「左利きは右利きに矯正すべき?」脳内科医が明かすメリット・デメリット
左利きを矯正して右利きにするべきか、しないべきか。左利きの子どもを持つ親なら、誰もが一度は考える問いでしょう。数多くの脳を診断した世界で最初の脳内科医で、自身も左利きの加藤俊徳氏は、「矯正はタイミングを考えたほうがいい」と語ります。今回は、『1万人の脳を見た名医が教える すごい左利き』(ダイヤモンド社刊)の発売を記念し、左利き矯正のメリット・デメリットと、その注意点について聞きました。(取材・構成/川代紗生、撮影/疋田千里)
「左利き」は矯正すべき?
──左利きを矯正して右利きにするべきか? というのは、よく聞くトピックですよね。右も使えるほうが便利だからと矯正する人もいれば、そのままの人もいる。結局のところ、どちらが良いのでしょうか?
加藤俊徳先生(以下、加藤):悩む親御さんがとても多い問題ですよね。私もよく相談されることがあります。ただ、やはりこれは一概には言えなくて、矯正するメリットとデメリット、それぞれあるんですよ。
──まずは「矯正するメリット」から教えていただけますか。
加藤:やっぱりいちばんはみなさんもご存じのとおり、右利きのもので生活しやすくなるということですね。いまの日本社会は基本的に右利きにとって快適なようにつくられているので、日常生活がスムーズになると思います。たとえば、水道の蛇口だって、右利きがひねりやすいようにつくってあるんですよ。
──たしかに。右に回すと水が出る構造になっていますもんね。
加藤:それ以外に、文具や調理器具、スポーツ用品などのツールだって、右利き用につくられているものがほとんど。いちいち左利き用のものを準備しなくていいので、楽だというのもありますね。
──そう考えるとやはり矯正した方がいいのでは? と思いますが、デメリットは何でしょうか。
加藤:あまりに幼い頃から矯正を開始すると、脳内に新たな回路をつくることで混乱をきたす場合があるんです。結果、右と左を言い間違えてしまう左右失認(さゆうしつにん)が起こります。
いわゆる「左右盲(さゆうもう)」になったり、言葉がスムーズに出てこず、つかえて同じ音を繰り返してしまう「吃音症(きつおんしょう)」になるケースもあります。
──ええっ、そういうリスクがあるんですね。知りませんでした。
加藤:じつは、この二つの症状は幼い頃、右手を使う訓練をしていたときに私も出ました。
私は4歳のとき、自ら希望して右手で習字を習いだしたのですが、話そうとしても、うまく言葉が出なくなることがあって、無口になっていきました。これは20歳頃までがかなりひどく、60歳になったいまでもその名残があり、つっかえてしまうことがしばしばあります。
必ずしもみんなにこの症状が出るとは限りませんが、そういったケースもある、ということは把握しておいたほうがいいかもしれませんね。
あとは、右手と左手どちらも使えるからこそ選択肢が増えてしまって、かえって効率が悪くなる、ということもあります。
たとえば、転んだときに利き手が決まっていれば迷わずさっとかばうことができますが、どちらも使える状態だと、一瞬の迷いが生じてしまいます。「どちらの手を出すべきか」と考える隙が生まれてしまい、判断のスピードが落ちるんです。
──なるほど。では、やはり左利きの人はずっと左手を使ったほうが?
加藤:いや、ずっと左手を使い続けなければならない、というわけではありません。むしろ、私は左利きの才能を最大限発揮するためにも、右手を使って左脳を刺激することを推奨しています。事実、私の次男は左利きで、とくに矯正することなく育てましたが、彼にもある程度は右手を使ったほうがいいよ、と提案してきました。
ただ一つ、気をつけなくてはならないのは、「右手を使い始めるタイミング」です。私は10歳、小学校4年生以降がいいと考えています。
──小学校に入る前の、かなり小さいうちから右手を使う練習をさせる人が多い印象でしたが、そのほうがリスクも少ないのでしょうか。
加藤:一般的に、子どもの脳はまず右脳から成長し、あとから言語能力を持つ左脳が発達していきます。ちょうど二つの脳のバランスがとれるようになってくるのが10歳頃なんです。ですから、まずはしっかりと脳の基本的な仕組みをつくり、その後、右手を使って左脳を刺激していくのがいいのかなと。
「イメージを言葉にする」のに時間がかかる理由
──左利きの才能を最大限発揮するためには、右手を使って左脳を刺激すると良いとのことですが、それはなぜでしょうか。
加藤:左利きは右利きよりも、言語処理を得意とする左脳を刺激する頻度が少なく、言語能力を身につける時期が遅くなる傾向があります。「言葉がとっさに出てこない」というコンプレックスを持つ左利きも多いんじゃないでしょうか。私もさきほど言ったような吃音の症状や、字を読むことに困難がある「音読障害」がありました。
──やはり、脳の動きの違いによって、言葉にまつわる悩みが生まれやすいんですか?
