がハマっているのが「石焼風ビビンバ炒飯」。冷凍食品なのにおこげができるところがポイントで、売れ行きも好調です。缶詰の「さばのカレー煮」もいいですね。子供の頃に食べたような懐かしいカレーの味わいがあるサバ缶です。
日本の魚消費量は減少中
──その他の注力分野は?
池見:特に力を入れているのが介護食です。高齢化社会が進んで在宅介護が増え、病院や介護施設でも人手不足で介護食を手作りすることが難しくなっている。そのため介護食を冷凍食品で賄うニーズは大きい。
我々は食材を酵素分解したり、適度なやわらかさのムースやゼリーを製造することができますので、高齢者の咀嚼力に合わせて商品をお選びいただくことができます。
日本の健康と長寿を支えてきたのは、紛れもなく魚食です。それを事業の中心とする我々が、高齢者の食事を支えることは非常に重要だと考えています。
──柱である水産事業の未来をどう考える?
池見:当社はグループ企業も含めると海外での売上高が全体の2割。利益ベースでは3割以上を占めています。世界の1人当たりの魚の年間消費量は現在約20kgで、過去半世紀で2倍に増えました。世界の人口が今後も増えていくことを考えれば、水産事業は「成長産業」といえます。
しかし、国内に目を向けると楽観視できません。日本人1人当たりの魚の年間消費量は年間45kg。世界と比較して多いように見えますが、国内の魚の消費量は年々減っているんです。食生活が洋風化していることもあり、10年ほど前には魚介類の消費を畜肉消費が上回りました。
そのため海外産の美味しい魚はなかなか日本に入ってこなくなり、ほとんどが中国やアメリカなどの大消費地に流れてしまっています。
やはり日本は我々のマザーマーケットですから、魚の消費量の減少を食い止めることは大きな課題だと思っています。
魚は高タンパクで、特に青魚にはEPA(エイコサペンタエン酸)やDHA(ドコサヘキサエン酸)が豊富に含まれている。美味しい健康食としての魚の魅力を、より身近なかたちで伝えていきたいですね。
【プロフィール】
池見賢(いけみ・まさる)/1957年、兵庫県生まれ。京都大学農学部卒業後、1981年大洋漁業(現マルハニチロ)入社。2017年常務執行役員、2020年4月から現職。
【聞き手】
河野圭祐(かわの・けいすけ)/1963年、静岡県生まれ。経済誌編集長を経て、2018年4月よりフリーとして活動。流通、食品、ホテル、不動産など幅広く取材