加藤:そうですね、「文字を読む」というのは一見すると単純な作業に見えますが、脳の中では信じられないくらい複雑なプロセスを経ているんです。私は脳の中の、さまざまな役割を持つ神経細胞を、機能別に「〇〇脳番地」と名前をつけているのですが、それになぞらえて考えると、次のような流れで情報が処理されていきます。
視覚系脳番地(左脳)で文字をおいかけ、一文字一文字をひとつながりにして認識する
↓
記憶系脳番地(左脳)に蓄積されている言葉の意味と結びつける
↓
理解系脳番地(左脳)で文章としての意味を理解する
↓
伝達系脳番地(左脳)で文章を想起する
↓
運動系脳番地(左脳、右脳)で口を動かし音に変換する
↓
聴覚系脳番地(左脳)で脳内の言語、または自分の声を聞き取る
こんな具合です。
──こんなにいろいろな場所を通ってようやく理解できるんですね! しかも全部、左脳で行われている。
加藤:そうなんです。だから、非言語の情報を扱う右脳を主に使っている左利きにとっては、一苦労なんですよ。自分の伝えたいイメージを言葉にするのにどうしても時間がかかってしまうんです。
──なるほど。だからこそ、たとえ矯正しなかったとしても、ある程度は右手を使って左脳を刺激したほうが生きやすくなるんですね。
10人に1人の「選ばれた才能」を活かすためには
──左利きの子どもを持つ親御さんにおすすめしたい訓練方法などはありますか。
加藤:聴覚のサポートができると、才能を発揮させやすいと思います。
具体的には、読み聞かせをするのがおすすめです。私も幼い頃には、母や祖母によく昔話を話してもらいました。それほど長い時間ではありませんでしたが、眠りに
つくまでの数分、昔話を聴きながら頭の中でイメージを膨らませていました。それがすごくいい訓練になったな、といまでは思います。一時は音読障害で悩んでいましたが、地道に音読するなどして、左脳を鍛えたおかげで、本や論文を書くことへの苦手意識もなくなりましたからね。
そういった私自身の経験も踏まえて思うのは、やはり左利きであることにたいして引け目を感じさせない、萎縮させないというのが大事なのかなと思います。私の母も、左利きについて何も言わなかったんですよ。ネガティブなワードも聞いたことがなかった。
だから、「周りの子よりも発達が遅いから、矯正した方がいいんじゃないか」と焦る親御さんがいたら、無理しなくて大丈夫ですよ、と伝えたいですね。
どうしても大人は、子どもが早いうちからさまざまな語彙を使って話したり、漢字が書けるようになったりといった「言語能力の発達」に重きを置いてしまうことが多いので、左利きの子どもの発達が他の子よりも遅れていると、焦ってしまいがちなんです。でも、それはある程度仕方のないことなんですよ。
右利きは左脳に集中しても日常生活に支障がないのに対して、左利きは右脳と左脳をどちらも並行して成長させなければならないわけですから。そりゃあ、多少言葉が話すのが遅れてしまってもしかたないと思いませんか?
──たしかに。でも逆に考えると左利きって本当にすごいですね。つねに左脳と右脳を平行して成長させ続けている、ということですもんね。
加藤:そうそう。それこそ、まさに私がこの本で伝えたかったことで。
左利きって、個性の宝庫なんです。絵や画像、空間などの非言語情報を扱う右脳が発達しやすい左利きの才能は、どんなふうに出るかわかりません。すごく多様性があるんです。私の才能はたまたま脳内科医の仕事に活かされましたが、他の人がどうなるかはわからない。
だから左利きの親御さんは、「この子の左利きの才能は、どうやって花開くんだろう?」とポテンシャルを引き出すことにフォーカスしてみてはいかがでしょうか。焦って周りに合わせ、左利きのよさを活かしきれないことほど残念なことはありません。
左利きは右利き社会でのマイノリティではなく、10人に1人の「選ばれた人」なんです。この本を読んで、多くの人が自分の才能に目覚めてくれたら嬉しいなと、心からそう思います。